第66話 妖怪ハーレム(勇治郎VSカシュパル)
カシュパルは周囲を見渡し、姿が見えなくなった敵を探す。
(逃げたか……?)
暫し瞳をゆっくり動かし、神経を研ぎ澄ませていた彼だったが、
一向に現れる気配を見せない人間退魔師に、短気な彼は警戒心を早くも緩ませる。
しかし完全にではない。油断はできない。
敵のあの靴は厄介だ。すばしっこさ、耐久力、そしてあの靴から生み出す見えない刃の切れ味は馬鹿にできない。
(魔法みたいなンは苦手なんだがなあ。って、ヴァンパイアの俺が人のコト言えねえか。
こそこそ隠れて隙を見つけたところを仕留めるつもりか……。
そういう魂胆でも、赤目の俺なら出てきてからでも対処はできる)
自分はリリアーヌやパンジーたちのように、他人を駒にして戦うような真似は絶対にしない。
狩りにくる人間たちをこの爪で切り裂き、この拳で叩き潰してきたという誇りがある。
何より元人間であり、理不尽にヴァンパイアに変えられたカシュパルではあるが、人間だった時代に未練などない。
人間をはるかに超えた超人的な力と魔力に加えて、それらに対する自分への自信。それも自分の強みだということを彼は知っている。
(どこからでも来やがれ―――人間)
所詮見上げることしかできない、羽を持たぬ蟻。
寿命の短さ、無力さ故に卑屈でみじめな人間には一生無縁な余裕を持って、踏み潰す―――。
味方であったはずのリリアーヌの命を眉一つ動かすことなく消し去ったエリックに視線を集めるリーフェルトたち。
亡骸と化した無残なリリアーヌを見、ギリ、とパンジーは奥歯を噛みしめる。
そんな彼女にエリックは瞳を移し、「ああ」と白々しい声を出す。
「すまんな。確か義理の姉妹だったか。無様で見るに堪えなかったのでつい、手が出てしまった」
無論本気で悪びれてなどいない。あからさまな挑発。
パンジーは頭に昇りそうになる血を、自分の唇を噛むことで抑えた。
エリックの科白など耳に届いていないかのように振る舞い、彼に背を向け歩き出そうとする。
「……」
足元に違和感を覚えて目を落とし、そういえばヒールが折れてしまっていたことを思い出した彼女は、ブランド物のブーツを脱ぎ捨て無造作に放り投げる。
お気に入りのストッキング越しにコンクリートに足の裏を直に付け、みやびを振り返った。
「……お嬢ちゃん。決着を付けましょう」
見据えてそう誘ってきたパンジーに強気な目で傘を構え直したみやびだったが、
そんな二人の間に歩花が割って入る。
「天澤さん。貴方はここで戦わず、一度遊園地の外へ出てください」
「……まだやれるわよ。馬鹿にしないで」
「確かに。身体のほうは大丈夫のようですが、退魔の力の方はどうです」
歩花の科白に口を閉ざすみやび。
天狐の札が癒してくれるのは身体の傷だけだ。退魔の力の補給は、退魔師が自らの力を練り込み作り上げた霊薬のみが可能。
そして自分にはもう、力はほとんど残されてはいない。
「退魔の力が尽きても、先程と同じように戦えますか?」
「……」
「相手はヴァンパイアです。手負いでもナメてかかってはいけない。
たとえあちらの魔力が尽きたとしても、あのパワーと耐久力は脅威。
……退魔の力を補給する術は、こちらで用意していますが。それでも、まだ戦うとおっしゃいますか?
