第52話 それは誰のための
リーフェルトが録音した音声をすべて聞き終え、把握した退魔師たちは、彼の手の中にあるレコーダーから顔を上げる。
静寂の中。沈痛な面持ちで、リーフェルトは人間たちに対し口を開いた。
「僕が和解など望まず、最初から貴方がたに協力していればよかった。……本当に、ごめんなさい」
「本当にそうね」
友人として何か言ってやろうとした陽人よりも早く、みやびがずばりと相槌を打つ。
「彼らが法に違反しているとわかっていてやっていることは明らかだったのだから。
チンタラしないでほしかったわ」
「……」
「まあ、情報が手に入っただけ貴方がしたことは無駄なことばかりじゃなかったから、そこは幸いだったけれど。
それは結果論にすぎないわ」
遠慮も容赦もない年下とは思えない的確なみやびの言葉一つ一つが、リーフェルトの胸を深く刺していく。
陽人はぎょっとした顔をしながらも「何もそこまで……」と言いかけたが、
歩花に意識の中で制され、元相棒の横顔を見た。
<天澤さんは多分、敢えて自ら憎まれ役になって言っているんだ。僕たちの仲に溝ができないよう、配慮した上でね……>
「いいんだ、陽人君。彼女の言うことは正しい」
兄のスターチスも、陽人を宥めた。
リーフェルトは唇を結び、間違った選択を選んだ自分を恥じることしかできずにいた。
いや―――心のどこかでわかっていたような気がする。和解は無理だと。
それでも、どこか自分は意地になっていたのだ。
彼らを改心させることで、
自分の祖父や父らが関わった人間への残酷な過ちを、汚名を、息子である自分が少しでも返上できたらと。
それは王族であること。王である父を尊敬していること。父の息子であることを、心から誇りに思っているが故の意地だった。
現実が見えていなかったのだ。陽人や小夜、他の人間たちと楽しい日常を過ごしていたから。
会話すればきっと和解できる。手を取り合える。すれ違いは正せる。そう強く信じて、疑うことができなかった。
「すまなかったね。ありがとう。弟を心配して追いかけてきてくれて」
「あ……いえ、そういうわけでは……。
たまたま陽人が街の外の気配を察知できるようになったので―――」
「この子が諦めず頑張ってくれたおかげですわ」
言いにくそうにスターチスに言う歩花の傍で、リンドウが陽人の後ろから彼の両肩に綺麗な両手を乗せ、「ねー♪」と陽人と目を合わせにっこりする。
「おかげで興味深いものも発見できて……」
リンドウが話している傍で、歩花がふと顔を上げ、「四引汲さん」と彼女を呼んだ。
「夢魔たち、確認できたそうです。今発見できているのは四つ」
「やっぱりな……どこで手に入れたんやろうね。敵さんは」
二人のやり取りに、目を瞬かせるリーフェルトとスターチス。
リンドウは彼等にもわかるように、説明を求められる前に二人と目を合わせる。
「退魔道具にな……魔力の気配を外界から悟られないように遮断するバリアを張る装置があるんです。
悪事に利用される恐れもあるから、結構高値なアイテムなんやけど。
どういうわけか、アジトを守るために使われてるみたいですね」
「本当はもっと早くにあのアジトに踏み込みたかったんだけど、もしかしたらバリア内に踏み込んだら相手に侵入を勘付かせるものかもしれないって四引汲さんが言うから、入れず二の足踏んでたら、この自称魔法少女が堂々踏み込んで行ったの」
「おかげで、侵入されたことを知らせる機能まではないってわかったけどな」
眠っているちあみに、みやびは半ば呆れた目を向け、陽人は苦笑し肩を竦めた。
スターチスは微妙な顔で「なるほど」と相槌を打ち、
「もし知らせる機能があったら、バレてたかもってことか。……俺も迂闊だったな」
「お兄さんは、何故こちらに?」
「弟と親しげにしていた、あの女性が気になってね。勘だよ。
彼女から情報が続々出てきたところで、そろそろしょっぴいてやろうかと思ったら、いきなりこのちあみって子が現れて出鼻を挫かれた。
結果、奴らが人間たちを操って盾に使ってくる可能性を考えたら、出なくて正解だったけどね……」
さらりと最初に嘘を交えて、歩花に少し困ったような顔をした。
「まず、囚われてる人たちをなんとかせなあかんね。その次に、監視役のヴァンパイアたち。
といっても、リゼルーカが一体どれほどの組織なのかもわからへんから、下手に手を出すと更に敵を増やす恐れもある……」
「ああ、そうだ……。その、監視役のヴァンパイアたちのことなんですが―――」
リーフェルトはそこでようやくアジトに潜入中、意識に語り掛けてきたインキュバスのことを思い出し、
彼のことや彼から得た情報を話した。
「それは本当か?」
「うん。彼も捕まっているし、流石に嘘は付けないと思う」
「……意識干渉能力で、更に聞き出せばもっと情報を得られるかもしれないな。
それに―――」
それきり口を閉ざし、口元に手を添えて暫し考え込む様子の歩花。
そんな彼女から目を離し、スターチスは弟に顔を向けた。
「俺は実家に帰る。このことを早く父に伝えなければ」
「あ……僕も―――」
「俺一人で良い。お前は人間界で、この人たちの手伝いをしろ。
