第60話 開戦2
リーフェルトは歩花、星野尾兄妹と並び、エリックを見据える。
歩花は前から目を離さないまま、ヴァンパイアハンターたちに声をかけた。
「星野尾たちはフローリスのもとへ」
里央と美央は彼女の言葉に、歩花の横顔を見る。
フローリスは、里央たちの母親の仇かもしれない女。
確かにその場を誰かに任せられるならばそうしたいところではあるが。
歩花はヴァンパイアの力を半分宿しているとはいえ、メインの血は半人前のサキュバス。
更にはリーフェルトに戦意があるかどうかも疑わしいというのに。
迷う二人の心に、そこで予期せずリーフェルトが口を開く。
「行ってください。二人とも。
彼は、僕たちが引き受けます」
ハッキリとした、強い決意の篭ったその科白に、歩花と彼女の肩に乗ってる狐姿の茜もリーフェルトを見つめた。
心配そうにリーフェルトを見て目を瞬かせる美央の隣で、
里央は暫し無言だったが、
「……美央」
彼は双子の妹の名前を呼び、リーフェルトたちに背を向けてフローリスのもとへ飛ぶ。
兄の声に応え、慌てて彼の背を追おうとする美央の気後れした様子を、
リーフェルトは肩越しに見送った。
「戦えるのか?」
歩花の声に、次は彼女の方を振り向く。
歩花もまた、美央以上に心配そうにしていた。
リーフェルトは間を置かず頷いてみせる。
「君の心に傷が付くようなら、無理に参加しなくてもいいんだぞ。
僕たちは別に、君を軽蔑したりとか、そんなことは決して―――」
「歩花」
「……」
リーフェルトのあまりにも真剣な眼差しに、歩花はそれきりなにも言えなくなる。
一体何がリーフェルトの心を変えたのか。どんな決意が彼の胸にあるのか、歩花にはわからなかったが―――。
歩花は「わかった」と言って、陽人に意識干渉を送った。
「エリックは、君と陽人に任せる」
「……歩花は?」
「私の敵は他にいる」
そう言った歩花の目線の先には、赤目のヴァンパイアたち。
歩花は羽を広げて、リーフェルトから離れていく。
「地上に降りたら、母さんは父さんのところへ」
義理の娘の肩の上、茜は少し目を細めて一拍置く。
「私は、ここで歩花と戦います」
「駄目。母さんに怪我でもさせたら僕が殴られる」
「……歩花。左一さんは、貴方が怪我をしても悲しみますよ?」
「えぇ……? そういう仲じゃないよ。
父さんは僕の心配はしてない。僕は長年鍛え上げた弟子でもあるから。
でも今回、母さんを絶対に怪我させないという約束はできないから、父さんの傍にいる方がずっと安全だよ」
「母さんはここにいます」
「……うーん。どうしてもって言うなら、いいけど……」
そんな会話もほどほどに、歩花は意識干渉で敵の視覚から味方の人数を確認した。
(一般人は関わるなと言ったのに……)
黒魔導書を持ってサモエドと対峙しているちあみに、彼女は重々しい溜め息をついた。
「随分、面白い匂いをしていますね」
ちあみの従者であるリゴベルトが、興味深そうにサモエドに言う。
「君たちもね。まさかこんな信仰薄い島国で、君たちのような存在に会えるとは思わなかったよ」
宙を浮いた状態で向かい合うリゴベルト、レジェス、サモエドの、種の異なる人外たち。
それを土産屋の屋根の上に立ち見守っていたちあみの隣に突如水がどこからか涌き出でて、そこから錫杖を持った長身の女が現れた。
「……支援してやってって、なんか眼鏡の男子に頼まれた」
ダメージジーンズに革ジャンを着た二十代前半のその女は、驚いているちあみに簡潔な説明をする。
「私は右京。アンタは?」
「あっ……ち、ちあみです……」
「ちあみね。……来年、ライブやるから。良かったら来て」
「あっ……。はい……」
クールな物言いと大人の女の佇まいに圧倒され、ちあみは明るいキャラをつい取り落としてしまう。
(ライブ……? バンドでもやってるのかな……)
女ながら心地よく通る低い声に、同性ながらドキドキするのを抑えつつ、
ちあみは再び前の敵に集中した。
一方―――フローリスと対峙する星野尾兄弟。
彼らの後ろでは、自分たちがフローリスとやり合うつもりが突如割って入ってきた里央たちの背中に阻まれて、雪女と中華風の姉妹が変な顔をしている。
「貴方が、彼女たちの育ての親……間違いないわね?」
「……あァ。そうだけど?」
問う美央にフローリスは気だるげに応えた後、すぐに人格が変わったように里央にニッコリ微笑みかける。
「アンタ可愛いねえ。将来イイ男になるよー。
そんな物騒な武器は捨てて、アタシと楽しくやらない?」
「黙って僕たちの問いに答えろ」
美女からの誘惑を容易くはね除け、柄の長い鎌の先を彼女に向けて里央は迷いなき眼光でまっすぐ睨み付けた。
「僕たちと同じ髪の色をした、白人の男を覚えているか?」
「……? アンタと同じ髪の色?」
「お前が過去に襲ってきた者達の中に、異世界の迷いの森に置き去りにしたという男がいたと聞いた。
日本人の人間の妻を持った白人のヴァンパイア。僕たちと同じ髪の色。その男と一致するところがあるんじゃないのか?」
「……んー。いたっけなァ、そんなオトコ。
誰から聞いたんだい? そんな話」
「貴方の娘が、得意気にペラペラと話してくれたわ」
リリアーヌがリーフェルトを思い通りにするため、持ち出した養母の脅し話。
その話が事実か否か。自分の父と関係があるのか気持ちが逸るままに口を挟んだ美央に、とぼけたような口ぶりだったフローリスは忌々しげに舌打ちし、
「うるさいねェ! お前みたいなクソガキに聞いてんじゃないんだよ!
