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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生第二章
73/142

第43話 難航

 それは、小学校低学年の頃のこと。


 よく付けていた赤いヘアゴムで、義母の茜にツインテールを作ってもらいながら、

 歩花は彼女と話をしていた。



『おんなじクラスの三浦さんのお父さん、とおいところでお仕事してるんだって』

『あら。そうなの』

『三浦さんと、三浦さんのお母さんとお父さん、いつも電話してるっていってた』

『ふふ。良いわね。遠くにいても仲がいいのね』

『でも、ふあんにならないのかな』

『不安?』

『だって、とおくにいると、うわきとか』

『……歩花ちゃん。どこで覚えたの? そんな言葉。

 浮気なんて言葉、駄目よ? 簡単に使ったりなんかしちゃ』

『なんで? ふあんなのは、ふあんでしょ?』

『いい? 夫婦っていうのは、お互いに信じあっているから夫婦なの。

 信じられなくなったら、夫婦でなくなってしまうの。だから、浮気だなんて言っちゃ駄目』

『うーん』

『私と左一さんが今仲良しなのも、遠くにいても信じあってるから、とっても仲良しなの』

『……左一さんは、ほかのひととちがうじゃん』



 つっこむ義理の娘に、茜は作り上げた髪型を整えてやりながら、少し困った顔になる。



『……確かに、左一さんは特別かもしれないわね。難しい人ではあるけれど……』

『うん。茜ちゃんがめぐまれてるんだよー』

『そうかも、しれないわね……? でも、案外そうでもないかもしれない。

 私は人間じゃないから、少し他の家庭とは違うのかもしれないけど。

 やっぱりどんな種族でも、家族は信頼関係よ』

『……しんらいかんけい』

『そう。だからもし歩花ちゃんに好きな人ができたら、ちゃんと信じてあげなきゃね?

 歩花ちゃんだって、私たちや、三浦さんの家の人たちみたいに仲良しなお家を好きな人と作りたいでしょう?』

『……うーん』




 何故か悩むような声を出した歩花だったが。


 『作りたくないの?』と可笑しそうに笑う義母に、

 少し考えた後、『じゃあ、がんばります』と返事をした。







 自分が過剰なほど疑心暗鬼なのは理解している。

 そんな自分だからこそ、恋人のことを信じてあげようと努めなければならないと歩花は思う。


 プリクラも、口付けも、リーフェルトの意思ではない。

 それをきちんとわかってあげなければ、彼がとても可哀想だ。



 それに




『たとえ不安になっても、思いやりを忘れては駄目ですよ。貴方のお母さんのように』

『……あゆかを産んだおかあさん?』

『そうよ。貴方のお母様はサキュバスだったけれど。

 貴方のお父様を裏切ったことは一度もなかったそうよ』




 再び蘇る、茜との会話の続き。


 自分が赤子の時にいなくなってしまったため、母・レインと話したことはないが。

 とても一途で、素晴らしい女性だったと聞いている。


 幼い頃から師の家でレインと一緒に住んでいた左一も、

 捻くれていた時代もあって、未だに彼女のことを話すときは“ババア”と呼んではいても、

 母のことを悪く言ったことはない。




(いつかは母のように、最期まで愛する人を想える人になりたい―――)




