第8話 ミーティング
『“そんなにインキュバスやサキュバスって悪いか?”ってのが正直な意見かなあ。
だってあいつら、別に人間を取って食ったりとかしねえし』
一年の時リーフェルトに言った自分の科白。
自分は、夢魔という種族を軽く見ていたのかもしれない。
陽人が今まで付き合ってきた夢魔たちは、他の人間たちと変わらなかった。
歩花もセノフォンテも、人間とは違う特別な力を持ちながら、ミリーたちのように人を操り自分の欲望を満たすような夢魔たちではなかったから。
人間も魔も、良い人もいれば悪い人もいる。それはわかっていた。
だが―――
小夜は決して、自分の意思のない女子ではない。
一度好きになると、なかなかその男子への想いを手放すことができない一途さを持つ反面、
どんな男と付き合っても、嫌われたくないからといって、完全な言いなりにはならなかった。
歩花がそのように彼女を導いていたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
やんわりと小夜自身、違うと思ったことを遠慮がちながら指摘し、
それに対し最後まで丸め込めず、言うとおりにならないことに腹を立てた男の方が小夜を振ってしまう。
大体そういった流れで、長続きしないのだ。
そしてどんな振られ方をしても。どんなに酷いことを言われても。
小夜は自分から好きになって付き合った男子たちを、決して悪く言うことはなかった。
痛々しく思いながらも、そんな彼女を陽人は好きだった。
(夢魔を相手に、意見できる自由なんてあるのか―――?)
ある意味では。小夜と付き合ってきた男子たちが彼女を振ったのは、
彼女の意見を結局聞き入れた結果といっていい。
しかし対人外では、どうだろうか。
果たして、人間らしくいられるのか。ミリーたちと深く関わって、心から笑えるのか?
<おーい>
呑気な声が頭の中に響き、自分の部屋でベッドに寝そべり考え込んでいた陽人は、我に返る。
<陽人ー。遊びに来たぞ。開けてくれ!>
「……」
知った声だ。
陽人は身体を起こして二階の階段を降り、玄関を開ける。
「久しぶりだな! 寂しかったか!?」
「……まあ。丁度良かったよ」
歯を見せて自分に微笑んだセノフォンテに、
櫛も通していない、少し乱れた髪を掻きながら、陽人は相槌を打った。
歩花は今日、星野尾兄妹に会いに行っている。
聖アイテールで教師をやっているという、星野尾日奈子という女性について聞くために。
歩花の家に今誰もいないから、仕方なく陽人のところにきたのだろう。
彼に聞きたいことは沢山ある。
陽人はセノを家に上げて、夢魔たちのことや歩花自身のこと。思いつく限りの疑問を彼にぶつけた。
ゴールデンウィーク二日目。
リーフェルトが住んでいるマンションの玄関に並べられている、各々サイズの違う五組の靴。
リビングのソファには、歩花、陽人、里央、美央たちがテーブルを挟み、腰を沈めている。
一応念には念をということで、里央か美央が意識干渉されても気付けるよう、
彼らの間に割って入っている形で、二人に自分と手を繋がせ座っている歩花。
辰弥の姿とはいえ、里央が歩花に触れているのは面白くなかったが、
仕方ないと自分を納得させながらリーフェルトは人数分の紅茶を彼らの前に一つずつ置き、
陽人の隣に自分も腰かけた。
「笹永。念の為確認するが、本当に星野尾日奈子と言ったんだな?」
「はい。それに、担任の教師って言ってました」
「……」
陽人に確認し、眉をひそめる里央と、不快そうに目を細める美央。
歩花から話を聞いたところによると、星野尾日奈子という女性は彼らにとって母方の叔母にあたるらしい。
叔母といっても、まだ二十八の若い女教師だ。
「日奈子叔母さんが狙いだなんて、何が目的なの……?」
「おそらく、目的という大それたものはないだろうな。ただの娯楽だろう。
常識的な考え方をする奴がいれば、その逆もいる。そこは人間もヴァンパイアも夢魔も変わらん。
ただ夢魔の種族自体に“その逆”が多いというだけの話。
夢魔の血をひく僕も、彼らに手を焼いている者の一人だからね」
「二階堂たちの学校にも三人いるんだったな」
「ああ。一人はリーフェルトのクラスメートで、この前戦って僕が負けた。
あとの二人は陽人と同じクラスだから、詳しくは彼に聞いてくれ」
リーフェルトと陽人と歩花はまず、
自分たちから南実先高校側の夢魔についての情報をかいつまんで双子に伝えた。
