表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻り最強転移者は、異世界の神々すら見捨てた少年だった  作者: あっかんべー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第三話前編「スタック臨界、そして俺が初めて本気を出した夜」

翌日の午前中、零は死んだ。

正確には、訓練場の隅で素振りをしていた木剣が折れ、その破片が首筋をかすった——というだけの話なのだが、零にとってはそれも一種の「死」の手前だった。出血自体はたいしたことがなかったが、折れた木剣を眺めながら、彼はひとつのことを考えていた。

道具が、足りない。

身体の使い方は、死を重ねるたびに洗練されていく。昨夜のオーガロードとのやりとりでも、自分でも驚くほど身体が動いた。しかしそれは「素の状態での最適化」であって、剣の技術でも魔法でもない。ゴブリンやウルフを相手にするうちは通じても、Bランク以上の相手には圧倒的に火力が足りなかった。

雑務班の詰め所に戻ると、同じく転移者で雑務に回されたクラスメートの堂本が、ぼんやりと窓の外を眺めていた。零と同じスキルなしではなく、スキルは「鑑定」ひとつだけだったために戦力外とされた、地味で眼鏡の似合う男だ。


「朝霧、また怪我してる」

「少し切れただけだ」

「絆創膏いる?」

「いらない。もう止まってる」


堂本は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は言わなかった。代わりに「昨日、勇者パーティーが第一次討伐演習から帰ってきた」と教えてくれた。


「天堂が格下のゴブリン二十体を一人で片付けたって、王国の騎士団が大騒ぎしてたよ」


零は「そうか」とだけ言った。

天堂冬馬。転移してきた日、真っ先に「勇者」スキルを引き当て、クラスの中心に立った男。零がスキルゼロだと分かったとき、彼は「かわいそうに」と言った。本気で憐れんでいた。悪意ではなかった分、かえって奇妙な感触が残った。


「天堂は今、どこにいる」と零は聞いた。

「訓練場の特別区画。一般人は入れないよ」


そうか、と零は思った。

あちらはあちらで、強くなっていく。当然だ。

問題は、自分の速度だ。


その午後、零はギルドに行って堂本の「鑑定」スキルを借りた。

正確には「お願い」ではなく「頼む」という形で、堂本は少し驚きながらも断らなかった。人のいない路地の隅で、堂本が零に鑑定スキルを向けた。

「……なんか、変だな」と堂本が眉を寄せた。


「何が見える」

「えっと、通常は名前とレベルとスキルが出るんだけど……朝霧のは、スキル欄がひとつだけある。でも名前が文字化けしてて読めない。あと、横に数字が出てるんだけど」

「数字?」

「うん。なんか……8、って書いてある。単位が分からないけど」


零は少し考えた。

八回、死んだ。

現実世界で七回、昨夜樹海で一回。

それが「スタック数」として記録されているとしたら——今の自分の蓄積は、まだ入口に過ぎない。


「もうひとつ聞いていいか。ステータスの数値はどうなってる」

「ステータスが……あ、これも変。全部の項目に数字が入ってるんだけど、単位がバラバラで。力が『12』、速さが『31』、魔力が『3』……普通の冒険者のフォーマットと全然違う。比較できない」

「分かった。ありがとう」

「な、なに調べたかったの」

「自分の現在地だ」


堂本は首を傾げたが、零はそれ以上説明しなかった。

数字を頭の中で整理する。速さが突出して高い。昨夜オーガロードの拳から逃げられたのも、それが理由だろう。力はまだ低い。魔力はほぼゼロに近い。バランスが歪だが、裏を返せば——死に方を工夫すれば、特定のステータスを集中して伸ばせる可能性がある。

より速い敵に殺されれば、速さが上がる。

より強い攻撃を受けて死ねば、耐久が上がる。


(非効率だが、今の俺には他の手段がない)


零は立ち上がった。

今夜の方針が決まった。


日没前、フェリアが詰め所に来た。

「今夜も行くの?」と彼女は開口一番に言った。


「行く」

「昨日あのオーガロードを見ておいて?」

「そいつのいない区域で動く。東区域は確認していない」

フェリアはしばらく零の顔を見てから、「……分かった」と言った。

「私も行く」

「危ない場所になるかもしれない」

「昨日より危険なの?」

「分からない」

「正直か!! でも行く。あんたを一人にする方が危ない気がする」


零は短く頷いた。

フェリアが革鎧を着込む間、零は壁に背を預けて目を閉じていた。昨夜の戦闘を頭の中で反復する。オーガロードの動き、拳の軌道、重心の移動。死ぬ直前の一コマ一コマが、焼き付くように記憶されていた。次に同じ相手と戦うとき、身体はそれを知っている。


