第7話 少年たちの戦い、幕開け
ゴールデンウィークまであと数日。
皆が連休を心待ちにするばかりの、平和で平凡なとある一日の午前。
南実先高校体育館にて、二年A組、二年B組の合同体育が行われる。
「よぉ」
「……どうも」
教師の指示による、ウォーミングアップのシュート練習中。
声をかけてきたガートルードに、眼鏡を持ち上げ短く応える男子姿の歩花。
限られた数しかないバスケットゴールに、皆がそうしているように、
ガートルードはつかず離れずの距離を保って歩花の後ろに並んでいる。
「どっかで引っかけたのかよ? 首の後ろ」
男子の姿になると顔のパーツが変わるように、髪の長さもまた変化する。
女子の姿だと隠れがちなうなじが、他の男子たちの中にいても浮かない程度に短い今の髪形のせいで露わになっているのだ。
「……さあな」
前を向いたまま、歩花は唇の端を吊り上げて笑う。
自分が強請ってつけてもらった、リーフェルトの噛み跡。自分の心は、彼のものだという証。
「それとも、恋人に噛みつかれでもしたのか」
「……どうとでも? 君のご想像にお任せしよう」
冗談めいていながら、探るようないやらしさのあるガートルートの科白に対し、
歩花は鼻で笑い、彼と同じ調子で返した。
「へえ」とガートルードは目を細め、彼女の首の後ろに深く残る傷跡を暫し眺めた後。
その耳元に口を寄せて、低く囁きかける。
「舐めてやろうか――?」
「殺すぞ」
恥じらう素振りどころか、耳を赤らめることもない。即座に歩花の唇から飛び出てきたのは、本気の殺意。
愛しい人からもらった甘美な痛みと、愛情の印。
正に聖域と呼んでも過言ではないそこに、泥や汚物の付いた靴を履いて踏み込まれるような不快感に、彼女の気分は一気に落ちた。
自分の番が回って綺麗にシュートを決めてから、早々に彼から逃げるように別のゴールの列に並んだ彼女の背後に、ふと、誰かが立った気配がした。
「大丈夫?」
耳をくすぐる、気遣わしげな優しい声。
歩花は後ろを振り向き、彼の顔を見て、緊張に強張らせていた肩の力を抜く。
「ああ。ありがとう」
「うん。……僕、シュート苦手だから。教えてくれるかな?」
「うん」
だが歩花は知っていた。
一年生の時彼が陽人からシュートの仕方を教わって、今はとてもバスケットが上手になっていることを。
男子なのに自分を下げる形をとって、さりげなく傍にいる口実を作ってくれるリーフェルトの心遣いを歩花は申し訳なく思うも、同時に安心した。
数分後。各クラス、男子たちは半々に分けられ、A組対B組の試合が始まる。
試合の途中で高いジャンプ力と長身を駆使し、ダンクシュートを決めたガートルード。
周囲の同性たちが感心と憧れの目を向けている中心で瞳を持ち上げ、今は見学しているはずの歩花の姿を探す。
「……」
目が合えばドヤ顔の一つでもしてやろうかと目論んだ彼だったのだが。
標的は完全に自分の試合から顔を逸らし、なにやら楽しそうにガートルードのクラスメートと話している。
それから更に時間が経過し、授業がそろそろ終わりを迎える頃。
友人と話しながら何気なく歩花に目を配れば、彼女はさっきとは全く違う様子で、食い入るように試合を見つめていることにガートルードは気が付いた。
試合終了の笛が鳴る。
するとそこから一拍分の間を置いて、歩花の横顔に自然と浮かび上がるほのかな微笑。
彼女の目線の先を辿ってみれば、視界に入ったのはまた、自分のクラスメート。
自分の試合途中歩花が夢中で話をしていた男子が、顔を上げ歩花に微笑み返している。
(――まさかな)
リーフェルト・ガーシェル。一年の三学期期末試験で二位だった、自分と同じ留学生。
だからといって仲が良いわけではない。街中で会えば一言だけ挨拶をかわす程度。
常に学年トップである自分にとっては、普通のクラスメートとそう変わらない。
彼に対して思うことは、それくらいの意識。確かに、笹永や歩花とよくつるんでいるようだが。
しかし。その『まさか』の予感は、昼休みになって的中する。
友人たちと昼食を共にしようと席を立ち上がり、廊下から出た時――彼は目撃してしまったのだった。
歩花が廊下で弁当箱をリーフェルトに手渡す、その瞬間を。
「……――」
歩花の片手には、彼女が用意した彼女の弁当箱。
彼女の隣を歩くリーフェルトの手にもまた、彼女が用意したと思われる弁当箱。
二人は仲良く歩きながら、階段を上がっていく。
「? どうしたよ、ガーティ」
無意識のうちに立ち止まってしまったガートルードを、後ろから友人たちが気にかける。
彼は「いや……」とかぶりを振って、一人、疑わしい気分で眉をひそめた。
二年A組。
恋人の手作り弁当で腹を一杯に満たした充実感を胸に、午後の授業を受けるリーフェルト。
授業に集中し、シャープペンを走らせて数学の計算式を解いている途中。
ふと意識に違和感を覚えて、それまで動かしていた右手をつい、止めてしまう。
(……歩花……?)
