第34話 県外の退魔師
朝、陽人からのメールで呼ばれ、彼の家に訪れたリーフェルト。
「や♪ おヒサしぶりー」
「……どうも」
客人が来るとのことで、
言われるまま陽人の家で歩花と一緒に座って待っていると、
チャイムを押してやって来た、ラフな格好をした男がゆるい笑顔で歩花に片手を挙げる。
陽人曰く。
大阪から訪れた彼の名は、狭山勇治郎。陽人たちより年上の大学一年生だ。
今回陽人たちの代わりにこの街を守るためやって来た退魔師らしい。
彼は過去に仕事で師に連れられ、隣街に滞在したことがあり、
その際、陽人や歩花たちと会ったのだそうだ。
「小夜ちゃん元気??」
「僕たちじゃなく、真っ先に彼女ですか」
「今度こそデートしようと思っ―――」
「わかりました。表に出ましょう」
「なんで!?」
彼の言葉を遮り、壁にかけていた大槌を手に取り、
即座に眼鏡を光らせ、立ち上がった辰弥の姿の歩花に勇治郎は突っ込む。
「小夜に手を出すのは僕を倒してからです」
「そんな。ちょっと遊びに行くくらいで大袈裟な」
「そんなことを言って、指一本触れてみてください。触れた指から逆にへし折ります」
「かーっ! 相変わらずの過保護やな! 辰弥君」
「小夜と付き合って初デート一日目で二股かけてた女子にぶん殴られた狭山さんも、相変わらずお元気そうで何よりです」
予期せぬ修羅場を目の当たりにし、家に速攻帰るなり目を腫らし落ち込んでいた小夜を思い出し、
やり取りしている勇治郎と歩花の傍で、陽人も少し苦々しい顔になる。
好きな女子に不誠実を働いた目の前の男を、さすがの陽人も好きにはなれない。
「アハハ、そういうこともあったねえ~。
まー、昔のことは水に流して、仲良くしよ?」
「本当に調子の良い―――」
年上を見る目つきとは思えない、尊敬など微塵もない冷たい目をしていた歩花だが。
すぐに「あ」と、何か思い出したかのように顔を上げ、
「ところで……君の師は、一緒に来ていないのか?」
「残念! 辰弥君憧れの四引汲師匠は今回、別件で来てません!」
「……なんだ。本当に貴方だけか」
「露骨にガッカリやな! まー、気持ちはよーわかるけど」
(……四引汲師匠……?? それって―――)
椅子に座って大人しくその場を見守っていたリーフェルトは、つまらなそうな自分の恋人の横顔を見つめる。
師匠―――年上……。
歩花の憧れ……。
<四引汲さんは女だぞ>
危うく年上長身イケメン男性をイメージで思い描き、焦り始めたリーフェルトの頭に陽人が語りかけてくる。
<……!! そ、そうだよね……! そうだよね―――>
安堵する彼の見守る中。
勇治郎は「そんな辰弥君に悲報です!」と、ニッコリする。
「師匠が来年結婚することになりました!」
「……えっ!? 嘘!」
「ほんまほんま」
「なにが悲報だ! 素晴らしいじゃないか!」
「あれー?? 嫉妬するんやのうて祝福するんかい」
「相手の男性は? どんな人だ?」
「俺です!」
「……」
「ごめん」
頬を紅潮させわくわくした様子から、冷めた目になった年下の退魔師に勇治郎は速攻謝り
「年下の会社員デス」
「そうか」
あまりにも嬉しそうな顔をしている自分の恋人。
一体どんな人物なのだろうと気になり、リーフェルトは「どんな人なの?」と尋ねる。
「ん? ……ああ。君は知らないんだったな。
四引汲さんは女性ながら、関西で名の知れた退魔師なんだ」
「へえ」
「背が高くていつも凛としていて、スーツ姿が決まってて……。
喫煙者なんだが煙草を吸う時の仕草さえかっこよくてつい、魅せられてしまうというか。
