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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
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第14話 悪魔は笑顔で忍び寄る

 二日後の夜八時。木塚家。



「……あら、小夜。どこへ行くの?」



 玄関の方から感じ取った微かな気配に、

 リビングでテレビを見ていた小夜の母親は慌ててそちらの方へ向かい、娘を引き止める。



「コンビニ」

「ちょっと待ってて。辰弥君呼ぶから」

「えー、いいよ。すぐそこだし」

「駄目よ、最近物騒なんだから。通り魔の事件とか見たでしょう?」

「……それ。前一緒に見たニュース? あれ、犯人捕まらなかったっけ」



 娘の小夜はただでさえ生まれつき、人ではない者たちを呼び寄せ、命を狙われる体質。

 それなのにどうも最近では、厄介な連中が娘を狙っていると歩花から聞いている。


 夜はいかなる理由があろうと、一秒たりとも娘を護衛なしで外に出すわけにはいかない。



「お母さんが買ってくるわ。なあに? チョコレート??」

「……うーん……。自分で選びたいんだけどなあ」

「じゃあ一緒についていってあげる」

「……あー……。んー……やっぱ、いいや。今日はやめとく」



 面倒くさくなったのか。苦笑して母にそう言い、また二階に上がり始める小夜。


 諦めて部屋に戻っていった娘を確認し、

 彼女の母親は安堵の息を吐いた。



 娘も年頃だ。親の言うことが鬱陶しく感じる時期かもしれない。

 だがどれだけ疎まれようと、娘の身の安全には替えられないのだ。




 ―――そうだ。せめて明日、

 彼女が学校に行っている間、コンビニのお菓子を沢山買っておこう。




 小夜の母親はそう心に決めて、リビングに戻っていった。














 同刻―――場所は変わり、駅近くのあるマンションの一室。


 複数で住むには狭いが、一人暮らしをするには十分といえるその部屋で、

 ガートルードはベッドの上に寝そべり、いつかの夢を見ていた。




『大丈夫ですか―――?』




 中学生一年の時の夢だ。

 故郷である夢魔の世界で、固定した性別を持つ者たちとの差別に疲れ、人間界にやってきたばかりの頃。


 道中で気分を悪くしたらしい人間の女性を支え、

 なんとか腰を落ち着かせられる場所を一緒に探した、夏の日のこと。



 公園のベンチに座る女性に自動販売機で買ったスポーツドリンクを手渡してから、

 ふとそこで、ガートルードは女性のお腹が膨らんでいることに気付く。


 女性が細身の体型であるが故、すぐに察することができなかったことから、慌てて救急車を呼ぼうか迷ったが、

 彼女は「心配ないよ」と自分に微笑んだ。




 とりあえず、気分が戻るまで傍にいよう―――。

 そう思い、彼は暫し女性の隣に座っていた。




『……』




 大した会話もないまま。日陰の下、蝉の声を聞きながら誰もいない公園を眺めたり、空を見上げてみたりと暇を潰していた彼は、

 何気なく、隣に座っている妊婦を振り向く。


 膨らんだ自分の腹を、優しい手つきで何度も撫でている彼女に、

 ガートルードは無意識にそのまま、我を忘れて見入ってしまう。




 生殖機能のない夢魔の世界では、子供を身ごもっている女性を街中で見かけること自体ない。


 ただただ、珍しかった。

 身重の女性を見ることも。腹痛や病気以外で腹を擦る女性を見ることも。




『触ってみる?』

『……!』




 声をかけられて慌てて顔を上げれば、ニッコリとした笑顔を、女性は自分に向けていた。


 見入っていたことや、それに気づかれていたことを恥じながらも、

 ガートルードはちらちらと、彼女の顔と、ぽっこりと膨らんだ彼女の腹に交互に目配せする。




『……じゃあ。失礼して……』




 躊躇いつつ。恐る恐るガートルードは、女性の腹に手を伸ばす。


 なるべく刺激しないように指先から。

 ドキドキと緊張に息を呑み、触れてみた。




『いっ―――』

『?』

『いるんスか……? 今、中に、その―――』

『うん』

『―――』




 今指に触れているこの膨らみの中に、別の人間がいる。

 新しい命が、そこにある。



 信じられない気持ちでいながらも、

 彼は震えるほどの高揚感に満たされていた。






<私たちは、一体何だ。何のために生まれたんだ―――ふざけやがって>






「……―――」




 二日前の雨の日。

 自分の横を通り過ぎていった、あの女の薄暗い意識の声が夢の最後に響き渡り、

 ガートルードは目を覚ました。



 見慣れた天井をぼんやり仰ぎ、彼は長い溜め息を吐く。



 『自分が一体何なのか』。

 それは夢魔の世界に居た時。幼い彼が何度も自問し、探し求めていた答えだった。



