第51話 魔法少女、台風のごとく
「魔法少女、ちあみ参上!!」
突如として現れるなり、高く愛らしい声をそう張り上げた目の前の少女。
「……えっ―――?」
ちあみと名乗ったその自称魔法少女に、先程のリリアーヌと話していたときのショックも忘れ、
思わずリーフェルトの口から戸惑いの声が漏れてしまう。
その時―――数秒、リーフェルトとリリアーヌ、他のヴァンパイアたちの時が、ちあみに注目を集めながら止まった。
「……なに? あのコ……」
たっぷり止まってから、パンジーがひそ、とリリアーヌに耳打ちする。
「痛い子……?」
「病気なんじゃないの……」
「精神的な??」
リーフェルトの横では、眉をひそめた顔を見合わせ、小声でひそひそする女ヴァンパイアたち。
「おい、ガキ。見張りの目ぇどうかいくぐってここに入った?」
腰に手を当て問うヴィートだが、
ちあみは妙なポーズを取ったまま、「魔法少女に不可能はないわ!」と、答えになっていない答えを叫んだ。
「……最近お前よりもチビの、妙なガキとやり合ったけど。そいつの仲間か?」
「……! ここでやっと仲間フラグ!?」
「あ?」
「今はわからないけど、これから出会う新しい魔法少女仲間かもしれない!!
きゃああ!! やったわレジェス! リゴベルト!! 仲間イベントがやっとキター!!」
両手を握りしめて愛らしいガッツボーズを取り、きゃいきゃいと一人盛り上がるちあみ。
誰かに話しかけているような様子であるが、彼女の周囲をよくよく見ても誰もいない。
一人であるにもかかわらずのはしゃぎっぷりに、それが彼女の不審さを更に際立たせた。
「……お前さ。頭ワイてる?」
「? わいてる?? お湯??」
「……」
「んん……ん? なになに……? ……!! むっ! 頭おかしいとかって、そういうイミ!?
悪事を働く悪者に言われたくありまっせーん!!
そりゃあ魔法少女って一風変わったオンナノコばっかりだけど、それさえも許される魅力があってこその魔法少女であってー……」
「許されていませんよ、ちあみ」
この場で初めて聞く声が突っ込みを入れるのが微かに聞こえて、やはり誰かいるのかとリーフェルトは再び辺りを見回す。
だが、ちあみの周囲には確かにいない。―――彼女の目線を追いかけて、そこでようやく見つけることができた。
ちあみの肩にちょーんと乗っている小さな二つの影を。
(……何の動物?? あんな生き物……テレビの“鈴木動物園”でも見たことないけど。
人間界ってあんなのもいるんだな―――)
ハムスターのような、熊のような、なんとも形容しがたい。
一匹は耳の立った。もう一匹は耳の伏せた、まるで日本の“ゆるキャラ”のような、デフォルメ化されたなにかの生物らがそこにいた。
「見てごらんなさい、みなさんの顔を。皆貴方を見て呆気にとられていますよ」
「フフ……! 魔法少女の神聖な愛らしさに言葉を失っているのね!」
「……ソウデスカ」
棒読みで相槌を打った耳の伏せた小さな小熊(?)の長い溜め息をよそに、
びしっ!とちあみはカシュパルたちを指差し
「降参するなら今のうちよ! ワルモノさんたち!
もし話し合いで解決したい人がいるなら、前に出てきていいわ。そういうワルモノさんを包み込んで優しくケアし改心させてあげるのも、魔法少女の務め―――」
「何言ってんだ? この嬢ちゃんは」
「……私たちを馬鹿にしていることだけは確かよね」
一方の眉を吊り上げぼやくカシュパルに、パンジーが肩を竦める。
ヴィートは額にうっすら青筋を立て、「上等じゃねえか」と前に出た。
「女は女でもな。この前のロリータみてぇに、胸のねぇ、生意気なクチ叩くしか能のねえガキは嫌いなんだよ、俺は。
癪に障るだけだしなあ……!」
「むっ……胸は、いつか出てくるもん! もう少ししたら、ちゃんと大きくなるよ!!
