第61話 最強の唐笠(セノフォンテ&ガートルードVSリリアーヌ、歩花&みやびVSパンジー)
(金目なんて初めて戦うな……)
目を閉じ、ぶつぶつと金縛りを解くことに集中している左一とリンドウを他所に、
早海がドナをまっすぐ見据えている。
(金縛りの解除に時間がかかりすぎる……早くあの子の助けに行ってやりたいが)
赤目ならば金縛りの解除も手間取ることはないのに。
吸血鬼の脅威的なパワーを考えれば、少しの時間のロスも命取りだ。
(死ぬなよ、みやび―――)
妻、ミシェルの弟子であり、娘のようにミシェルと可愛がってきた少女に早海は胸の内で祈った。
みやびはピンクの髪のヴァンパイアとにらみ合いながら、
長い人形の腕の付属した、不格好な傘を右肩に軽く凭れさせている。
そこにみやびの退魔の力を注ぎ込まれ、傘に付属した腕は持ち上がり、まるで命が宿ったようにスムーズな動きで両手で拳を作るなり、それらを傘の前でぶつけ合わせた。
「キモい傘」
ぼそりとリリアーヌの口の中で呟かれた悪態がみやびの耳に届き、彼女の眉が一瞬ひくりとする。
が。みやびはすぐにニッコリとして、
「そういえば。貴方が恋愛ごっこしてたお兄さんたち、いなくなっちゃったね」
と子供じみた声を作り、敵の女にあどけないふりで首を捻る。
「……別に。ハーレムならまた作ればいいもの。男なんて溢れてるわけだし」
「沢山の男の人に囲まれるって、楽しい?」
「語ってどうすんの? 大人の女の楽しみを理解できないお子様に。
お話が聞きたいなら、帰ってママに絵本でも読んでもらったら?」
「……ふうん。確かに子供の私にはぁ、わかんないけど……。……でも、それじゃあ大変だね?」
「……あ?」
「だって、沢山の男の人と恋愛するなら、お口の匂いに気を付けないと。
歳取ると匂ってくるっていうもんね? おばーァちゃん♡ 歳がバレるからあんまり喋らないほうがいいんじゃない?」
ニコニコとしながら暴言を吐き出した人間の小学生に、リリアーヌは最初何を言われたのかわからないような顔をしていたが、
みるみるうちに怒りの形相へと変わっていく。
(恐ろしい……こちらにまで飛び火している―――!)
距離の近さから、みやびの挑発は歩花、パンジーたちの耳にも入っていた。
対峙している敵の美しい顔にくっきりと青筋が刻まれていく様子を見ながら、苦い顔になる歩花。
(天澤さん頼む……貴方ももう喋らないでくれ……!)
赤目のヴァンパイアを相手にするというだけでも大仕事だというのに、そんな敵の怒りを買うことを平気で口にする彼女に歩花は不安を覚えた。
そんなときだった。
歩花の目の前を予期せず、黒い人影が遮ったのは。
「……!」
歩花だけではなかった。みやびの前にも、長身の人影。
「間に合ったようだな」
空から歩花、みやびの目の前に降りてきた二人の男たち。聞き慣れた声と見慣れた背中に、歩花は彼らの名を口にする。
「セノ! ランフランク!」
「おう」
歩花の前には大槌を持ったセノフォンテ。みやびの前には魔石のついた、腕や脚までに至る手足の装備を服の上から付けたガートルード。
自分と同じような得物を担いで現れた従兄に「まさかその武器……」と呟く。
「お前が謹慎中、陽人の相棒代理を務めた際使用したお前の大槌があまりにも使い勝手が良かったのでな。
俺のも大蟻の隠れ家に行って作ってもらった」
「……作ってもらった? 前線で戦う気か? お前が??」
「未来の嫁、マックスとの輝かしい未来のために場数は踏んでおこうと思ってな」
「未来って……まだフラれ続けで付き合ってもいな―――」
「相手は女とはいえ、人間の女が成熟したヴァンパイアとサシでやるのは難しかろう。支援してやる」
歩花の科白に被せるように少し声量を大きくして言った彼。
「誤魔化したな」と歩花は思ったが、今は漫才などやっている時ではない。
彼女は瞳を動かし、勇治郎の姿を暫し探す。
彼は既にカシュパルとの戦闘を開始し、魔石の力で空中戦を繰り広げていた。
(……男だからな。よほど苦戦していない限りは、手出しは不要だと怒られてしまうか……)
「……よし。じゃあ頼む」
「じゃあ私は二階堂と組むわ」
話を呑み込むや否や、口を挟んで即決で歩花をみやびが指名する。
何故自分たちを速攻ペアの選択肢から外すのか、少し微妙な顔をしたガートルードにみやびは傘を持っていないほうの手を腰に当て
「ペアを組むならタイプの違う者同士のほうが何かと良いでしょ? 二階堂とそのハンマーが組んだら武器被るじゃない。
それと私、貴方たちとは初対面だから。退魔師の女が面識のないインキュバスと組めって、はいわかりましたってすぐに組めると思う?
