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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
34/142

第4話 らしくない男

「……あらかじめ残念な知らせを伝えておくが。僕は純血の夢魔じゃないぞ」

「ンなん、混血だろうが、夢魔の血が入ってて子宮持ちならそれで十分だ」




 深夜の南実先高校屋上。

 歩花は大槌を構えたまま、彼のズボンを戒めているホルダーに収まる、一対のトンファーを一瞥する。

 どうやらあれが彼の得物なのだろう。



(用心するか。それとも構わず押した方がいいのか……)



 その前に―――と、歩花は退魔師の札を屋上の柵に何枚か投げつけた。


 念の為、外から敵の援軍が来ないように結界を張ったのだ。

 狐の札も合わせて使用し、外部から自分たちの姿は見えない。




「……これで本当の一対一だ」

「上等―――」




 ガートルードはそれでも、余裕の笑みを崩さない。

 本当に、端から一対一でやり合う気だったかのように。


 無論、最後まで油断はしないけれど。




「……そう硬くなるなよ。俺がもし勝っても、お前を無理にものにしようなんざ思ってねえよ。

 ただ、お前の力に興味がある」

「……すまないな。経験上、そういった科白は信用しないことにしている」

「そうかい。それならそれで構やしねえけど。

 さっきも言ったように、俺は他の男の名前叫んでる女を抱いて悦に入るような悪趣味じゃねえ。

 だが、だからといって手加減はするなよ。本気で来い」

「そうか。……なら、遠慮なく行かせてもらおう―――」




 そう言って大槌を振り上げると腰から羽を広げ、

 走るスピードを通常より加速させて、歩花は一気に彼との間合いを詰めにいく。


 歩花の瞳の中でガートルードは太腿のホルダーに手を伸ばし、トンファーを構える。

 どうやら正面から彼女を迎え撃つ気らしい。



 ならばガートルードの望み通りにと、上から下へ容赦なく大槌を彼目がけて振り下ろす歩花。


 その瞬間咄嗟に自分を守るため翳したガートルードの右腕に、

 トンファー越しながら、自分よりウェイトの低い女子の攻撃とは思えないほどのとてつもない負荷がかかり、彼は思わず息を詰めた。



(! これを片腕で受け止めた……?)



 歩花は表情を変えることなく、内心で素直に感心する。


 ヴァンパイアならともかく、夢魔がこれを受け止めるとは思わなかった。

 夢魔の身体能力自体、あまり人間と変わらないはずなのだが。



(だけど、余裕で受け止めたというわけじゃない―――)



 歩花は柄を掴む両手の力を緩めないまま、大槌に少し魔力を上乗せしてやる。


 そうすることで更なる負荷が彼の身体にかかり、

 ガートルードは片腕だけではその重みに耐え切れないと判断するなり、両腕を使って、ようやく持ち堪えた。




「……!」




 身体ががら空きになったところで、サキュバスの尻尾を、彼の体重を支えている足にこっそり刺しこんでやるつもりが、

 突如、自分の攻撃を受け止めていたガートルードが得物の下から消えたことで、

 彼に込めていたすべての力が行き場を失い、屋上のコンクリートに叩きつけられる。

 がくん、と歩花の視界が大きく揺れた。



 身体を退きながらトンファーで大槌を地面へ受け流しつつ、足を思い切り踏みこみ、ガートルードは飛び上がって宙を舞う。

 重みから逃れた彼は羽を使って身を翻し、体勢を整え歩花の大槌の上に足を着けた。


 それと同じタイミングで歩花が暗器をなるべく見せぬよう即座にサキュバスの尻尾を服の中にしまい込みながら、

 瓶を振り回し中身の聖水を彼に振りまくも、

 結局一滴も当てられることなく、大きく飛び退かれ距離を取られてしまった。




(……戦い慣れしているな)