(次は、もう少し持ちこたえられる)

「ねえ」とフェリアが言った。


「昨日から気になってたんだけど、あんた目、閉じてる間何してるの」

「復習」

「復習? 何の」

「昨日死んだときのこと」


フェリアは数秒固まってから「やっぱりあんた変人だわ」と言った。

それは昨日と同じ言葉だったが、今日は少しだけ親しみが混じっていた。


東区域は、西区域より木が低かった。

月明かりが多少届き、視界が確保できる分だけ動きやすい。しかしその代わり、モンスターの密度が高かった。樹海の入口付近でゴブリン五体の群れ、少し進むとホブゴブリンが二体、岩陰でねぐらを作っていた。

「あれ、ホブゴブリン」とフェリアが囁いた。


「ゴブリンより賢くて、罠も仕掛ける。迂回しよ」

「戦う」と零は言った。


「は?」

「俺が前に出る。フェリアは背後を頼む」

「聞いてた? 賢いって言ったんだけど?」

「だから戦う」


フェリアはぐっと言葉を飲み込んで剣を抜いた。「……死んでも知らないよ?」という声が聞こえたが、零はすでに動き出していた。

ホブゴブリンの片方が気配を察して振り向いた瞬間、零は地面を蹴った。

速さに任せた突進、ではなかった。昨夜蓄積した「最適な動き」が身体を動かしていた。ホブゴブリンの視線が零を捉えるよりわずかに早く、その側頭部に踵を叩き込んだ。鈍い音、よろめく。もう一体が叫び声を上げて石刀を振るったが、零はすでにそこにいなかった。半歩外に踏み込み、振り下ろしの軌道を潜って肘を喉元に当てた。

二体、三秒。

フェリアが後方のゴブリンを一体片付けていた。「……速い。」と彼女が呟くのが聞こえた。

零は荒れた呼吸を整えながら、自分の拳を見た。

関節が少し腫れていた。当てた感触から言って、ホブゴブリンの骨の方が人間の拳より硬い。素手では限界がある。

「剣、使えないの?」とフェリアが聞いた。


「使い方を知らない」

「教えようか?」

零は少し考えた。


「今夜は間に合わない」

「じゃあ明日から教える。私の剣技、Cランクだけど基礎はしっかりしてるし」


零は短く頷いた。それは素直に、助かると思った。

二時間ほど東区域を探索し、コカトリスの巣を発見した。石化の視線を持つ鳥型のモンスターで、Cランク相当だ。フェリアが「絶対近づかないで」と言ったので、今夜は位置だけ確認して引いた。

「あと、あっちの方向にアラクネがいる」

とフェリアが地図を取り出しながら言った。


「昨日の偵察から戻った冒険者の話だと、東区域の奥に巣がある。毒糸が厄介で、引っかかると身動きが取れなくなる」

「毒への耐性は、死んで身につけられるか」

「声に出して言う話じゃないよそれ!!」


零は口を閉じた。

引き返す途中、フェリアが「ねえ」と言った。

「さっきのホブゴブリン戦、あんたの動き——昨日と全然違った。一日で変わるもん?」

「死んだから」

「またそれ言う…」

「正直に言ってる」

「……信じたいけど、意味が分からない。」

「そのうち分かる」

「そのうちって、いつ?」

「俺が、言葉を見つけたとき」


フェリアはそれを聞いて、なぜか少し笑った。

「バカ正直なのか、ただ不器用なのか、よく分からないな」

「両方だと思う。」

「それも正直に言う必要あった?」


樹海から出て、王都の外壁が見えてきたところで、零の足が止まった。

気配だ。

前方、外壁のすぐ内側——王都の中から、何かが漂ってきていた。魔力の臭いとでも言うべきものが、微かに鼻を刺した。昨夜の樹海の深部で感じたものと、質が似ていた。

瘴気だ。


「フェリア、止まれ」

低い声で言った瞬間、フェリアも感じ取ったようで剣に手をかけた。

「……王都の中?」と彼女が囁く。


「ああ」

「昼間は何もなかった。」

「今夜、何かが入り込んだ」

二人は慎重に外壁に近づいた。

壁を登って内側を見下ろすと、王都の下層区画の路地に黒い影が走るのが見えた。人型だが、動きが人間ではなかった。音もなく、影そのものが移動するように路地を縫っていた。