城に裏切り者がいる可能性がある以上、念のため留学中のお前が帰ってくることで、あまり大事があったような空気を作りたくはない」
「……そうですか」
兄弟の会話の傍で、リンドウが一度結界を解き、ガートルード、ソフィ、ミイの三人を輪の中に迎え入れた。
「……いいのかよ。あの装置ぶっ壊さなくて」
「今はその時じゃない。
それに陽人が、このちあみという少女が現れた騒動中、彼ら一人一人に魔力の発信気を付けておいたから、彼らがどこへいこうとこちらに筒抜けだ。
……さて」
歩花は一度言葉を止めて夢魔三人と向き直る。
「非常に申し訳ないが。もう一つ、君たち三人のうち誰か一人でもいい。少し面倒な仕事を頼みたい」
「おお、なんだよ?」
「この件に、少しセノの手を借りたい。誰か夢魔の世界に行って、呼んできてもらえないだろうか」
楽しそうに笑っていたガートルードの笑みが、歩花の依頼の内容を聞いて消え去る。
「……あいつの? ってことは、あいつの家に行けって、そういうことか?」
「そういうことになるが……難しいか?」
「あー……」
短い髪を大きな手で掻き、彼は「難しいな」と、複雑な顔になった。
ガートルードの後ろで妹のミイと顔を見合わせ、セノを知らないソフィが親友に問う。
「セノって、誰だ?」
「こいつの従兄で貴族だよ」
「ああ……そりゃ難しいな」
渋い顔をした後。ソフィはガートルードの代わりに歩花と目を合わせ
「貴族が住んでる地区には貴族しか入れないようになっているんだ。
たとえ顔見知りでも、俺たちのような身分じゃ近寄れもしない」
「ん―――そうか。それは困ったな……。セノがいれば色々なことが解決して捗るんだが」
「貴族と関係した奴と一緒だとか、紹介状があるとか。そういうことならなんとかなるが……」
「……貴族と関係した奴―――」
ソフィの言葉の一部に、反応し小さく呟いたのは、陽人。
彼の頭に浮かんだ、以前自分の家にやってきた女の笑顔に、
腕を組み悩んでいる幼馴染の横から陽人は口を挟んだ。
退魔師たちを交えての話し合いが終わった後―――スターチスは人間界から発つ前。
リーフェルトと二人きりの、話し合いの時間を暫し設けた。
「リーフェルト。法とは何のためにあると思う」
深い夜の闇の中。
弟と共に羽を広げ、弟が住んでいる街を空の上から見下ろしながら、リーフェルトに問うスターチス。
「一体、誰のためにあると思う」
「……誰のため―――」
「俺はお前ほど優しくはなかったが。今のお前と同じ葛藤を抱いたことがあったよ。随分昔にな。
その時、兄上に言われた言葉がある」
「……アゼリヤ兄さんに?」
「ああ。それを今、お前に送ろう」
スターチスは相槌を打ってから、
今まで横顔から、まっすぐリーフェルトを見据えて口を再び開いた。
「『下の者を守っていく者の責務を忘れるな。
今まで罪もなく犠牲になった者たちの無念を忘れるな。その上で判断しなければならない。
優しいとは美徳ではあるが、恨まれたくない。責任を背負いたくないという自分への甘さを、それと間違えてはならない。
本当にお前が優しさを向けなければならない相手が誰なのか。そのために誰に対し厳しくあらねばならないか、よく考えろ』」
その言葉は明らかに、アゼリヤから自分への言葉でもあり、スターチスからの言葉でもあるのだろうと容易に悟ることができるほどに。
彼の言葉は、他人から借りた言葉というだけでとても収まらない、容赦のないほどの力が篭もっていた。
目を伏せたリーフェルトの肩に最後手を置いて、スターチスは彼に背を向け、去ろうとしたが。
「……ああ、そうだ。リーフェルト」
肩越しに、弟を顧た。
兄が発った後。リーフェルトは自分の部屋であの廃墟の遊園地であった出来事を思い返し、
麻袋を被せられた二人の女性のことを思った。
どうやら彼女たちはスターチス曰く、助けようと塵化した彼の目の前で、
歩花たちの仲間であるヴェルナー、勇治郎たちやエンプーサたちによって助けられたということらしい。
後から歩花たちから聞いた話によれば、
ヴェルナーの力を借り透明化した勇治郎が、人間たちが吸血される前に音を立てて気を逸らし、
様子を見に二人が離れた後にエンプーサたちが傍にいた見張りの吸血鬼に一瞬だけ幻覚を見せて、その隙にヴェルナーが透明化能力を使って二人を連れだした。
カシュパルとヴィートはエンプーサたちが見せている幻覚の人間たちを吸血し、それがエンプーサたちの知る限りの極上の味を再現したものであったがために二人は満足して、リーフェルトたちの酒の席に加わったらしい。
(……見殺しにするところだったんだ。僕が―――)
止めようと思えば、止められたはずだったのに。
どうして自分は彼らを止めようとさえ考えなかったのだろう。
(殺される恐怖は、僕だって知っていたはずだったのに……)
助かった彼女たちはまだ幸運だった。
しかし助からなかった人間たち―――今までの被害者たちは、どれだけの恐怖の中、血を抜かれて死んでいったのだろう。
「……誰のための、法……―――」
一人きり。
誰もいないマンションの一室でソファに腰かけながら、リーフェルトの呟きは沈黙に溶けた。