 サキュバスという種族に対する先入観を打ち破る深い愛情を持った、純血の実母。

 そんな尊敬する彼女に近づきたい。それが歩花の夢だった。





 笹永家。リーフェルトが帰ってから、気遣わしげに陽人が聞いてくる。




「……いいのか? デート。行かせて」

「……彼を信じる。今の不利な戦況もどうにかしたいことだし。

 説得に成功し、一人でも多く敵を減らせるなら、そっちのほうが私たちも助かるだろう」

「まあ、そうだな……」

「それに、嫉妬なんてしている場合じゃない。

 事件のヴァンパイアたちが昼間に活動できるということは、一日中彼らの動きに気を張っていなければならないということだ。

 小夜のことにもな―――」



 陽のある内は安全などという悠長なことは最早言ってられなくなったということに気付かされ、

 陽人の顔は緊張に引き締まる。



「小夜の特異体質の匂いが強まるのは夜だ。夜の種族は日中となると本来の実力を発揮できない。

 だから彼らが人を襲う時は大体夜を選ぶ……が、昼が絶対、安心という保証もない」

「どうすりゃいい? 小夜を一日中家に閉じ込めとくわけにも……」

「……最悪の場合、思い出させることになるかもしれないな」

「……思い出させるって。まさか、意図的にじゃないだろうな……」

「最悪の場合だ。寧ろ家に引き籠ってくれていたほうが、今回ばかりは小夜のためなのかもしれない。

 しかし今はまだ敵の顔も全員わからないし情報が少なすぎるから、そこはリーフェルト頼みだ。それに―――」




 歩花は難しい顔で言葉を止め。

 ずっと胸に引っかかっていたことを元相棒に対し口にする。




「一度人の味を覚えた魔は、獲物に対し貪欲になる。

 鼻がよく利くようになるから、同じ街にいるだけで特異体質の人間がすぐにわかるはずだ。

 なのに小夜の前に未だに現れないのは何故だと思う」

「……? 確かにそうだな」

「気付いていないなんてことはないはず。

 わかっていて狙わないのか、他の狙いがあるのか」

「じゃあ……じゃあ、今回小夜が狙われない、ってことか?」

「期待はするなよ。それにたとえそうだとしても、人間が襲われていることは事実。

 戦力の差から迂闊に手は出せないが、いざという時は守るため不利でも戦うしかない。

 応援の手がなくてもな―――」




 敵が住んでいる大体の場所も掴めないこの状況。

 たとえ掴めたとしても、返り討ちにあってもおかしくない今の戦力。


 勇治郎、みやび各々、帰郷してから連絡はなし。

 早く勇治郎と、彼の師、四引汲リンドウにこちらに来てほしいものだが。


 左一も、簡単だと思っていた今の依頼が長引いているらしく、なかなか帰ってこれないらしい。



 自分たち二人と、ヴァンパイアハンター二人。

 たった四人で成熟したヴァンパイア五人と、彼らの配下たちと戦わなければならないという事態に、歩花のこめかみが汗で濡れる。




(奇跡程度の可能性しかないが、ダメもとでもいい。今は、リーフェルトに賭けてみるしかない……)




 祈るような気持ちで恋人を想う彼女のズボンのポケットが、その時。

 小さなバイブの音と共に震えだした。












『せめて私も人間じゃなくて、夢魔に生まれればよかったのに』



 今にも泣き出しそうなあの声が、耳に焼き付いて離れない。

 鬱陶しげに、ミリーは舌打ちをした。


 こういうときは何か騒音が欲しいものだが、

 だからといってクラシックを聴く気にもテレビをつける気にもならない。

 同居しているお喋りな幼馴染は今留守だ。



 割り切った関係の女たちで気を紛らわせようにも、まず、歯が浮くような社交辞令を吐く気にもならない。

 夢魔の誘惑さえ使えれば、気など一切遣う必要なく、そこらで歩いている女を適当に使うことができるのに。




(……今、何やってんだ。あいつは)




 あいつ―――市辺真優は。


 また他人のことでくだらない悩みでも抱えて、

 夢魔を羨ましいなどと馬鹿なことを考えているのだろうか。




 固定した性別のない夢魔など、何の得もない。

 金にも女にも地位に恵まれない、哀れな奴らだ。いつも卑屈な目で自分たち種持ちを睨んでくる。

 しかし。そんな奴らなのに、たまに幸せそうなツラを見せる時があって、それを見る度に癪に障るのだ。


 無性に、思い知らせてやりたくなる。

 自分たち種持ちと比べて、結局性別のない夢魔など惨めなのだと。

 たとえ幸せを感じていても、それは仮初めのもの。本物はこちら側の手の中にしかないのだと。



 前の学校―――南実先高校の文化祭で出会った夢魔たち三人も、そうだ。

 平凡で不自由な中で育って、人間に夢を見せて交わる汚れた仕事をしながらも、ヘラヘラ楽しそうにしやがって。

 しかも内二人は、確か兄妹だったか。イライラする。


 二階堂の童貞野郎も夢魔の血をひいてはいるが、自分はやはり気に食わない。

 純血でもないのに、いつも眼鏡押し上げてスカしやがるから。

 混血のくせして、ミリーやシュガーたち純血を下に見て、格が違うとでも言いたげな態度。殴りたくなる。




(周り、イライラする奴らばっかじゃねえか……)




 自分の力を封じた笹永陽人。混血の二階堂。ただの夢魔であるランフランク。

 頭に過ぎる面々に再び舌打ちをして、ミリーは髪を掻き上げた。




(あんな奴らに悩まされてんのか、市辺は。……アホらしい)













