第64話 Sex&Saint(星野尾兄妹VSフローリス、歩花&みやびVSパンジー)
純白の二つのチャクラムが闇を舞い、空を切り裂き敵に挑む。
フローリスはそれらをしなやかな獣のように駆けながら背を低めてかわし、美央の懐にまで到達しようとする。
(速い―――!)
驚きを覚えるも美央は瞬きせず、フローリスの次の行動に目を見張る。
一見はほっそりとした女の手でも、それは見かけよりもはるかに恐るべきパワーを誇る。
胸倉を捕えられる前に見極め、身を引こうとする美央だったが、自身の身体がぴくりとも動かない。
まさか金縛りにかかりでもしたのだろうかと一瞬考えた彼女だったが、同じヴァンパイア同士では目の色を問わず、術は通用するはずがないとその可能性を頭から打ち消す。
それに、金縛りにかかっていれば動かないはずの指先や脚、爪先などといった箇所は動かせる。
襟を捉えられて力任せに空高く放り投げながらも美央がよくよく目を凝らしてみれば、自分の身体に取り巻く塵ががっちりと彼女の動きを封じているのがわかった。
フローリスの身体の一部―――どこかは今のところわからないが、それを塵化させたものが自分を封じているのだろうと美央は把握した。
空高く舞い上がった美央の身体目掛け、恐るべき脚力で飛び上がり、フローリスが追い打ちをかけようとしている。
それを見ても尚、冷静に先程手放したばかりのチャクラムを操作するべく美央は瞳を赤く輝かせた。
美央の艶がかったプラチナブロンドの頭を引っ掴み、羽で加速して彼女の顔面を地に叩きつけようと目論んでいたフローリスは、
自分の背後、足元めがけ各々奇襲をかけに迫ってくるチャクラムに、彼女は美央を掴んでいる手を除き他の身体を塵化させて一度自分の身を退避させる。
フローリスが避けたことで彼女の背中という標的を失くした一方のチャクラムが、その向こう側にいた持ち主目掛けて回転しながら、その身体の中心を貫いた―――ように見えたが。
実際にはチャクラムは塵化した持ち主の身体の中を通過して、美央の身体を捉えている塵だけを切り裂いていった。
聖属のチャクラムが自分の体に触れないよう、その一部だけを塵化させて拘束を解いたのだ。
それを見たフローリスは面白くない気分になる。
小娘のくせに、生意気に思えるほど魔力のコントロールに長けている。
二十年近くしか生きていないのに、そこらのヴァンパイア兵士に劣らないといっていいほどだ。
役目を果たせなかったチャクラムを両の手の内に迎え入れた美央は、自分を捉えている蒼白の手を切り裂く。
そこでようやく美央から手を放したフローリスだったが、
ふわりとウェーブがかった髪と身体を空中で翻して羽を広げた、そんな美央の一つ一つの所作さえ美しく見えたことで美貌を醜く憎しみに歪めた。
ボロ雑巾のように、醜くぐちゃぐちゃにして台無しにしてやりたい。そんな衝動に駆られ、元の人型に戻るなり、軽く広げた蒼白の手を塵化させ攻撃しようとした。
そんな悪意と嫉妬による魔の牙から美央を遠ざけたのは、純白の三日月の如く鋭利な刃。
フローリスの女らしい肉感的な細い身体を、背後から確かに里央は捉えた。はずだったが。
里央の鎌は何者かにその長い柄を捕まれ、
フローリスに触れる前にぴたりと止まる。
「!」
聖属の祝福が施された、対ヴァンパイア用に作られた純白の鎌の柄に触れたことによりにより強制的に塵化を解除された手から、肉の焼ける音がする。
やがて里央が捉えたその塵は、赤い目を持った細身の男となって現れた。
(また手下……!)