知らない人を警戒しなさいって、お父さんとお母さんに言われてるの。私」
ズバズバと遠慮のない物言いの小学生に、「お……おう」と圧倒されながらガートルードは納得の声を出し、セノは声をあげて愉快そうに笑う。
「いいぞ、娘。でかくなったら夢で一戦交えてほしいもんだな」
「小学生にそんなことを言うんじゃない……! マックスはどうした、マックスは」
「なんだ。人間界では夢の中でも浮気になるのか?」
「……天澤さん。僕の支援をよろしく頼みます」
答えるのが面倒になり、歩花は従兄との会話を打ち切りみやびと向き直る。
みやびは頷き、パンジーと対する歩花の方にやって来た。
「良かったじゃない。作戦のことを考えたら、二対一のほうがいいでしょう?」
「ええ」
小声のみやびに相槌を打って、
歩花は欠伸をしている黒髪の女ヴァンパイアを見据えた。
「……話は終わった?」
「ああ。待たせたな」
「別にいいわよ。別に一人でも二人でも構わないもの」
肩にかかった髪をふわりと払ったパンジーに、構える二人。
臨戦態勢となり後ろ腰から広がった歩花の異形の羽を見て、
パンジーは首を捻って「変わった羽ね」と評した。
「……羽を見る限りヴァンパイアじゃないわねえ?」
突如現れた二人の男子が自分の相手になると察しても、
余裕の笑みを崩さないリリアーヌ。
セノとガートルードを眺めていたリリアーヌは熱っぽい目をして、瞳を赤く輝かせた。
それを見てセノはリリアーヌと間合いを詰めながら、自分の魔力を大槌の魔石に注ぎ、彼女のマインドコントロールを呪いの力で打ち消す。
またセノのように打ち消すことはできずとも、敵から目を逸らすことで相手の支配下に置かれることを回避したガートルードは、自身の両脚のホルダーから、四肢の装備と同じように、夢魔の世界の森に済んでいる魔物―――人間界で言うところの、ある程度の知性を持ったトロールのような種族―――の魔石が埋め込まれたトンファーを取った。
「ふっ―――」
トンファーを繰り出され、リリアーヌは顔色一つ変えずそれを片手で受け流そうとするも、
じゅう、と皮膚が灼ける感覚と、か弱い他種族とは思えぬ敵の得物のパワーに目を見開き顔色を変える。
(あの武器、聖属の祝福済み……!)
魔女に高値で頼むか、難度な依頼を達成するかなどして、退魔用に強化された武器のようだ。
ガートルードの手元を見ると、彼の装備の下には手袋が装着されている。
そして自分の頭上には、大槌を振り下ろそうとするセノの姿。
素手でその柄を握っているのを見て、ヴァンパイアの超人的な自分の力を信用してか、片手を翳し彼女は大槌を受け止める姿勢を取る。
(ッ……重い……!!)
一見して貧弱なセノの肉体には似合わぬ、大槌のその重み。
リリアーヌの足が少しよろめく。
それを見てセノは更に自分の魔力を大槌に上乗せし、
速やかに離れたガートルードを確認の上、更に横殴りに大槌をリリアーヌに向かって振りかぶる。
「ぐっ……う……!!」
セノが魔力を上乗せした際、赤く灯った彼の瞳から漠然と危険を察知したリリアーヌは、
咄嗟に両腕と片脚で自分の横っ面、身体をガードする。
大槌に派手に殴られ、彼女の身体は一度は軽く浮いたものの、
すぐに両足を地に付けてリリアーヌは踏ん張り、踵を長く引き摺りながらも、なんとかダウンを防いだ。
(相当の魔力を込めているのに、これでも倒れないか……!)