それは、彼女が自分の意識に語りかけてくる時感じる気配。
しかし、いつまで経っても声は頭の中に響いてこない。
ならば自分から何か切り出そうかと、一瞬リーフェルトは考えたが。
彼女以外の他の夢魔たちの存在を思い出して、発信元が誰なのかはっきりしないうちは答えないほうがいいだろうと判断し、無視を決め込むことにした。
<……おい>
黒板に書かれた計算式を処理しているうち、痺れを切らしたのか。
歩花とは全く違う、変声期を迎えた男子の声がのしかかる。
<返せねえのか。シカトこいてんのか。どっちだ>
(……ランフランク君かな)
応えるべきか、応えないべきか。
迷ったリーフェルトだったが、正直今は授業中なので、しっかり目の前のことに集中したかった。
相手にするのは今でなくたっていいだろうと、ただ、いつも通りを装うだけ。
<返せねえならそのままでいい。……お前、あの女と付き合ってんのか。
もし付き合ってんなら、あの女が普通じゃねえってことは知ってんだよな?>
……あの女とは、間違いなく歩花のことだろう。
意外と直情型だ。もう少し彼は、冷静なタイプだと想像していたのに。
<人間なのか、そうじゃないのかは知らないが。
目的は何だ。レアだからか? それとも単に身体目当てか?
まさか正体を知った上で本気で惚れてるとか、そういうんじゃねえんだろうが……。
理由は何であれ、悪いことは言わねえ。やめとけよ>
すべての式を難なくクリアし、暇になった残りの時間いっぱい、ゆったりと寛ぐ。
彼から、自分はそういう風に見えているのか。
他人事のようにぼんやりとしながら、彼の話を半分に頭に入れる。
<お前じゃああの女の価値はわかんねえよ。お前には勿体ねえ。
事情も知らねえひ弱な奴が手に負えるシロモノじゃねえんだ>
「――」
思わず、ひくりと閉じた唇を横に結ぶリーフェルト。
二人の男子たちのそんな水面下のやり取りなど知るはずもない数学教師がリーフェルトの名を呼び、
黒板に書かれた計算式を解くように言う。
リーフェルトは平静を装って前に立つと、
チョークを手に取り、ノートで導き出した自分の答えを黒板に書き写す。
「……」
チョークを置いて踵を返し。瞳を持ち上げれば、ガートルードと視線がぶつかる。
ガートルードが自分を見る表情は一見いつも通りであったが、
その双眸は自信に満ち溢れていて、挑むようなギラギラとした光があった。
そんな彼の眼差しを受け取った瞬間。リーフェルトは、自分の身体の底から力が抜けていくのを嫌でも感じた。
だがそれは、怯みでも諦めでもない。
誰にも聞こえないほど小さなボリュームで、気付けば呟いていた。
「呆れた――」
と。
それが口の動きでわかったのか。それとも、表情に出ていたのか。
怪訝そうにしだした彼が見守る中、リーフェルトは自分の席に戻る。
彼は確かに、素晴らしい。
文武両道を貫き、周囲から多くの信頼を集めている。
自分に持っていないものをたくさん持っていて、尊敬できる男だ。今でも、その気持ちは変わらない。
それでも。
<……彼女が何故君からのキスを拒んだのか、今ならわかる気がする>
夢魔のお守りに集中し。
ようやくここで、リーフェルトはランフランクの意識に語りかける。
包み隠さず、イメージという形で歩花が自分に見せてくれた、彼女とガートルードが戦ったあの夜の記憶。
その中には、ガートルードが歩花に口付けを迫った場面も当然あった。
<ごめんよ。酷なことをはっきり言うね。
……今の君じゃあ、君が弱いと見下している僕にさえも勝てないよ>
倒れた妹の頬を愛しげに撫で。妹を愛するが故に敵であった者に礼を言った、あの星野尾里央にも劣る。
彼なら、歩花を取られても仕方がない。潔く身を引ける。
