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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
27/142

第27話 first date ~純情の定義~

 月日は少し経過し、十二月。歩花の部屋。


 そこには、いつも勉強をするときに使用する椅子に腰を沈めた姿勢のまま縄で拘束され、

 加えてアイマスクで視界を奪われた状態の“辰弥”の姿がある。



 部屋の静寂を破る、無機質で耳障りなアラーム音。

 瞳を開いた歩花の目から、光を遮断していたアイマスクが取り去られた。



「一時間だ」



 セノフォンテの顔が見えて、歩花は一度ふう、と息を吐き、

 ゆっくりと、酸素を肺一杯に取り入れた。



「慣れてきたな」

「……」



 身体の拘束を解いているセノが普段通りの明るい声でそう言うが、

 歩花の心は反面、複雑に暗く沈んでいた。



「毎度毎度、そんな顔をするな。仕方が無かろう」

「……わかってる」



 勝つために必要なことなのだ。

 それにもう、セノから送り込まれるイメージに、ほとんど何も感じないのだ。


 今更ニューゲームを選択するみたいに、

 まっさらな状態になりたいだなんて、叶うはずもない。





 一般的にインキュバスやサキュバスは生殖機能を持たないとされているのに、

 何故時々、生殖機能を持つ個体が存在するのか。


 その説は、夢魔の世界では有名な御伽話のように子供たちに語り継がれていたり、

 逆に堅苦しく、夢魔の学者たちが様々な説を立てたりなどしているそうだが、

 本当のことは未だに何もわかっていないのだという。



 ただそういった個体は段々少なくなってきているらしく、

 現代では固定した性別を持つインキュバス、サキュバスは子孫繁栄の象徴とし、重宝される。


 特に子供を産む能力を持つサキュバスは稀であり、

 夢魔の世界に住む貴族たちでさえ、血眼になって探し出し手に入れるほどの価値があるらしい。



(では何故、子供を産むことができるサキュバスがレアなのか。

 それは真剣な恋愛と家庭に憧れ、ほとんどの雌が他の世界に住み着くようになってしまったり、

 元々出産の負担に耐えられるよう身体ができていないためだったりと、それもまた、理由は色々とあると聞く)




