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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
28/142

第28話 winter vacation

 駅前でみんなと集まり、

 スケートに行ったり、ボーリングをしたり、ケーキをみんなで食べてプレゼント交換などしたりして、

 友人同士で騒いだクリスマス。


 恋人の歩花は普段通りの辰弥の姿だったけれど、

 十二月初旬にきちんとデートをした日のことを思えば、リーフェルトは少しも残念とは感じなかった。










『リーフェルト』





 嗚呼。デートの夜に自分の家のキッチンに立つ、エプロン姿の可愛い彼女。

 一緒に作って食べた、温かな晩御飯。




『リーフェルト……』




 帰りに駅で買ったケーキのお供にと、リーフェルトが淹れた紅茶を口にして、

 「美味しい」と綻ぶ彼女の優しい微笑み。



 最後はゆったりと二人ソファで寛ぎながら、

 彼女の柔らかな身体を抱きしめて肩に牙を立てた。

 最高に甘く、官能的なひと時―――。




『リーフェルト―――』




 「歩花さん、歩花さん」と何度も呼んでいたら、呼び捨てでいいだなんて彼女は言って。

 他人行儀は嫌だなんて、ちょっと拗ねた子供みたいに、血を吸われながら耳元で囁くのだ。



 なんてたまらないんだろう。

 なんてたまらないんだろうか。

 本当に彼女は、なんて罪な悪魔なのだろうか……!





「んー……あゆ―――」

「リーフェルト!! いつまで寝てんの! とっとと起きなさい!!」





 甘えた声で恋人の名前を口にした瞬間。


 くるまっていたシーツが引き剥がされたことを確認する前に、

 怒鳴り声がリーフェルトの胸倉を乱暴に掴み上げ、蕩けるような甘い夢の底から、彼を現実世界へと引きずり上げた。




「……あれ」




 気が付けば、眼前には嫌というほど見慣れている実姉の顔。


 寝ぼけ眼で辺りを見回せば、そこは人間界にある自分の家ではなく、

 実家の自分の部屋だった。




「『あれ』じゃないわよ。もう朝食の時間なんだから、着替えてらっしゃい」

「……はい……」




(そうだった……昨日、帰省したんだった―――)




 一昨日学校が終わり、冬休みが始まってすぐ実家に帰って来たのだ。


 大きな欠伸を一つ漏らして、

 自分の部屋を後にしていく姉を尻目にベッドから降りる。




「……」




 着替えている途中、白いシャツに腕を通した際、

 ふと、自分の手首を飾っている二つのお守りが目に入る。


 一つは、歩花が熱い夏を乗り切れるようにと作ってくれた、雪女の祝福が施されたもの。

 もう一つは紫の勾玉がついた、歩花の夢魔の祝福が施されたもの。




 夢魔の能力が使えない者でも、

 これに集中し魔力を込めれば、メールや電話をしなくても、相手に自分の心の声を届けることができるのだという。


 ただし届く範囲は限られているため、

 これを持っていたとしても、ヴァンパイアの世界にいる今、人間界にいる歩花と会話はできないけれど。



 クリスマスの夜。友人たちの目を盗み、こっそり彼女がくれたクリスマスプレゼントだ。

 肌身離さず、つけていようと思う。




(お土産、なにがいいかな。歩花)