美央は三人の話を聞いてから、歩花の方を見る。
「三人とも純血の夢魔なんでしょう? 彼らは、一緒に行動してはいないの?」
「どうだろうな。ランフランクは一匹狼の野心家といったイメージがあるが」
「そういえば、一緒に行動しているところは見たことないね……」
ミリーとシュガーがいつも二人で行動しているのに対し、
ガートルードはいつも一人か、同性の人間たちと一緒に行動している。
歩花に二人の正体を教えたのはガートルード本人だから、素性を知らないというわけではないだろうに。
「……仲が悪い。とか―――?」
陽人が単純な意見を口に出した時。
ふと意識に何か入り込んだ気がして、リーフェルトたちは顔を上げた。
<おーい。俺俺>
「……?」
<セノだ。開けろ>
知った声と名前にリーフェルトたちは揃って顔を見合わせ、
とりあえず家主であるリーフェルトが玄関に出た。
「よう」
「セノさ―――、?? どうしたんです、その顔」
「ああ。けじめだ」
端正な顔に派手な腫れを作って現れたセノを心配するが、彼は訳の分からないことを言って、「上がるぞ」とリーフェルトの家に上がる。
左頬がやけに赤い。
まるで誰かに殴られたみたいだ。ここへ来る道中喧嘩でもしたのだろうか。
セノは革靴を脱ぎ、丁寧に脱いだものを揃えてからリビングに向かう。
そこでも歩花に頬が腫れていることを心配されたが、彼はまた「けじめだ」と返して、陽人の隣に座った。
「……紅茶淹れてきます」
「ああ、頼む。……で。この二人がダンピールたちか。
話は聞いている。俺はセノフォンテ。純血のインキュバスだ」
歩花を挟み、里央と美央は困惑した顔で互いを見合う。
自分から名乗ったとはいえ、「ああ、そうですか」と信用するのは無理だろうと、歩花は「安心してくれ」と言葉を添えた。
「僕の従兄だ。デリカシーはないがほどほどに信用していい」
「なんだそれは」
<というか、この二人はお前をどこまで知っているんだ>
<僕のことは辰弥と呼べ>
悟られぬよう、後半のやり取りは意識だけに留める。
セノは溜め息を吐いて、何やら白い袋を上着の下から取り出し、テーブルに置いた。
「……?」
「魔石だ。欲しかったのだろう?
いくついるかわからんかったので、五十個ほど購入しておいた」
「……!? ご―――っ」
「高い高いというからどんなものかと思えば、これだけ買っても俺の一日の菓子代半分以下ではないか。
拍子抜けだ」
それは菓子の量が多いのか。それとも菓子一つ一つが高級なのか……。
陽人と歩花はセノの細い身体を眺め、一体食べた分はどこへ行っているのかと改めて真剣に考えたが、
とりあえず肝心の魔石が手に入ったということでセノに頼み、
歩花を除く人数分の魔石に彼の魔力を注いでもらうことにする。
「とりあえず、手を繋ぐ必要は無くなったな。話している間はこれを握っていてくれ。
そして帰る時に一度僕に預けろ。手早くアクセサリーにして今夜飛んで届けに行く」
「そこまでしてくれなくても、それくらい私たちで……」
「自分たちの身内を守るためなら、戦いもいとわない。
そういう覚悟なら、普通の紐では駄目だ。魔女の商人から購入した、とても頑丈なものでないと」
成熟した夢魔の魔石が出来上がり、セノに紅茶を淹れて戻って来たリーフェルトも含め、全員の手にそれが握られる。
歩花は里央たちから手を放し、彼らに魔石の効果を説明した。
セノは歩花にも魔石を差し出し、
「辰弥も持っておけ」
「……いや。僕は―――」
「退魔の札に能力を付着させればよかろう。
お前の家と砂糖菓子の女の家に貼っておけばいい」
「―――」
その使い方は、思い浮かばなかった。
従兄から魔石を受け取ってから、双子の間から美央の隣に移動し、腰を落ち着かせた。
「さて」とセノは長い脚を組み、
「俺が調べた情報を提供しよう。
南実先高校に通うミリー・バークス。シュガー・コフィ。ガートルード・ランフランク。
そして聖アイテール学院高等部に通うエイベル・ウェイン。
ランフランクを除く三人は全員生殖機能持ちのインキュバスたちだ」
「……待て。『ランフランクを除く』―――?」
「ああ。あいつは普通の夢魔だな」
「ちょっと待てよ。じゃあ、なんで辰弥は目をつけられたんだ?」
耳を疑う歩花にセノが相槌を打つも、理解できず納得しきれない陽人。
リーフェルトもまた、戸惑っていた。
「生殖機能を持つ夢魔たちが、俺たちの世界で重宝されているのは知っているな?
