第45話 理由
電車に揺られるたびに、華美な日傘の装飾も揺れる。
亜麻色のショートカットを覆っている華美な帽子を直しつつ、ゴシックロリータを身に纏った千葉の退魔師―――天澤みやびは、溜め息をつく。
(小学生って、どうしてアルバイトできないのかしら)
本当はもっと早いうちから東京にいる退魔師たちの加勢に行きたかったのだが、
敵がヴァンパイアという強敵であるために、装備やアイテムは万全を期する必要があった。
しかしそれには金が不可欠で、とても親からの小遣いだけで買えるものではない。
故に当日報酬が出る退魔師の依頼を片っ端から引き受け、それでも足りない分の金は親や師から借りた。
彼女が数週間東京に行けなかったのは、そういった理由からである。
(この仕事が終わっても、暫くは休めそうにないわね……)
親も師も、別に返す必要などないと言うのだろうが、そういうわけにはいかない。
ちなみにみやびがいつも来ている様々なロリータドレスは買ったものではなく、母親が手作りしているものだ。
『このドレスが似合う愛らしい娘のまま、怪我をせず帰っておいで』。
特異体質故に戦いの道を選んだみやびを想って、そんな願がかけられている。みやびにとって母親の作ったドレスは戦闘服と呼んでもいい。
(魔女の世界も最近不景気だとかでアイテム高いから、折角貯めてきたお金がほとんど飛んじゃった。
もうホテルに泊まれないから、ステイ先を決めないと……って―――東京の退魔師二人とも男だしなあ……)
頭に浮かんだ笹永陽人と二階堂辰弥の顔に、自然とみやびの眉間に皺が寄る。
(ネカフェ……漫画喫茶……小学生じゃあ警察呼ばれたりして……。
ああ、もう……女の退魔師とかいないわけ?? 東京には―――)
そこまで考えて、ピン、と思いついたのは、二階堂家で出会ったヴァンパイアハンターの美央の顔。
……だったが。すぐに双子の兄だという里央の顔も立て続けに記憶から蘇り、すぐさまみやびの顔が真っ赤になった。
(泊まれない! とても!
もしうっかりだらしない格好なんて見られたら……って思うと、無理よぉー!)
頭を大きく横に振って、キラキラと光を振りまく里央の整った顔を脳から追い出した後。
自分を落ち着かせるために何度か大きく深呼吸して、
(……そうだ。東京の退魔師二人に、泊まる当てを聞いてみよ……)
とりあえず、まず東京に着いたら二階堂家に身を寄せることにした。
笹永家のほうはわからないが、二階堂家には狐の女性がいるので、まずあの眼鏡の男子と二人きりにはならないだろう。
笹永陽人、二階堂辰弥の住む街から最寄りの駅へと移動が完了し、
厚底ブーツを鳴らしながら駅を出た彼女の横を、その時、ふわり―――異様な気配が通り過ぎたような気がして、振り返る。
(……?)