シャドウパンサーだ。

零は昨日ギルドで見た討伐依頼の一覧を思い出した。Bランクのモンスター、影に潜む黒豹型、暗闇では実体を持たない——王都の夜の路地は、そいつにとって理想の狩り場だ。

「なんでこんなところにっ。」とフェリアが息を飲んだ。


「誰かが引き込んだか、壁の隙間をすり抜けたか」

「どっちにしても、一般市民が危ない。衛兵に知らせないと!」

「時間がかかる。今、動いているのはあいつだけか?」


零は目を凝らした。シャドウパンサーが路地の奥に消えていく先に、明かりがついた窓があった。民家だ。中に人がいる。

「……行く」と零は言った。


「ちょっと、待って! Bランクだよ!」

「分かってる」

「昨日Bランク相手のパーティーが怪我して帰ってきたんだよ!」

「フェリアは衛兵を呼んでくれ」

「あんた一人で何ができる——」


零はすでに外壁を飛び降りていた。

着地音を殺して路地に入る。月明かりが届かない細い路地は、ほぼ完全な暗闇だった。シャドウパンサーにとって最良の環境。しかし零には、死を重ねる中で磨かれた暗視に近い感覚があった。光がなくても、気温の差と微妙な空気の流れで、存在の輪郭を捉えられた。

民家の入り口、木製のドアの前に、それはいた。

影の中に溶け込んで、ほとんど見えない。しかし零にはその「密度の高い暗がり」が分かった。シャドウパンサーが中の気配を伺いながら、侵入口を探している。

零は石を拾い、路地の奥に向かって投げた。

音がした方向に、シャドウパンサーの気配が向いた。

その一瞬を使って、零は走った。

暗闇の中で実体を持たないシャドウパンサーに、通常の攻撃は通じない——それがモンスター図鑑の記述だ。しかし「通じない」と「全く効かない」は違う。光を当てれば実体化する。それが図鑑に書いてあった対処法だ。

零の手には、ギルドで格安で買っておいた発光石が一個あった。

シャドウパンサーが振り返る瞬間、零は発光石を握り潰した。

白光が路地を満たした。

シャドウパンサーが低い唸りを上げて実体化した。黒い豹の巨体、肩まで零の胸ほどの高さ、筋肉の塊が光の中で輝いていた。

零は迷わず踏み込んだ。

拳、ではない。今夜からフェリアに借りた剣の基本すら、まだ習っていない。使えるのは身体だけだ。

シャドウパンサーの爪が空を切った。零はその軌道の内側に潜り込み、脇腹に体当たりをかけた。巨体が壁に叩きつけられる。しかし反撃は即座だった。尾が横薙ぎに飛んできて、零の右腕を打った。骨が折れる感触、視界が一瞬ぶれた。

痛い、と思った。

それは久しぶりの感覚だった。死を繰り返す中で痛みへの感度が下がっていたが、これは明確に痛かった。シャドウパンサーの攻撃力が、今の零の耐久値を上回っている。

発光石の光が弱まってきた。

残り時間はない。

零は折れた右腕をぶら下げたまま、左手でシャドウパンサーの前脚をつかんだ。信じられないものを見るような目で、黄色い双眸が零を見た。人間がこの状況でつかんでくるとは、思っていなかったのだろう。

その一瞬の硬直で、零は全体重を乗せて前脚を捻り上げた。

関節が逆方向に曲がる。シャドウパンサーが鋭い悲鳴を上げた。

発光石の光が消えた。

暗闇。

シャドウパンサーの気配が跳び退く。逃げた。

壁に背を預けて、零は折れた右腕を見た。感覚が鈍くなっていて、動かそうとすると火が走る。これは今夜中には治らない。死なずに怪我した場合、スタックは機能しない。不便だ、と零は思った。


「零!!」


路地の入口からフェリアが飛び込んできた。明かりを手に持って、息を切らして。零の姿を見た瞬間、目が大きく見開かれた。


「腕! 腕折れてる!!」

「分かってる」

「分かってるじゃない!! なんで一人で——」

「逃げた。市民は無事だ」


フェリアは言葉を飲み込んだ。明かりを掲げて、折れた腕を、零の顔を、交互に見た。


「……痛くないの?」

「痛い」

「え?」

「今夜は、痛い」


フェリアはなぜか、その答えで泣きそうな顔になった。

「ばか!」と彼女は小さく言った。

「ほんと、ばか…。」

それから彼女は零の左腕を引いて「ギルドに医療班がいる、今すぐ行くよ」と言い、零は「大げさだ」と言い、「折れた骨が大げさじゃなかったら何が大げさなんだ!!」と返ってきた。

路地を歩きながら、零は右腕の痛みとは別に、何かを考えていた。

スタックが、何かを求めていた。

今夜の戦いで、身体の中の「蓄積」がある閾値に近づいた気がした。何かが満ちてきている感触、堰き止められたものが溢れる直前の圧力のような。

それがいつ、どんな形で「解放」されるのか——零にはまだ分からなかった。

分からないが。


その時は―――近い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