アマテラス
釧灘大和の強さの秘密は、徹底した自己管理にある。
そう井上勇美は考えている。
釧灘大和が食べているクッキーは、オートミールとプロテイン、牛乳に蜂蜜を原料とし、彼自身が作成したものである。
朝は必ず公園に来て素振り等のトレーニングをし、しっかりとエネルギーを補給する。
このサイクルをどれだけ大きくできるかが、アスリートの本質である。
優れた才能とは、優れた消化器系を持つかだ。
勇美の空手の師匠である従兄、雄大は良く言っている。
あの名古屋の街での、神話を再現した戦いから2週間。
もうすぐ5月に入ろうとする辺り。
生死の境を彷徨った勇美と大和は、かつての平穏を取り戻した。
取り戻してしまった。
ルシファーは、現れない。
フルフルとの闘いで荒れた施設はすっかり元通り。
ワイドショーのひっくり返ったような騒ぎも、ツイッターのトレンドも次の話題に移ったころ。
大和はポツリと言った。
「アマテラスに、会いに行こう」
勇美は大和を見る。大和の瞳に宿っているのは、苛立ち。
かくいう自分も、苛ついている。
やつは、ルシファーはいつ来るかわからない。
相手の出方を伺うよりも、こちらから攻めたい。
「ルシファーの居場所を探れる伝手は、俺たちにはアマテラスだけだ。」
「……デカい借りになるな」
やむを得ない。
そう言った時、大和と勇美の足元に、一つの影がおこる。
それは黒い髪に金の簪、巫女装束を着た、ふざけた顔をした人形だった。
のっぺりとした、下手なアスキーアートのような顔はみるものを苛つかせる。
「アマテラスちゃんポイントが、溜まっています。じゃんじゃん交換してください。じゃんじゃん」
合成音声のような甲高い声だった。
作った人は可愛いと思ってつくったのだろうが、なぜだろうか、逆に怖い。
二人は人形の簪に触れると、その瞬間消え失せた。
桜吹雪が舞う、それなのになぜか8月のような熱気に、稲穂の香りがする道を二人は歩いていく。
鳥居が何十と連なっている石畳の道を、彼らは決して踏むことなく、鳥居の横を歩いていく。
神の通る道を、通ってはならないからだ。
ここはどう考えても5月の名古屋ではなく、またこの世に存在する風景でもない。
道の先には質素な社と、おみくじやおまもり、破魔矢や神酒などが並べられた売店がある。
「やあアマテラス。来たよ」
勇美が売店に声をかける。すると、ひょっこりと女が顔を出した。
燃え滾るような赤い瞳と、雪のように白い肌、そして烏の濡れ羽色の髪を持つ女性。
膨大な量の神気を隠そうともしない乙女は顔を綻ばせた。
「おうひさしぶり。ぬしらわしがよびかけねばかおもみせぬな
ぽいんともたまっておるぞ。なんぞこうかんいたせさあさあ」
茫洋とした、イントネーションが不確かな言葉で話しはじめた。
「ルシファーの場所を知りたい」
大和は単刀直入に切り出した。アマテラスは慈母のような笑みを崩さない。
「ずいぶんよのお。
わたしのちからがなければ、おぬしらがへいおんにくらせてはいなかったというに」
「確かに、貴女の権能で、日本国民を操ることで俺らばメディアに追われることなく暮らしている。
その辺はまあ、ありがとう」
「ありがとうございます」
「ふふ、よいぞよいぞ」
大和と勇美が頭を下げると、アマテラスは気にするなとでも言いたげに手を振る。
アマテラスの権能はこの国では絶対であり、多少どころでない無茶が効くのだ。
そして、アマテラスは話を戻す。
「まったくもってむいみじゃが、しりたいか
いっぱいいいものつくったぞ
“やよけのおまもり”や“たけみかずちのや”など」
「ルシファーの場所が知りたいんだ」
大和はアマテラスを見た。その目にある真剣さにアマテラスは面白げに目を細める。
「やつならあめりかにおるぞ、いいなあ、わらわもいってみたい」
「アメリカに!」
「おぬしがいっても、あやつならひこうきとおなじはやさでよーろっぱににげるよな」
その言葉に、大和は言葉を失う。
「あせっても、なにもいいことはないぞ、しょうねん」
アマテラスは懐から紙をとりだした。
「くしなだやまと。たおしたまもの3547。ただいまのあまてらすちゃんぽいんと2349ぽいんとじゃ。
いのうえいさみ。たおしたまもの4876.ただいまのあまてらすちゃんぽいんと4573ぽいんとじゃ。
ほれ、このやよけのおまもりはどうじゃ。1000ぽいんとじゃ」
「俺は、父親をあいつに殺されてる。井上だって狙われた。どうすりゃいいんだ」
「釧灘」
勇美は大和を抑えようとする。
「俺の怒りは、どこに持ってけばいい? いつまで怯えればいい?」
大和は、うつむいたままだ。
「せいらであれば、あめりかまでやをとばせるな」
その言葉に大和も勇美もアマテラスを見る。
「千里射ち」黄桜清良。神有月の巫女。噂だけは聞いている。
「“きょうげん”のいるとうきょうには、るしふぁーもあらわれたことはない」
「つようなればよい。るしふぁーにかどわかされぬようにな」
そういいながら、アマテラスは扇子を開く。
「“うしおに”がおる」
アマテラスは唐突に言った。
「わらわのじだいからおる“ようかい”じゃ。ちかぢかなごやにいくようなのでみごとたおしてみよ」
赤い目を細め、彼女は言う。
「さすれば、おぬしらも、ひのもとのもののふとしていちにんまえとなり、るしふぁーのとうばつとやらをせいふにじょうそうし、ききとげられるやもな」
そういってアマテラスは笑った。
井上勇美は一生懸命アマテラスの言葉をい翻訳する。
「ええと、牛鬼を倒せば、日本政府からも一端の戦力と認められて、ルシファー討伐の部隊を編成して貰えるかもってこと」
「そうじゃ」
勇美と大和は顔を見合わせた。
「ところで、矢避けって何ですか」
「これをもてば、ふいうちのやをいちどであればふせげるぞ」
「銃とか防げる?」
「もちろん」
その言葉に二人は顔を見合わせる。
矢避けの矢の加護を一つずつ受け取った。