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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
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第10話 それぞれの役割

 南実先高校図書室。

 リーフェルト、歩花、陽人、小夜の四人は皆で向かい合い、試験勉強に励む。


 四人ともそこまで成績は悪くないため、時々教え合うことがあっても、相手に大して時間は取らせない。

 マナー良く沈黙を守って、黙々と自分たちの勉強に没頭している。



「木塚サン」



 そんな彼らの集中力を乱したのは、どこかねっとりとした、気障ったらしい声。

 ふとリーフェルトたちが顔を上げれば、いつの間にかミリー・バークスが座っている小夜の横に立っている。



「勉強中ごめん。ちょっといいかな。教えてほしいところがあって」

「……はあ……」

「この古典のさ―――」



 立ったまま中腰になり、わざわざ彼女の耳元にまで唇を寄せて囁くミリーを見て、

 嫌悪に歪む、小夜の向かいに座る歩花。


 小夜は吐息がかった声に身体を震わせ強張った顔をしているし、

 それを目にした瞬間、どす黒い殺意が歩花の胸に渦巻く。




(―――こいつ。複雑骨折させて病院送りにしてやろうか……)




「あー……バークス。

 古典だったら得意だし、俺が教えるよ」




 苦笑しながら陽人はわざわざ席を移動し、ミリーの近くに座って古典を教えだす。


 小夜はミリーの視界から離れたのをいいことに長袖の腕を捲り、

 鳥肌だらけの自分の腕をさかんに擦りだした。



「……木塚さん。理科教えてあげようか? こっち来る?」

「あ、うん。ごめん……ありがとうガーシェル君……!」



 さりげなく小夜をミリーの傍から離れるよう導いてやるリーフェルト。


 歩花は立ちあがってリーフェルトとの間に席を一つ分空けてやると、

 そこに座るよう「どうぞ」と促す。


 こうして自分と恋人で挟んでやることで、

 彼女の後ろにミリーが立てないようブロックしようという魂胆だ。



「理科苦手だからな、小夜は」

「うん……ありがとう。よろしくお願いします」




(いつの間にこんなに頼れる奴になったんだか)



 少しつまらなそうな顔をしているミリーに、いつもの友好的な調子を崩さず、丁寧に古典を教えている幼馴染。


 彼の急な成長にくすりと笑ってから、歩花は隣の小夜の頭に優しく手を置いた。



「……? なに??」

「困ったことがあったら、今度から陽人に言えよ。小夜。

 僕は違うクラスだからあまり助けになれないが、君が思うよりずっと、あいつは頼りになる」

「……」



 きょとんとした顔で小夜は歩花から陽人へとつぶらな目を転じ。

 陽人をじっと、離れた場所から眺めだした。















 中間試験が終わるとすぐに歩花は、陽人、ダンピールたちの幻覚耐性をつけるため奔走する。

 従兄であるセノフォンテも暇ではない。夢魔の世界では既に彼は成人なので、仕事もある。


 戦力から外れる分、できる限り彼らのサポートをしなければと、たまに結界を張り、外部から見えないように工夫したうえで、戦闘訓練なども交えた。




「いいか。自分の胸の中で迷いが生じた分だけ、誘惑やイメージに心を支配されやすくなる。

 心が揺らぎそうなとき、大切な人を思い浮かべて。恋人じゃなくてもいい。

 家族でも友人でも、この先なにがあっても大切だと思える人への強い想い――愛情、信頼」



 星野尾兄妹が叔母と住んでいるマンションで、歩花が双子たちと向き合い座りながら、夢魔たちと対するのに何が大切かをゆっくりした調子で伝える。




「一度アルバムを広げ、兄妹で語り合い、確認しあってみろ。

 決して揺らがない、誰にも汚されることのない大事な思い出を。……君たちにそんな思い出や、大切な人はいるか?」

「ああ。勿論だ」

「なら大丈夫だ」




 迷いない里央の返答と、揺らぎない美央の瞳。

 それを認めて、歩花は頷いた。




「では今日もイメージ耐性をつけるため、精神訓練だな。まず兄の方から来い」

「誘惑効果の方も頼む」

「……君なら大丈夫だと思うが――」

「大事なときにかかっては意味がない。念を入れたい」

「わかった」



 人の精神とは確かに不安定なものだ。

 自分はかからなかった、大丈夫だと油断していると、痛い目を見るときもある。


 里央の懸念も、とても大切なことではあるのだが。




(この真面目さが裏目に出なければいいのだけど……)




