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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生第二章
78/142

第48話 決意を胸に

「ごめん」

「……ううん。別に構わないけど」



 少し会えないかと、歩花に呼び出された。


 彼女にしては珍しく暗く、疲れ果てたような調子だったのが気になって、

 滅多に使わない仮病などを装い、部活を休んで彼女の待つ公園に来てみれば、急に“辰弥”の歩花に抱き締められた。


 それは抱き締め返す隙もない、たった三秒ほどの短いものだったが、

 やはり疲れた声と、眼鏡の奥に見える目の下のひどい隈に、何か相当な出来事があったのだろうと真優は察した。



「大丈夫?」

「……」



 中学の頃から、いつも強気な歩花。


 そんな彼女がたまらなく不安な顔をして、何か言いたげに口を開けようとしては、言いづらそうに口を閉ざす。

 なにかを話してくれようとしていることを痛いほどに感じて、無理に急かすこともせず真優は待とうとした。



「……小夜のお母さん―――」



 そう口を開いた瞬間。「よぉ」という男の声が聞こえて振り向く。


 少し離れた場所から、自分の褐色肌の男友達がこちらを見つめ、端正な顔に笑みをはり付け立っていた。



「バークス君―――?」

「そういう関係なのかよ、お前ら二人」

「……?」



 どういうつもりで口から出た冗談か知らないが、今は間が悪い。

 このままでは歩花が胸の内を話すことができないだろうと、真優は「ごめんなさい」とミリーに謝る。



「今、大事な話をしているから。後で良いかな?」

「大事な話? どうせ木塚だとかヴァンパイア関連の話だろ」

「……うん。そうだけど……」

「どうせお前には何の関係もねえ話じゃねえか」



 『何の関係もない』―――ミリーのその言葉に、ちくりと真優の胸が痛む。


 確かに自分なんかが関わったって、陽人や歩花たちと並んで戦えるわけではない。

 だが、それは歩花にだってわかりきっていること。

 わかりきっているにもかかわらず、どうしようもなく追い詰められたこの場面で、自分を選んでくれた。

 自分を頼ってくれた。



(私はずっと。友人として、力になりたいと心のどこかで願ってた。

 それを叶えることができるこのチャンスを、無駄にしたくない。たとえ、話を聞くことしかできなくても……)



「……辰弥。辰弥の家行って、そっちで話そう?」



 自分を頼る歩花の気持ちが変わらない内に。


 ミリーの方はどうせ、いつもの軽口だ。

 もともとそういう人なのだ。「からかうな」、「後で相手をしてやるからどこかへ行け」と言ったところで、

 もっと面白がって居座り続けるような子供っぽい男子の典型。


 多少無視したっていいだろうと真優の中で対処を決めて、辰弥の腕を両手で優しく取って、公園を去ろうとした。




(俺より、そいつの方がいいってか……?)




