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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
39/142

第9話 悪魔に備える

「とりあえず、証拠を集めつつ今は様子見だな。

 このまま泳がせておけば、調子に乗ってもっと大きな禁則を犯すかもしれん。

 俺の家の者を配置し、暫く監視を続けさせる。

 奴らがもし何か重大な事件を起こしそうな場合は、躊躇いなく“人間界の秩序を守る退魔師”として正々堂々ドンパチやっても良いぞ。

 お前たちの顔や身元が割れんような見事な証拠を俺の家がしっかり記録してやる」



 「いいか」とセノフォンテは皆に言う。



「夢魔たちにはしっかり気を付けろよ。決して隙を見せぬようにな。

 難しいかもしれんが、できるだけさりげなく、目立たず、目を付けられないように身内を守れ。

 悪魔と対する時は一層心を頑なにしろ。油断は絶対にするなよ。

 ……あと、辰弥は戦力から外す」



 予想しなかった言葉が彼の口から飛び出したことで、

 目を見開き、耳を疑うように顔を上げる歩花。



「理由はお前が一番わかっているはずだ。それにこの前負けたばかりだろう」

「待ってくれ。彼の夢魔との戦闘経験は頼りになる。一度負けただけで戦力外と決めつけるのは―――」

「星野尾里央。そいつはサキュバスで、夢魔たちの餌だ。

 敵の“出世の道具”が素性を知られていないのに自ら連れ去ってくれと言わんばかりにノコノコ戦場に現れてどうする」



 何も知らなかった里央と美央が、衝撃を受けた顔で少年の顔をしている歩花の横顔を見た。


 それを尻目に、次いで瞳を別の場所へとセノは転じる。



「お前もだ、リーフェルト・アップルガース。

 別種族の介入など、後々面倒なことになる。これは人間と夢魔の問題だ」

「……」



 確かに、自分が易々と介入できる話ではない。

 特に王族である立場を考えると、後に複雑なことになってしまう。


 するとそこで、今までその場のやりとりを黙って見守っていた陽人が、静かに口を開いた。




「小夜は俺が守る」




 皆が視線を集めた先にある陽人の目には、どこまでも澄んだ強い決意があった。


 陽人はそのまま隣に座っているリーフェルトとまっすぐ視線をぶつけて、




「お前はお前で、守らなきゃならないものがあるだろ」

「……―――」

「元、だけど。俺の相棒を頼む」




 友人の眼差しを受けて。

 リーフェルトの瞳は自然と、彼自身が思う、“守らなければならないもの”を映す。


 灰色の瞳に入ったことで歩花はばつが悪そうに少しだけ目を泳がせ、耐えかねたように従兄の方を向いた。



「……サポートくらいは、してもいいんだろう?」

「バレるようなヘマをしなければな」

「それは十分気を付ける」

「ああ。……そうだ。さっき思い出したことだ。肝心なことを言い忘れていた。―――リーフェルト」

「? はい」

「お前、夢魔がどうやって成熟した個体になるかわかっているな?」



 突然セノに斜め上の質問をぶん投げられ、

 硬球を顔面にまともに食らったよう気分でリーフェルトの反応は一拍遅れた。

 「へっ……?」と間抜けた声で聞き返してしまう。



「わかっているのか? いないのか? どっちだ」

「……えっ。ええ、と……それは、まあ、一応、大体は―――」

「よし。頑張れよ」

「頑……えっ? えっ……?」

「何をうろたえている。陽人から聞いたぞ。

 結婚するつもりで付き合っているなら、もう何も躊躇うことはないだろう。今日からだ」

「い、いや―――それとこれとは、話は別でして……」

「別? なにがだ。初めて同士なら気兼ねすることはないし、もし自信がないなら俺が教えてやる。

 お前も年頃の男子なら寧ろ喜べ」

「喜べるわけがあるか。このセクハラ淫魔……!」



 額に青筋を浮かべて歩花がセノに投げつけた退魔の札は、

 虚しくもチラ見されることなく素手でキャッチされ、ティッシュのように丸められた挙句ごみ箱にシュートされた。