 ヴァンパイアの世界にはクリスマスを祝う習慣がないため、彼女へのプレゼントをすっかり忘れてしまったのだ。

 歩花は「仕方ない」と笑って許してくれたけれど、

 自分もせめて彼女に、何か形に残るものをあげたい―――。




 身支度を済ませ、朝食を摂るためにダイニングへ向かう。


 頭を下げるメイドや執事たちを通り過ぎて扉を開ければ、

 父母や兄姉、甥や姪たちが、一斉にこちらに目を向けた。




「―――おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」




 父母や兄たちがにっこりと笑い、

 年下の甥たちも皆揃って、リーフェルトにきちんと挨拶を返した。









「リーフェルト。どうだ、友達とうまくやってるか?」




 朝食を摂っている最中。隣でスターチスが、こそっと弟に話しかける。



「ええ」

「そうか。で……告白したンか?」

「あ―――っ、は、はい……」

「どうだった」

「お、OKでした……!」

「やったな」



 自分のことのように嬉しそうな顔をして、兄もまた喜んでくれた。


 リーフェルトは自分とテーブルを挟んだ向こう側の席に座っているパルディローズの耳に、この会話が届いていないだろうかと少し気になったが、

 彼女はいつもの涼しい顔で食事を口に運んでいる。




「でも婚約したいってことになったら、自分の口でみんなに言うんだぞ」

「はい。それは、わかってます」

「それまで黙っといてやるから……」

「なんです? こそこそして」




 不意に、不思議そうに声をかけてきた母に二人は背筋を正し、

 「いえ。なんでも」と首を横に振った。



 その横で父がふと思い出したように顔を上げ、末の息子を見やる。




「ところでリーフェルト。お前を助けたという友達は、遊びに来ないのか?」

「……ええ。日本人は冬休みは家族で家を大掃除したり、親戚の家に行って新年の挨拶をしたりなど、色々忙しいみたいで」

「そうか」



 歩花や陽人たちも、誰かに年賀状を何枚書くとか、今年の干支がなんだとかプリンターが壊れたとかなんとか。

 本当は来てほしかったのだけれど、長期休暇はこの先まだ沢山あるので我儘を言ってはいけない。



「いつまでここにいられるんだ?」

「冬休み一杯、いようと思います。できるだけ力を付けなければ」

「そうだな。……パル、スターチス。頼んだぞ」



 ちなみに父から名前を呼ばれたこの二人は、主に兵士たちの教育係を任せられている。


 つまり、戦闘訓練はこの兄姉たちから教わることになる。



「ねえ、パパ。パパと叔父さんの訓練、見学していい?」



 スターチスの隣の席から、

 彼の娘が上目遣いで父親に問いかける。


 そんな娘にスターチスが「いいぞ」と微笑んでやれば、

 彼女は嬉しそうにおっとり笑った。



「ありがとう、パパ。私ももっと戦い方を勉強して、強くならなきゃ」

「ハハ。今以上に強くなっちゃうのか!」

「うん。オタクは悪い人に狙われやすいから」

「でも殺しちゃ駄目だぞ」

「大丈夫よパパ。今度の休日ね、ママとアニメイトに行くの。だから私がママを守ってあげないと」

「そうか。サルビアは良い子だな。でもあんまり無茶するんじゃないぞー」




(……サルビア。もっと強くなるのか……)




 親子の仲睦まじい会話を聞きながら、微妙な気持ちになるリーフェルト。


 サルビアは一見内気で可憐な、まだ半人前の十二歳だが、

 戦闘力は父親譲りのとんでもない有望株だ。



 しかも彼女がそこまで鍛えたがる理由はあくまで護身と購入した娯楽グッズを守るためで、

 それ以外の理由は特にないという。


 果たして彼女が母親と過ごすという休日。

 人間の方が大丈夫なのだろうかと、むしろそっちが心配になった。















 リーフェルトが帰省して、早くも三日が経過した。


 スケジュールの合間を縫い弟の相手をしているパルの怒鳴り声が、

 城の広い訓練場に響き渡る。




「力の使い方がまだなっていないわ。早く身体で覚えて」




 彼女の目の先には、壁に強く背中を打ち付けられ、床にへこたれているリーフェルトの姿。


 歩花にセンスが良いと褒められた服は無惨に鋭利な爪で切り裂かれ、ボロボロなった身体中から、赤い血が滲む。



 垂れた自分の頭から、ぽたり、ぽたりと床を汚していく体液を見つめながら、

 嗚呼―――そこからも怪我をしているのかと、他人事のように考える。




「立ちなさい」

「……っ―――」




 パルに命じられるまま、揺れる意識に鞭を打って、よろめく体勢をなんとか立て直した。


 その時噛み締めた唇がたまたま自分の牙に触れて、

 鉄の味が口内に広がっていく。



「さあ、どうするの、リーフェルト。

 そんなふらふらじゃ、私に勝てないわよ」

「……」

「馬鹿みたいに向かってくるだけじゃ駄目なの。

 力をコントロールして、霧になるなり変身するなり、どうにかして隙を見出そうとしてみなさい」



 両膝に両手を当てて身体を支え、

 リーフェルトは姉の言葉を耳でしっかり拾いながら、荒い息を吐き出す。




「三日よ。……“まだ”三日目じゃない。“もう”三日目なの。

 早く覚えなさい。また先に気絶する気?」




 満身創痍のこの状態で、嫌でも姉の科白がいちいち非情に聞こえて胸を抉る。


 心が折れそうな状況下。

 弟の様子を見ようと入って来たスターチスとストックが、揃って少し引いた声を出すのが聞こえた。



「やりすぎじゃないですかね」

「別に殺しゃしないわよン」

「いやあ、ちょっと休憩くらい挟んで……」

「そう、ストック。貴方、弟を殺したいの?」

「いやいや。そういうんじゃ―――」



 姉の問いに両手を前に出し、慌てて否定するストック。




『死なないために大切なことだから』




 兄姉たちの会話をぼんやり意識の隅で捉え。

 兄たちの心配を余所にリーフェルトは、

 二学期始まりの一日目、教室で出会った歩花の言葉をぼんやり思い出す。




『いや。八月の半ばに師匠が突然帰って来たっつーから、宿題速攻で終わらせて夏休みギリギリまでしごいてもらった』




(……そういえば、二人とも笑ってたな)




 あちこち身体を痛めていても。

 退魔師の仕事で怪我をしても。

 ゴールデンウィーク前のあの日、自分を助けるためにボロボロになっても。

 リーフェルトよりもずっと脆い身体をしているのに、二人ともなにもなかったみたいに笑っていた。


 歩花や陽人が自分を責めたことだって、一度もない。




(やっぱり、二人とも凄いんだなあ……)




