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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
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第15話 Incubus Night1

<来おったぞい>




 日奈子のマンションまでの道のり。

 夢魔の魔石を通した猫又の意識に反応し、各々配備していた者たちが皆顔を上げる。




 ―――同刻。笹永家。




 自衛のため家に貼りつけた札のせいで夢魔の魔石でやりとりできなくなったため、

 陽人からメールを受け取った歩花。


 彼の部屋で会話を交わしている最中、

 意識の中に誰かが入ってくる感覚に、速やかに歩花は瞳を閉じた。




 夢魔が完全にはっきりと他人の視界と同調するまで、成熟した個体でも十秒ほどかかる。

 一応、自分が今見ているものを見せないよう、気配がなくなるまで黙ってやり過ごそうとしたとき。



<おい、歩花>



 どこかで聞いたことのあるぶっきらぼうな声が頭から響き、

 歩花は瞳を閉じたまま、げんなりとした顔になった。


 A組の、あのガートルード・ランフランクの声だ。



 応えることさえ億劫な気分で無視を貫こうとした彼女に、

 <答えなくていいからそのまま聞いてろ>と彼は一方的に声をかけてくる。



<D組の、木塚とかいう女子>

<……あ?>

<そいつがバークスに抱えられてんだが、どういうこった……?>

<……―――>



 思わず歩花は目を開き、陽人と目を合わせる。



<……小夜が? 一体それは、どういう―――>

<たまたま高く飛んでたら偶然な>

<どこへ向かっている?>

<さあな>

<今、どこだ……!?>



 ガートルードから場所を聞き出し、歩花は慌てて窓を開けて烏へと姿を変える。



「陽人! 小夜の家に電話! 両親に、彼女が今家にいるかどうか確認しろ!」

「……! おう、わかった―――!」

「その後君は、家の外で待っていてくれ。なるべく早く連絡する!」




 夜は何があっても家に出さないでほしいと、小夜の両親に頼んでおいたはずなのだが。




(バークスに無理矢理部屋に入られたのか? 結界はしっかりと張ってあったはず……。

 まさか彼女が家から抜け出して―――)