 これ見よがしに彼女のほうから絡められた腕に、ミリーの中でイライラが募っていく。


 自分には、真優の髪に指を絡めただけで「妊娠する」だの「きもい」だのと散々距離を置いてきたくせに。

 上辺だけ浮かべた彼の笑みに、冷たさが更に上乗せされる。



 二階堂辰弥の方は、こちらをちらりとも見もせずに真優についていくだけ。

 ―――あんな、童貞野郎に。




「……恵まれねえ童貞弄んで悦に浸ってんのか!」




 止まることのない不愉快さによって、湧き出た衝動に駆られるままに。




「イイご趣味じゃねーか、市辺お嬢サンよ」




 「アバズレが」と。せせら笑って吐き捨てるように言い足してやった。




 背後からかけられた自分を貶める科白に、真優の足が止まった。


 歩花の足も同時に止まって、鋭い怒りを瞳の奥底に燃やしながらミリーを振り返る。

 怯むことなく、おどけたように肩を竦めて冷たく笑うミリーと大股で距離を取ろうとした歩花だったが、

 彼女が前に出るよりも早く、真優が彼女の横をすり抜けた。



 ミリーの前に真優が出るなり




「……言っとくけど」




 彼女はミリーの目をまっすぐ見据え、

 歩花に聞こえないほどの声量ながら、はっきりと。




「私が好きなのは、笹永君だけだから」

「……―――」




 それだけ言い残して、真優は踵を返し、友人の元に戻っていく。

 静かな怒りを漂わせている眼鏡の少年を宥め、彼女は呆然としているミリーを置いて、歩花と肩を並べて歩き出す。


 自分の力を封じた悪魔祓いの少年、笹永陽人の穏和な顔が過ぎるミリーの頭の中に、

 不意打ちで、こちらに背を向けている歩花から意識干渉の声が響いてくる。




<たまたま、運よく男の身体を持って生まれただけで粋がりやがって。

 ―――女の腐った“オカマ以下”め>


「―――!!」




 完全に冷却しかかっていたミリーの怒りが、再びカッと激しく燃え上がった。



 ミリーは早足で歩花に追いつくと、

 左手で彼女の肩を引っ掴み、必要以上に握りしめた右の拳を歩花の左頬目掛けて手加減なしで突き出した。


 男女の力の差がはっきりとした年頃の男子の拳。

 たとえ男に姿を変えていようと、女子にはひとたまりもない―――はずなのだが。

 ……そう、“普通の女子”ならば。



 退魔師になるため、幼少の頃から義父にしごかれてきた歩花にとって、格闘技の心得などないどころか、日頃鍛えてさえもいないミリーの拳など、幼馴染の陽人にさえ大きく劣る。

 師である左一は、たとえ娘であっても、女だからと加減して彼女に修行をつけたことなど一日たりともなかった。


 加えて半分吸血鬼化している現在の彼女の身体。

 人外とはいえ、人間とさほど変わらない身体能力の夢魔などが、それに素手で傷をつけることなどまず不可能なことである。



 殴られた歩花はふらつきもせず、ニヤリとミリーに口元だけで微笑んでみせると、

 彼を引き寄せてその頭を抱え込む姿勢を取り、真上から曲げた肘を容赦なく叩き込んだ。




「……っ―――」




 地に叩きつけられ、突伏するミリー。

 無様な彼を嘲笑うように、鼻で笑う歩花の声が上から降ってくる。



「! バークス君―――」

「大丈夫、真優。手加減してるから。意識、ちゃんとあるだろ?

 本気でやったら、とっくに気を失ってるから」




 歩花の科白に、ミリーは口の中に入ってきた砂を噛みしめた。



 屈辱―――しかも二階堂辰弥は、どんな言葉を使えばそれをミリーに強く感じさせることができるのかを知っている。

 頭の中でミリーのプライドに障る極上の文章を組み立て、わざと口にしているのだ。


 自分やシュガーが、今まで『オカマ』と馬鹿にしてきた無性別の夢魔たちや、人間に対してやってきたのと同じように。

 だからこそ、意図的にそれを相手が行っていることは容易にわかった。



 心配していた真優もその言葉に少し安心したのか。

 気にしながらも、今度こそ本当にミリーを置いて去って行った。




『私が好きなのは、笹永君だけだから』




 一人残されたミリーは、孤独感と打ち砕かれた喪失感に、地面にしな垂れている自身の拳を砂ごと握る。



 耐えがたいほどに、悔しかった。

 何の苦労も知らない二階堂に馬鹿にされ負けたことも。

 あの女の、あの唇から、笹永陽人の名前が出てきたことも。



 今まで生きてきてこんなに悔しいのは、初めてだった。



 