 夢魔の祝福を受けた札が張り付けてある里央の部屋に入り、勉強椅子に座らせる。


 歩花はもとの女子の姿に戻って、考えるように首を捻った。



「拘束……必要かな……? もう必要ないか?」

「つけてくれ」

「ふむ。じゃあ軽く――」

「いや……なるべく、しっかりとしたものがいい」

「そこまで不安なものか? 君は強い人なのに」

「不安にもなる。……女性に迷惑はかけられない」

「……紳士だな。まあ、そうか」



 リビングには妹の美央もいる。兄の尊厳もあるだろう。

 うっかりかかってしまった最悪の場合を考えて、最初のテストの時と同じように拘束具を付けることにした。



「これくらいか?」

「もう少しきつくていい」

「そうか」



 力を少し入れて、拘束具合をしっかり確かめながら。


 歩花は考え込むように目を泳がせた後。

 ずっと切り出そうか迷っていたことを、思い切って口にすることにする。



「美央さんは大丈夫なのか?」



 身体を離し、里央の顔色を窺いつつ尋ねてみた。



「……別に彼女を馬鹿にしているわけじゃない。

 ただ、ここで潰れるわけにはいかないんじゃないか?」

「……」



 里央は縛られたまま、怒りも苛立ちもせず、黙って歩花を見上げている。



「幼稚で生ぬるい正義感だけでヴァンパイアハンターをしているわけじゃない。

 君たちのこと、私はそう思う。最初から何か、目的があるんじゃないか。

 ……君たちの過去を詮索するつもりはないけれど。

 美央さんはもうギリギリというか。目的への執着だけで、なんとか立って生きているように見える」



 彼の表情の色が、歩花の言葉によって微妙に変化した。


 ふと伏せられた瞼には、複雑な感情が入り交ざる。

 主にそれは、愛しさを土台にした憐れみ。寂しさ―――。



「いつか来たるべき、戦わなくてはならない時があるんだろう。君たちには。

 そのために戦ってきたなら、美央さんをここで壊すわけにはいかない。

 彼女は今までその日のために頑張って来たんだろう? 無理をして、あんなに痩せ細って。

 ……叔母さんを守りたい気持ちはわかる。でも今回は、君だけじゃない。

 私たちが君を精一杯サポートするし、陽人だって君と一緒に戦いたがってる。

 最終的に決めるのは美央さんだが。今回だけ、彼女を少し休ませてあげてもいいんじゃないか?」



 里央は唇を閉ざして、暫し沈黙を守った。


 美央のことは、兄である彼が一番わかっているはずだ。

 そして彼は彼女の様子にとっくに気付いていて、歩花のそれとは比べ物にならないほどに妹を心配している。




「……正直、迷っている」

「……そうか。これは君たちの心の問題だから、すぐに決めなくていい。時間はまだある」

「……」

「後悔しないようにな。叔母さんも美央さんも、君にとって大事な人なのだろう。

 たとえ君の妹が休んでも、逃げるつもりかなどと彼女をとがめるつもりはない。心が決まったら、僕たちに躊躇わず言ってくれ」




 どうしろこうしろなどと、歩花が強制することではない。

 彼らの心が決めることだ。


 ただ、頼るという選択を選んだっていい。そう伝えたかっただけだ。




「ありがとう。二階堂さん」

「……二階堂でいい。無理にしゃべり方を変える必要はない」

「そういうわけにはいかないさ」

「むずむずする。普通に呼び捨てろ」




 眼鏡を中指で持ち上げて。いつものクールさで歩花は言った。














 今日のダンピールたちの訓練も無事終わり、そろそろ帰ろうかという頃。


 家まで送ろうという里央の申し出を断り、男子の姿で歩花は玄関の扉を開けた。



「君も狙われる立場じゃないのか?」

「ああ。だからボディガードを呼んでいる」



 すると一匹の黒猫がぴょんと歩花の肩に乗り、「お疲れ、歩花」と声をかけてきた。



「ありがとうリーフェルト。……では、戸締りをしっかりな」