とりあえず何をしていても素敵な女性で―――」
「? なあ陽人君。あの外人君誰?」
「俺たちの友人です」
「キラッキラのイケメンやな。ここにおるってことは、俺らと同業者やな?」
「あー……」
リーフェルトのことをどう説明すればいいのか迷う陽人。
無理もないことだった。
勇治郎は今回、最近この街を吸血鬼から守るために東京にやって来たのだから。
それだけではない。
どうも、妙な気配をこの近く―――いやそれどころか、自分の家、この空間に感じてならない。
勇治郎は気付いていないのだろうかと、陽人は疑問に思う。
歩花もそこでリーフェルトに四引汲の魅力について熱く語っていたのを途中で切り上げ、
勇治郎に再度向き直る。
「彼は退魔師ではないのですが、少し訳ありでして。
貴方に頼みたいことがあるのですが……その前に。この空間に紛れ込んでいるネズミを、まずここから摘み出したい」
しかし勇治郎は動揺の色を見せない。
逆に「せやろな」と相槌を打って声のボリュームを大きくし
「だーから言ったやろー? すぐバレるって。
俺より年下っていっても、二人ともれっきとした退魔師なんやから。とっとと出て来ぃ、ヴェルナー」
と、誰かに話しかけるような調子でしゃべりだした。
「……やるじゃん」
予期せず聞こえた、この場にいる四人のものでは決してない、高いボーイズソプラノ。
背後から耳に入ったそれにリーフェルトが振り返ると、
パーカーを来た少年がリビングの入り口付近で壁に背を預け立っている。
緑がかった特殊な髪の色を除けば、ただの小学生だ。
「貴方の仲間か?」
親しげな口調に応えて姿を現した少年を一瞥し、歩花が勇治郎に問う。
「俺の相棒。アルプのヴェルナー」
「アルプ。夢魔の一種の?」
「そ」
「ども」
ヴェルナーは愛想無く、無表情で短い挨拶だけをする。
歩花はそれを見てさりげなく自分のゆったりしたズボンのポケットに手を突っ込み、
何かを彼に投げて寄こす。
「……子ども扱い?」
「なんだ。なりは小学生でも年上なのか?」
「……」
自分目掛けて飛んできたキャンディに目を落とし、少しだけ不満げなヴェルナーだったが。
聞き返す歩花に付き合うことなく、無言で包み紙を開け、中身を口に放り込む。
「美味いか?」
「……不味くはないね。
言っとくけど。こんなんで吊られるほど俺、ガキじゃないから」
「相変わらずツンデレやな」
「うるさいおっさん」
「―――俺まだ大学生なんやけど」
口の中で苺味を堪能しながら、相棒の科白を黙殺するヴェルナー。
「……貴方の仲間だというなら、問題はないか。
一応、貴方に紹介しておこうと思っていたので、この場に連れてきました」
歩花の目配せに気付いたリーフェルトは立ち上がり、
礼儀正しく身体を折る。
「初めまして。僕はリーフェルト・アップルガース。ヴァンパイアです」
「……ヴァンパイア?」
自己紹介を受け、勇治郎は少し驚いた様子でリーフェルトをまじまじ眺める。
「今この街騒がせてる犯人も同じ種族やなかった?」
「はい。僕と同じ種族です」
「……ちょぉ待ってや。小夜ちゃんの特異体質は確か―――陽人君らと友人て何? どういうこと??」
「話せば長くなりますが―――」
一度皆椅子に座り。
そこから、陽人、歩花、リーフェルトの口から、三人が仲間になるまでの経緯が勇治郎に語られる。
この事件に対し、
リーフェルトが王子として、犯人である同種族のヴァンパイアと和解を望んでいることも話した。
すべて聞き終えた勇治郎は少し難しげな顔をして、
「……なるほどな。んで、俺に紹介した意味はなに?