濁った光のない瞳とかち合った後、
フローリスの塵によって傷を作りながら、自身の得物でなんとか持ちこたえている妹に気付く。
「どけ!」
再び塵化し自分の行く手を阻む敵を、里央は鎌で切り裂き美央のもとへ向かった。
「あら、なあに? さっきから。
私がお嬢ちゃんにだけ構うものだから、寂しかった?」
執拗に妹を攻撃するフローリスを止めようと鎌を振るっても、ひらりとかわされくすくすと嘲笑われる。
舌打ちをしてまた彼女を攻撃しようとすれば、またがどこからか男が現れ、全力で里央の身体を羽交い締めにした。
先程の里央の攻撃で血を滴らせながらも、まるで痛みなど感じていないかのように。
そうこうしている間に、最初はなんとか対応していた美央も途中から敵の攻撃を防ぎきれなくなる。
彼女の身体は頭からつま先まで塵に覆われ隠された。
「美央―――!!」
身体中を切り裂かれ、美央の口から悲鳴が上がる。
地へと落ちていく自分の名を兄が叫ぶのを聞きつつも、
美央は自分の懐から純白の拳銃を取り出し、その銃口をフローリスに向けて引き金を引いた。
柄に掴まり、唐笠お化けの祝福を受けた傘に付属した人形の手を操作し、みやびは空中から地上にいるパンジーに攻撃を繰り出す。
ブーツのヒールを鳴らしてそれを容易く回避したパンジーは直後、視界の端に影が見えたことで更に塵化し、自分に対し振り回された歩花の大槌からも逃れる。
<後ろです!>
自分の背中に装備された『サキュバスの尻尾』がパンジーの気配を察知してみやびの背後を示したのを、
意識干渉で彼女に知らせる歩花。
みやびは傘を真上に向けて、振り返りもせずゴスロリの袖から退魔用煙幕を地に落としながら空へ舞い上がる。それを見た歩花も巻き添えを食わないよう、彼女に続き空へ逃げた。
「!」
催涙効果のある煙幕をもろにくらい、あぶり出されるパンジー。
彼女の塵化が解かれた瞬間に歩花が片手を翳して麻酔針を放つ。
が、催涙効果のダメージを負いながらもヴァンパイアが誇る機動力でなかなか命中しないのを見て、
歩花の肩の上にいた茜も狐火を発生させ、パンジーの逃げ道を断つことで娘を支援した。
ついに逃げることが困難になったパンジーは再び塵化し、歩花と茜の攻撃を避けながら、空中にいる歩花たちと距離を詰めていく。
それに対し茜は構えながら瞳を赤く輝かせ、自分の周りに魔力で練り上げ作った十枚の木の葉をばらまいた。
そうして娘と自分のダミーで周囲を固めたことで、パンジーを動揺させて動きを止めることに成功する。
歩花と、そのダミーたちが瞳を青に変え、掲げた一方の掌をパンジーがいる一点へ向けた。
(攻撃が出る方が本物―――いや、油断はできない……!)
一方。敵対しているパンジーは整ったその顔立ちを、自分に言い聞かせることで引き締めた。
見たことのない羽をしているので、男子の方の種族はまだわからない。ヴァンパイアと同じような術を使うことはわかるが。
男子の肩に乗っているあの狐。ただのペットかと最初は思っていたが、先程から幻覚のようなものを使ってこちらを翻弄してくる。ただの動物ではない。
日本にはツクモガミだとか、人を化かす動物がいるとかなんだとか。様々な国の特殊な文化を綴った本など、どこかの国の本屋で見たことがあったような気がする。
無論購入することなく、興味などないとすぐに元の場所に戻したが―――。
(化かす動物……それならダミーが出す攻撃自体も幻だということ。―――なら)
一度は躊躇ったパンジーだったが、一斉に麻酔針が撃たれるのと同時に動く。
ダミーと本体合わせ十一人。自分に攻撃を当てられるのは一体だけ。
パンジーはその内から一体を選び、そいつが幻だと祈り攻撃を受けながら、怯むことなく全力で特攻する。
幸いパンジーがダミーであってほしいと祈った個体は当たっていた。
彼女はダミーが放つ幻覚の麻酔針をその身に浴びながら両腕を塵化させ、歩花たちの本体、ダミーたちとすれ違い様に腕を操り攻撃を加えることで、次々分身を暴いていく。
そして旋回したとき、残った本体であるたった一人を、そのまま塵化させた両腕で追い詰める。
「逃げられるとでも思っているの!?」
背を向け羽を使い塵から逃げる歩花にパンジーは叫ぶ。
赤目のヴァンパイアが操る塵の速さと、別種族―――加えて青目の羽など端から勝負になるわけがない。
ここで歩花の危機を見、気配を消してパンジーの死角をとったつもりのみやびであったが、
聖属の祝福済みの唐笠のアームで捉えようとした彼女の考えは見通されていた。
「来ると思っていたわ! クソガキ!」
捕らえられると確信した直後、身を翻したパンジーに逃げられる。
みやびはアームを操り、引き続きパンジーに拳を見舞おうとするが、今度はあっさりパンジーはそれをかわす。
そう―――確かにこの傘のアームのパワーは、赤目のヴァンパイアでも侮れない。
しかしあくまでこの傘は、意思を持って動いているわけではなく、持ち主のガキが操っているだけだ。
(冷静に見極め。攻撃のパターンを読みさえすれば容易いはず―――)
アームのラッシュに目を見張り、隙を見いだせるまでパンジーはかわしながら、集中力すべてをそこに注ぎ機会を待つ。
(―――ここよ!)