午後十一時。
楽しそうに雑談しながら、みやびと入れ違いで駅に入っていく年上の女子の群れ。
みやびの大きな黒い瞳の中には、彼女に背中を向けて笑う木塚小夜の姿があった。
「天澤さん?」
足を止めて暫しそうしていると声をかけられ、前に向き直る。
自分を名前を確かに口にしたその女は、どう見ても面識はない。
「……貴方は?」
「! ああ、すみません。二階堂です」
「二階堂―――」
「訳あって、母の札で変装していまして。
ごめんなさい、お話は後ほど。これから用事があるので、失礼します」
辰弥も彼女の横を足早に通り過ぎていく。
用事―――とは今回の事件のことだろうかと気になったが。
後ほどということは、きちんと報告もしてくれるのだろうか。
どちらにしろ、二階堂家で待たなければならないのは間違いない様だと、
みやびはまた足を進めだした。
同刻、二階堂家―――
狐姿のまま日向ぼっこをしながらニュースを眺める茜。
(陽人君の聖書でも、彼らの居場所を探れない―――)
この頃、ニュースで流れる事件が起きた場所で犯人を特定するのは、当初よりも更に困難なことになっていた。
干からびた死体が上がっているのはこの街だけではなく、隣町、ここ、新宿などの大きな都会などの東京全体へと被害範囲が拡大している。
(引っかかるのは、被害者の数が増えたというわけではないということ……)
被害範囲が広がり、被害者もまた増えているということなら、理解はできるのだが。
昨日も同業者である娘とこの話になり、二人で頭を悩ませた。
成熟したヴァンパイアたちが敵。陽人や歩花たちには荷が重いだろう。
大人である自分が、しっかり彼らを支えてやらなければならない。今回は茜も、戦闘に参加するつもりだ。
たとえ、寿命が縮まることになっても。
茜たち狐の種族が、昔から人間の家に嫁ぐこと自体、そんなに珍しいことではない。
嫁げば勿論人間として生き、夫や子供たちと同じ料理を食し、それが身体に障り寿命が縮まるとしても、特別な力を持った妖怪は人間よりも長寿であるだけに、それほど気にするほどではない……本来は。
茜は生まれつき身体が弱く、幼い頃から短命だろうと言われてきた。
だからこそ、それでも左一の元に嫁ごうとする彼女を家族は皆反対した。『お前の身体では、人間として生きるのは無理だ』と。
愛する夫や友人と同じものを思うままに食せない。ましてや、人間との子供など望めるはずもない身体。
それでも。そんな自分でも、家族ができたのだ。
たとえ血の繋がりがなくとも、歩花は可愛い自分の一人娘。
(昔は母親として、至らないところもあったけれど……)
そこまで考えた時。チャイムの音に我に返り、耳を立てて顔を持ち上げた。
人間の姿になってインターフォンに出ると、聞きなれた声が「木塚です」と名乗る。
(……コズエさん?)
小夜の母親で、茜からすれば彼女は、俗にいうママ友というやつだ。
また小夜の祖父母の家の畑で取れた野菜のおすそわけか何かだろうかと思いつつ、茜は玄関に出た。
午後十二時半―――リリアーヌが調べ上げ、デート当日まで本気で悩みぬいて選んだというレストラン。
「ねー、リオン?」
「? はい」
「君の彼女って、どんな子? カワイイ??」
他愛のない話もそこそこに、
リーフェルトとテーブル席で向かい合い食事を楽しんでいたリリアーヌは、
不意に彼女は含んだような笑みを浮かべつつ、そんな会話を相手に切り出した。
「……! ええ。まあ……」
突如恋人のことを聞かれて、リーフェルトは少し頬を赤らめる。
お金持ちではあるが、こういったところはまだ普通の高校生だ。
「歳の差は? タメ??」
「えっと。同じ歳です……」
「そうなんだ? ふうん。その子もお金持ちのお嬢様?」
「……あはは。どう、なんでしょうね……?」
一方、笑って誤魔化すリーフェルト。
リリアーヌの仲間はどうか知らないが、彼女は明らかに自分の欲を満たすため人間を殺しているヴァンパイア。
(歩花の情報は、あまり伝えないほうがいいよね……?)