それにもし胸が大きくならなくたって、魔法少女に本当に大切なのは、天使のような懐の深さ……そう!! プロポーションなんて二の次―――」
ちあみが話している途中にも関わらず、塵化するヴィート。
たまたまそれを視界に入れることができたリーフェルトは彼がやろうとしていることを察し、
「まずい」と焦って自らも塵化し、ヴィートとちあみの間に割って入ろうとした―――が。
ちあみに触れるか否かのところで、具現化されたヴィートの鋭い爪はバチッと大きな音を立てて弾かれた。
「!?」
なんのモーションもなく、無防備に佇んでいるだけにも関わらず、不思議な結界に守られたちあみに、ヴィートの顔色が驚愕に変わり、彼は後ろに飛び退いて彼女から距離を取る。
「申し訳ございません。我が主がとんだ無礼を働きまして」
耳の垂れた子熊が、ふよふよと宙を浮きながらちあみの肩から離れ、ヴィートと彼女の間に割って入る。
耳の立ったハムスターも、小熊に付いて隣に並んだ。
「しかし、このような方でも主君。守るのが我らが役目―――」
ハムスターはたちまち凄まじい黒い炎に包まれ、一体なにが起こったのかと考える前に、その黒い炎はすぐにかき消えてしまう。
そこに代わりに立っていたのは、小熊でもハムスターでもない、二つの人影。
一人は長身の、二十代後半の執事服を着た、落ち着いた雰囲気を纏った男。
もう一人は白いボンデージを着た、女神のように美しい―――しかしながら、両耳の上に生えている大きな角は、悪魔的なものを連想させる―――ツインテールの女だ。
ちあみは自分の前に立っている執事服に「ちょっと!」と不満な声を出し、
「なんでいきなりもとに戻るの! さっきのマスコットキャラに戻ってよ!」
「おや。ちあみさん。マスコットキャラクターがイケメン執事に大変身というのは、喜ぶところでしょう? 健全な女子的に」
「可愛くない! そこが問題!! 大問題!!
しかも自称する人ってぇ……その。なんかドン引きだしぃ……」
「おい。さっきお前、自分のことなんて名乗ってたよ……!?」
慇懃無礼な男執事にジト目を向けているちあみを粗暴な声で突っ込むツインテールの女。
そんな愉快なやり取りをしている侵入者の三人に、ヴィートは「妙な茶番やってんじゃねえ」と忌々しげに舌を打つ。
「テメエら何者だ? クソガキどもが調子に乗りやがって……!」
そう言ったヴィートに、ちあみを除く二人は一度眉をひくつかせた顔になり、
「―――おやおや。人間である主は仕方ないとして、我々を『クソガキ』呼ばわりとは……」
「立場ってもんがわかってねえみてえだなあ……?
こりゃあちったぁ、レジェス様が口の利き方と礼儀ってもんを身体に叩き込んでやらねえと」
溜め息交じりの執事服のリゴベルトと、サディスティックな笑みを大きな口に浮かべたレジェスは、
各々臨戦態勢を取った。
「ちあみぃ!!」
リジェスの呼び声に、なにもない場所からちあみの手に余る大きな厚い本が出現する。
「……あれは―――」
それに気付いたリーフェルトの頭に過るのは、友人、陽人の聖書。
(彼女もエクソシスト……!?)
陽人のように、聖書で聖の力を操り戦う―――成る程。だから彼女は魔法少女を名乗っているのか。
そう納得しかけた彼だったが。
その本から溢れ出てちあみの体を包む魔力のオーラに、理解は更なる疑問へと一転する。
陽人が力を使う際、いつも彼の身体を包んでいたのは、目を細めるほどに眩い純白の淡い光。
それとは対照的に、彼女の身体を今包んでいるのは、夜の闇よりも深いなにか―――。それは、禍々しいほどに黒く、燃え盛る炎のように荒ぶっていた。
「リーフェルト……!!」
耳元で何者かに囁かれ、陽人とは正反対の色を纏うちあみを呆然と見ていたリーフェルトは我に帰る。
肩越しに振り向けば見知らぬ黒猫が自分の肩の上に立っており、しかしそいつは自分のよく知る声で自分を急かしてきた。
「今すぐ彼女を抱えてここから出るんだ」
「歩花……?」
「あの本はヤバい……あれは黒魔導書!
使い手の心を闇に引きずり込む、歪んだ魔法使いの産物―――ここに囚われている抵抗力のない人質の人間たちが危ない!」
「で、でも……! 人質の人たちは……」
「今すぐには無理だが、それはここで奴らと戦っても同じこと。
早ければ明日、私たちがなんとかできる! 早く!!」
リリアーヌたちに聞こえないほどの声量で、一気に押し込まれた情報をすべて噛み潰し消化できないままではあったが、
リーフェルトはとりあえず歩花の言う通りにしたほうがいいと判断し、即座に塵化してちあみのもと飛ぶ。
しかしそれに気づかないちあみの従者ではなく、いち早く気配を察したリゴベルトが片手をリーフェルトに差し出した。
「っ―――!!」
リゴベルトが攻撃するより早く、地面から無数の光の針が生え、リーフェルトを捉えていた彼の視界を刹那覆う。
その一秒以下の間、リーフェルトは小さく謝って、光の刃に気を取られて驚いた顔をしているちあみの細い腰を肩の上に抱え上げ、そのまま羽を広げて上昇した。
「ぃいいいいやあああああああああ!! レジェスうううー!! リゴおおおー!!」
「てめ、人の主を―――」
追いかけようと羽を広げたレジェスの前を遮る、眩い無数の光の刃。
