第62話 ブラック企業!魔法少女(勇治郎VSカシュパル、ちあみ&右京VSサモエド)
カシュパルが深い夜空を背に羽を広げ、逞しい筋肉のついた腕を掲げて突っ込んでいく。
それで敵の身体の骨を粉砕してやろうとした彼だったが、その腕が勇治郎の身体に接する間一髪のところで、
勇治郎は膝を曲げて退魔の力を靴に付属した魔石に上乗せする。
魔石から発生された目に見えぬ力でガードされるも、力に任せて構わず腕を振り切ったカシュパルに、
勇治郎の身体はガードしたままふっ飛ばされる。
とんでもない速度で敵から遠ざかっていく自分の身体と、その先にあるジェットコースターのレールに多少焦りを覚えるも、自信を落ち着かせて靴の魔石に全神経を集中させる勇治郎。
日本の妖怪のカマイタチと、魔女の依頼の報酬に宿った風の精霊の加護を融合させた、靴のエメラルドのごとく翠の魔石が更に輝きを帯びて、風の力が彼の身体を包み込んでいく。
(完全に止まるのは無理やけど―――)
身動きできないほどの抵抗を極力弱め、飛ばされながら下から上へ、彼は逆立ちするように足を後ろに振り上げる。
すると彼の靴から発生した風の刃が、勇治郎の身体の向かう先へと飛来し、瞬時にバラバラになった。
「ふんっ……!」
次に、気合を入れた勇治郎の周りに球体の殻が作られる。
風の加護が練られた殻は、バラバラにされたレールの残骸を接触する際にはね飛ばし、その中にいる魔石の使用者との直撃を防いだ。
「よし!」
カシュパルにふっ飛ばされた抵抗をほぼ殺すことに成功した勇治郎は身体を翻し、
そこに見えない地があるかのように着地し、それを強く蹴って飛んだ。
建物の壁から、壁へ飛び移り、カシュパルと距離を詰めていく。
そして再び壁を蹴って、敵の太い首目掛けて放たれる右足の爪先。
魔石の力により鋭い凶器となった彼の靴は、たとえ直撃しなくとも、赤目の吸血鬼の首を容易くはねる力はある。
屈んでキックを避けるカシュパル。切る対象をなくした右足の勢いを殺すことなくくるりと回ると、そのまま彼は左足を振り上げてカシュパルの頭上から踵落としを繰り出す。
軽やかながら鋭利な斧と化したその踵は、聖属の祝福を受けている。そのことを忘れぬよう頭に留めていたカシュパルは、勇治郎の腿を片手で掴み相手の攻撃を止めた。
それならばと自由な右脚を振り上げた勇治郎だったが、一歩前に出たカシュパルが彼の右足首を脇で挟みこみそれさえも受け止める。そのままみしりと軋む音を立てて勇治郎の右脚をへし折ろうとした。
勇治郎がすかさず懐から聖水の瓶を出し、その口をカシュパルに向ける。栓を抜くこともせず、ただ顔に突きつけてくるだけの敵にカシュパルは最初は疑問を覚えるも、その瓶に退魔の札が貼られていること。そしてその中身がピシピシと音を立てて凍り付いていく様に気付くなり、咄嗟に彼を解放し身を引いた。
「チイィ!!」
氷柱女の札によって、聖水の中身は鋭利な氷柱と化し、栓をぶち抜いて避けたカシュパルのこめかみを肉まで抉る。
解放された勇治郎は、体勢の崩れた敵の隙を狙って今度は彼が一歩踏み込む。
それを阻止するべく、カシュパルの目が赤く輝く。
金縛りを食らい、動きを封じ込まれた勇治郎を見て好機と思ったカシュパルが鋭い爪を開いた瞬間、首の後ろを何かが掠めたような感覚をわずかに感じ、素早く振り返る。
「……?」
カシュパルが見やった先―――背後には誰もいない。
用心深く太い首を回しじっくり確認するが、本当に気のせいのようだ。
眉をひそめ怪訝そうにしながらも、視界をもとに戻すカシュパル。
そして「ぁあ゛?」と声をあげた。
金縛りにかかり身動きのとれないはずの勇治郎の姿がなんと、目の前で忽然と消えてしまっていた。
ジェットコースターのレールの残骸が地に落ちる音を背後に、羽を伸ばし浮いたままサモエドが自身の眼前に作り出した魔法陣に手を伸べ、真っ赤な炎の渦を作り出しちあみと右京に襲い掛かる。
「お守りください! 水神様!!」
右京は土産屋の屋根の上で錫杖を振り鳴らし、退魔の力を錫杖の青い魔石に注ぐ。
どこからか湧きいでた水が、女性の割には百七十センチ以上もある右京の長身を蛇のように包みこみ、それはやがて大きな水の壁となって自身と小柄なちあみを守る。
「くっ……ううう!!」
水神によって作られた盾が、サモエドの炎によって煙を上げて蒸発していくのを見て、右京は集中し力を注ぎ続ける。
「リゴ! さまよえる者たちよ!!」
ちあみの女の子らしい手の上に乗っている厚い黒魔導書が禍々しい空気を帯びて、従者であるリゴベルトに力を与える。
リゴベルトが片手をサモエドの炎に翳すと、歪な影たちが右京の水の盾のすぐ傍にちあみたちを守るように上へ上へと重なり合い壁を作ると、水神の盾によって半分威力の死んだ敵の攻撃を完全に打ち消した。
積み重なった影たちの目が、暗く不気味な光をたたえて一斉にサモエドに視線を集める。
(!)