 暗器を使うのを悟られてしまったのは、歩花の不覚。

 おそらく相手は、わずかな彼女の目の動きから足元に攻撃がくることを察したのだろう。


 低く見ていた。目の前の男を。

 格闘技の経験は、高校一年から部活でやっているだけ―――などという程度では決してない。




「……見た目に寄らず怪力なんだな」




 笑みを消し去って言うガートルードに対し、「まさか」と歩花は否定する。



「一般人とそう変わらんさ」

「嘘つけ」

「嘘じゃない。ただ、この得物が特別製なだけで、小学生でも振り回せる」



 歩花は大槌を肩に担ぎ上げる。



「なんだ。退魔師の武器ってことか」

「……君にはこれが、そんなに神聖なものに見えるのか?」

「違うのかよ」

「ああ、寧ろその逆だ。これは呪いだ。

 君たちには聞こえないが、人間が触れるとよく聞こえる。

 これに宿る、世への恨みや辛みの声がな」



 異質なる者の世への恨みを聞き入れながら、異質なるものと戦うこと。

 半分人間であったとき、それが彼女にとって退魔師としての誇りでもあった。

 ……彼らに耳を傾けようにも、もう何も聞こえないけれど。



「随分と悪趣味なモン使ってんだな」

「それはどうも。こちとら、生き延びるだけで精一杯なもので」

「そうかい。貧弱な恋人を持つと大変だな」

「……」

「俺が一生かけて守ってやろうか? 無論、条件付きだけどな」

「いらん。自害したほうがマシだ」



 即答で冷たく突っ撥ねてやっても、ガートルードは苛立つどことか、今までのものより深い笑みを見せる。

 どことなく、嬉しそうで奇妙だ。



「お前。名前は何だ」

「……知っているだろう。二階堂辰弥だ」

「そっちじゃねえ。女の方だ。まさか、本名もそれってわけじゃねえだろ」

「それは力ずくで聞き出してみたまえよ。

 腕っぷしには自信があるんだろう? え? お強い殿方クン」



 首を横に少し傾け、男子の顔で挑発的な薄ら笑いを浮かべて自分を皮肉る目の前の女は、どこまでも強気だ。


 ガートルードは楽しそうに「それもそうだ」と構え直し、

 次は彼の方から歩花に向かっていった。




 ―――飛行能力のみに頼らないスタイル。

 脚と羽を有効に使い分け、戦いを有利に運ぶ。夢魔にこんな者がいたとは思わなかった。




 ひゅ、と鋭い音をたて、風を切るトンファー。


 正に身体の一部であるかのように自在にそれを操り、

 歩花を攻撃するガートルード。


 歩花は自分を傷つけようとするすべての手を大槌の柄で防ぎ、

 その合間柄の先を彼の鳩尾に突き付けるも、容易くガードされる。



 頬に飛んできたトンファーの先から逃れ、今度は歩花の方から距離を取ろうとバックステップをとったが、

 それを許さないようにガートルードが羽で加速してきたおかげで、距離は離れるどころか狭まるばかり。



(……隙が無い。サキュバスの尻尾が使えない―――)



 麻痺毒さえ仕込められれば、もう勝敗は決まったも同然なのに。


 しかし、焦りはしない。

 それなら隙を作ればいい。




 歩花は外部から自分たちが見えないのをいいことに、一度女の姿に戻ってガートルードに手を伸ばし、

 ぱちんと指を鳴らして誘惑をかけた。



 同じ種族同士、半人前の術が成熟した者にかかることはまずないとされているが、

 固定した性別を持つ夢魔の誘惑は、半人前でも一人前と同等か、それ以上の効力を発揮する。



 これで一瞬でも足止めになるはず―――そう確信していたが。


 止まるどころか、眉一つ微動させることなくトンファーを繰り出してきた彼に目を見開き、

 慌てて体の一部のみを霧化させ、攻撃を回避する。




「っ、この―――」




 彼女の身体が変化したことに対するガートルードの戸惑いを見て、

 男子の姿に戻る余裕なく、本来の姿で大槌を振り回す歩花。


 ガートルードはすぐに冷静さを取り戻したかのように一旦後ろに小さく飛び退き、

 トンファーで大槌の重さを受け流した後、

 また一歩、軽いフットワークで歩花に近づく。



 大槌をかわされ大振りになった彼女は隙だらけだ。


 流石にここを叩かれるわけにはいかないと瞳を青く光らせて、続いて彼に対し金縛りを試みた。



「……!」



 相手の顔色から、彼が動けなくなったのを確認する。


 今度こそはと暗器を構え、

 ガートルードのがっしりとした身体にその先を向けた。





「ふんっ―――」





 歩花の耳に飛び込む、敵の気合いの声と、金属が擦れ合う嫌な音。

 弾き飛ばされコンクリートを転がる暗器に、まさか。そんなはずはないと、彼女は目を疑った。



 ヴァンパイアの能力が使えるとはいえ、自分のメインとなる術は夢魔のものだけ。

 たとえ人間の血を自分が吸ったとして、吸血鬼として一人前には決してなれない。

 だから自分の吸血鬼の技など、メインである夢魔の術に比べれば大したものではないとはわかっていた。


 とはいえ。

 力だけでヴァンパイアの金縛りを簡単に解くなどありえないことだ。

 誘惑も効かない精神力も合わせ、なんと、とんでもない男だろう。




(本当に夢魔なのか!? こいつ……)




 そうだ、間合いを取らなければと、気付いた時には遅すぎる。

 空へ逃げても同じだろう。




(間に合うか……)