黙ってなションベン女が!!」
里央を前にしたときの妖艶な猫なで声はどこへやら。美央に対し醜く顔を歪めて口汚く怒鳴り付けた。
赤い前髪を掻き上げ、フローリスは一息ついてから「で……?」としなを作った落ち着いた声になり、再度里央に目を戻す。
「坊やたちと、坊やにたちの言ってるその男に一体どんな関係があるんだい?
……同じ髪の色とか言ってたけど。ひょっとして父親か何かかしら?」
「……余計なことは聞くな。聞かれたことだけに答えろ」
「ンふふふ……冷たいねェ」
低く好戦的な里央の声色に怯むどころか、細い肩を揺らし、フローリスは楽しげに笑う。
「でもそうやっていきがってるトコロ、可愛いねェ。
そんなオトコを、従順な奴隷にどう変えるか……。想像するだけでヌレそ……♪」
大半の男なら見とれてしまいそうな微笑と共に、パチンと蒼白の細い指を鳴らしたフローリス。
するとフローリスについて飛んでいた四匹の蝙蝠が人型へとたちまち変化し、
四人のヴァンパイアとなってフローリスを守るように彼女の前に立つ。
「この吸血鬼たちはアタシの洗脳技術のすべてをもって作り出した最高傑作。
坊やたちに勝てるかしら?」
今すぐにでもフローリスと戦うつもりだった双子たちは、差し向けられた手下達を忌々しく思いながら、武器を構えた。
―――が。
間もなく自分たちを守るように視界を遮った三人の女たちに、二人は彼女たちの背中に惑う。
「……さっきの話。親父さんのことかい?」
中心に立つ雪女が、背を向けたまま里央と美央に尋ねてくる。
いきなり話したこともない女に聞かれてすぐに応えられなかった二人に、
雪女が更に聞いてきた。
「親父さん。今どうしてンだ。生きてンのか?」
「……行方が、わからなくて。生きているかさえ……」
「……そうかい」
美央の返答に、相槌を打つ雪女。
雪女は顔を上げて、ヴァンパイアたちに構えた。
「ここはアタシたち『雹天火』に任せな。
リーダーのギタリストは他のとこに行っちまったが、なんとかやれンだろ」
「ま。数だけはあるからね」
雪女に並ぶ背の高い、中国人の女が六体のキョンシー―――といっても、よくよく見ると本物の死体ではなく、人形のようだ―――を親指で差し肩を竦める。
次いで雪女の逆隣のシニヨンヘアの中国人の女が「お礼はニューシングル、一枚ずつね! 来月発売だから」と双子たちに大きな瞳をウインクさせた。
「親父さん。生きてるといいな……!」
最後。肩越しに雪女は、ニッと歯を見せて笑う。
最初は呆気に取られていた里央と美央の二人だったが。
彼らは三人の顔を目に焼き付け、女たちに心から礼を述べた。
パンジー、リリアーヌ、カシュパルの赤目たちに対峙するは、歩花、みやび、勇治郎の三人。
みやびがゴスロリの裾を少し持ち上げると、スカートの中から長く細い人間の腕を模した装備が一組、ガシャリと地面に落ちる。
バラバラにし括っていた二の腕部分のパーツと、肘から指先までのパーツを組み立てて、彼女は持っていた傘に退魔の力を込めた。
普通の傘に付属しているはずのストッパーも付いていないそれはみやびの力に応えて開き、装備はひとりでにカタカタと動いて傘にくっついた。
(……私情に流されるな。勝つことだけを考えろ―――)
大槌を両手に、歩花は目を閉じ心の中で自分に何度も言い聞かせる。
そして目を開いた、彼女の瞳に映るのは―――パンジーの姿。
リリアーヌと対するのは自分ではない。勝つために、個人的な感情は捨てきらなくては。
「融合魔石―――カマイタチ、シルフ」
呟く勇治郎の靴に付属している魔石が輝き、ふわりと勇治郎の身体が宙を浮く。
双方戦いの準備を終えて、皆が臨戦態勢を取った。
金色に輝くドナの双眸に、左一、リンドウ、太った眼鏡の男―――早海啓馬の三人は金縛りをまともに食らい、動けなくなる。
しかしリンドウと早海は鋭い爪を携え迫ってくるヴァンパイアに臆することなく、目を閉じて口の中でぶつぶつと呟きだした。
爪が下ろされる直前。一番に金縛りから立ち直った早海が塗り壁の札をドナに向かって投げつける。
突如現れた黒い壁をドナがその爪で破壊してしまっても臆することなく、早海は彼が塗り壁を壊し大振りになったところを狙い、両手に装備した、鬼熊の魔石が込められた爪を敵に振り上げた。
(速い―――)
捕らえたと確信したはずが軽々とかわされ、空振りをする早海の爪。
ドナは羽を広げて距離を取りながら、「驚いたな」と早海を称賛した。
「そんな体型で、俺の金縛りからそんなに早く抜けられるとはな」
「……どうも」
まだ金縛りから抜けられずにいる左一とリンドウを横目に、早海は顎を引き、ドナを見据えた。