陽人の聖書の力だろうかと考えながら、遊園地の外に出る。
「ちーかぁああああーーんーーーー!!」
四肢をばたつかせて抵抗するちあみを落とさぬよう、しっかり力を入れて抱えながら、歩花のナビに従った。
遊園地施設から離れた、手入れなど一切されていない茂みの中。
一層闇の深い場所に降り立つなり、辰弥の姿の歩花は、ちあみの顔に手を翳して彼女を眠らせ黙らせる。
「―――」
次に歩花はリーフェルトと向き合ったと思うと、無言で彼が着ている上着を脱がしにかかった。
「えっ……ちょっと、何?」
「……」
戸惑い尋ねる自分を無視して、荒っぽく上着をリーフェルトから引き剥がす。
訳がわからないまま革製のそれから体を離せば、
恋人はまた、荒っぽい動作でバサバサと上着を思いきり振った。
すると上着の裏側から、何やら飛び出してきたのは、小さな影。
歩花はそれに対して暗器を向け、
茂みの影から陽人、見知らぬロリータ服の少女とスーツの女が現れて、その影の退路をすかさず断った。
「コウモリ……?」
「ずっと君の服の下に隠れていた」
「えっ!?」
「奴らの味方なんだろう。正体を現せ」
歩花の鋭い声に、観念したように地にくっついていたコウモリは、その姿を変えていく。
「お見事―――!」
そう言ったコウモリの本当の姿―――しかしそれは、リーフェルトたちの予想を大きく裏切った。
風にはためく黒いマントを揺らし、彼らの前に現れたのは、
「スターチス兄さん……!?」
「悪いな弟よ。しばらく様子を見させてもらった」
別世界にいたはずのまさかの兄の登場に、驚きの声がリーフェルトから上がった。
「これで、よし―――」
リーフェルトたちの周りに札で結界を張り、呟く眼鏡の女。
「……この人は?」
「彼女が狭山さんの師の、四引汲リンドウさんだ」
「!」
眼鏡とスーツの理知的な雰囲気を醸しながら、無造作感を演出したウェーブがかった髪型故か、どこかワイルドな格好良さのある女性。
彼女が歩花が憧れているという、あの四引汲リンドウなのかと目を瞬かせているリーフェルトに、
リンドウはにっこり笑って手を差し出した。
「エクソシストの四引汲リンドウです。お会いできて光栄です。リーフェルト王子」
「あっ……いえ、こちらこそ! リーフェルト・アップルガースです。お噂は伺っております。
二階堂君の憧れの人だとか―――」
差し出された手を取り挨拶をし返すと、リンドウは「えっ!」と目を丸くして歩花を振り向く。
「辰弥君。君そないなこと言ってたんっ?」
「……本当のことなので。ありのままを」
「そんな、とんでもない! そないな大した人間ちゃうよぉ、私!」
「ハードル上げんといて!」と耳まで顔を真っ赤に染め上げ、
握手をしていないほうの手をバタバタさせ、リンドウは照れた。
「リーフェルトの兄の、スターチス・アップルガースです」
「! あ、四引汲リンドウです。光栄ですぅ」
今度はリンドウと兄が握手をし挨拶し合っているのを暫し見届けてから、
リーフェルトは先程からリンドウと同じく気になっていたロリータの少女を次に見やる。
みやびはにこりともしなかったが、きちんとドレスを両手で直し、
「退魔師の天澤みやびです」
と、頭をリーフェルトに対して丁寧に深く下げた。
リンドウは「さて」と皆を見渡し、
その場にいる若いエクソシストたちとアイコンタクトを取ってから
「ヴェルナーの魔力の篭もった結界の札やから、敵さんからは私らのことは見えへん。とはいえ、時間も時間やし―――挨拶もそこそこに早く話し合おか。
……できれば、リーフェルト王子にもご協力願いたいところですが―――」
「……」
リーフェルトはリンドウの視線を受け、瞳を少しの間伏せる。
退魔師である彼らとは違う、和解の道を信じ求め続けてここまで来たが、
もうすでに、望みは欠片もないことは明らかであった。
歩花が持っていたジャケットを彼女から受け取り、
忍ばせていたレコーダーを取り出すと
「……情報を、貴方がたに提供します」
闇夜の静寂の中。
廃墟の遊園地で録音された先程までの会話のすべてを、リーフェルトはその場にいる者たちの耳に届けた。
魔法少女ちあみんのテーマ
作詞:千愛美
作曲:千愛美
バックコーラス:レジェス&リゴベルト
Chiami
Cheer me!
Chiami!
“Ti amo!”
Chiami!
Cheer me!
Chiami!
Tell me more!
CHI・A・MI!!
「大丈夫!」 それが合い言葉
信じるキモチが 無敵のShield
Believe me! Believe you!
手と手を取り合えば Shun-Satsu!!
時には繊細すぎて<Zu~Bu~To~Ku~>
時には家庭的<Me~Shi~Ma~Zu~>
でも だからこそ オンナノコは
最強なんだって 知ってる~??
ユーウツなんて 焼き尽くしちゃえ!
You! 打つ手もないなら<地獄の業火で>
流したナミダ ムダにしないで!
私も一緒に 戦うわ!<怨霊を蘇生>
名前を呼んで!負けないように
大きな声で 今こそ
Chiami
Cheer me!
Chiami!
“Ti amo!”
Chiami!
Cheer me!
Chiami!
Tell me more!
CHI・A・MI!!