 夕食後―――歩花と陽人がリーフェルトの家にやって来る。



「ごめん。なんか増えちゃって……」



 陽人の家にミイを連れていくつもりだったリーフェルトだったのだが。


 待ち合わせ場所にはミイと、彼女の兄であるソフィ。

 昨日出会ったエンプーサのアウロラ、バルバラと、彼女たちの仲間らしき、二人と似た服を着た女性の姿。

 陽人たちに協力したいという彼ら全員を他人(ひと)の家に連れていくのは流石に躊躇ったので、

 自分の家に集合してもらうことになった。



「謝ることじゃないだろ。実際人手足りてねえんだし」



 少し申し訳なさそうなリーフェルトに、首を横に振った陽人の隣で、

 歩花はミイたちと共に立っている同じ学校の男子を見やる。



「まさか君も来ているとはな」

「おう」



 リーフェルトと同じクラスであるガートルードが、張りきった声で歩花に相槌を打った。


 クラスでミイに声をかけられた話をしたら、なら自分もと申し出てくれたのだ。


 陽人と歩花が名を名乗り挨拶を済ませた後に「君がそうか」とソフィが言う。



「ガーティから話は聞いてる。貴方が僕たちの世界の有り様(よう)のせいで、大変な立場にいることも」

「それなのに貴方は、ミイたちに優しくしてくれました。

 ミイたちのこと、嫌いなはずなのに。……だから。なんとしてでも、お手伝いさせてください」

「利害関係の一致という点での信用だけでいい。戦闘では役に立てないが、できることがあれば何でも言ってくれ」

「……ああ」



 ミリーやシュガーたち種持ちと、夢魔の世界の格差を嫌っている普通の夢魔たち。

 加えてガートルードの友人。一応利害関係の一致も含んでいるとくれば、まず疑うこともないかもしれないと考えつつ、歩花は相槌を打った。



「―――極力、この場にいる貴方たち全員に傷一つつけないやり方をとります。

 みなさん、よろしくお願いします」



 深く、丁寧に頭を下げる歩花。

 陽人もそれに合わせて、感謝を込めて礼をする。が、

 垂らした頭(こうべ)で、顔を隠す前髪と横髪の向こう側……陽人は閉じていた目を少し開けて、昨夜自分の家に訪問したサリエの去り際の笑顔を思い出していた。




(こうなるんなら申し出、受けた方が良かったかな……。……いや―――)




 ミイやソフィたちは、自分たちの友人であるガートルードの仲間。

 サリエは、自分たちが敵対するシュガーやジョエルの仲間だ。


 何を言われようと、後者から迂闊に手を借りることはリスクが高い。




 甘い自分の気質故に、ちくちくと痛む胸を抑え込んで、これでよかったのだと陽人は自分に言い聞かせた。











 ヴァンパイアの世界―――北の地を治めるアップルガース城。



「やっぱり、複数犯としか考えられないか……」



 日本で話題になっている、干からびた死体の件。

 自身の書斎にて、双子の兄のスターチスに頼まれ調べていたストックは、部下に集めさせた情報に目を通しながらぼやいていた。



(しかし、巡回時間に一人も被らなかったのを見ると、相手も随分慣れてるみたいだな……日本に来る前までも散々悪さをしていたんだろう。

 人間界でヴァンパイアにされたやつらの集団か―――?)



 人間界でヴァンパイアにされた人間の数や行動など、無論こちらでは把握しきれない。


 しかもスターチスに言われてから、兵士の数も巡回する時間も増やしたが、引っかからないあたりなかなかのものだ。

 密に組まれた日本の巡回表にも何度も目を通したが、なんの不備もない。



「とりあえず元人間だった兵士たちも使って、日中も巡回させてみよう―――」



 ただヴァンパイアの力を誇るチンピラ集団ならまだいいのだが。


 ストックは背凭れに背中を預け、一息ついた後、




『血の匂いがしたんなら、なんでその場で検挙しなかったんだ?』

『ちょっと、気になったことがあってな』

『気になった?』

『俺はその時歩花ちゃんと一緒にいたんだが、あの子は女の匂いに気付いてなかった。

 だけど、弟を信じろと俺に言ったんだ。おそらく、事件のことはちゃんと知ってる』

『……?』

『なあ、ストック。リーフェルトは、同族であるヴァンパイアに対してどう向かい合おうとすると思う?』

『どうって。あいつ優しいからな……。……って、まさかあいつ。和解したいとか考えてんじゃ―――』

『言い出しかねないだろう? そしてそれは、兄弟である俺たちが一番知ってる』

『……じゃあ。歩花ちゃんもそれに協力してってことか?』

『いや。歩花ちゃんとは数回した会ったことがないが、彼女は非常にはっきりした性格をしている。

 弟とは真逆だ。人間を襲っているヴァンパイアに対しても勿論そうだろう。

 そして匂いに気付いていなかったということは、あの女が犯人だと言うことにも気づいていなかったということにもなる。

 多分止めたい気持ちが同じでも、別行動を取っているんだろう』

『なんでそんな遠回りなことを……』

『不思議じゃないだろう? ヴァンパイアとエクソシスト。止めたい気持ちは同じでも、止める手段が異なる。

 リーフェルトにはリーフェルトなりの誇りがあるし、歩花ちゃんにも歩花ちゃんなりの、エクソシストとしての誇りを持っている。

 お互い、手を借りる必要なんてないってことさ。たとえ恋人同士でも、譲れないものはある』




 ―――こんな、双子の兄とした会話を思い出していた。


 そしてスターチスは、こうも言っていた。




『俺もこっそり、また人間界に降りるさ。

 リーフェルトは犯人の一人と既に接触していて親しげにしていたから、バレないようにくっついておけば思わぬ情報も手に入るかもしれない。拷問の手間も省ける』

『正気か? お前、リーフェルトを餌にするつもりか……?』

『あいつには悪いけどな。見つけ次第、弟の意志とは関係なく城に連行、必要な情報をすべて吐かせた後相応の罰を与える。

 お前は日本の警備の方を更に強化しておいてくれ』




(まあ。スターチスの言うことも、仕方ないといえば仕方ないけどな)