が。ガートルード・ランフランク――この男は、あり得ない。
無理に強くあり続ける必要は無い。
素直でいいのだと言った自分の言葉に、嬉し涙を流した歩花。
ガートルードは、歩花が望んでいるものが何なのかわからないし、知ろうともしない。
だからたとえ強くても、彼は彼女に何もあげられない。
ガートルードと歩花が一緒にいても、ただ彼女だけが、彼の欲求に応え続けていくだけの関係になる。
歩花がガートルードになびくことはない。それだけ、リーフェルトは確信した。
誰もいない屋上。
午後の授業をさぼり、陽人は塔屋に寝そべって澄み渡った空を見上げていた。
そんな彼の隣には、小夜の姿もある。
幼馴染という気安さからか。すやすやと規則の良い寝息を立てている。
彼らが授業を放棄するのは、いつものことではない。成績は一応、二人とも中の上をキープしている。
たまに天気の良い日を、こうしてひっそり楽しんでいる程度だ。
(また起こすの、大変だろうなあ)
首だけを動かして彼女の顔を見つめる。とても深く眠っているようだ。
小夜は爆睡型で、一度寝てしまうとなかなか起きてくれない。
一年の時一緒にさぼった時も、HRに参加せねばと起こそうとしたら「あと五分」とだだをこねられた。
これでもまだ改善されたほうらしく、
小学生の頃、学校に一緒に行く度歩花はよく苦労していたようだ。
(このままでもいいっちゃ、いいんだけどな……)
猫のように丸くなって瞼を閉じている小夜を見ていると、もうHRとか、担任からの評価だとか、いろんなことがどうでもよくなってくる。
それだけ彼女の寝顔はあどけなくて、安らかだ。勿論笑顔が一番可愛いのだけれど。こんな無防備さが見られるのはやはり、幼馴染の特権といえよう。
「……」
何度見ても、見惚れる。
小夜のことを小学生の頃から近くで何度も見てきたが、飽きることなく、今でも陽人は綺麗だと思う。可愛らしいとも。
昔からずっと、自分の中で変わることはない。
『あきとくんは、そんなことをする子じゃないよ』
自分の気持ちを表現することが苦手だった幼稚園時代。
悪戯の罪を擦り付けられ、先生に怒られている自分を庇ってくれた。
あんなに古い記憶なのに、「ね?」とニッコリ微笑んでくれた幼い小夜が、何故今でも自分の中で鮮明で色褪せないのだろう。
「……告白――か」
彼女から目を逸らし、また空を仰いでは、ぽつりと呟く。
歩花とリーフェルトの関係を、羨ましいと思わないわけではない。
しかし、あまりに想像できない。
自分が恋人として、小夜の傍にいるという未来が。
そういう関係になれたら、どれだけ幸せだろう。
そういう関係になれたら、どれだけ光栄だろう。
自分が今以上の関係を彼女に望むこと自体、恐れ多い気がしてくるし、
今の友達という関係を壊したくない気持ちが勝ってしまう。
(だからもう。笑って生きていてくれたら、それで――)
上体を起こし。陽人は彼女の頬に触れるか触れないかのところまで指を伸ばして、
手の甲で撫でる振りだけをする。
誰が好きだっていい。
自分じゃなくたっていい。
そんなところから前に進めずにいる自分は、やはりヘタレというやつなんだろう――。
放課後。
クラスメートの女子たちと買い物をして帰るという小夜と教室で別れ。
歩花と一緒に帰るのであろうリーフェルトに気を遣って一人で帰ろうとした矢先、
陽人は他のクラスメートの男子に誘われる。
魔が活発になり小夜が襲われるのは、夜。
別に四六時中彼女を監視する必要はないし、大した用事もなかったので、誘いに乗った。
他愛のない雑談を交わしつつ、付き合いの買い物を三件ほどすませてから、
陽人を含めた男子四人は最後、ファミレスに入る。
「それ美味そうじゃん。一口くれ」