「……彼だけで大丈夫なのか?」

「心配ないさ。自画自賛だが、男を見る目は確かだ」



 肩を竦めて冗談めいた科白を吐き、リーフェルトと歩花は双子と別れた。





<羽は使わないの?>

<まだ人が普通に出歩く時間帯だから、近所に見られたら厄介だ。

 ……電車に乗る時は一度トイレに入るから、そこでコウモリに変化して、ブレザーの中にでも潜んでいてくれ。その姿では学生鞄にも入りきらない>

<わかった>



 歩きながら意思疎通。

 どんな姿でも誰にも怪しまれず会話できる、夢魔の能力のなんと便利なことか。



<家の中は大丈夫なのかい?>

<最近仕事があまり入ってこないとかで、ゴールデンウィーク始めからずっと親がいる>

<そっか。じゃあ安心だね>

<……そうだな>



 意識だけで他愛のない話を交わしながら、リーフェルトは歩花の自宅への道のりに付き合う。


 電車を降りてからまた猫の姿へと変わり、

 彼女の肩に乗ったまま、明かりの付いた恋人の家に辿り着いた。



 二階堂家の鍵を開け、家にいる親に声をかければ、

 早足でやってきた狐姿の茜がちらりと顔を覗かせた。



「お帰りなさい歩花」

「……じゃあ、リーフェルト」

「うん」



 玄関の扉が閉まっているのをいいことに、元の姿に戻るリーフェルト。

 恋人の母親に頭を下げて帰ろうとしたが、茜に呼び止められて足を止める。



「貴方も上がりなさい。貴方の分のご飯もできてます」

「……えっ―――」

「四人で食べましょう。手を洗って、うがいしてからね」



 歩花はそこでふと目を落とし、玄関にスリッパが二足並んでいることに気付いた。


 リーフェルトは突然のことで躊躇ったが、

 わざわざ用意してくれているということを考えれば無碍にもできず。

 恋人の勧めもあって誘われた勢いに乗り、二階堂家の家族団欒に参加することになった。



「ん」

「ありがとうございます」



 茜の手料理を完食したリーフェルトは、

 歩花の父、左一が淹れた日本茶を前にしてお礼を言う。



「ちょっとお手洗い」

「おう」



 歩花は皿を下げる手伝いを終えてから、その場を一旦後にする。


 「いただきます」と一言伝えてから、綺麗に片付いたテーブルの上に置かれた湯呑みを慎重に手に取り、

 リーフェルトは熱い茶を一口啜り飲んだ。




「……付き合ってんだってな」

「……!」

「うちの娘と」




 向かいの席でジトッとした目をしている左一に、驚いてリーフェルトは唇を火傷させる。



「……あっ、えと。はいっ――そうです!」



 動揺したが、試すような彼の瞳に堂々とした姿を映さねばと我に返り、背筋を伸ばしてこくこく頷く。


 茜は人間の姿でおっとりと、そんな彼に微笑んだ。



「歩花は本当に貴方のことが好きなのね。

 貴方のことを話す度、女の子の顔をするようになったから」

「そうなんですか?」

「ええ。キラキラしていて、とても楽しそう」



 茜がそう言った隣では、左一が無愛想な顔を作り、どこかばつが悪そうにそわそわしている。


 左一は口を閉じたまま頭を掻いたり腕を組んだりしていたが、

 やがて「あー……」と声を出し、




「交際は認めてやる。その代わり、しっかり鍛えろ。……わかってるな?」

「は、はい」

「あと、泣かすな。それもわかってんな?」

「はいっ」

「娘をよろしくね、リーフェルト君。

 血が繋がっていないのに、変なところだけ左一さんに似てしまったけれど。

 ――特に頑固なところとか。うふふふ」

「――! ……」




 娘のことを頼みながら、同時に娘の父親という威厳をある程度保てる言い方をと努めたのに、

 困ったように笑った妻に緊張感を崩され、

 左一は隣に座っている茜に変な顔をした。














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