貴方がどうしてもと言うのなら、止めませんが―――」
付け加えた歩花に、みやびは諦めたように短い溜め息をついて「わかった」と相槌を打った。
「貴方の言う通りだわ。ここは悔しいけど、他に預けることにする」
「悔しいのは僕も同じです。魔力を随分使ってしまったので、このままでは戦えない。一緒に行きましょう」
歩花は自分たちを見つめているセノと、少し離れた場所にいるガートルードに目を向ける。
「ここは任せた」
「ああ」
セノは彼女の目を受けて頷いた。
歩花は意識干渉でヴェルナーを呼び、指定の場所まで来てもらうように頼むと、みやびとともにその場を離れた。
「母さんは僕たちと一緒に。敵の匂いや気配を感じたら、知らせて」
「わかったわ」
他の退魔師たちと交戦中とはいえ、十分に戦えないこの状態を狙われては困る。
用心しておくに越したことはない。
「……悔しいわね」
「……ええ。せめてパンジーだけでも、なんとかしたかったんですが」
「それもだけど、ピンクの髪のほうよ」
「……」
「ヴァンパイアの王子様。アンタのカレシなんでしょ?」
みやびは補給場所を知っている歩花の背に付いて走りながら問う。
「私がアンタでも、この手でぶっ殺したいと思うもの。あんな女」
「……まあ、それも僕の本音ですが」
苦笑しつつ、歩花はそこで一度言葉を区切り、
「彼の望むように、ヴァンパイアの法でリリアーヌを裁けなかったことが、一番の心残りです。
……それが一番悔しい」
普段優しいリーフェルトが、王子らしい決断をした。
その答えに辿り着くまで、きっと色々悩んだことだろう。
しかし苦悩の末、彼は正しい優しさを罪のない同胞たちに向け、厳しい判断を下せるようになった。
情を一度でも感じた女に対し、つらい決断だっただろうに。
みやびは少し驚いたように大きな目を瞬かせ、前を向いて走る歩花を見つめていたが、
最後までなにも言わないまま、彼女も前に向き直った。
「……逃げる気はないのだな」
大槌を肩に担ぎ上げ問うたセノに、パンジーは「冗談」と応える。
「人間相手に逃亡したなんて、恥もいいとこ。フローリスに殺されるわ」
「……お前も、元は人間だろう」
「だから何?」
深刻なダメージを受けて使い物にならなくなった羽を背負い、
咳き込みながらも唇から赤い唾液を吐き出して、それでもパンジーは美しく気丈に、不敵に笑う。
「私はヴァンパイアよ。その他の何者でもない。
いっとくけど、フェミニストどもが尻尾振って大喜びするような、カワイイお涙頂戴な生い立ちなんて、持ちあわせてないの。残念ながらね……!
逃げるくらいなら。ここで戦って死んだ方がマシだわ」
するとそこでセノの背後から、ひゅう、と機嫌の良い口笛がパンジーとセノの間に割って入った。
「イイ女じゃねえか。アンタ」
黙って二人のやり取りを静観していたガートルードが、目を細め笑う。
「つまんねー勝ち方で正直退屈してたが……一旦逃がしてやるから、怪我が完治してから俺とサシで戦わねーか?」
「……おい。なにを言っている」
突然の味方の予想外の提案に惑うセノ。
しかしパンジーは「お断りするわ」とあっさりはね除け、
「ハンデなしで私に勝てるわけないでしょう?
それに、一旦逃がしてやるだなんて上から目線がまず気に入らない」
肩にかかった黒髪を払い、構えるパンジー。
燃えるような強気な目でセノとガートルードを睨み付け、
「……このままで、ケリをつけるわ」
その目を見てガートルードは気分を良くし、トンファーを構えた。
歌声が、聞こえたような気がした。
カシュパルは眉をひそめ、一瞬気のせいかと思ったが、場違いな女の歌声は確かにどこからか聞こえてくる。
「……なんだ……?」
声が聞こえてくる方向を特定しそこに向かって歩いていく。
歌声がだんだん近くなっていくのを確認して歩を進めていると、突如何かに脚を取られ動かなくなる。
「……!」
足元を確認すれば、身体を縛る縄―――否。
「こいつぁ、髪か……!? 気持ち悪ぃ―――」
不意に羽に痛みを感じ、驚いて身体を拘束されながらもなんとか身体を捻ったカシュパルの瞳は、
自分の羽に突き刺さったボウガンの矢を確認する。
その先にいる、ボウガンを構えた人影と共に―――。
「やっべ」
見つかったヴェルナーは急いで猫耳を模したフードを被って透明化し、ボウガンと共にその場を放棄する。
リリアーヌと同じ方法でカシュパルの首の後ろにインクを付着し、勇治郎の『針女』のトラップを使い仕留めるつもりが、運悪く敵の羽に遮られてしまった。
カシュパルは怪力でトラップから抜け出そうとするも、上空から降ってきた『氷柱女』の札三枚がトラップの周囲のコンクリートに張り付き、氷柱の先が彼の首を狙う。
カシュパルは塵化しそこから脱げ出すも、背後から飛んできた風の刃をかわしきれず、聖属の祝福込みのその攻撃に、強制的にもとの人型の姿に戻される。
「クソッ……!!」
飛来してくるいくつもの刃をギリギリ負傷した羽でかわしつづけるカシュパル。
その呼吸の間に、懐に入り込んできた人影にぐっ、と彼は刹那たじろぐも、ふと運良く思い付いた手段に大きく息を吸う。
(遅え!!)
