第37話 器用で不器用な温もり
退魔師たちが集まり、情報交換をしたその日の夕方―――紅柳女子高等学校。
「真優?」
「……ん?」
「ちょっと聞いてる? どしたの? ぼーっとして」
剣道部の部活動が終わり制服に着替えている最中、
顔を覗き込んできた友人に現実に引き戻されるなり、慌てて「大丈夫」と真優は微笑む。
「なに? 考え事?」
「ちょっとだけね」
「ならいいけど。最近多いよ、大丈夫?」
「……そうかな。ごめん、話がつまらないとか、そういうわけじゃないんだけど」
碌に話を聞いていなかったことを指摘されたような気がして、謝る。
しかし気分を害しているような顔をすることなく、
真優の友人は首を横に傾けた。
「それはわかるよ。真優はそういう子じゃないし……どんな話でもちゃんと聞いてくれるもの」
「そうかな……?」
「うん。だからさ、あんまり自分一人で溜めこんじゃ駄目だよ。私で良かったら聞くよ?」
「……うん。ありがと」
笑顔を作り、友人に感謝する。
が……とても言えない―――そう、真優は心の中でつぶやく。
友人の心配は嬉しかった。彼女を、信用していないわけじゃない。
ただ、人間ではないものに命を狙われている親友。
命がけで彼女を守りたがっている退魔師の友人たち……だなんて、あまりに非現実的すぎて一般人には簡単に相談できないことだ。
「ごめんね……」
「なんで謝んのよー。いいって、別に」
「うん―――」
だから気持ちだけ、受け取った。
もう一度胸の内で謝って、
彼女と別れるまで、真優はできる限り普段通りに振る舞った。
修学旅行後の振り替え休日。
<……今、家にいるか?>
<? うん。どうしたの?>
<佐藤からの聞き込みが終わったついで、君のマンションに寄ろうと思う。
少し気になることがあるから、話したい>
<うん。わかった>
そう、意識を寄せられてから、紅茶の用意をして待っていると、
一時間ほど経った後家のチャイムが押される。
いつものように歩花を家に迎え入れ、新しい紅茶と茶菓子を彼女に差し出す。
「……何? 話って」
リビングのソファに身を沈めている恋人と向き合うように座り、問うリーフェルト。
歩花は「うん」と相槌を打ち、彼と向き合った。
「犯人であるヴァンパイアたちと和解したい……その気持ちに、変化はないな?」
「? うん」
「ふと昨日の夜、寝る前に気になったんだが。
話をする際、君はどうするんだ? 自分の素性を明かしてから、事情を聞くのか?」
「うん。そうするつもりだけど」
「……」
何も疑う様子無く応えた彼の返事に、何やら考え込む顔の歩花。
リーフェルトは心底不思議そうに、そんな恋人の顔をまっすぐ見つめる。
一体、それがなんだというのだろうか―――と。
「素性は……隠したほうが良いんじゃないか?」
「? 何故??」
「いきなり話しかけられて故郷の世界の王子ですとか、誰だって普通に驚くだろう?
君が王族が下手に絡んで大事にしたくないというのなら、尚更素性を隠すべきだと思うんだが……」
「……」
歩花の提案に、今度はリーフェルトが押し黙り、考える顔になった。
それに後押しするように歩花は、「君の目的は」と口を割る。
「彼らに心を開いてもらい、偽りなく事情を話してもらうこと―――そうだろう?
