第38話 すれ違う者たち
駅近くの公園にて。
「くっだらねえ」
少しだけ話を聞いてほしいという真優から話を聞いたミリーの、開口一番の言葉はそれだった。
彼は立った状態で、ベンチに座っている真優を呆れ果てたような目で見据えている。
「木塚が後々何を失おうが何だろうが、お前には関係ねえことだろうが。
何をそんなに悩んでんだよ、他人なんかのことでよ」
「……うん。バークス君なら、そう言うと思ってた」
「笹永も二階堂も好きであの女守ってんだろ。
死のうがなんだろうがお前にはどうでもいい話なのに、なんだって人間ってのはそんなに他人が気になるんだ?」
「そうだね。……本当に、そう」
真優はやや俯き、小さく笑った後。
「あーあ」と笑みを口元に浮かべたまま、暗くなり始めた空を仰いだ。
「バークス君が羨ましいなあ。せめて私も人間じゃなくて、夢魔に生まれればよかったのに」
「サキュバスにかよ?」
「ううん。普通の夢魔。うちの親、男とか女とか色々うるさくってね。そういうの、小さい頃から煩わしかったの。
だから男とか女とか、親とか家とか、そういうしがらみからも解放されて。バークス君みたいに好き勝手やって。
好きな人ができても、すんなり諦めて。さっさと他の人を好きになって。
自分のやりたいこと、好きなだけやって。そういう風に、生きられたらいいのにって」
「……」
「本当に馬鹿らしいよね、人間なんて。笑っちゃう―――」
自嘲する真優の声は、どこか泣きそうに少し掠れていて。
いつも強気な彼女が見せたそんな弱々しい一面に、ミリーはらしくもなく戸惑う。
普段の彼なら、一般の夢魔になりたいという彼女の科白など鼻で笑い、悪口の一つでも言っているはずなのだが、
何故かこの時ばかりは何も言えなくて。
そしてそんな自分に、彼は同時に驚いていた。
欲を満たすため、歯の浮くような科白は何百も吐いてきた自分が。
女相手にかける言葉が見つからないなど、生まれて初めてだった。
黙り込んでいたミリーを見上げ、真優は微笑むと
「話して、ちょっとだけすっきりした。ごめんね、くだらない話して」
その切なさを含んだ笑顔が嘘かと思うほどに綺麗で、ミリーはつい、真優に見惚れた。
ベンチから立ち上がり、去ろうとする彼女の後姿があまりに細く見えて、何とも言えない気持ちになる。
このまま彼女の手を後ろから握って、抱きしめる―――。
そして弱みにつけこんで、優しい言葉をいくつか吐いてやって、キスの一つでもしてやれば、女なんてすぐに落ちる。
そうだ。これはチャンスなのだと囁きかける、自分の心の声。
それに従い、彼女の手を取ろうと伸ばした褐色の手。
「―――……」
握ろうとした真優の手は、なんて小さいのだろう。
そう思った瞬間。身体が思うように動かなくなり、結局何も掴めないまま、ミリーの男子特有の大きな手が泳ぐ。
(……何をやっている?)
目だけで、遠くなって消えていく真優の背中を見届けながら。
(何故、躊躇ってる?)
ミリーは自問する。
答えの出ないそれを、何度も、何度も胸の中で繰り返して。
(この女をどうしたかった? 何をやっているんだ? 俺は―――俺は……)
今まで感じたことのない気持ちに、彼らしくもなく、翻弄されていた。
翌日の夜。放課後に陽人と歩花は、
シュガーがリリアーヌというヴァンパイアに襲われた場所に立っていた。
「……僕のダウジングでは反応しないな。陽人」
「OK」
陽人は魔力の痕跡を辿るべく、聖書を広げる。
ページが何枚か聖書から離れ、
ひらりと風に歯向かい飛んでいく。
それらを通して遠隔からの察知を身体で感じようと、陽人は暫し目を閉じた。
「……! 掴んだ」
「行ってみよう」
痕跡を掴み、陽人と歩花は肩を並べて駆け出す。
陽人の聖書に導かれ、やがて二人が行き着いた場所は、一つのマンション。
「最上階」
「わかった」
周囲に誰もいないのを確認してから、歩花は羽を広げ、
聖書のページが示した部屋を確認してから、建物の上に降り立った。
夢魔の力を使い、視界を探る。
<……今は、留守のようだな>
<じゃあ、日を改めて。ってことか>
<ああ。……しかし。このマンションを張ることで、女ヴァンパイアの姿を確認することができたらいいんだが。
ひょっとしたら、狭山さんにバレたことで別の場所に宿を移している可能性もあるしな。
その場合、私たちだけではやはり、見つけるのは困難だ>
<複数犯だもんな。街の外じゃ、聖書使っても辿れねえし……>
陽人が探れないとなるとお手上げだ。
もうすぐ帰る予定の、義父であり師である左一の知恵を借りるしかない。
だが。今この状況で師任せにする気など、無論陽人や歩花には端からない。
自分たちは場数を踏んできたのだから、退魔師としてそのプライドはある。
<僕たちは僕たちで、できる限り諦めず足掻こう。
でなければ、命を張って街を守ってくれた狭山さんや天澤さんに格好がつかない>
<おう>
週末の休日。
