第6話 愛しい者たちのために
「……君との関係を真剣に考えたいから。恋人だから、君に話した。
でもねリーフェルト。本当に理由はそれだけなんだ。守ってくれとは言わない」
「……それは、僕が弱いからかい?」
「強くても弱くても、人は死ぬときは死ぬんだよ、リーフェルト。私は、私を守るために君に強くなってほしいと思わない。
この先命を狙われても大丈夫なように、君を守るために強くなってほしい。だから少しずつでいいから、真剣に考えてほしいんだ。私が君にとって、邪魔な存在にならないか。
……私はただ、君の目が覚めてしまう時まででいい。君に愛されている夢の最後まで、どうか君のものでいさせてほしい」
歩花に強請られ、リーフェルトは肌蹴た柔らかな肩に牙を立てる。
なるべく跡が長く残るように、深く、深く。
髪を乱すほどに自分の頭を強く抱きしめ、うわ言のように何度も痛みを求める彼女の声に、胸が締め付けられた。
傷口を優しく舌先で嬲ってやりながら、
リーフェルトは歩花の首の後ろにも、見せつけるほどに強く、赤く。牙の跡を刻み込む。
怒られるかと思ったが、歩花は小さな切ない悲鳴を上げただけで、彼の勝手な行為を咎めはしなかった。
現代の、多くの退魔師に愛用される『魔石』。
心を通わせた魔の者たちの力をそれに宿し、ただアクセサリーとして身に付けるだけで、誘惑や幻覚などの魔の力に溺れにくくなるだけではなく、特別な力を持つ者が力を底上げすれば、魔石に宿る魔の能力を少しだけ扱うことが可能となる。
加えて退魔の札と共に一日密封することで札に様々な能力を付着させることができたり、魔石そのものを武器と組み合わせることで、それがただの人間用の武器でも、退魔用に強化することもできるという非常に便利な代物だ。
<いいか二人とも。絶対に夢魔の魔石を手放すな。
持っているだけで夢魔たちが自分の意識に入ってくる感覚を感じ取ることができる。それを感じたら、直ちに話を逸らすなり、口を閉じるなりしろ>
翌日、昼休み。リーフェルト、歩花、陽人の三人は屋上で黙々と俯き弁当を食べながら、夢魔の魔石を通して意識だけで会話をする。
<彼らは頭の中まで読めはしないし、たまたまその時何かをイメージしていても、
よっぽど強く彼らに伝えたいと思わない限りそれを読み取られる心配はない。超能力者ではないからね。
本当は一人前の方の魔石を渡したいんだが、セノがいないとな……>
<一人前の魔石なら、何ができるの?>
<意識の侵入や、向こうから一方的に送られてくるイメージを遮断できる。……のと、他にも色々とな>
<俺使えんのか、それ>
<父さんに言われた通りに、修業を始めた日から毎日聖書に目を通してきたなら、陽人の中の聖の力はとうに僕の魔力の限界値を越えているはず。
ただ一つ心配なのは、魔石を買うお金が……>
<……>
金の話になった途端に、遠い目になっていく陽人と歩花。
その空気を察したリーフェルトが「僕が払おうか?」と申し出るも、
二人は即答でそれを拒否した。
<友人同士の高い金の貸し借りは駄目だ>
<え。別に返して欲しいわけじゃ――>
<それなら尚更駄目だって。お前、もうちょっと財布の紐固めろ>
<そうだぞリーフェルト。そういうことはあまり口にするものじゃない。親しい友人相手でもね>
<う、うん……わかった。でも、一つは僕のものになるんでしょ? 僕の分なら払っていいよね。まだ雪女さんのお守りの方も歩花に払ってないし。それで陽人君の魔石を買えばいいんじゃないかな>
リーフェルトの提案に、「あ」といった顔で陽人と歩花が顔を見合わせた。
その手があったか――そんな表情だった。
<まあ、それなら……>
<じゃあ決まりだね>
<おー……助かった……>
<……あれ。でも、歩花の分は?>
<同じ種族だからな。君たちに比べれば耐性はある。
半人前は魔力の量が乏しいし、完璧にすべての意識やイメージをブロックできるわけじゃないけれど、その分精神修業を十分積んであるから問題はない。
それに私が一人前の魔石を持っていても、意味はないんでね>
<? そうなの?>
<魔石も万能というわけじゃない。半人前が成熟した同種族の魔石を手に入れたとしても、力を使うのに必要な魔力値が不足しているから、一人前の能力に対抗する力を得ることはできないんだよ。
まあ、方法はないわけじゃないけれど……魔石とはまったく、比べ物にならないお金が必要になる。それなら、一人前になった方が手っ取り早いというわけさ>
<……>
<……>
その『手っ取り早い』方法を頭の中で想像してしまい、
思わず陽人はリーフェルトの方を見、リーフェルトは頬を染めて俯いてしまう。