金縛りと同じ効果があるとすぐさま察したサモエドは、魔法防御を構えるが、かくん、と突如視界が揺れ、彼は自分の足元に目を移した。
黒い影たちがゆったりとしたローブを纏った自分の腰にしがみついている。
サモエドが眉をひそめ、魔法で一掃してやろうかと考えた瞬間に、「おにいちゃん」と、鈴の鳴るような声で何者かが声をかける。
今。戦いの最中とは思えないほど場違いな天使のように愛らしいブロンドの幼女が、無邪気な笑顔を彼に向けていた。
「おにィちゃん。のぉみそちょおだぁああい!!」
小さな愛らしい唇ががばりと後頭部付近まで大きく裂け、幼女はサモエドの頭を丸かじろうとした。一つの影がサモエドの背後から頭を固定し、身動きできないようにする。
鮫のように鋭い牙が彼に届くその直前にサモエドが瞬間移動能力で姿を消し、影の頭だけを食いちぎったのに、ちあみの傍らに現れたレジェスが悔しそうに舌打ちした。
「ああもう! 鬱陶しいなあ!」
瞬間移動を使用してもどこからともなく現れてまだすがり付いてくる影たちを消すが、
次々再生されてはどこまでもサモエドを追いかける。
「……ちあみ」
「?」
「アンタ。あの影がなんなのかわかってる?」
前を見据えながら、横顔でちあみに右京は問うた。
「うん! 死んだ人のタマシイだよ」
ニッコリと悪意なき笑顔でちあみは微笑んだ。
わかっていて戦わせているのかと、短い溜め息をつく右京。
「あの子達も戦いたいって言うから、助けてもらってるの!」
同意の上だということは、まあなんとなく右京にも理解できる。
確かにここには理不尽に殺された人間たちの怨恨で溢れている。
由緒正しい霊媒師の家の血をひく彼女も、ここに訪れてすぐにそれを察してはいたが。倫理的に抵抗がまったくないのかと、胸の内で複雑な気分になるのだ。
「くそが!!」
口汚く叫んで見えない力で敵が影を弾き飛ばし、暗い閃光を右京たちに放つ。他にもちあみに聞きたいことは山ほどあるが、そんな暇などないと、無理矢理にでも右京は戦いに自分を集中させた。
右京は錫杖を鳴らし、巨大な蛇を模した水を閃光にぶつけ合わせる。
「レジェス!」
ちあみの魔導書を通して、両手を真上に掲げたレジェスの頭の上に、黒雲が発生し渦を巻く。
「いでよ! 聖なるいかずちよ! ジャッジメントホーリーサンダー!!」
「そんなもんねーよ!!」
大声で突っ込みながらレジェスが放ったのは、どう見ても『ホーリーサンダー』の名に似合わない、禍々しい稲光りを纏った雷だ。
それは右京の水激と合わさり、サモエドの魔法を共に迎え撃つ。
「っ……強い―――!」
凄まじいサモエドの魔法攻撃に、力負けしそうになるも錫杖をなんとか掲げ続けて右京は耐える。
レジェスも女神のように美しい顔に苦悶を刻み、つらそうにしている。
リゴベルトはちあみの傍で呑気に「ほほう」と感心の声を出した。
「やりますねえ。相手も」
「リゴ……! 怨霊たちにも手伝ってもらえるように、掛け合って……!」
「……それはいいですが―――。ああ、ちあみサン。それよりもっと良い案がありますよ」
リゴベルトはレジェスに力を注ぐことに集中しつらそうな主の耳元に、そっと端正な唇を寄せる。
「良い案って、なに……?」
「それはね、ちあみサン。取引です」
「トリヒキ……!?」
「たとえば、目玉。それが嫌なら腕や脚でもいい。
どこか身体の一部を提供してくだされば、飛躍的に貴方の術を簡単に強化することができますが……?」