その日、東京の都会。多くの若者が訪れるファッションビルに、リーフェルトは友人とその仲間たちと共に訪れていた。
「ど、どうかな……」
「おー、いーじゃん」
「そう? 僕、こういう格好初めてだから、よくわからないけど。似合ってる?」
ドクロのシャツやらファーのついたジャケットやら革ジャンやら。
普段無縁な類の服が並ぶメンズファッション店。
田井村と他の不良仲間たちの見立てた服を着て試着室から出てきたリーフェルトは、
鏡を見ながら自分の姿をチェックしている。
「おう! てかもうお前、今日からこういう服着ろよ」
「あはは。いいかも」
家族が見たら間違いなく絶句されそうだが。
姉なんて速攻「脱げ」と命令してくるだろう。
友人たちが選んでくれた服を着用したまま一式まとめ買いした後、
今度は公共のトイレの鏡の前で、髪型のレクチャーを受ける。
「どういう髪がいいよ」
「うーん」
「ちょっとデコだすか。それか思い切ってオールバックにでもしてみっか?」
「じゃあ、試しに控えめに額出しで」
「よっしゃ」
ノリノリでリーフェルトの髪型を整えていく田井村たち。
しかしリーフェルトの『控えめに』という要望をガン無視し、大きく額を出され、
正統派な彼の髪型は明らかに軟派な印象を受けるものへと早変わりしていった。
(……髪型一つで印象って変わるんだな―――)
事件を起こしているヴァンパイアたちの説得をする際、
王族という身分が割れないように普段しない格好をしてみてはどうかと歩花にアドバイスされたので、
田井村に相談したのだが正解だった。
確かにこの格好なら、自分が王子のリーフェルト・アップルガースだとバレることはまずないだろう。
「すごいね! ありがとう!」
「おう!」
物珍しげな一般客の視線を浴びて、
純粋に喜ぶリーフェルトと、助けになれて大盛り上がりの不良たち。
外出の目的が果たされたところで、不良の一人が空腹を訴えだす。
「んじゃあ昼飯食いいこーぜ」
「おー。何食う?」
「ラーメン? ファミレス?」
「ラーメン行こーぜ。俺トンコツ食いてーし」
「ラーメンで。俺小遣い今週ピンチ」
「マジで」
「マジ。昨日姉貴にカツアゲされた」
ビルから出ながら、他愛のない話に花を咲かせる男子たち。
リーフェルトもその中に入って一緒に笑い、
どこの世界でも姉弟は同じようなものなのだとしみじみする。
「そういやあよ。オメーの家って何人兄弟よ」
「僕? 僕のところは……」
「兄が三人。姉が一人」―――そう答えようとしたところで、リーフェルトはふと口を閉ざし、足を止めた。
「? どした」
「……いや―――」
気のせいかと一瞬、思ったが。
どうしても気になり、リーフェルトは笑みを消し去った顔で振り返る。
振り返った先―――二人の女性。
一人は首の隠れる服を着ているので見えないが……。
「ていうかお前。目赤くね? ジューケツか?」
「砂でも入った?」
「……ごめん。僕、ちょっと行かなきゃ」
「あ? 行くって、おい……!!」
田井村の制止の言葉も聞かず、彼女たちの背を追いかけた。
間違いない。先程すれ違った二人のあの女たちから、血の匂いがした。
大怪我も何もしていないのに、ひどく血なまぐさい―――。
(でも。まさか、そんな……)
こんな日中に、犯人であるヴァンパイアたちが出歩いている。
そのことにリーフェルトは戸惑っていた。
それが意味するのは、つまり―――
(まさか……人間たちを襲っているのは、元人間のヴァンパイアたちだっていうのか……!?)
キャラクター図鑑
ミリー・バークス
南実先高等学校二年だったが、聖アイテール戦で陽人たちに敗し、インキュバスの力を封印された挙句男子校へ転校させられた。
整った顔立ちと少し長い黒髪、褐色の肌が特徴的な、固定した性別を持つインキュバス。貴族で生まれ育ったドラ息子で、女遊びがひどい。
“たった一人”に執着する人間を馬鹿にしており、他人が大切にしている人物にちょっかいを出したがる。プライドが高い。
趣味、特技はピアノ。嫌いなものは蜘蛛。日本に来た理由はシーフード料理が気になったからだという。好きな日本食は寿司。
最近市辺真優をナンパし音楽話で意気投合した。彼女のフルートの腕は気に入っているらしい。ついでに割り切った関係になろうと機会を窺っているが、のらりくらりとかわされまくっている。
シュガー・コフィ
ミリーと共に男子校へと転校、力を封印されてしまった白人風の少年。
女子顔負けの愛嬌たっぷりの笑顔が魅力的―――というのを十分自覚した腹黒い性格。彼も固定した性別を持つインキュバスで、ミリー以上に異性関係にだらしない。一方で、肉付きがよく白が似合う女子が好みという強いこだわりを持っている。
趣味、特技はヴァイオリン。嫌いなものはゴキブリ。
あざとくぶりっこしているが、少し心に余裕がなくなると簡単に素に戻る。悪だくみが得意なわりにメンタルの脆さは豆腐以上。歩花に“佐藤君”と呼ばれている。