ということは、生まれたときから死ぬときまでひいきされるということだ。
普通の夢魔たちへの扱いとはまったく違う。露骨なほどにな。
だから普通の夢魔たちは、自分の家の繁栄のため。生殖機能を持つ夢魔たちは、繁栄を保つため、血眼で子が産めるサキュバスを求める。
普通の夢魔に機能がなくとも人間からその手段を得れば子孫は作れるし、
名のある貴族に子宮持ちを譲り渡し取り入れば、おこぼれを頂戴することもできる」
「なるほど。正にサキュバスたちは出世の道具というわけか」
顎に手を当て、歩花は平然と他人事のように納得している。
里央や美央に勘付かれないように。気を遣わせないようにというつもりで彼女は敢えてそう口にしたのだが、
自身を卑下する言い方にリーフェルトと陽人は二人揃って、不愉快な面持ちで歩花を睨んだ。
一体どんな神経で、彼女は自分をそう呼んでいるのだろう―――と。
「つまり。普通の夢魔たちと生殖機能を持つ夢魔たちは、基本は相容れないということか……?」
「格差を良く思っていない連中は多くいるだろうな。
だから夢魔の世界に嫌気がさして、別種族の世界に移住する者たちが後を絶たんわけだ」
「ふむ。……ランフランクが他のインキュバスたちとつるんでいない理由が、そこにあるかもしれんな」
ミリーやシュガーたちに気を付けろと歩花に言ったガートルードの考えが、ようやく見えてきた。
「で。三人のインキュバスたちのことだが。
陽人から話を聞いてからの数日間動向を調べさせたが、なんとまあ、酷いものだった。
仕事以外での誘惑の乱用、別種族への不必要な意識干渉、プライバシー侵害……その他諸々。
可愛いものから重いものまで、簡単に違法をやってのけているな。とんだ貴族のドラ息子どもだ」
「……それがもし夢魔の世界にバレたら、彼らはどうなります?」
「証拠をもう少し揃えたら上には報告してみるが―――生殖機能持ちだからな。
俺がかけ合っても、そう手痛い罰は期待できない。良くて転校程度だろうな」
強制帰国ではないのかと、リーフェルトは腑に落ちない気分になる。
品性も種族の誇りも何もない。何が貴族か。もう欲望のままにやりたい放題ではないか。
「……とりあえず、叔母さんを守らなければ」
里央が呟いたのに、隣の美央が強く頷く。
「お母さんが死んでから、母親同然だったもの。
折角掴んだ幸せを、夢魔の娯楽なんかのために潰させるわけにはいかない」
「セノフォンテといったか。いくつか確認させてもらう。
……僕たちの学校に通い、叔母さんを狙っている夢魔の名前は、エイベル・ウェインという名前なんだな?」
「ああ。そうだ。間違いはない」
「この夢魔の守り石。半人前の魔力では使いこなせないんだったな」
「身体に宿っている魔力の量が少ないからな。そのままでは無理だ」
「わかった。……美央」
「ええ。私もそのつもりよ」
見つめ合い決意を固めている兄妹に、「何をする気だ」と歩花が聞いた。
二人はまっすぐ歩花を見据え、
「戦って、もし私たちの力が彼らに及ばないようなら―――」
「互いの血を分け合い、力を高める」
迷いなき瞳で、そう言った。
「……一度完全なヴァンパイアになったら、二度と人間に戻れなくなるんだぞ」
「人間なんて。そんなもの、最初から捨てる覚悟で僕たちは戦ってきた」
「幸せをもう、失うわけにはいかないの。
それに私たちは、一人じゃない。……たった一人で、生きてるわけじゃないもの」
強く、気高い光に息づいている薄暗い闇を美央の瞳の奥から見い出して、
歩花もリーフェルトも陽人も、それ以上何も言えなくなる。
セノは二人の意志の固さに頷き、
今後リーフェルトたちがどう夢魔たちに対処していくつもりなのか、皆に確認した。




