第67話 手折られた片翼、輝く双翼(勇治郎VSカシュパル)
歩花、茜、みやびがヴェルナーにエスコートされ辿り着いた遊園地敷地内の駐車場跡に二台の車が止まっている。
ヴェルナーが二人から手を離し透明化を解いて意識干渉を飛ばすと、一方の車のライトが光った。歩花とみやびはその車の方へ近づけば、車の鍵が開いて中から人が出てくる。
「怪我人は」
顔を覗かせてきた陽人の母親の瑞貴に、「僕たちは大丈夫です」と歩花は応える。
「薬のほうをお願いします」
「あいよ」
「じゃあ俺、戻るよ」
瑞貴が車から降りてトランクを開けている間に、ヴェルナーが羽を広げて遊園地内に戻ろうとするが、それを歩花が引き留める。
彼女はトランクの中にある霊薬の瓶を二本取り出すと、それを彼に手渡した。
「狭山さんと、あと必要な人に渡してくれ。人間にしか使えないが」
「わかった。……勇治郎は自分の隠し持ってるから、意識干渉で使う人探してみる」
歩花から瓶を受け取り、猫耳を模したフードを被ってヴェルナーは地を離れていく。
「……よくこんなに用意できたわね」
トランクの中に積まれた霊薬の数に、目を丸くして呟くみやび。
それはただの独り言のつもりだったが、
「本当は金を取るんだけどね」
という声がみやびの疑問に答え、みやびは歩花と共にそちらを見る。
そこには一人の老いた着物の女が、背筋を凛とまっすぐに伸ばし立っていた。
「事態が事態だし、孫の友達だと聞いたんで、今回は特別にタダだよ」
「……貴方は?」
「霊薬を作ってくれた僕達の大先輩……であると同時に、リーフェルトの友達の祖母にあたる、田井村ミチさんです」
歩花の紹介を受け、「孫が力になりたいと言ったからね」と無愛想に言う。
「……で。本当にあんたたち、怪我はしてないのかい」
「……私は、天狐の札で治したので無傷です」
「僕も、鎖骨にヒビが入ったくらいで別に―――」
確認を取るミチに対し答える二人。
しかし歩花は、自分の科白をすべて言い切ってしまう前に、容赦ない力で両の頬を、ミチの皺の刻まれた両手で挟むように叩かれてしまう。
頬を抑えて痛がる歩花に、ミチはきつそうなつり目をさらにつり上げ怒鳴りつけた。
「ヒビが入っただけとか、ガキが一丁前にカッコつけたこと言うんじゃないよ!
怪我してんなら怪我してるって素直に言いな!」
「す……すみません……」
そんなやり取りをしている二人の傍で、みやびは瓶を開けた途端漂ってきた特殊な匂いに顔をしかめた後、鼻をつまんで霊薬に口を付ける。
歩花が鎖骨をミチの魔石で治してもらおうという時、瑞貴の車が開いてまた新たな人影が降りてくる。
「……やっぱり、二階堂か」
車のライトの眩しさに細めた目を凝らして声の主を確認する歩花。だがなかなか頭の中で記憶と目の前の少年が一致しない彼女に、横で瑞貴が苦笑いする。
「布瀬君だって。覚えてる? 中学のとき同じ学校だったらしいけど」
「……ああ」
「なにか手伝いたいって家に来たから、連れてきた」
「ごめん。会っていない間に雰囲気が変わってたから、わからなかった」
そういえばヴァンパイアに拉致されていた者の一人だったかと歩花は思い出す。
布瀬は謝る彼女に、「そうだよな」とあっけらかんと笑った。
「でもいいのか? 君、この場所が怖くないのか?」
「うん。正直、すげえ怖い。怖いけどさ―――わかるだろ?
俺、笹永に借り返さないと。勿論、お前にもなんだけど」
「……そうか」
布瀬の科白から何かを感じ取ったような顔で、歩花は頷いた。
「やぁっと締まりのある顔になったやないか。おっさん」
涼しい顔で薄く笑っている勇治郎に、羽を切り飛ばされたカシュパルは怒りと憎しみを込めた眼光と共に彼を睨んだ。
「チッ―――ここまでやってくれたのはテメエが初めてだぜ……! クソ人間が」
「日本の妖怪は化かしてなんぼやからな。ナメとると痛い目見るで」
心底から忌々しげに舌打ちする敵を見て、ますます機嫌良さげに勇治郎は唇を歪める。
一見調子に乗ったような表情をたたえつつも、しかし彼の内心はどこまでも冷静だった。
(……とはいえ。退魔の力もこいつ一人に随分費やしてもうた。一気に畳むか―――?