「彼女、あんまり自分の家のことを話さないので……」
「あら。結婚のことを考えているのに?」
「……あ……っ! いえ! 考えているのは、僕だけなんです。
彼女のからの返事は、保留といった状態で」
「あら♡ 何故?」
「彼女も事情とか。立場とか……色々あって。プライベートなことなので、他の人にはあまり話せないんですけど」
嘘はついていない。これが真実であるだけに、ちょっぴりリーフェルトの気持ちは切なくなった。
「勿体ないわねえ……。君、とっても素敵なのに」
「いえ……。どちらかといえば僕のほうが、取り柄なんてない感じでして」
「そんなことないわよ」
「そうですか? あはは。……なら、いいんですけどね」
自虐的なことを言いつつ自信なさげに笑う。
そんなリーフェルトの様子が、歪んだリリアーヌの嗜虐心を刺激する。
彼女は一体彼がどんな反応をしてくれるだろうかと期待しながら、意地悪に真っ赤な唇の端を吊り上げた。
「でも……もし本当に、君になんの取り柄もなかったら」
「……え?」
「君の彼女は、君のどこを好きになったのかしらね?」
灰色の瞳を丸くして、少しだけ戸惑った顔になるリーフェルト。
くす、とリリアーヌは未熟な少年に首を少しだけ傾けて、
「まあ、私が考えることではないわね。……ふふ」
意味深にそこで会話をあえて終わらせ、早々にリリアーヌは新しい会話へと切り替えた。
しかし、違うことを口にしながらも、リリアーヌは内心ほくそ笑んでいた。
『何故、彼女が目の前の少年を好きになったのか』―――それを問うた時、彼の瞳は明らかに揺らいでいたから。
彼自身も、きっとそれをどこか疑問に思っていたのだろうと感づいた彼女は、
リーフェルトに悟られぬように悪魔のような笑みを隠し通すことの難しさと戦っていた。
シュガーが高級車の後部座席で女執事のジョエルに、笹永陽人への不満を垂れていた頃。
暇を持て余していたミリーは、目的もなく店が立ち並ぶ街通りを歩いていた。
自分の前の学び舎であった南実先高校の生徒たちが、よく遊び場にしている場所。
真優も中学時代から馴染みのあるこの場所によく訪れるのだとか、聞いたことがある。
(……なにやってんだかな。俺は―――)
真優のことが、今も頭から離れなかった。
そしてここに訪れ、鉢合わせしないだろうかと彼女の姿を探している自分に気づき、そんな自分に呆れた。
メールアドレスも、ラインのIDも知っている。
会いたければ、一言「来い」と打って送信すればいいだけの話。
わかっているのにできないのは、妙なプライドが邪魔をするからだ。
自分の中の何を守りたいがためのプライドなのかもわからないのに。
(『普通の夢魔に生まれれば』―――か……)
胸の中で呟いた時。ふとミリーの歩く道の先―――CD、DVDレンタルショップから二人の男女がちょうど出てきたのを偶然見てしまう。
男の方のことは知っていた。“普通の”夢魔のガートルード。そしてもう一人は、知らない女。なにやら仲良さげに談笑などしている。
それを見たミリーはもやもやとした苛立ちを感じて、その雰囲気を台無しにしてやろう、からかってやろうと早足で二人に近づいていく。
「見てみたかったのよー、このホラー映画!」
「ったく。また眠れねえっつって家来んなよな」
「いいじゃない! 私とガーティの仲でしょ!?」
距離を詰めて聞こえてくる会話を聞く限り、ガートルードは随分と隣の女と親密な関係なようだ。
どういじってやろうかと、呆れたガートルードの声と楽しそうな女の笑い声を聞きながら、彼の肩を叩こうと手を伸べる―――
「昔はあんなに一緒に寝てくれたじゃない!
『ママのこと、僕がお化けから守ってあげるー』なんてさ!!」
女の口から出てきたその科白に、ぴくりとミリーは思わず手を止めた。
「そりゃ、昔の話だろうが……」
「なに? 今はもう守ってくれないの?」
「おふくろだって十分強ぇだろうが」
「生身の相手ならね。お化けは怖い!」
「じゃあホラー映画やめろ、もう」
「それもやめられないんだなー」
「はあぁ……」
いつのまにか止まっていた自分の両脚。
遠ざかっていくだけの、二つの背中。
“おふくろ”。“ママ”。“昔”。“子供”―――ミリーの中で繰り返される言葉たち。
そして、“家族”……。
『ままって、どんなひと―――?』
思わず唇を結び、踵を返した。
人間との交配から生まれた普通の夢魔たち―――血の繋がりの薄い家族。
逆に、夢魔同士の血の繋がりの濃い家族……それでも―――
「……」
休日であるためか。
向こう側から歩いてくる、両親に挟まれたまま手を繋ぎ歩いている子供の笑顔から目を逸らして。
『僕たちってさ。ほんと、出世の道具だよねー。それか種馬? みたいな感じ??』
冷たい光を目に宿し笑う幼いシュガーの顔と科白がふと脳裏に蘇り、ミリーは忌々しげに舌打ちをした。