「Fカップだぞ? ムチムチの。それを独り占めできるんだぞ。燃えてこないのか男のくせに」

「セノ待て。僕のサイズいつ知った……!?」

「え、F……??」

「あれ。お前去年Eじゃなかったっけ。またデカくなっ―――」

「うるさい陽人! 黙れ! 全員口を閉じろ!!」



 身内のせいでいつの間にかダンピールたちを置き去りに、何やらシリアスに欠ける雰囲気となってしまったのをひどく恥じる思いで歩花は喚いた。



 結局、このまま締まりがつかない終わり方をして、初日のミーティングは解散となってしまった。






 とりあえず連休一杯なんとか人間界にセノが滞在するということで、

 その期間中、セノと歩花が陽人、里央、美央たち各々の誘惑、イメージ耐性を確かめることに。



 日が少し飛んで、ゴールデンウィーク最終日。

 リーフェルトの家のリビングで夢魔の血をひく二人はソファに腰を落ち着かせ、

 テーブルを挟んで向き合い、出た結果について話している。

 歩花は服装だけは男子だが、中身はもとの女子の姿だ。


 リーフェルトの家の壁には、退魔の札が何枚か貼られている。



「陽人は相変わらず動じなかったよ」

「本当に砂糖菓子の女にしか目が行ってないのだな。……ダンピールの兄の方はどうだ」

「誘惑にかからない精神力は素晴らしいが、イメージ耐性のほうがまだ少しな。

 まあ、慣れだ。年頃の割に芯があるから大丈夫だろう。肝心なのは美央さんの方だが―――」

「確かに、誘惑が効かなかったのは大したものだった。

 しかしどこか危うい。おそらくは元々、性格自体が戦いに向いていないのだろうよ。

 あの女も戦力から外すことを考えたほうがいいかもしれん」



 精神攻撃を主とする夢魔を相手に、脆いものは容易に心を引き裂かれる。


 美央は病的なほどに細い身体をしている。

 ひょっとしたら何か本心を誤魔化しながら日々戦いに身を浸しているところがあるのかもしれない。

 そう、歩花は勝手な想像をした。


 一体なにが、彼女をそこまで駆り立てているのかはわからないが。



 するとそこでガチャリとドアが開く音が聞こえて、二人は振り返った。




「セノサマ。準備整いましたぁー♡」

「ああ、ありがとうケヴィン。すぐ行こう」




 ケヴィンと呼ばれたツインテールの愛らしい夢魔のメイドが、媚びた声で主人を呼ぶ。


 腰を上げたセノを、不安げな顔で歩花が問いかける。



「本当にやるのか……?」

「全員分、魔石なしでどこまで耐えられるか見ておかなければな。

 特にあいつは今回戦力から外すにしろ、お前のフィアンセとなるかもしれん男だ。今のうちに鍛えておかねばいかんだろう」

「……」



 リビングを出て廊下を歩き、二人でリーフェルトの部屋へ。


 ドアを開いて歩花の目に飛び込んだのは、

 椅子に拘束され、身動きが取れなくなった恋人の姿―――。



 こちらを見つめ返し、少し戸惑い気味に目を瞬かせているリーフェルトに途端、歩花は心底心配な瞳になって、

 「ううううぅう……」と声を上げた。



「や、やっぱり、駄目……! やめよう? セノ……」

「何を言っている。耐性をつけることがどれだけ大切なことか、お前にはわかるだろう」

「守ってもらわなくたっていいんだ、ここまでやって……。

 リーフェルトの心が汚れてしまう……! 彼は、彼は純情なんだぞ―――」



 従兄からリーフェルトを守るように、恋人の頭を横から抱きしめる歩花。



「本当に婚約するなんて、まだ決まったわけじゃないし。

 もう少し、大人になってからでも……!!」

「……」





(……レディがそんなことしたら駄目だよ。って、言ったほうがいいかな―――)




 一方、リーフェルト。


 彼はふかふかとして弾力のある胸を自分の横顔に押し付けている恋人に、

 平常心を装いながら、内心真剣に葛藤していた。



(いや、でも。言ったら離れちゃうだろうな。

 なんか、すごく勿体ないような……気がしないでもないし。

 でもこのまま何も言わないのは紳士として―――……)