いや、まだ油断はできへん。ちくちく削って、一度隙を見て補給を入れる。そして最後は、焦らず確実に、奴の首をはねる。これがベストやな)
羽を切り落とすことに成功はしたが、『ただ、飛べなくなっただけ』という考え方をしたほうがいいのだろう
ヴァンパイアには怪力が備わっている。敵の人間以上の脚力と塵化能力を考えただけでも、その素早さは厄介だ。こちらが足元をすくわれる可能性はまだまだ十分に高い。
勇治郎が退魔の力を靴の魔石に注ぎ込むと、また、ふわりと彼の身体が浮いた。
(一番大事なんは、相手に捕まらないことと、補給のタイミング。……それさえ誤らなければ確実にいける)
「……うざってえ」
不意に吐き捨てたカシュパルに、勇治郎は「あん?」と低い声で反応する。
「他人のために命張ってますみてーな、聖人ぶった偽善者どもが。アリンコの分際で群れて粋がりやがって、うざってえっつってんだよ」
「あ?? 何を言うとんのや、お前は」
眉をひそめ、鼻で笑う勇治郎。
「自分の種族守るんは生物として当然の本能やろ」
「テメエだけ良ければそれでいいだろうが。正義だのなんだのとカッコつけて、必死こいて命張って、くっせぇんだよテメエら」
「……おっさん、今の自分のザマをわかっとるんかいな。押されてる立場で、負け犬が吠えてるようにしか、見えへんで―――!」
地を蹴り、一気に間合いを詰めてくる人間の子供に、カシュパルは集中し勇治郎の足元に集中する。
(聖属の祝福済みなのは、奴の靴と、そいつから出てくる攻撃だけだ―――)
つまり。恐れるべきはそれ一点のみ。
先程から見ている限り、蹴りのモーションを取らなければ敵は攻撃を繰り出せない。
(頭を冷やせ。冷静になれ。この俺ならできる……)
たとえ相手がどれだけ素早くとも、自分には自分の力のみで戦い生きてきた証である、鍛え抜かれたタフさがある。
自分に言い聞かせることで脳に昇りそうになる血を下げることに成功すると、カシュパルは自らも駆け出し勇治郎に迎えうった。
勇治郎が接近する自分との距離を測り、カマイタチとシルフを融合させた刃のごとき爪先を斜め下から振り上げようとした。
それを見てもカシュパルは自身の脚を止めるどころか更に加速し、蹴りが不発に終わるほどの至近距離でぴたりと勇治郎に付き、彼の攻撃を阻止する。
そんな自分と距離を取ろうとする勇治郎に、しかしカシュパルは意地でも勇治郎を追いかけ距離を取らせまいとした。
これはただ、相手の攻撃を封じているだけではない。
同じ男であっても、相手は細身。大柄で筋肉質という正反対な体躯をした自分が相手に付いて追いかけることで与えられるのは、重圧、緊張感、焦燥―――。
(奴の方が早いが―――追い付けなくなるギリギリまで死にもの狂いで追っかけて、奴に精神的な隙が少しでもできりゃあ……)
敵は飛び退きつつ、カシュパルの足元に札を設置する。札から伸びてきた大量の毛髪の束が自分を絡め取る前に即塵化してすり抜けた。
ただし絶好の機会が訪れるまで、攻撃の手は出さない。接近し、威圧し、追い詰めるのみ。そうやって焦らしてやれば、相手の狙うところを読めず相手は少なからず焦りを覚えるはず。
アイスクリーム屋だったらしい、小さな小屋を模した建物の壁に追い詰められた勇治郎は、カシュパルから目を離さないまま、勇治郎の背中に接触している壁に札を貼りつける。
鋭い氷柱の先が札から現れて自分の顔面を貫こうとするも、カシュパルは針先の角度を刹那で読み取り、機械的に勇治郎だけを追いかける脚を止めぬまま氷柱を回避した。
暫し捕まえもしない鬼事を繰り返し、いよいよ距離が詰められなくなったところで、初めてカシュパルはたくましい腕を振り上げる。
するとそれを察した勇治郎が自分の攻撃を避けるべく、地を蹴り上に飛び上がろうとした。
(思った通りだ―――!!)
敵の執拗に付き纏われ、狙いも読めないというプレッシャー。それに耐えきるには相当なメンタルが必要になる。
ストレスを感じれば誰もが判断力を失う。緊張感から離れたい―――その心理から、勇治郎はおそらく羽を失ったカシュパルでは届かない上空に逃げようとするだろう。
敵が攻撃を繰り出していないほうのカシュパルの腕がないことに気付き、息を呑む表情になったのを見て、勝利を宣言するようにカシュパルは「遅ぇよ!!」と高らかに言った。
カシュパルの塵化された片腕が勇治郎の身体を取り囲み、完全に地上から離れるのを阻止する。
「なめんなや! ボケ!!」
叫んだ敵に見えないバリアを張られ、カシュパルの塵はすぐに弾き飛ばされる。
聖属入りの攻撃で強制的に塵化を解除され、腕にびりびりとした痛みが走るが何ということはない。
バリアを敵が張る直前からカシュパルは動き、敵の背中を取っていたのだから、どんな痛みであろうとこのチャンスを逃すつもりは毛頭なかった。
カシュパルは鋭い爪を、勇治郎の片脚目掛けて振りかざした。
(しもた……―――!!)