 こうなればもう仕方ない。


 刹那の間得物に乗せられるだけの魔力を乗せ、ガートルードのトンファーより、早い攻撃を―――。



 焦燥から、彼の得物よりも、少し早く振りかぶった歩花の大槌。


 だが、彼女の得物が彼の身体に触れるより、

 ガートルードのトンファーが歩花のあばらに食い込む方が先だった。




「……はっ……―――」




 痛みに息を詰め、歩花の動きが止まった。


 ガートルードから伸びた長い脚が空を切り、大槌が自分の両手から離れたと思うと、

 そのまま真上に、顎目がけて掌底を打ち込まれる。



 嘘のように軽く宙を舞った歩花の身体は、

 背中から、堅く冷たい屋上のコンクリートに打ち付けられた。

















「っ……」





 痛みに顔をしかめ、歩花は呻く。


 軋むようなあばらの鈍痛に堪えながら、

 なんとか上体を起こした。




「……」




 ふと顔を上げれば、自分に差しのべられた大きな掌。


 無表情に自分を見下ろして、ガートルードは歩花が起きあがる助けをしようとしていた。




「……まだやれる」

「俺の勝ちだろうが」

「負けてない。子供も産まないよ」

「そうかよ……」




 歩花は悔しさにむす、とむくれたまま、

 彼の手を借りず、よろよろと自力で立ち上がる。




「やっぱ、そいつが本当の姿らしいな」

「……ぇえ? あぁ―――」




 男子の方に身体を戻すのをすっかり忘れていたと、

 自分の膨らんだ胸を見下ろし今更気付く。



「よく見りゃ上玉だな。胸もでかいし」

「……最低だ」

「ぁあ? 褒めてんじゃねーか」

「女を口説くなら、もっと品性を磨いて出直して来い」



 言い放ち、歩花は彼から背中を向けて辰弥の姿になろうと目を閉じる。


 しかし不意に腰を抱き寄せられたせいで、戻り損ねてしまった。



「戻んなよ」

「離せ」

「んじゃあ戻る前に、勝った褒美くらい寄越せ」

「僕はまだ戦えるから負けていないし、君にやるものは何もないな。離せ」



 眼鏡をくい、と中指で持ち上げてクールに言い放つ歩花。



 それでもガートルードは何も聞こえなかったかのように突如歩花の顎を空いた手で掴み上げ、

 強引に顔を近づけた。




「……―――」




 まだ彼の唇が彼女のものに触れるまで距離があると言うのに、

 引き攣った表情でガートルードは身を引いた。


 その一方の頬から垂れ落ちる、水―――否、唾液。



 流石に小さな青筋を額に浮かべて乾いた笑みを顔に張り付けている彼に対し、

 ガートルードに唾を吐きかけた当の歩花は、嫌なドヤ顔を見せている。




「若いのに耳が遠いのだな君は。

 ……君にやるものは、何もない。髪の毛の一本も」

「……ちっ」




 ガートルードは荒っぽく舌打ちし、

 仕方なく、腕でごしごしと歩花の唾を拭った。




「まったく。力ずくで奪いたくないだの、他の男の名前を呼ぶ女は嫌だの言っておきながらそれとは……。

 正々堂々とした好感の持てる奴に出会ったかと思えば、そういうところは夢魔だな」




 辰弥の姿にようやく戻り、退魔師の札を引き剥がす。


 屋上に貼られていた結界が解かれ、

 外部から二人の姿が見えるようになる。



「そんなにイイ男なのかよ。お前の彼氏」

「ああ。そうだな」

「……戦えねーのにか」

「同じ男である君にはわからん魅力だろうな」



 意地悪く笑い、

 辰弥は大槌を担ぎ上げて、異形の羽を腰から広げた。




「……待て」

「……なんだ。無理にモノにする気はないと言っておきながら、心変わりか」

「ちげぇよ。……D組の転入生には、精々気を付けるんだな」

「……?」




 屋上の柵から飛び立とうとした辰弥にかけられた意味深な科白に、

 辰弥は怪訝な顔をしてガートルードを見下ろす。


 ガートルードはポケットに片手を突っ込み、

 首に手を当て億劫そうに口を開き




「種持ちだ。どっちもな」

「……―――」




 彼の言葉に、歩花は眉を寄せて暫し黙する。



 それでも彼女は「そうか」と涼しげに応えて、




「教えてもらった礼に、今日君に負けたことを認めてやる」

「上からかよ……。……まあ、それだけ気丈なら平気だな」

「じゃあな、ランフランク。違うクラスだからあまり話すことはないだろうが―――」

「……おい。おい、名前。お前の本名は」

「……アユカだ。でもそっちで呼ぶなよ。一生な」




 さりげなくガートルードに対して本名を言い残し、歩花はその場から飛び去った。


 この先彼の存在は厄介かもしれないが、今まで出会ってきた他の夢魔たちほどタチは悪くないだろう。

 最後まで援軍や卑怯な手は使わなかった。

 正々堂々戦い勝利したことは、素直に称賛したい。


 寧ろどっちが人間側で、どっちが夢魔側かわからなくなったくらいだ。




(……まだ、修業不足ということか……)




 もっと強くならなければ。そういうことだ。


 ガートルードのD組の転入生たちの話を頭の中で繰り返し、一層気持ちを固める。




 種持ちということは、生殖機能持ちのインキュバスたちということ。

 できればバレないよう、上手くやり過ごせればいいのだが―――。







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