 ふと気付けば、じっとこちらを見下ろしているセノと目が合う。


 心持ち少しだけ表情を引き締め葛藤を誤魔化した自分に、

 セノは歩花に対し瞳を持ち上げ、




「歩花。……本当にこいつは純情なのか?」

「何てことを。彼に失礼なことを言うな」

「……まあ。自分に正直という意味ではある意味……いや。どうなのだろうな……」




 尚涼しい顔を崩さず堂々としているリーフェルトの、ある意味での強かさを見抜いて、

 流石のセノも戸惑いに眉をひそめた。

















 連休が明け、学校に登校する道中。

 歩花と小夜が肩を並べ歩いていると、校門に入ったところで自分を呼ぶ男子の声。


 幼馴染と会話していた小夜の顔が露骨に強張る。



「おはよう、木塚サン」

「サヨちゃん。おはよー♪」

「……お、おはよう……!」



 歩花が振り返ったそこには、D組の白黒コンビ。

 彼らに対し不快な気持ちを悟られぬように。失礼にならぬようにと精一杯笑顔を作り、小夜は二人に挨拶を返す。



「今日もいー匂いするねー! いっつも思ってたんだけど、何の香水使ってんの?」

「……香水、つけてませんから」



 少し引いたように上目で否定した小夜に、

 シュガーは大袈裟に目をぱちぱちさせて、「えっ、ホント??」と首を傾げる。


 確かに、女子のように可愛らしい仕草ではある。


 自然に見えるよう上手く作り上げられてはいるが、

 やはり、歩花の目にはわざとらしく映って仕方ない。



「素でそういう匂いなの??」

「バーカ、シュガー。シャンプーの匂いだろ。

 そういや木塚サンって、毛先綺麗だよね。何使ってんの? 俺にも教えて?」



 爽やかだがキザったらしい笑顔で小夜に近づき、その髪先に触れようとするミリー。


 長い褐色の指が自分に気安く触れようとしているのを察し、

 わずかに険しさを増した小夜の表情を咄嗟に見抜くなり、

 歩花は彼女の肩を抱き寄せて、さりげなく遠ざけようと手を伸ばす―――が。



 歩花が小夜に触れる前に、何者かが小夜の腕を掴んで、

 シュガーやミリーがいる方とは逆方向へ彼女を引っ張った。




「あー。えと……」




 なんとなく小夜の顔が強張っていたように見えたので、衝動的に後先考えず小夜の腕を引いたが、

 歩花ほど、即座に嘘が上手く出てこない陽人。


 目を泳がせて何を言おうか迷っている彼を察し、

 歩花は小夜の背中に手を当てて、



「そういえば小夜は、陽人に英語を教える約束をしてたんだったな。

 最近文法の並びがいまいちわからないとか……なあ陽人」

「お……おう。昨日メール送っただろ?」

「朝早めに行って教えてあげないとって、君さっき話してたじゃないか」



 ぽかんとした顔をして、幼馴染たちが何を話しているのかいまいち掴めていない様子の小夜に、

 歩花は自分の目を見上げている彼女に、ちらり、瞳だけを動かしてミリーとシュガーがいる方を示した。




「……行っておいで」

「……! ああ、うん! そうだったね……すっかり忘れてた!」




 ようやく意図を読み取ることができた彼女は、ほっと安心した表情で陽人の傍へ駆け寄っていく。


 無事に二人組から引き離すことに成功したことで陽人は、相棒に意識を寄せた。




<明日から俺が小夜と一緒に学校に行くよ。

 お前のことは、リーフェルトに頼んである>

「……」

<無理すんな。……大丈夫だから>




 まさか陽人に気遣われるとは微塵も思っていなかった歩花は、

 その意外さに目を丸くして、小夜と遠ざかっていく相棒の背中をまじまじ眺める。




「おはよう」

「……ああ……? お、おはよう……」




 横から自分の肩を叩き挨拶をしてきた恋人に、ぎこちない挨拶を返す歩花。




「一緒に行こうか、辰弥君」

「ああ。うん。……すまなかったな君たち。話している最中水をさして」




 D組のインキュバス二人にさらりと軽く詫びの言葉を送り、

 陽人と一緒に登校してきたであろうリーフェルトと歩きだした。




「明日の朝から迎えに行くね」

「……うん」

「よろしく」