「自分で頼めよ。俺のもんだこれは」
「隣のクラスの古谷さん可愛くね?」
「木塚さんのほうが可愛いっしょ」
「お前小動物的なんがタイプなんだな」
「あー、俺それ頼めばよかったわ」
「で。もしそれ頼んでも、やっぱこっちにすりゃよかったとか思うんだよな」
「それな」
「結局な」
注文した料理を綺麗に自分たちの胃へ収め、
果てにパフェやケーキ、アイスなどのデザートまでぺろりと平らげた後も、
年頃の学生たちの舌はとどまることなく言葉を乗せて、会話を楽しむ。
「なんかさ……最近、女子って変わったよなあ」
その合間。
頬杖を突いて、物憂げな顔をしてクラスメートの一人がぼやくように口を開く。
「……まあ。変わったといえば、変わったかなあ」
「なんつーか。一年の時一緒のクラスだった女子まで、こいつこんなキャラだっけってくらいにさ」
「例の二人だろ?」
「そ。あの白黒コンビ。もううちのクラスの女子半数以上手出されてるってさ」
「はあ……? まだ五月だろ? それ人数盛ってんじゃね?」
「だといーけどなー。隣のクラスももう犠牲者出てるって」
話を聞いた陽人以外の男子二人が、「うわあ」と顔を歪める。
「南実先って、まあ俺が言うのもなんだけど、良い方じゃん?
だからそういう奴らってあんまいねーと思ってたんだけどな」
「ああいうのはどこにでもいるってことだろ」
「それにしちゃ軽すぎってーか堂々としすぎってーか。
そういうのわかってても付き合いたいって、女子は思うもんかな」
「あれじゃね? 外国人補正ってやつ」
「外国人パワーねえ……。まあ派手だし、外国人だから好きってのはいるだろうけど。
おかしすぎっていうか、不自然っていうか……なあ」
陽人の頭に、『夢魔の誘惑効果だろうな』というかつての歩花の声が過ぎる。
固定した性別を持つ夢魔の誘惑は、同性に対して効果は薄い代わり、異性に対して恐るべき力を発揮するとも聞いた。
外国人補正というより、インキュバス補正といったところなのだろう。
「一年の時ランフランクと同じクラスだったけど、あそこまでじゃなかったぜ」
「あいつ自体まあ、硬派だしな。浮いた話とか全然聞かなかったし」
「笹永、ガーシェルと同じクラスだった時どうだった? 女子たちの様子とか」
「普通。あいつよく笑うししゃべるけど、男女関係なくだし」
「あー、良い奴っぽいもんな。今でも一緒に登校してんだろ?」
「おう」
「ガーシェルの方は、ちゃんと彼女いるっぽいけどな。去年女の子とデートしてた」
「なんで知ってんだよ」
「遊んでる最中、たまたま目撃したんだよ。十二月。クリスマスじゃなかったけど。特にあいつ金髪で目立つし」
「そういや後夜祭も女の子と踊ってたっけ」
「ああ、俺も見た。でも学校じゃあんまり彼女と一緒にいるところか見かけねーよな」
「同じ学年? どこのクラスだ??」
「さあ。後夜祭にいたってことは、同じ学校だろうな」
「先輩かな。年上趣味??」
「じゃね? 同じ学年の女子振りまくってんだろ?」
「……あー……」
歩花の存在の詮索へと話がシフトし、
どう話を逸らすか、新しい話題を探る陽人。
しかしその必要は、すぐに彼の中から消え去ることとなる。
陽人の隣に座っていた男子が、小さく「げ」と声を漏らす。
それを耳で拾い、陽人が彼の視線の先を辿っていくと、
なんと例の“白黒コンビ”が連れと共に、ファミレス内を歩いていた。
どうやら入店したばかりらしく、店員に案内されているようだ。
陽人含む男子たちは顔を見合わせ、彼らがどこに座るのか見守る。
できれば、ここから遠く離れた席をお願いしたい――というその場全員の願いを打ち砕き、彼らは隣のテーブルにやってきた。
幸い彼らが座るテーブルと陽人たちのテーブルの間には仕切りがあり、