 心優しい弟を騙している。


 今も人間界で戦っているリーフェルトを想いながら、憂鬱に溜め息を吐き出すストックだった。













(結局、話してくれなかったな……)



 公園を出た後。結局他愛のない話を少ししてから、その場で別れた。

 追い詰められたような歩花の顔は、公園を出るといつものポーカーフェイスに戻ってしまっていたから、

 無理に聞き出せないままに。


 「わざわざ呼んでごめん。やっぱり、大丈夫。なんだか真優の顔を見たら、元気になった」と、ジュースを奢られてしまった。


 あそこでミリーに出会わなければ、話してくれていたのかもしれないのに。



(……そういえば、歩花。『小夜のお母さん』って言ってたっけ……)



 小夜の母親はすべての事情を知っている。

 それなら―――



(小夜のお母さんに何かあったのかな。

 小夜のお母さんなら、何か知ってる……?)



 中学の頃の連絡網は、確かまだ探せばあったはず。

 流石に友人に電話して、友人の母親と話したいだなんて、どう考えても不思議に思われるだろうし。


 小夜のことを見ていたいがために、専業主婦の小夜の母親―――電話をかければいつでも出てくれるだろう。




「……! あった」




 真優は木塚家の家の電話番号を探しだし。スマホをタップして耳に当てた。


 数回のコールの後。

 小夜の母親が出てくれることを祈っていた真優の期待通りに、彼女の声が耳に飛び込んでくる。




『もしもし』

「あっ……あの。木塚小夜さんのお母さんですか?」

『ええ。はい、そうですが……』

「電話は、そのままでお願いします。

 貴方にお話があって、電話しました」

『……はい?』

「市辺真優です。小夜ちゃんのお友達の―――」

『ああ……! 真優ちゃんね。久しぶり』

「お久しぶりです」

『どうしたの? 真優ちゃんが小夜じゃなくて私に用なんて』

「おばさん。知ってますよね? 私が、彼女の特異体質のこと知ってるの……」




 そう言えば、無言になる小夜の母、コズエ。


 真優は、昼に歩花に呼び出されたこと。

 彼女に元気がなかったこと。話を聞いてほしそうにしていたこと。そして、コズエのことについて口を開きかけたことについて話した。




「なにかあったんですか……?」

『……なにかあった、っていうほどではないんだけどね……?』

「でも、すごく歩花、思いつめてる感じで」

『ええ。あの子は、そうでしょうね。優しい子だから』




 優しい調子で、電話の向こうで微笑んでいるのがわかる声だ。


 コズエは「ちょっと待って」と言い、暫し喋らなくなる。




『……お待たせ。子機に切り替えたわ。小夜には聞かせないようにしないと』

「……何があったか、教えてくれますか?」

『うん―――』




 一拍、間をあけてから。




『そういえば。歩花ちゃん、恋人がいるんですってね。知ってた?』

「……? はい。知ってます」

『名前は、なんていったかしら。ヴァンパイアだって、茜さんから聞いたけど。会ったことある?』

「ええ。夏休みに一緒に別荘に行って、小夜さんとも良い友達で……」

『いい子?』

「はい」

『そう。なら、安心だわ』




 いきなり会話の方向が変わり、少し戸惑う。

 友人の色恋の話ではしゃぎたいがために電話を掛けたわけではないのだから。


 一体何を思ってコズエがそんな会話をしだしたのか不明だが、

 このまま会話がそれるようであれば、会話の方向を軌道修正しなければと頭の片隅で思った瞬間




『もう、戦わなくていいよって、言いたくて。……歩花ちゃんも、陽人君も』

「……え?」

『おばさんね』




 一度。言葉を区切った後。


 

 柔らかな声のまま、コズエは言った。




『吸血鬼になろうと思ってるの。……娘を守るために』




 持っていたスマホを、落としかけた。















 数日後―――リリアーヌとの待ち合わせ場所と時間を確認し、マンションを出たリーフェルトは空を見上げた。




 そう……その日。

 リリアーヌの仲間たちと初めて出会う、約束の日だった―――。













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