想像はしていたが、ヴァンパイアの耐久力を目にして改めて驚かされるセノ。
自分たちの身体能力の差を見せつけられても、尚ガートルードは動揺することなくリリアーヌに突き進む。
右から左へガートルードが薙いだ彼の得物は、飛ぶように鋭く空を切って縦に回転し、体勢が整いきれていない彼女のがら空きの上体、顎の部分を襲う。
しかしリリアーヌの背中の羽が彼女の顔を覆い隠してしまったことで、
惜しくも彼の打撃は届かなかった。
ヴァンパイアの羽の合間から、恐ろしい速度で鋭い爪を携えた女の手がガートルードの喉に伸びる。
「っぶね……!!」
反射的に身体をのけ反らせ、彼は間一髪でそれを避けバック転で距離を取る。その間、自分の脚が何か姿のないものに傷つけられていくチリチリとした感覚を覚えた。
セノの傍まで十分な間合いを取ってからよくよく見ると、黒い塊のごとき塵の集合体がリリアーヌ周辺を舞っている。おそらくはリリアーヌの身体の一部だろう。
リリアーヌは羽を広げ、ガードの殻から出てくるなり、
「二人とも色っぽいから奴隷にしてあげようと思ったのに。……残念ね」
「簡単に手玉に取られるようでは、インキュバスの名が廃るからな」
「……ふうん?」
冷酷さと色香が同居した美貌で、リリアーヌはセノに唇の端を興味深そうに吊り上げた。
一方―――歩花、みやびたちの方では。
歩花が羽を広げ加速しつつ、パンジーに向かって大槌を上から降り下ろす。
思いきりよく地面に得物を叩きつけるが、手応えがない。歩花がそう思った瞬間、大槌が地に触れている場所から黒い塵が歩花の槌の上に集まってくる。
「唐笠」
みやびに応えるように柄についた魔石が輝き、とん、と踏み出した彼女のブーツが鳴る。
その一歩から、彼女の傘はその広がりからの抵抗力など全く感じていないかのように持ち主をふわりと浮かせ、小学生の彼女の足とは比べ物にならないスピードで運んでいく。
「!」
歩花の槌の上に移動しては元の姿に戻ったパンジーが、むっちりとした太股で歩花の腕を挟みへし折る前に、
みやびの傘がパンジーの顔目掛けてパンチを放った。
飛んできた拳の速度は恐ろしいほどのスピードで、パンジーは緊張感で瞬時に引き締めてギリギリでそれを避け、羽を広げて歩花から離れた。
空を飛んだパンジーだったが、みやびは傘を持ち直してまた退魔の力を注ぎ込む。
するとふわりとみやびの小さな身体がまた地を離れ、パンジーを逃がすことを許さない。傘の腕は敵の隙や死角を狙い、次々と拳を繰り出していく。
「ぐっ……!?」
作り物の腕とは思えないほどの精密さで攻撃をしてくる傘の拳をすぐに避けきれなくなり、片腕でそれを受け止めるパンジーだったが。
人形の腕の細さと拳に釣り合わぬパワーに、彼女の表情が更に驚きへと変わった。
その隙―――みやびは傘に捕まりながらパンジーの横っ面にキックを繰り出す。
それはみやび自身の武器に比べればあまりにも他愛のないものだったが、刹那、敵の目を眩ますには十分だった。
みやびは傘をぎゅ、と握り直しゴスロリのスカートの中で脚を畳むと、傘は組んだ重い両手を敵の脳天に降り下ろし、パンジーの黒髪を地に沈めた。
「……あのピンクの女。キモい傘なんて、よく言ってくれたわね。
この子は、私の友達で、私の恩人。そして日本最強の唐笠お化けよ。
―――あんまりナメないで」
言い放ったみやびの目の先で、ゆらりと身体を起こし始めるパンジー。
彼女は薄ら笑いを浮かべ、「ばっかみたい」と鼻で笑った。