「……身体の一部?」
「助けたいのでしょう? 沢山の人々を。魔法少女を名乗るなら、それくらいの代償くらい払わなければ……」
まるで行為の最中の睦言のように、それはどこまでも優しい悪魔の声。
ちあみは黒魔導書の力の放出を続けながら暫く考える顔をしていたが、やがてハッと思い立ったように顔を上げてレジェスの名前に声を張り上げる。
「レジェス!」
「ぁあ!?」
集中を乱されたくないこの場で名を呼ばれ、雑な返事を返したレジェスに、
あろうことに、彼女たちの主人が言った言葉は、
「お父さんの髪の毛、全部あげる!」
「―――!? イヤイヤイヤ! イヤイヤイヤイヤイヤ!!」
「いえ……あのですね、ちあみサン……」
自分の身体の一部ではなく、他人のものを提案しだした少女に、まさかその発想はなかった従者二人の突っ込みが飛ぶ。
更にちあみは「じゃあ」と続けた。
「若ハゲのお兄ちゃんの髪の毛も追加で!! それなら大丈夫!?」
「心配なのはそっちじゃねーよ! お前のモラルの方!!」
「なにモラルって!! だって中途半端なハゲで見苦しいんだもん! スキンヘッドのほうがマシだからこの際―――」
「親父と兄貴になんの恨みがあンだテメエは!」
「そんな、ひどい! 恨みなんてないよ! ちゃんと感謝してるよ!」
「ちょっと黙って! 集中できないから!!」
右京の叱咤が飛び、ちあみとレジェスの会話がそこで強制的に中断される。
しかし。どういうことだろうとやはり右京は胸のどこかで考えてしまう。
ここまで黒魔導書を使っているというのに、傍らの少女―――ちあみは未だ五体満足だ。精神が汚染されている様子もない。確かに性格的には変わっているが、霊感を通して見えるちあみのオーラを見る限り、それは単なる彼女の個性だ。
(黒魔導書を使用するには、代償が必要だと聞くけど……)
一方。攻撃を続けているレジェス。
黒魔導書から伝わるちあみの心の声を受けとりつつ、彼女は舌打ちする。
「シンジルココロがチカラになるとか、そんなんで強くなれりゃ誰も苦労しねぇんだよ……!」
ちあみの胸中にあるのは、ただひとつ。従者である自分を信じる想いのみ。
そんなひと匙の生クリーム以下の、甘ったるい腹の足しにもならない幻想など一体何の役に立つというのか。
(タダ働きだらけで報酬もねえ。とんだブラック企業だな―――!!)
ケッ、と。レジェスは美貌を歪め一人吐き捨てた。
アルプのヴェルナーの魔石を使い、透明化能力で姿を消した勇治郎は、相手が目の前で自分の姿を探している間、金縛りを解くのに集中する。
(相手が赤目ならなんとか……この外し方を、一発で覚えれば―――)
それぞれの退魔の流派にもよって異なることもあるが、大体の日本の退魔師による金縛りの解きかたは共通している。
金縛りは例えるなら幾重にも重なった鍵つきの鎖のようなもの。その鍵穴に自分の退魔の力を注ぎ込み、解除していく。しかし単に力を注ぎ込めば良いというわけではなく、鍵穴によって自分の中で力を変換、微調整し、適した鍵を一つずつ作り上げては一つの鍵を解除するという作業を行わなければならない。
そして鎖の解き方は、青、赤、金と金縛りを使うものたちが強くなるほどに、より頑丈に複雑になっていく。
(ここでカッコ悪いところは見せられへん―――)
金縛りの解除の仕方を完璧に把握するため、ひとつひとつしっかり確かめながら、勇治郎は自分にかけられた呪縛を解いていく。