私がもし彼等なら、王族に対して人を襲っている理由なんて簡単に話せないし……」
「……ああ」
「君も王族なら、下の者と同じ目線に自ら立つことも必要だ。
つまり王族と下々という形ではなく、ヴァンパイアとヴァンパイア、あくまで同じ種の者同士理解し合おうという姿勢の方が、彼らも心を開いてくれるんじゃないかな?」
「……! な、なるほど……」
確かにそちらのほうが彼らの気持ちに近づけるかもしれない。
同じ種の、ヴァンパイア同士……。
上と下という関係より、同じ目線でわかりあう……。
惹かれる響きだ。
もしそれが達成できたら、なんと素晴らしいことだろう。
「じゃあ、偽名を使って……」
「ああ。偽名を使って、王族であることを隠す。ただ、それだけでいい。
あとは素の君で、演じる必要はない」
「……うん」
「素直で、ありのままの君でいい。
君は私とは違って、人の心を開く力があるんだから。私は君の大した力にはなれないが、君なら大丈夫だ。
悔いのないようにな」
「うん……! ありがとう、歩花―――」
綺麗に微笑んだ恋人に、
リーフェルトは優しく、温かい感動に包まれながら、礼を言って微笑み返す。
立場が違うのに、自分のことを考えてくれる。
いつもと同じように、自分の背中を押してくれる。
「大丈夫だ」と、いつものように笑ってくれる。
(大丈夫。僕は一人じゃない……)
歩花が大丈夫だと笑えば、自分はいつだって自信が持てる。
まるで魔法の言葉だ。
立場が大きく違っても、自分と彼女が恋人同士だということは揺らがない。
互いに信頼し、想いあっている。
「……ね、歩花。キスしていい?」
「……うん」
許可をもらって、彼女が座っているソファへ移動する。
甘い紅茶の香りのする、血色の良い柔らかそうな唇。
それを目の前にする度、胸が高鳴り、喉が鳴る。
馳走を前にしてひどい空腹感を覚えるように。
心がその熱を知りたがって、いつだって貪欲に求めるのだ。
顔を寄せて、そっと唇を食む。
瞳を閉じ、幸福感に胸を満たしながら、暫しリーフェルトは強い熱にうかされるまま酔いしれた。
リーフェルトの口づけは、優しすぎる。
キスをする度にそれを感じて、歩花はいつも泣きたい気持ちになる。
彼は自分のように、薄情で冷徹な人ではない。
キスを通じてその差に安心し、癒されている。時に、自分の薄汚さに失望するほどに。
(……彼が王子だと知れば、彼らは嘘を吐く―――)
人の血を必要なく、悪意を持って奪うのはヴァンパイアの世界の禁則。
それを破ることにためらいを持たず、繰り返している犯罪者たちが、もし純粋な悪であったなら。
きっと優しいリーフェルトの性格を見抜き、彼が同情するような嘘をついて、罰から逃れようとするに違いない。
それならば、嘘をつかれて後にひどい裏切りを受けるより、
最初から本当の彼等の事情に絶望したほうが幾分かましだろう。
歩花が自分の立場を隠せとリーフェルトに言った本心は、それだった。
その本心を言わなかったのは、
きっと、人を疑うことをあまり知らないリーフェルトが納得しないだろうと考えたからだ。
リーフェルトは自分の素性を知って、彼らが本当の理由を言わなかった場合のことを、おそらく想像していない。
彼らが王族に言えない、後ろめたい理由で人を襲っていると最初から歩花が疑っているのだろうかと、
更に頑なになることで自分が王族だと彼らに強調してしまう可能性もある。
そうなれば裏切られた時、心に受ける傷はあまりに深いものなる。
歩花の私服のシャツのボタンに、リーフェルトの指先が伸びてくる。
それが一つずつ外されていくのを感じながら、歩花は彼の背中に手を回し、抱きしめた。
(できればずっと、そのままでいて)
疑うことの安心感に浸かりきり、汚れきった自分とは、違う。
リーフェルトは綺麗なままでいい。綺麗なままでいてほしい。
たとえその差に自分が何度失望を感じようと、構わない。
(私と同じに、ならないで……)
噛みつかれ。肩に走る優しい痛みごと、歩花はリーフェルトを包んだ。
まだ、リーフェルトは知らないのだ。
同じ種族を疑うということが、どれほどの痛みをもって自分に降りかかるかを。
それはまるで、自分を映した鏡を自らの拳で叩き割るように。
鈍く、鋭く―――自分の心を深く刺すのだ。
その日の学校帰り。
真優は地元近くの駅から間もない本屋の中を歩いていた。
面白そうな小説を一冊片手にレジの方へ行き、順番を待っていると、
背後から肩を叩かれて振り返る。
「よお」
「……なんだ」
「その反応はねえだろ」
彼女から素っ気ない返事が返って来たことで、ミリーは少し不満そうだ。
真優はそんなミリーをフォローすることなく、
「こんなとこで何やってんの? またナンパ?」
「今日は買いモンだ」
「……そ」
真優が目を落とした先、ミリーの手の中には、小説と雑誌。
彼は最近日本純文学にはまっているらしい。
しかし一緒にレジに出されるであろうファッション雑誌は明らかに軟派そうなコーディネートの金髪男性で、