 まさかその科白を他人から自分が、あんなに憎々しい響きと共に言われるとは思いもしなかった。



 夢魔は生殖機能を持たない。

 夢魔の世界ではそれが普通であって、何も恥ずべきことではないはずなのに、何故固定した性別を持つ稀な存在ばかりがひいきされる。

 何故格差が生まれる。

 何故同じ罪を犯しても、彼らばかりが許される。



 彼らに負けぬよう心身を鍛え、彼らに負けぬよう勉学に励み、やれるだけのことをやってきても、

 社会的な弱者から抜け出せなかった屈辱の日々。




 何より、何故バークスたちのような奴らが、新しい命を作れる身体を持っている。


 それがたまらなく妬ましい。





『同類だと言われて怒りを感じられるほどに。君は自分を上等な存在だと思っているのか』





 あの女の言葉が、胸に刺さる。





(何を間違えた―――俺は……)





 一体。どうして。いつから自分はこうなってしまったのかさえ、

 ガートルード自身、わからなかった。













 八時四十分。


 帰って来た父とテレビを見ながらリビングで談笑している母を廊下から確認し、

 小夜は気配を殺してこっそり玄関へ向かう。



 鍵を開けて外に出ることに成功した彼女はふーっと息を吐き、

 夜道を歩きながら、大きな伸びをして解放感に浸った。



(私、もう子供じゃないのになあー……コンビニくらい、いいじゃない……)



 いくつになっても過保護すぎて、たまに息が詰まる。


 夜、シャープペンの芯やお菓子を買いに行くだけでも付いてこようとしたり、隣の家の幼馴染を呼びだしたり。

 それで毎回呼び出される辰弥はうんざりしているかといえばそうではなく、

 結構乗り気だったりするから厄介だ。



(辰弥も、早く彼女作っちゃえばいいのにな……)



 そうしたら自分を子供扱いする場面も少なくなるかもしれないのに。


 顔立ちは整っているし、成績は良いし頼りがいもある。

 なのにあれだけモテていて、どうして彼に未だ恋人がいないのだろうといつも不思議に思う。


 「小夜のことが好きなんでしょ」とは言われるが、それもしっくりこない。

 大切にしてくれようとしているのは伝わるけれど、どこか心を許してくれていない気がする。

 いつも眼鏡を持ち上げて、クールにして、

 長年ずっと一緒に居ても、彼の考えていることはさっぱりわからないのだ。



 コンビニに入り、好きなお菓子をじっくりと選んでからそれをレジに出し、購入する。




(ほらね。なんともないじゃない! お菓子買うくらい)




 コンビニの明かりから離れ、人気のない場所に戻りながら、

 心配性な両親やお節介な幼馴染に対し、ちょっとだけ勝ったような気分に浸る小夜。


 機嫌よくコンビニ袋を振りながら鼻歌を口ずさみ、数分しかかからない家への道のりを一人楽しんでいる間。

 背後から誰かに自分の名前を呼ばれた気がして、彼女は振り返った。




「……?」




 足を止めて暗闇に目を凝らして確認するが、そこには誰もいない。


 小夜は気のせいかと首を捻ったが、




「一人の夜歩きは危ないよ? 木塚サン―――?」

「……!」




 肩に手を置かれて耳元で囁かれ。驚いてまた、後ろを見た。



「バー―――」



 そこには道中の電灯を後ろに、自分を見下ろしうっすらと微笑んでいるクラスメート。


 日本人離れした、決して見間違うことのないその顔立ちに、

 「バークス君」と言おうとした自分の口が、大きな手で塞がれた。



「ちょっと付き合ってもら―――」

「んんん……っ!」



 ミリーの瞳が赤い光を灯し始めた瞬間。

 本能的な危険を感じ取った小夜の身体は、彼女の意志とは関係なく、咄嗟に動いていた。


 華奢な掌がミリーの頬とぶつかり、乾いた音を打ち鳴らす。

 彼女自身すぐさま我に返り、「やばい」と後悔するほどの派手な音が、静かな夜道に響き渡った。




「っ―――」




 その直後。小夜が見たのは、ぎらりと電灯の光に反射する男の冷たい眼光。


 容赦なく頬を大きな男の拳で殴りつけられた彼女は、

 強烈な頭部への痛みを最後に、意識を手放した。















 一方、聖アイテール学院付近の夜道では―――。


 残業を終え、いつものように甥と姪が待つマンションへ向かっている星野尾日奈子の前に、

 一人の少年が道の角から現れる。



「……ウェイン君―――?」



 首を傾げた日奈子にエイベルはにっこりと甘く微笑み、彼女に一歩ずつ近づいていく。






 数メートル先。


 夜目を利かせ、宝石のような翡翠の双眸でそれを捉えた一匹の白い老猫は、

 建物の塀の上から自分の首輪を飾っている夢魔の魔石をきらりと揺らし、立ち上がった。
















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