酸素を溜め込んだ瞬間に赤く輝いたカシュパルの瞳から勇治郎は察し、すみやかに彼から離れようとする。
確かに勇治郎の速さは侮れないが、それだけで自分の超音波の効果を完全に防げるわけがないのだ。
勝利へ繋がる先手はこちらが取った。
絶対の確信を持って、カシュパルは超音波を勇治郎にお見舞いした。
(今なら殺れる―――!)
大きく自分と距離を取った後、地に着けた敵の片足がふらついたのを見て、
羽を広げて加速しつつ、一気に人間の退魔師との距離を詰める。
しばらくは立っているだけでやっとのはずだ。
勇治郎の左胸目掛け、カシュパルは鋭利な槍の如き爪をまっすぐ突き出した。
爪の先が勇治郎が纏っている服を突き破り、皮を裂き、そのまま肉に達しようという時。
カシュパルは信じられないものを目の当たりにする。
勇治郎の服の中から、なにかが飛び出してきた。
それは敵の服を易々と突き破り、カシュパルの丈夫な筋肉に覆われた肩と胸板の肉を抉る。
その何かが氷柱だとカシュパルがはっきりと気づく前に、勇治郎は退魔の札を、咄嗟に血を滴らせ離れたカシュパルの胸板の傷口に貼り付けた。
四引汲リンドウによって渡された、遠隔から起爆可能の特殊な退魔の札だった。
爆発音と共にカシュパルの身体が煙に包まれる。
「―――」
流石に傷口への爆破は効いた。随分なダメージを負ったが、もろともしないかのような速さで煙の中から勇治郎の顔を大きな右手で掴むカシュパル。
そのまま獲物をとらえたまま、彼は建物の壁に勇治郎の頭を激突させようと、猛る猪のように走り出した。
だが―――カシュパルは気付かなかった。
勇治郎が服の下に隠すように、首に下げていたファッションアクセサリーの石が、強い光を帯びたことに。
片手に握る獲物の頭。その感覚を感じながら、カシュパルの視界は壁一点のみ。
そのため、カシュパルは自分の一方の羽が切り落とされる痛みから、驚愕に駆られて振り返る。
「……!?」
敵の身体が、何故かそこにあった。しかし妙なのは、その身体には首がない。
いや。正しくは、首が伸びている。不自然すぎるほどに。
今カシュパルが握っている頭と胴体が、ぐにゃりとした長い首で繋がっていた。
一体何がどうなっているのか理解できないまま、カシュパルは攻撃を続けてくる勇治郎の身体から、手の中の首を手放しつつ大きく離れた。
解放された勇治郎の首が胴体に戻る。
それを見届け惑うカシュパルに、ニヤリと勇治郎は笑った。
「『リリム』、『セイレーン』、『針女』、『氷柱女』、『ろくろ首』―――。
俺のハーレムも、なかなかのもんやろ?」
「……ッ」
飛ぶ術を失ったカシュパルは、ギリリと奥歯を噛み締めた。
Q「勇治郎はどうやって超音波を防いだんですか?」
A「夢魔リリムの幻覚を自分にかけて、あっはんうっふんな声を自分の耳の中で再生し、薄汚い煩悩の力で超音波に打ち勝ちました」