堅い性格なのか緩い性格なのか。真面目なのか不真面目なのか、さっぱりわからない。
貴族の生まれということでテーブルマナーは良いし、成績も相当いいらしいけれど。
「バークス君ってガッカリだよね」
「あ?」
「育ちが良くて品もいいのに、ガッカリ系イケメン」
「どこがだよ」
「自覚がないから更にガッカリ」
「……お前。喧嘩売ってんのか」
不満げなミリーに、ふふふ、と笑う真優。
お互い手に持っている商品をレジに出し終えた後、
偶然会った流れに委ね、一緒に本屋を出る。
「……次。どっか寄るとこあんのかよ?」
「シャープペンの芯、ついでに買おうと思って」
「そうかよ」
踵を返せば、自然とついてくるミリーの足音。
別に同行を拒否する理由もないので、真優も彼の勝手にさせる。
他愛のない会話をぽつぽつと咲かせ、適当なコンビニでシャープペンの芯を購入すると、
ミリーも何やら缶ジュースを持ってレジに出そうとしているのを見、少し待つことにした。
「おら」
「……?」
こちらに歩いてきたと思ったら、突然ジュースを差し出される。
ジュース―――よくよく見れば、ミルクティーだ。
それも、自分がよく飲んでいるブランドの。
「やるよ」
「……えっ??」
「好きだろこれ」
「……えっ、えっ……? う、うん……??」
いきなりジュースを奢られて、真優は訳がわからないままにミルクティーを受け取った。
「……あ。ええっと。お金……」
「いらねえ」
「……っていうわけにはねえ……ていうか。何? いきなり」
「うるせーな。悪いかよ、ジュース奢って」
「悪いっていうか……気持ち悪い。なんか……裏がありそうで」
「っ、お前、可愛くねーな! 素直に礼言えよ!」
「可愛くないって。だって、バークス君だし……」
「……そういうこと面と向かって言うあたり、ますます可愛くねー」
「なんなの? 本当、一体。雪でも降るんじゃないの?」
冬が近くなり最近冷えてきた気温の中、
ミルクティーで手が温もっていくのを感じながらいつものように憎まれ口を叩くと、
ミリーはますます不満そうな顔になり。
「心配してやってんじゃねーか」
そう、吐き捨てた。
「……? 心配??」
「最近、なんか溜まってんだろ。お前。ストレスとかなんとか」
どこかばつが悪そうな彼を瞳に入れながら、真優はきょとんと目を見開く。
「優しく聞き出そうとしても、簡単に答えるような可愛い性格してねーからな。
こういうやり方の方がいいんだろ? お前みたいな女の場合」
「―――!」
「だから、大人しく受け取っときゃあいいんだよ。
ま。慰めてほしいってなら、俺たちの種族流のやり方でやってやってもいいけどよ」
「……やだ。バークス君キモイ」
「―――……。だから。面と向かってキモイとかいうなよ……」
微妙な顔になった彼に、
真優は困ったような顔をしながらも、肩を揺らし小さく笑う。
笑ったからといって悩みが晴れるわけではないが、
こんな嬉しいような、くすぐったいような気持ちになったのは久しぶりな気がする。
「ごめん。……でも、ちょっと嬉しいかも」
「マジでそう思ってんのかよ」
「思ってるよ? 本当に。嬉しいって」
素直な気持ちでミリーに気持ちを伝え
ミルクティーを頬に押し当て、その程よい心地よさに浸る。
なんて、温かい。
「ありがとう。バークス君」
強い風に髪を委ね。
とても寂しげながらも静かに、真優はミリーに静かに笑んだ。
キャラクター図鑑
セノフォンテ
歩花の母方の従兄。生殖機能を持った純血のインキュバスで歩花をサポートをする。
細い身体をしているが、性より食で本能を満たす大食漢。しかし貴族育ちなのでテーブルマナーはとても良く、まるで手品か魔法のように胃袋に食べ物が入っていく。
デリカシーに少し欠けており声が大きいので初対面には特に煙たがられるが悪い奴ではない。(陽人曰く)
日本でひっそり暮らしている黒人風のとある混血サキュバスに惚れ込み、何度もプロポーズしているが現在連敗中。
ガートルード・ランフランク
リーフェルトのクラスメート。成績は一年の時から学年トップをキープし、二年になってリーフェルトと本格的にトップ争いをしている。文武両道でスポーツも万能、空手部で周囲に期待されるほどの実力を持つ。女子からモテるが硬派なためか、男子の友人も多い。
個体した性別を持たない普通の夢魔。幼いころから平凡な家庭育ちながら、努力家で優秀。しかし生殖機能持ちをひいきするばかりの夢魔の格差社会に嫌気がさし、中学にあがると共に人間界にやってきた。故に他の夢魔たちとは違って人間界のルールに沿い生きてきたので、今だ半人前である。
とはいえ彼の場合は夢魔の力に頼らずとも、幼いころから努力で鍛えた強い身体と精神力で、なにがあっても十分太刀打ちできるのだろう。
そんな彼の武器はトンファーと、空の敵専用のチェーン。
芸術に秀でていると世間で言われている夢魔族だが、音楽センスがない。特に歌は苦手なようで、カラオケが嫌い。
合唱祭になるたび「お前は口パクで頼む」と毎回陰で肩を叩かれている。