 しかしそんなことを考えている暇はないと考えることを止め、

 羽を広げて、歩花は飛び立った。




 リーフェルトの意識を探って彼に声をかけてから、ガートルードに教えられた場所へ向かう。



 残された陽人は走り出したい気持ちを今は抑え、

 スマホを取り出し小夜の母親に電話をかける。


 外で一瞬妙な気配を感じたので、歩花を呼び出し話し合っていたのだが。

 彼が感じたという気配は勘違いではなかったのだと、後に彼は知ることとなった。













 瞳に赤い光を宿して、日奈子に触れようとエイベルが手を持ち上げかけた―――が。

 背中に強く突き付けられた硬い感覚に、彼はそのまま動きを止める。



「良い子ね―――」



 白い銃口をエイベルの身体に突き付けた美央が、無感情に言う。



「……美央ちゃん……?」



 長身のエイベルの背後から聞こえた馴染み深い声に、

 状況がわかっていない日奈子が姪の名を口にした瞬間。


 自分の視界が甥の背中で遮られ、更に日奈子は困惑する。



「里央君、―――!」



 甥の両手に握られた、柄の長い純白の鎌に息を呑む日奈子。


 彼女は彼らが何をしようとしているのか漠然ながら理解して、

 焦って制止をかけようと口を開きかけたが、

 強い力で突如何者かに手を引かれ、その場から遠ざけられた。




「! ちょっと……っ」

「日奈子さん! こっちへ―――!」

「駿介さん!?」




 自分の手を強く握って前を走るフィアンセに驚きつつ、

 もつれそうになった脚をなんとか安定させ、彼の速さに合わせて走る。



「どうしてこんな……二人とも! やめなさい!! その子は私の―――」

「日奈子! いいから走るんだ!! 早く僕の車に―――」



 甥と姪を止めようと肩越しに叫んだ彼女の手から、

 それまで感じていた婚約者の温もりが突然無くなる。


 引っ張られる感覚が消えたことで前を確認した日奈子の瞳に、

 ぐったりと力なく倒れている駿介の姿。



 頭から流れている一筋の血に、悲鳴を上げて日奈子は彼の身体に飛びつこうとしたが、

 自分の指先が彼に届く前に何者かに背後から腰を抱かれ、両足が宙に浮いた。



「嫌! 駿介さん―――」

「テメエ、この野郎!」



 日奈子を連れ去ろうとする夢魔たちに、陰からバットを持って現れるなり向かっていったその少年は、

 去年リーフェルトと文化祭を回った、不良の田井村一徹(いってつ)だった。


 兄の頭を強打した夢魔たちにカッと頭の血が昇り、バットを彼らに振り回す。

 夢魔たちが田井村に気を取られている隙に、現れた場所とは違う方向から、白い老描が日奈子を捕えている夢魔の腕に噛みついた。



「この―――」



 噛まれた夢魔が忌々しげに舌打ちして老描を引き剥がすなり、地に叩きつけるように遠くに投げ捨てる。



「! メロン!!」



 敵の身体の隙間からそれを見た田井村は自分を囲っている夢魔たちの身体を押しやって走り、

 老描の名を叫んで身を呈し、彼をなんとか受け止める。


 夢魔たちはそれ以上田井村たちに手を出すことなく、日奈子を連れて空へ舞い上がった。




 エイベルの手下たちに暫し足止めを食らっていた里央たちは羽を広げ、

 前に立ち塞がっては赤く目を光らせてイメージを送り、誘惑をかけてくる、

 どこから湧いてきたのかわからないインキュバス、サキュバスたちの群れを力ずくで掻き分け押し通る。


 日奈子を連れ去ろうとしていたインキュバスが里央の金縛りで動けなくなるが、

 動かなくなった手下の腕の中から、羽を広げたエイベルが日奈子を横からさらっていく。



 兄のフィアンセを連れ去っていってしまった人外の者たちを睨み上げ、田井村はメロンを肩に乗せたまま苛立たしげに舌打ちをした。



「飛びやがった、あいつら……!」

「ありゃ無理じゃな」

「オイメロン。猫又ァ、飛べねーのか!?」

「無理じゃといっとろーが、諦めろん。

 くだくだしとる暇があるなら駿介を看てやれぃ」



 気を失っている兄の存在を思い出して、慌てて振り返り彼を探す田井村。


 膝を着いて立ち上がろうとしている駿介に寄り添うが、「大丈夫だ」と彼は弟を宥めた。




<メロンさん>




 地に降り立ち、駿介の顔色を診ていたメロンは、

 頭の中に響いた声に、ぴくんと耳を空に向かって尖らせる。



<この前日奈子さんの家で会った二階堂です。

 状況を、お話ししていただけますか―――?>














<陽人君>



 歩花を信じて家の外で待っていた陽人は、

 意識を寄せてきたリーフェルトの声に顔を上げた。



<そのまま、両手を上に。僕が君を運ぶから>



 言われるまま高く両手を翳せば、

 自分の手を掴む感覚に続いて足が浮く。


 陽人が喋り出す暇もないほど、あっという間に、彼がさっきまで立っていた場所が遠くなる。

 身体が軽々持ち上げられ、夜空に怖ろしいほど近くなった。



「……すげぇな」



 一人前のヴァンパイアは身体能力が人より上だとか、そういう問題じゃない。