塵を弾き飛ばした隙に視界から消えた相手に嫌な予感を覚え、反射的に、咄嗟にできる限り上空へ逃げようとしたことが幸いし、なんとか脚は切り離されずに済んだものの、
深い裂傷を右膝から下に負わされて、勇治郎は痛みに奥歯を噛みしめた。
リーフェルトとエリックの攻防のやり取りを集中して見守り、攻撃の隙を伺う陽人。
エリックのペースとなりリーフェルトが一方的に攻撃され始めると、敵と距離を取るように意識干渉でリーフェルトに伝え、すぐさま陽人が援護に回る。そこから陽人が少しエリックの相手になり、敵の攻撃対象が完全に陽人へと移ってしまう前に、一息休んだリーフェルトがまたエリックと一対一になる。
それを何度も繰り返しているというのに、合間合間で肩で荒い呼吸をしているリーフェルトに対し、エリックはまだ息一つ乱してもいない。
なんとか食らいつくのが精一杯な友人の様子を見ていると、やはり経験の差はこうして見て取れる。
(もっとフォローしてやりてぇけど、聖書の力を無駄遣いするわけにはいかねえ。
リーフェルトを信じるしか―――)
苦々しい気持ちでそこまで考えた時。歩花の声が頭の中から響き、顔を上げる陽人。
<陽人>
<歩花か?>
<今、私たちは補給場所にいる。君の補給もやっておくか?>
<ああ。頼む>
丁度良かった―――そう思いつつ元相棒の意識を感じながら、陽人は戦うリーフェルトから目を離さない。
そして少しの間の後に、自分と年端の変わらぬ少年の声が、歩花の意識を通して自分の中に入って来た。
<よ。日奈子さんがさらわれたときは、世話になったな。……あっ、俺、田井村。
俺たちも来てっからよ。負けんなよ! って、リーフェルトにも伝えといてくれよな>
<メロンじゃ。礼はマタタビでええぞぃ―――>
<それ声援じゃねえだろ! 黙ってろ>
<むぐぐぐ>
<日奈子のフィアンセの駿介です。敵が遊園地外へ逃げようとしたら、僕たち兄弟と祖父が結界を張って阻止する。
こんなことしかできなくて、ごめん。君たちは僕よりも若いのに。だけどできる範囲で、一緒に戦いたいと思う。誰一人死ぬことなく、勝ってくれ>
<陽人。……アタシ、母さん。手伝いに来たよ。
いい、絶対負けんじゃないよ! 死んだりなんかしたら、承知しないからね……頑張んなさいよ! って。本当は、こんなこと言いたかないんだけど。怪我とか、そういうの、心配してんだから。
今更母親ヅラすんなって、アンタに寂しい想いをさせてきたくせにって、陽人はそう思うだろうけど。……九割、嘘だって思ってていい。だけど、一割くらいは、信じてくれたら嬉しい。
父さんもアタシも、陽人のこと心配してる。いつもアンタの話してる。本当に今更だけど、アンタのこと、この先も見ていきたいって、そう思ってるんだから。死んじゃったりなんか、しないでよね……? 陽人。
アンタはたった一人の、アタシたちの子供なんだから>
<笹永。俺、布瀬。中学の時に同じクラスだった―――。驚いてるかもしれないけど、少しでも、恩を返したくて。
……覚えてるかな? 僕がひどいいじめで、笹永たちのいる中学に転校してきたこと。転校しても人が怖くて、前の学校じゃずっと家に引きこもってたから、勉強がわからなくて、付いて行けなくて。学校に馴染めず転校しても引きこもりになった僕に、笹永が会いに来てくれたときのこと。
家に来たのは、最初は笹永だけだったのに、勉強がわからないから行きづらいって言ったら、次は勉強が得意な二階堂、木塚さんや市辺さん、他のクラスの人にまで声かけをして、毎週日曜日に、みんなで僕に勉強を教えに来てくれたことも。
笹永にとったら、大したことじゃなかったかもしれないけど。僕は今でもすごく、笹永やみんなに感謝してる。その証拠に、今でも勉強頑張ってるんだ。運動部に入って、結構大変なんだけど。
僕にとって勉強は、笹永とか、みんなとの繋がりそのものだったから。今でも、そう思ってる。だから死ぬまで僕は、どんな分野でも、なんでもいいから勉強を続けながら生きていこうって決めてるんだ。君や二階堂たちへの恩を、僕は絶対に忘れたくないから。
ありがとう。……こんな僕の言葉でも、君の力になるなら、僕は何度だってお礼を言い続けるよ。
本当に、ありがとう―――>
どんな形でも、力がなくとも、自分の助けになりたいと願う人たちの想いが、陽人の胸を熱くする。
(受け取ったよ。みんな―――)
聖書が纏っている光が、一層強くなる。
……これで、補給は完了した。新たな光を双眸に込めて、陽人はまっすぐ戦っている友人と敵を見据えた。