加えて彼らはお喋りに夢中で、自分たちには気付いていないようだったが。
「しっかし、お前のとこの制服だせぇな」
「だろ? 流石だよな。学校の名前からだせぇし」
ミリー・バークスと、知らない声だ。
だが、ちらりと見えた知らない方の男子の制服を、陽人は知っている。
去年文化祭に行った、聖アイテール学院の制服だ。
「でも女子の制服はとびっきり」
「へー。写メ見せてよ」
「シュガーとか絶対好きだぜ。……ほら」
「お、白! なんだよ、めっちゃいいじゃん……」
「俺もアイテールにすりゃ良かった!」と嘆く声はシュガー・コフィのもの。
仕切りで表情は見えないが、
きっと女子顔負けのルックスで頬を膨らませ、拗ねているのだろう。
「まあ、近いうちに紹介してやるよ」
「マジ? やった♪ 真っ白な制服! あとできれば肉付きの良い子」
「相変わらずだな、シュガー」
「いやー白でしょ。やっぱ。白似合う女の子っていーよね。もー、ぐっちゃぐちゃにしたい……!
ウェディングドレスとかさあ、もう至高だよねぇ。ダイスキ♡」
一人ハートを飛ばし盛り上がっているシュガーに対して、
ミリーと知らない男子が「タチわりーな」と棒読みで反応を返した。
「……そういやミリーたちさ。今狙ってる女子とかいんの?」
「うーん。狙ってるってもねえ。僕たち別に不自由してないし?」
「全員に力が効くかっつーとそうでもねえわけじゃん。たまに男持ちで意思が堅い子とかさ」
「あー。まーね。
でもそういう意思の堅さぶっ壊してでも欲しい子がいるかってーと、僕の周りにはいないかなー」
「俺も。まあいろんな意味で興味のある女はいるけどな」
「サヨちゃんなー」
ミリーの科白に、彼が指している女子の名前を添えるシュガー。
聞き間違えるはずのない、自分の幼馴染の名前に胸がざわついた。
陽人と同じテーブルについているクラスメートたちも、
自分たちと同じクラスの女子の名が挙がったことで顔を見合わせる。
「サヨちゃん?」
「僕の隣の女子。いー匂いするよね彼女。それにちょっと異質な感じ」
「へえ……可愛い?」
「可愛いよ。スリム系だから僕は範囲外だけど」
「そりゃ是非、お会いしたいもんだな」
「お前のとこは? 自分から切り出したってことは、ちゃんといるんだろうな?」
「まーな。俺は担任の教師」
「教師ぃ?」
「ん、写メ」
話が小夜から逸れても、陽人の鼓動はまだ落ち着かない。
小夜の匂いにとっくに気付いていてもおかしくはないと歩花は言っていたが、
実際にインキュバスたちが興味を抱いているという話を耳にすると、心が凍りついていく気分になる。
「なかなかいい身体してんな」
「だろ? 婚約者がいるんだとかでまったく落ちねーけど。骨抜きにして俺が飽きるまで堕落させてやろうと思ってさ」
「名前は?」
「星野尾日奈子」
「……俺、帰るわ」
しまいには聞いたことのある苗字まで聞こえてきて、陽人はその場からすぐに離れたくなった。
すると他の男子たちも先ほどの会話に気分を害したらしく、陽人に疑問を持つことなく、何も聞かないまま陽人の後を追ってくる。
「とりあえず、木塚さんだけは守ろうぜ……」
「本当にな……」
ファミレスから出た後、自分の後ろで一致団結するクラスメートたち。
しかしその気持ちが一番強いのは、やはり陽人の方だ。
どんな男でも、人間じゃなくても、
小夜がちゃんと自分から好きになって付き合うなら、それでいい。
だが――他人の気持ちを無視し、
力を使ってでもどんなことをしても、自分の欲のまま相手の心をものにするような者たちにだけは指一本触れられたくない。
小夜には心から、笑っていてほしい。
それだけが昔も今も変わらない、陽人の願いだった。