『ごめん。今回のヴァンパイアの件で、陽人の家にいたから』

「そっか」

『どうした? 話って、なに?』



 その夜。

 真優は自分の部屋で、歩花と電話で話をしていた。


 一度、昼にも電話をかけたのだが、彼女が忙しいということで夜になった。

 昼は辰弥の声だったが、今、真優の耳に入っているのは本来の彼女の声だ。



「あの―――さ」

『うん』

「いきなりで悪いんだけど。一つ、聞いていい?」

『うん?』

「小夜―――」



 そこで真優は一度、言葉を区切り躊躇う。


 歩花が今までやってきたことを、否定するようなことは言いたくはない。

 自分がこれから言うことは、聞きようによってはそう取られても仕方のないことだ。



 だが。言わなければと、意を決する。


 自分も、小夜は勿論。陽人、歩花たちの友達なのだ。




「今のままで、本当に大丈夫なの?」

『……』



 返ってくる沈黙。


 真優の意図を察しているのか、察していないのか、電話越しなのでわからない。


 反応が返ってくるのを待つことなく、口を開きかけた真優だったが、

 その前に歩花が『大丈夫、とは?』と問い返した。



「笹永君と歩花が思っていることは、わかるよ。

 小夜は、自分で望んで化け物に狙われやすいように生まれてきたわけじゃないって。

 だから自分たちが小夜を守らなきゃって思ってるのも。

 小夜は優しいし。争いとか、そういうの向いてないから、記憶を消すのもわかる……。でも―――」

『本当に小夜のためになるのかと、真優は聞きたいのか』



 自分の言いたいことを理解してくれたことに、真優は少し安堵したものの。


 電話越しに返って来たのは、重々しい溜め息だった。

 一体どうしてどんな反応が返って来たのかわからず、スマホを片手に怪訝な顔をする真優。



「歩花……?」

『……どうすればいいと思う?』

「どうすればって……」

『今まで小夜が真実を受け入れやすいように言葉を変えて説得したけど、結果は同じだった。

 自分なんかが存在するせいだと自分の殻に閉じこもってしまう』

「……じゃあ、その状態で日にちをかけて説得すれば―――」

『小学生の頃父のアドバイスでそれも試した。

 高校となると出席日数もあるから、今はもう簡単にできることじゃない。

 心を鬼にして、せめて陽人の苦労だけでも報われるように厳しく言ったこともあったが、駄目だったよ』

「……」



 まさか。小夜に甘いとばかり思っていた歩花がと意外に思いながら、口を閉ざしてしまう。


 歩花は歩花なりに、やれるだけのことをやっていたのだ。


 『どうすればいいと思う』という歩花の言葉に、彼女も頭を悩ませているのだと真優はここで知る。



『ごめん。心配をかけさせてしまって。

 焦ったって小夜が変わるわけじゃないから、“小学校卒業までに受け入れてもらえたなら。”

 “中学校卒業まで”“高校卒業まで”と今まで手は尽くしてきたつもりだったんだけど……上手くいかなくて』

「そう……だったんだ。ごめん、私……」

『ううん。それだけ小夜のことを考えてくれてるということだから、仕方ない。

 でも、今のヴァンパイアの事件。思っていたよりも深刻でね。

 焦る必要はないなんて、悠長なこと考えてる場合じゃないみたい。……記憶、無理に戻すことになるかも』

「……! ……そう……」



 苦々しい複雑な気持ちだ。

 小夜の気持ちもわからなくはないだけに、無理に自分が自覚させられる、“もしも”の近い未来を想像すれば―――。


 陽人や歩花だけでは、最早難しいのだと悟る。

 それならばと、スマホを持つ右手に力が入った。



「……歩花。私、何かできることある……?」

『……? 真優に?』

「うん。剣道部だって言ったって、流石に歩花たちと並んで戦うことはできないけど……。

 私にできること、ない? 私だって、小夜のこと心配だし。

 陽人や歩花のことだって―――」

『……真優……』



 相槌を打って、暫し考え込むような沈黙を作った後。


 歩花が真優に頼んだことは




『じゃあ、考えてくれる? 一緒に』

「考える―――?」

『多分僕の言葉じゃ駄目なんだって、最近そう思うの。

 だから、小夜がどうしたら自分の運命と向き合えるのか。……じゃないと』

「うん……?」

『流石に、陽人が―――』

「……うん。うん……」




 真優の頭に浮かぶ、中学時代の記憶。


 傷だらけで、血を流しながらも精一杯両足で立つ陽人の背中。

 最後に倒れた彼を見て、逃げ出した小夜。




『“無償”なんてものにも、限界はある。

 陽人の持つ聖書は所有者を選ぶけれど、選ばれた所有者は次の所有者を自由に選び、他人に力を譲渡することができる。ただし、人間限定だけどね。

 疲れたらいつだって戦いから逃げていいと言ってあるし、陽人が戦えなくなった場合、小夜のご両親のどちらかがそれを引き継ぐ約束になってるから、いつ陽人が退魔師をやめたって誰も彼を責めない。