回避だけの戦いの間で見つけた、敵の呼吸の隙間。
パンジーはブーツの爪先でみやびの傘を下から上へ蹴りあげ弾き飛ばすと、
がらあきになったみやびの脇腹に足の甲を食い込ませる。
人間離れしたパワーを持った女の足が、嫌な音を立てながらみやびのあばらを砕いていく。
しかしみやびの瞳は光を失うどころか、ぎらりと更に輝き、ゴスロリのたっぷりとした袖で覆われた腕を真っ直ぐパンジーに向ける。
「ッ!」
小さな身体が吹っ飛ぶ、その寸前。突如みやびの袖の中から生えてきた鋭い数本の鉤爪が、三本の傷をパンジーの肩に深く刻み込み、赤い血が咲く。
化け猫の祝福を受けた暗器を赤く濡らしながら、みやびは建物の窓をぶち破り姿を消した。
続けて歩花の大槌の攻撃が、パンジーを背後から横殴りに吹っ飛ばそうとするも、彼女はふわりと羽を使い舞い上がることで直撃を避ける。
ブーツの爪先で夜空に弧を描きながら身を返し、そのまま歩花の頭上から急直下し、踵落としを繰り出す。
大槌の柄でそれをなんとか受け止めた歩花だったが、
パンジーのパワーに羽が耐えきれず落下した。
その間、むっちりとしたパンジーの右脚、太股が歩花の首にかかり、折り畳まれる。たちまち片脚一つの力とは思えないほどの負荷が首にかかり、このままではへし折られてしまうと危惧した歩花は、咄嗟に首だけを塵化させ脱出する。
その時―――頭の中に入ってきた一つの意識に歩花は僅かに顎を持ち上げた。
そして体勢を整えつつ地上に目を配り、再びパンジーを見据える。
武器を構えた瞬間に鈍く痛んだ鎖骨に、それを表情には出さないように唇を引き締めた。
(……さっきの一瞬だけで鎖骨にヒビでも入ったか―――)
呼吸するだけでも少し痛む。
それでも得意のポーカーフェイスで耐えて、歩花は意識の中の声に頭で返答した。
大槌を振り上げ、パンジーに挑む。
パンジーもそれに構えを取り歩花に迎えうった。
その瞬間。
何者かが躍り出て、歩花とパンジーの視界の間に割り込んできた。
「な―――!?」
自分の身体に上空から落ちてきた、鉛のような重い何か。
まさか、ヴァンパイアの自分が。そのままパンジーは地に落ちた。
「っ……つ―――」
「なかなか、燃費が悪いな。この武器は」
頭を振り、上空から落とされた衝撃から立ち直ろうとしているパンジーに、男の声が上から降ってくる。
「お前―――……!」
男を見上げたパンジーを、その時覆った影。
そこにあったのは、自分に襲いかかる義母のフローリスの姿だった。
(こうしてリーフェルト王子と常に接近していれば、あのエクソシストも手は出せまい)
素手でリーフェルトと交戦していたエリックは、豊富な戦闘経験を生かし戦闘を優位に進めていた。
しかし油断はできない。少しでもリーフェルトとの間に割って入れるだけの距離が開くと、聖書の人間はリーフェルトを傷つけない的確な角度から、エリックを一撃で仕留められるほどの絶妙な力加減で攻撃してくる。
彼もまだ子供ではあるが、なかなかの戦闘経験を積んだ戦士だ。
故に、常にリーフェルトと肉弾戦を繰り広げられる距離を保ち、彼に適度な攻撃を与え余所見をする時間を設け、その隙に聖書の人間を攻撃する。
それがベストなやり方だとエリックは考えた。
リーフェルトに回し蹴りを食らわせ、彼の脚が少しよろけた隙を狙い、また塵化で陽人を狙うエリック。
しかし自分が隙を見せれば味方が狙われることを既に理解していたリーフェルトは踏ん張り、
地を蹴って負けじと躍り出た。
その時―――足元が突如まばゆい光に包まれ、エリックは気のせいかと目を下に向け、驚愕する。
(まさか。リーフェルト王子もろとも……!?)
光の輪がいつのまにか自分の周囲を囲っている。無論その輪の中には、聖書の人間の仲間のリーフェルトもいる。
聖書の人間が視界の端で大きく動き、取り出したのはボウガンだった。
矢を聖水で濡らし、彼は構えて引き金に手をかける。
「……!?」
リーフェルトもろとも光に包まれる瞬間。聖書の人間が放った、
狗の退魔の札をその身に巻き付けられたボウガンの矢は、エリックの横を素通りしていった。
迫り来る義母に幼少から身体に染みついた恐怖心が蘇り、パンジーの頭が真っ白になった。
何者かに羽交い締めにされ身動きがとれなくなり、更には逃げることさえできなくなってしまう。
そこで不意にフローリスの身体をなにかがすり抜けて、自分目掛けて飛んできた。
「あ―――……」
がくんと、突如視界が揺れる。
が。思考を止めたパンジーの耳には、自分のブーツのヒールが折れた音は届かなかった。
彼女の身体の重心がぶれたことで、パンジーの喉を貫こうとしたボウガンの先は、予期せぬ方向へ向かい別のものを貫いた。
片目を貫いた激痛に断末魔のごとく悲鳴を上げたのは―――パンジーではなく、
セノフォンテに魅了をかけられ彼女を押さえつけていたリリアーヌだった。