まさか、そいつを俺が手助けしろとかそういうことを言いたいわけか?」
「いえ。彼は人間に対し無害なので、排除する対象ではないということだけを伝えておこうかと。
貴方は貴方の仕事をし、彼は彼で動く。
勿論貴方がもし先に犯人を見つければ、退魔師として、貴方がより良いと思った対処をしてほしい」
「……俺がここに滞在するのは君らが修学旅行中だけや。
その王子様は、君らと一緒には行かないんか?」
勇治郎の視線を受け、リーフェルトは頷く。
バレたとき、姉のパルは怖いが。
「家に知られて大事になる前に。
同じ種族の長の血をひくものとして、一対一で話がしたいんです」
写真は修学旅行で同じ班のガートルードに任せる。
それでなんとか、誤魔化してみせる―――。
しかし勇治郎は真剣なリーフェルトの目を見ても、何やら億劫そうに後頭部を掻き、
「なんだかなあ」と一人ぼやく。
「君の気持ちもわからんでもない。
けど、俺だって真剣に退魔師の仕事やってんねん」
「はい」
「陽人君や辰弥君らと友達やっても、俺は今日初対面や。
本当に無害かどうかもわからん。正直、邪魔はなしっちゅーても、信頼もなにもしとらん奴にうろちょろされるだけで敵わんわ」
次いで勇治郎はリーフェルトから辰弥へと目を転じる。
「リーフェルト君に血をやったんは、君やったな。辰弥君」
「はい」
「ほんまに、そこにいる吸血鬼は無害か?
友人ということを差し引いて、“一人の退魔師として”言い切れる証拠みたいなん、今ここで俺に出せるか?」
問われ。口を閉ざし、勇治郎と目を合わせながら少し顎を引く歩花。
「陽人君や君がいない間に、もしかしたらその犯人と手を組む可能性だってあるやろ。
元々グルだった、とかな。
そうじゃないという証明を俺に今、見せられるんか」
「……そんなこと―――!」
友人を疑われ身を乗りだしかけた陽人を、歩花は手で制し、座らせる。
勇治郎の言うことは正論だった。
リーフェルトも、自分の立場と人間側の立場の差の大きさに、ただただ黙っているしかなかった。
勇治郎は辰弥の姿をした歩花を容赦なくまっすぐ見据え。
「辰弥君がもし、リーフェルト君の行動を支持したいっていうんなら、
君も修学旅行は諦めるべきやと俺は思う」
「……手綱が必要―――ですか」
「当たり前やアホ。
自分の判断で自分の血やってそいつ助けたんやから、退魔師としてきっちり責任背負わんかい」
出会った時のように浮かべていた緩い笑みを消し去り、
鋭利な刃物のように鋭い声を、勇治郎は歩花に向けた。
歩花はふ、と息を吐き、
「わかりました」
と、一言。静かな声で口を開いた。
キャラクター図鑑
木塚小夜
リーフェルトの友人で、歩花の幼馴染。そして陽人の想い人。南実先高等学校二年D組。
無力な人間で、生まれたときから食人の魔に狙われやすい特異体質。赤子の頃に両親が彼女を人ならざるものから守るため、田舎から都会に引っ越してきた。襲われる機会はめっきり減ったが、それでも魔が寄ってくる体質であることは変わらないため、歩花と陽人に陰で守られ生きてきた。しかし彼女は守られていることはおろか、自分が特異体質であること自体気付いていない。
過去に何度か真実に触れたことはあるのだが、結果すぐに心が耐えられなくなりふさぎ込んできた。普通に笑って普通の生活を送ってほしいという陽人と歩花の願いから都度記憶を消されている。
歩花とは幼馴染だが、彼女が幼馴染と認識しているのは男子の姿である辰弥のほうで、歩花の存在を知らない。美人だが笑うと小動物のように可愛らしいというギャップで、学校の男子の人気を集めている。ふんわりとした雰囲気が老若男女を和ませる癒し系。
好きな食べ物はチョコレートとオムライス。バストサイズCカップのスレンダー系。現在星野尾里央に片思い中。