歩花は男子二人の反応を見て顔をかっと赤らめ、
<大丈夫だ……! 安心しろ、しないから!>
<そ、そうだよね! まだ早すぎるよね、僕たち……!>
<勝つために君との関係を利用するようなことはしないし、したくない。
それとこれとは話は別だし……とても大切なことだから>
<うん……>
健全な男子として興味がないわけではないし、好きな女性となら尚更いつかは……とは思うけれど、すぐ事に及んでしまうような軽い仲にはなりたくない。
無論信じていたことだが、彼女も同じ考えだと改めて確認できて、安堵の息をリーフェルトは漏らした。
傍らでなんとも初々しいやり取りをしている二人の友人に、
陽人はパック牛乳を傾けながら、ぼやくように言う。
<……なんつーか。お前ら見てると和むわ。俺のクラス、既にちょっと爛れてっから>
<……それって、D組の夢魔たちのこと?>
<おそらく夢魔の誘惑効果だろうな。小夜は魔に狙われやすい体質である分、生まれつきある程度の抵抗力がついている上、常に私のお守りを持ち歩かせてるから大丈夫だが。
食人じゃなくとも、彼女の特異な匂いにとうに気付いていてもおかしくないはず。
興味を持たれても平気なように、小夜を守らないと。……いいな、陽人。特に同じクラスである君に、ヘタレてる暇はないんだぞヘタレ>
<なんで二回言うんだよ。わーってるよ、勿論……>
<まったく。君がぐずぐずしてるから私のほうが先に恋人を作ってしまったじゃないか。どうなんだ、そこ>
<……>
<まあいい。とりあえず私はその夢魔たちの顔をまだ知らないから、イメージを送ってくれ>
<……わかったよ>
陽人は頼まれるまま一度目を閉じ、夢魔のお守りに集中してクラスメートたちの顔を強くイメージすると、
歩花とリーフェルトの意識に送りつける。
廊下ですれ違った二人の外国人と同じ顔に、やっぱりと思うリーフェルト。一方、目を閉じそれを受け取った歩花は眉をひそめて、
<……大体わかったけど。彼のどこがリーフェルトに似てるんだ。
あざといわっるい笑顔じゃないか>
<だろ? ――あぁ、しまった……だろって言っちまった。
人の悪口あんま言わないようにしてんのに>
<その上堂々女遊びなど、気に入らんな。リーフェルトの方がずっと可愛げがある>
<……嬉しくないよ歩花。カッコイイって言って……!>
<ああ、ごめん。好感が持てるという意味で言ったんだ。君を馬鹿にしているわけじゃない>
弁当を食べ終え、片づけを済ませてから、
「とりあえず」と、そこで初めて歩花は口を開いた。
「各自、十分気を付けよう。いいな」
「おう」
「うん」
重要な話は一応終わったので、昼休みのチャイムが鳴るまで三人は、他愛のない話で盛り上がる。
(……やっぱ、助けてくれって言わねえんだな)
自分もまた狙われる立場なのに、歩花は陽人に何も言わない。
それが陽人にとって、少々寂しくはある。
今までずっと、歩花はインキュバスたちとの争い事など自分に深く話してくれたことはなかった。
彼女が純血の夢魔たちと交戦したことを話す時、いつも『半人前であることをからかう輩たちを締め上げてやった』くらいの、冗談交じりでさらりとした内容ばかりだったから、
大した問題では無いのだろうと思っていたのに。
(……師匠は、なんで旅に出てるんだ……?)
養母の茜も、夫と共に旅に出ている。
あの夫婦が、歩花が男子の格好をしているとはいえ、狙われている一人娘を平気で家に置いて仕事優先など陽人には信じられなかった。
まさか彼女は両親にさえ、その深刻さを伝えていないのだろうか。……そんな馬鹿な。
「? 陽人君。どうしたの、ぼーっとして」
「……あ? いや、別に」
話しかけてきたリーフェルトに、咄嗟にそれまで考えていたことを悟られぬよう誤魔化す陽人。
リーフェルトと話している歩花を改めて見つめていると、今は男子の姿ではあるが、心から楽しそうに、声を弾ませ笑っている。
本当に彼女は、リーフェルトのことが好きなのだろう。
陽人はパートナーであった過去からくる寂しさを振り払った。
(俺が、小夜を守らないと。しっかりしなきゃ駄目だよな……)
幼馴染として歩花の力になれないのは残念だが、その役目を負うのは自分じゃない。
元パートナーなら、歩花が自分の身を守ることにもっと集中できるように、自分が彼女と背中合わせに立って戦わなければ。
リーフェルトが歩花の傍についているように、自分が小夜の傍に立ってやるのだ。
小夜も歩花もリーフェルトも、ずっと皆が笑っていられるように。
誰とでも戦ってやろうと、陽人は強く決意した。