 優しく笑いかけてくるリーフェルト。そして、前を歩く陽人の横顔。


 二人の男子の顔がなんとなく大人びて見えて、

 暫し、戸惑いを引きずった歩花だった。



















 聖アイテール学院高等部―――放課後。2年B組。



「星野尾先生。どうしたんですか? それ」



 学校が終わり、帰り支度の物音や雑談が飛び交う中、

 自分の生徒に声をかけられた星野尾日奈子は、「ん?」と眼鏡の女生徒を見下ろす。



「そのブレスレットについてる石。朝から見てて、素敵だなあって思ってて。

 お店で売ってるパワーストーンなんかよりもずっと綺麗」

「ああ。素敵でしょう? お守りだって、プレゼントしてくれたの」

「えっ―――婚約者さんが!?」

「ち、違うわよ! うちの甥っ子たち!」

「ああ。三年の……」



 頬を赤らめ笑って否定した日奈子の細い腕を飾っているのは、セノの魔力が込められた守りの魔石。


 日奈子は何の力も持たない普通の人間だが、

 何も耐性がないよりはマシだろうと、彼女の分も歩花が作ったのだ。



「この紐も、なんか不思議……。

 どこで買ったんだろう、星野尾先輩たち。私も欲しいなあ……!」

「ふふふ」



 羨ましそうに守り石を見つめる女生徒に、日奈子は楽しげな笑みを零した。



「本当に素敵だよね。先生のそのアクセサリー。

 俺も欲しいなあ、同じやつ―――」



 そんな彼女たちの横から、男子の声が会話に割って入る。


 日奈子たちがそちらを振り向けば、

 今年新学期に転入してきた留学生が、穏和な笑顔を浮かべ立っていた。



「えーっ、先生ずるーい」

「私もエイベル君とお揃い欲し~い!」



 近くに座って彼の科白を聞いたクラスの女子たちが不満の声を上げた。


 しかし拗ねた顔をしている彼女たちの瞳は、

 “恋は盲目”と呼ぶには正気とはかけ離れた、怪しげな色を宿している。




「ウェイン君」

「エイベルって呼んでよ、日奈子先生」

「“星野尾”先生です、ウェイン君」

「相変わらずカタいなあ。もっと砕けてよ」

「砕けませんっ。ここは日本です。

 郷に入れば郷に従って、勉強だけじゃなく、文化もしっかり学んで帰国しなきゃ駄目よ?」




 指を立てて注意する日奈子に、笑みを浮かべたまま肩を竦めるエイベル。


 そんな彼の背後から、

 日奈子を呼ぶ女子の声が凛と響いた。




「星野尾先生。少しいいですか?」

「ええ。ちょっとごめんなさいね―――」




 姪が教室に訪れたことで日奈子はエイベルの横を通り、廊下に出る。



「今日は何時に帰れそう?」

「え? どうしたの、そんなこと聞いて」

「最近怖いから。ほら、物騒だし―――ね?」



 叔母に対し、教室に目配せする美央。


 その目が示していることを読み取って、困った顔になり日奈子は苦笑する。



「心配ないわよ」

「……でも」



 日奈子は里央と美央が普通の人間ではないことを知っている。

 姉亡き後、実の弟、妹のように彼らを可愛がってきた。


 だからこそ、教師としてしっかりエイベル・ウェインと向き合える自信があった。



「ありがとう。大丈夫よ、美央ちゃん。ただちょっと、ひねくれてるだけ」




 安心させるように、日奈子は笑った。



 人ではないといっても、まだ子供なのだ。

 思春期の男子などああいうものだろう。里央も、彼も、他の生徒たちも変わらない。

 そんな感覚だった。




「叔母さん―――!」

「美央ちゃん、貴方は自分の心配をしなさい。

 最近ちゃんと食べてるの? また倒れたら、みんな心配するわ」

「……っ」

「私は大人よ? 美央ちゃんよりずっと強いんだから。

 貴方はもっと、周りの大人に甘えなさい」




 美央に優しく言い聞かせ、日奈子は姪を残し、教室に戻った。



 年齢の割には色気漂う甘いマスクを自分に向けたエイベルに、

 あくまで教師として、日奈子はニッコリ微笑んだ。














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