 小夜の気持ちに星野尾が応えてくれるというなら、星野尾に任せてもいいと思う。

 星野尾じゃなくったって、小夜が好きになって、小夜の運命を受け入れてくれる男が他にいるのなら、その人でも。

 だけど……やっぱり。わがままを言うなら、一言でも笑顔でありがとうって言ってやってほしいし、自分のために陽人がどれだけ命を張ってくれたのか知っているまま寿命を迎えてほしい』

「歩花……」




 小夜のことだけしか考えていないと、心のどこかで考えていたが、やはり元相棒ということなのか。


 普段クールな歩花の科白から絆の強さを感じられて、

 つい、真優は心を熱くしてしまう。




(ちゃんと、笹永君のことも大事に思ってるんだ……)




『元はといえば、僕が退魔師という仕事について彼に話したのが始まりだから。

 小夜を守るのも、始めたのは僕の意志からだし。

 もし高校卒業しても彼女がそのままなら、このまま傍にいることを考えなければ』

「え……じゃあ。ガーシェル君との結婚は―――」

『……恋人探しくらい、小夜が老いて死んでからでもゆっくり始めようと思ってたんだけどね。

 まさかこんなに早く恋愛できるだなんてまったく想像していなかったし、冷めた自分がここまで他人を好きになるとは思わなかった。

 でも、それとこれとは話は別になる。僕は、自分で始めたことを責任をもって最後までやり通すつもりだ。

 ……なんて。陽人に言ったら、全部自分にまかせて嫁に行けとでも言うんだろうから、言わないけど。

 僕たち二人、死ぬ思いしながらもここまでやって来たんだから』

「ガーシェル君には、言ってあるの?」

『小夜のことを抜きにして考えても、正直迷っているところ。そういうことで、結婚の返事は保留にしてる。

 ただでさえまったく別世界に嫁ぐわけだから、簡単に決められることでもないし』

「う、うん……。確かにそうだけど……」

『心が完全に決まってからでいいと、彼も言ってくれているから。

 別に小夜がいるから決められないとか、そういうのじゃない』

「……でも。今は―――でしょ? もし歩花が心を決めたって、小夜が認められないなら……」

『たとえそうでも。小夜は何も悪くない。……そうでしょ?』




 そう言われてしまえば、何も言えなくなってしまうではないか。


 そう……小夜は、何も悪くない。

 すべて受け入れた上で、陽人も歩花も戦っているのだ。納得の上だと、真優も理解している。



 それでも。それでもだ――― 




「わかる……けど……!!」

『真優は優しいね』

「……っ」




 唐突な言葉に、言葉を詰まらせてしまう。


 戸惑う真優をそのままに、歩花は、それを口にしている間、どんな顔をしているのか容易に想像がつくほどの優しい声で自分の耳に囁きかける。



 

『真優と友達で本当によかった。陽人もきっと、そう思ってる』

「……あんた」

『本当にありがとう』




 目が、じわりと熱くなって、視界が歪んだ。


 ポーカーフェイスで淡々とした彼女が、なんともないような明るい調子で、お礼なんて言うものだから。

 締め付けられるように、胸が苦しくなった。




「……私も、ちゃんと考えてみる。どうしたら小夜のためになるのかとか……。

 じゃないと笹永君。このままじゃやっぱり可哀想」

『うん。お願い。……真優』

「……何」

『大好き』

『……馬鹿』




 目を濡らし始めた涙が目尻から零れ落ちそうになり、手の甲で拭いながら、

 頬を染めてぶっきらぼうに真優は言い捨てた。


 照れ隠しだ。




「ああ……そうだ。もう一つ、聞いていい?」

『? ん……』

「あんた、なんでそこまで小夜のことで一生懸命になれるの?

 笹永君はわかるけど―――」

『……うん。まあ、そうだね……。一言でいうなら、お返し。かな』

「お返し?」

『感謝してることがあるの。本人は、全然自覚してないけど。……でも小夜は、それでいいと思う』

「……そっか」




 歩花の、背景をぼかすような言い方に、なにかを察して深くは追及しなかった。



 二人はそこで会話を切り上げ、各々、互いの生活に戻った。












 同刻、木塚家―――。


 木塚小夜の母、木塚コズエは、台所に立っていた。



「……ヴァンパイア―――」



 一言だけ呟いて、

 それまでトントンとリズム良く野菜を切りながら、まな板を叩いていた包丁を止めた。











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