 今みたいな、歩花の父親から厳しい修業を沢山受けて。

 自分が里央たちと対峙したときのような、死にそうな目にも何度も遭ったんだろう。


 すべては、木塚小夜という一人の少女を守るために。




(……そっか―――)





『僕が君を守れたら。好きなように、素直に生きていける?』





 そう自分が歩花に聞いた時、歩花は涙を零したけれど、

 あの二人は泣いてもらえないのか。



 感謝されないまま。

 気付かれないまま。

 労わりの言葉もなにもなくても、彼らはそれでいいと心から思っている。

 だから笑えるのだ。



 歩花も陽人も、見返りがないということで小夜を悪く言ったことさえ、一度もない。

 この先もそうやって、戦い続けていくのだろう。


 特に普通の人間である陽人なんて、あっという間に老いて死んでしまうのに。




「リーフェルト? 大丈夫か?」




 一言もしゃべらず、微動だにせず、ただ息をしているだけの弟が流石に心配になったストックが、

 気付けばすぐそこに立ち、自分の顔を覗き込んでいる。



 リーフェルトは奥歯を噛み締めて傷だらけの腕を上げて兄を制止すると、

 赤い光の灯った瞳で、強くパルを見据えた。



 そんな彼を見てその場にいた兄姉たちが皆、驚いた顔になる。





(……魔力の……コントロール……)





 帰省してからの三日間。

 何かヒントになる場面はないかと、パルとスターチスとの訓練を思い返してみた。


 そんな時。

 静かに、記憶の海底から浮かび上がったのは―――




『魔力が強すぎると微調節も大変だろうが、慣れれば何ということはない』




 ……歩花の声。




「……微調整―――」




 リーフェルトは背筋を伸ばして、

 両膝に置いていた自分の両手を見下ろす。


 手首には歩花がくれた雪女のお守りと夢魔のお守り。

 青い勾玉と紫の勾玉が訓練場の灯りを反射し、キラキラと光っていた。





『主に冷やしたい場所があれば、そこに魔力を集中させて……』

『ん……む、難しいね……』

『力の節約にもなるぞ。今のうちに慣れたら、今後いろんな場面で役に立つ』





 両手を軽く握り締めて、リーフェルトはゆっくり目を閉じた。



 ……身体全体を変えるなら。

 両手両足の爪の先。髪、体毛の毛先まで、全身に魔力が行き渡るように集中して……。





(身体を、霧に―――)
















 気が付けばまた、寝る時間でもない時間帯に、

 見慣れた自分の部屋の天井と再会してしまった。




 ……力を使おうとして、自分は一体どうしただろう。


 そこからどうも記憶がなく、

 リーフェルトはベッドの中で寝そべったまま、両手で顔を覆った。




「リーフェルト」




 部屋の外から声が聞こえ、ハッとリーフェルトは手の中で目を開く。


 扉が開いて現れた長兄に慌てて起きあがろうとしたが、身体があちこち痛んで顔をしかめてしまう。


 それを見た兄に「そのままでいろ」と言われて、結局、大人しくそのままベッドの中に留まった。




「アゼリヤ兄さん」




 アゼリヤは無言で、リーフェルトの傍らに腰かける。



「すみません。僕、また訓練中に気絶して……」

「何故俺に謝る」

「……それは、不甲斐なくて」



 いつか尊敬する兄の助けになりたいと、願っているのに。


 がっかりされていないだろうかと、とても不安になったのだ。




「……留学して随分、変わったそうだな」

「いえ。そんな」

「パルたちがそう話していた。

 今日の訓練中の霧化も、見事なものだったと」

「……―――」




 思いもよらない言葉に、伏せていた瞳を上げてアゼリヤに、リーフェルトはつい目を見張った。

 そんな弟の視線を長兄は表情を変えず受け止めて、すらりと長い脚を組む。




「……良い友達に巡り会ったそうだな」

「……はい。……はい、それは、もう―――」

「近いうちに、こちらに連れてくるがいい。

 友達の身の安全は保証してやる」




 頷いた弟を包んでいるシーツをかけ直してやり、

 アゼリヤは手をすぐに引っ込ませる。


 表情を大きく変えなくても、小さなことでも、兄はさりげなく自分たちに優しい。

 留学する以前とまったく変わっていない。

 父母も、姉弟も、この人も。




「今日はもう休め。焦ることはない。

 俺も暇を見つけたら、お前の訓練に付き合ってやる」

「……兄さんが、ですか……?」

「ディナーの時間になったら、メイドにお前を起こさせるように言っておこう」




 懐かしい声を聞いて。怒鳴り声を聞いて。優しさに触れ。

 嗚呼―――『帰って来たのだ』と、改めて思う。


 実家とはこんなに安らぐ場所だったのか。




(……陽人君と、歩花の言う通りだったな。帰って来て、本当に良かった)




 寝心地の良い柔らかなベッドの中で軋む身体を伸ばし、実家の安心感に甘えて瞼を閉じる。




(だけどどうしてるかな、今頃……)




 友人たちの声も。歩花の声も。

 困ったことに、感じている安らぎと同じくらい、たまらなく恋しかった。







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