 もう超人の域だと思った瞬間、「ちょっと重い」という科白が上から聞こえてきた。



「お―――落とすなよ……? いや、仮に落ちてもなんとかなるけどよ……」

「ああ、ごめん。安心して。そんなに遠い場所じゃないし」

「どこに向かってんだ?」

「聖アイテール学院だよ。屋上にミリー・バークスと木塚さんの姿があったみたい」

「……! なんで」

「目的はわからないけどね」



 眉を寄せて陽人がリーフェルトを見上げる。


 黒髪のウィッグと狐の札で見た目と羽を変えて変装済みのリーフェルトは、

 前を見据え目的地に向かいながら、歩花から聞いた今の状況を陽人に伝えた。



「小夜は人質ってことかよ……」

「多分、ね……」



 魔石の祝福を受けた眼鏡越し。

 夜目の利く陽人の目に映り込む、聖アイテール学院。



 陽人は歯がゆさに奥歯を噛み締めて、何の罪もなく、ただ巻き込まれただけの小夜を強く想った。















 耳に付き纏う、荒い自分の呼吸。


 敵一人一人は、今まで倒してきたヴァンパイアに比べればまったく大したことはないのに、

 いくら倒しても、次から次へと夢魔たちは自分たちの前に出てくる。



<美央―――>

<大丈夫よ>



 背中合わせに戦う最中、気遣う里央に応える美央。


 今までできる限りのことはした。

 体重を増やし、歩花が立ててくれた運動メニューをこなし、体力もできるだけつけてきた。



 洪水のように頭の中に溢れ返る、夢魔たちが送りつけてくるイメージ、イメージ、イメージ。

 運動量だけではない。それらが酷く自分の頭を疲れさせる。




(ダンピールのままじゃ、きつい―――)




 一度地に立ち、握っていた一対のチャクラムを左手に預けて、純白の銃を手にした瞬間。



「おねーぇさん♪」



 羽を広げ、逆さになって自分の視界を遮ったのは、愛嬌たっぷりの愛らしい顔。


 シュガー・コフィ。

 彼は美央の白い頬を手で優しく挟み、猫撫で声を出した。



「真っ白で美人だねーっ♡ 甘えたくなっちゃうなぁ」



 緋色に妖しく輝きだすシュガーの瞳。




『心が揺らぎそうなとき、大切な人を思い浮かべて』




 歩花から言われた言葉を思い出し、美央は目に力を灯し、強く想う。


 この先なにがあっても大切だと思える人への強い想い―――愛情、信頼。



「ちょーっと僕のオネガイ聞いて欲しいんだけど―――」

「邪魔よ」

「……えっ」

「どいて」



 拳銃を握り直し、美央は力一杯グリップでシュガーのこめかみを横に殴り飛ばした。



 息を切らし、鋭い目で美央が睨み上げた先には、屋上。

 こちらを悠々と見下ろしている、インキュバス二人。


 美央はその内の一人、エイベル・ウェインの腕の中で眠らされている日奈子の姿に、拳を握り締める。




 誰にも負けるわけにはいかない。心だけは―――。


 しかしそれだけでは、やはり足りないと痛感する。





<……里央。ごめんなさい>

<美央>

<このままじゃ、駄目みたい>



 ヴァンパイアハンターとして、彼らが長年探し求めてきた『獲物』をまだ見つけてもいないのに、

 成熟したヴァンパイアとなることで、ヴァンパイアの気配を察知する力を手放すのは惜しいが。



<私の心が弱いせいで。ごめんね>

<いい。一緒に生きられるなら、それでいい>

<うん……>



 自分という存在が、周囲から見ればどれほどの大きさなのか。

 それはまだ、自分にはよくわからないけれど。




『じゃあそのまま痩せ細って、弱るところまで弱れば、貴方の大切な日々は帰ってくるのか―――』




(……違うよね―――)




 肩で息をしながらも夢魔たちをなんとか退けて、兄の元へ辿り着く。

 二人は一旦逃げ、グラウンドのフェンスを背にして、

 群がってくる前方の夢魔たちに向かって大きく息を吸い、超音波をかましてやる。




 耳を抑えて怯む敵たちを確認し、

 里央と美央は前を向いたまま、互いの唇に各々自分の指を差し出した。




「3」

「2」




 「1」と、二人の声が重なり。

 二人は互いの指に、自分の牙を深く立てた。




(私は、強くなる―――)




 ウェーブがかったプラチナブロンドの前髪の奥から、

 里央と美央は伏せていた瞼を同時に持ち上げて、真紅の瞳を輝かせる。




(貴方を誰より信じて、貴方を迎えに行く)






 優しい掌。

 大好きな笑顔。

 自分の身体を抱き上げる力強い温もり。


 干からびた母。

 「自分じゃない」と叫び怯える声。

 涙脆くて、弱くて、寂しがりやで、お母さんのことがいつも大好きだった―――。






『この戦いで、貴方は強くならなければいけない―――』






(待ってて。お父さん)




 貴方を、絶対に探し出す。貴方の汚名を晴らして。



 人でなくなっても、あの頃の自分のままで。

 「お帰りなさい」と、笑顔で言ってあげられるその日まで。強くなってみせるから。










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