 固定した性別を持つ夢魔である歩花も、

 幼い頃に誘拐されかけたのを始めに、過去何度か他の夢魔たちに狙われたものである。




 夢魔という種族そのものに、高い戦闘能力は備わっていない。

 ヴァンパイアなどと比べたら、大人と赤子以上の差があると断言してもいい。


 だが――戦うときも自らの美学にこだわったりするような、人間に極めて近い理性的なヴァンパイアたちとは違い、

 典型的といえるサキュバスやインキュバスたちの怖ろしさは、

 正々堂々もなにもない手段を無邪気に選び取り、自分の欲を果たそうとする種族性にある。



 夢魔たちは他者の意識に干渉する能力を持ち、

 他人の夢の中に入り、見る夢を操ることは勿論のこと。

 テレパシーのようにわざわざ口に出さずとも、伝えたい言葉やイメージを相手の意識に直接送り込んだり、

 相手の意識を通して、相手が目にしている情報、話している情報を得ることができる。




 そういった能力を駆使して他者の秘密や弱みを握り、自分の欲のままに人を操り、掌の上で転がす。

 または、敵が苦手とするイメージを相手の意識に送り込み、一瞬の隙を作ることで戦況を覆し、一気に突き崩す――。




 “悪魔”など。人間が勝手に作った言葉であるが、正に彼らは悪魔的だ。

 そんな彼らに対抗するには、まず基本的に、どんなイメージを頭に送り込まれても、揺らがないタフさが必要となる。

 だからこそ今日のように、従兄に協力してもらっているのだが。




 恥じらいも。初々しさも、恐怖も。

 こういったことを繰り返すほどに薄れて、段々動じなくなる。

 自分の身を守るためとはいえ、果たしてそれは、女としてどうなのだろう。


 確かに、戦いやすくはなったけれども。

 自分の心が順調に汚れていっているのを、嫌でも確認してしまう。



 まるで自分の中の“女”が、死んでいくような――そんな、複雑な感覚だった。










 セノを部屋で待たせて、今日のお礼にと、歩花は温かいココアを入れてやる。


 テーブルを挟んで向き合い、疲れた頭を糖分で癒していた歩花に、

 「そういえば」と、セノがふと顔を上げた。



「もうすぐ、世間はクリスマスだな」

「ん……? ああ」

「今年も陽人と、砂糖菓子の女と一緒か?」

「ああ。……そうだな。今年はリーフェルトや真優も一緒だな」



 既にクリスマスは、皆で遊ぶ約束をしている。


 だがその前に、一つ。

 毎年とは違う予定が入っていることは、言わないでおく。



 最後まで彼女はそれを胸に秘めたままセノに夕飯を与え、いい時間に別れた。




 その後。自分の部屋に一人残された歩花は、

 タンスを開け、クローゼットを開け、

 数少ない女物の服をすべて引っ張り出して、ベッドの上に並べて唸った。
















 十二月初旬の日曜日。


 約束の時間、午前十二時十分前。待ち合わせ場所に指定した駅に辿り着いたリーフェルトは、

 彼女がまだ来ていないか、辺りを見回し確認する。



「――あ」



 特徴的な、紫がかった髪。

 だが、小さな鏡で髪や顔をチェックしているために、こちらの到着には気付いていないようだ。



 近づいて声をかけてみると、びくりと、歩花の身体が大きく跳ねあがった。




「あっ……あ、あう――」

「――」




 真っ赤な顔で変な声を上げて、リーフェルトを見据える歩花だったが。


 リーフェルトは彼女の様子を不審に思うより、まず、歩花の薄く化粧がかった睫毛と唇に目を見張る。

 次いで、ふわりとした女の子らしい服。マフラー。手袋。

 フェイクファーのついたブーツまで、まじまじと眺めた。




「おっ、おかしいか……?」

「……! う、ううん、ごめん。

 驚いた。すごく大人っぽくなって」




 きちんとメイクをしているところは、勿論初めて見る。

 化粧で少し成熟して見えるのに、

 子供みたいに両手で膝上丈のスカートを握りしめ、もじもじと恥ずかしそうにしているギャップが、またなんとも愛らしい。



「……君は、服のセンスが良いから。

 せめて君が一緒に歩いていて、恥ずかしくない格好をしなければと……」

「……そんなこと」



 別に気にしないのに。

 ただ、自分とのデートのために頑張ってくれたのかと、それだけでもう胸が一杯なのに。



(両想いなんだなあ……)



 その実感に胸の内で感動しつつ、リーフェルトは歩花と肩を並べて歩き始めた。





 “まず、デートをしてみよう。”


 歩花がそう提案したのが、今日のデートが決定したきっかけだった。


 ただし最初は、婚約・プロポーズなど、そういった堅苦しい言葉から離れ、

 まず学生らしい付き合いをしながら、お互いの相性を確認してみたらどうだろうか―――と。



 歩花曰く。

 『リーフェルトが自分を真剣に想ってくれていることは充分伝わっているし、信じているから、

 肩の力を抜いてお付き合いしてほしい』とのこと。





(……僕らしくない提案だけどな――)




 リーフェルトを近くに感じながら、胸の内で歩花はぼやく。


 『慎重になったって、駄目になるときは駄目になる』。

 そんな陽人の言葉に、心の中でどこか、納得してしまったことが少し悔しくもあるが。



 しかし。そういう考えも大事なのだろう。

 高校生から交際を始め、そこから結婚まで漕ぎつけられた人だって、全員結婚前提で付き合っているかといえば決してそうではないわけだ。


 縁があるか、ないか。ただそれだけの話なのだろう。




(私なんかが、彼と縁があるとは思わないけれど。

 私だって一度くらい、素敵な人とデートくらいしてみたかったし……)




 シフトが合わなかったため、残念ながら文化祭でお店を一緒に回ったりはできなかったけれど。

 一緒に踊ったあのひと時だけで、もう充分だと、リーフェルトへの想いに諦めをつけるはずだったのに。




(いいのかな……)



 駄目だ駄目だと、自分に言い聞かせてはいるのだが。




 切符を買い、二人で電車に乗り込む。




「そうだ。お昼ご飯はイタリアンで良い?」

「……ん? うん……」

「一時に予約してるから。そこで食べよう」

「わかった」




 相槌を打つも、一抹の不安が歩花の胸に過ぎる。


 それは一体どういう店なのだろう――と。


 この前彼の兄姉にご馳走になったような高級飲食店だとか、そういう類だととても困るのだが。




(私のバイト代、追いつくんだろうか……)




 早くも頭を抱えたくなった歩花だった。









 電車を降り、

 リーフェルトは彼女を連れて、駅から少し歩いた場所にあるイタリアンレストランに向かう。



「地図とか見なくていいのか?」

「うん。一昨日の夜、飛んで場所確認したから」

「……そうか。すまない、貴重な睡眠時間を」



 迷うことなく辿り着いたそこは、あらかさまな高級店とはかけ離れた、小さくカジュアルな店。

 中に入ればなかなかの賑わいで、

 客層は自分たちのようにカップルで来ている者たちや、女性同士の集まりが多いようだった。



 案内された席に座り、テーブルに置いてあるメニューを手に取る。




「……えと。よかったかな。こんな場所で……」




 改めて見ると、やはり並んでいる数字の桁が少なすぎるような気がする。


 これで歩花が機嫌を損ねたりしないだろうか。



 落ち着かない様子で恐る恐る問いかけたリーフェルトに、

 だが歩花は、「いや、ありがとう! 助かった!」と、強い声で強く彼に頷きかける。



「そ、そっか……ならいいんだけど……」



 それでも、無理をしてはいないだろうかと疑ってしまうリーフェルト。

 本当に彼女が本心でそれでいいと言うのなら、それでいいのだろうけれど。






 ――尚。以下は、リーフェルトが陽人にデートのことを相談した時の会話である。





『デート?』

『うん。だから歩花さんの好きな食べ物とか、そういうの教えてほしいなって』

『んー。そういやあいつパスタとか好きだったな。イタリアンとかそういう系でいいんじゃね?』

『イタリアンかあ! いいね!』

『ピザとかチーズとかそういうのも結構好……あ、おい。

 お前、この前のふぐみたいな高い店はやめとけよ』

『? 高いお店??

 ……じゃあ。陽人君にとって、いくらくらいが丁度いいの?』

『……満足するまで食べて、高くて一人三千円くらいか?』

『三ぜ……っ、それは、安すぎない??』

『俺たち学生はそれが普通なんだって』

『あそこのふぐのところだってそんなに高くなかったよ?』

『――……』

『……なに? その目。どうしてそんな目で僕を見るの?』

『……お前の兄貴姉貴に連れてってもらった、あそこさ。

 あの後ネットでそこのページ覗いたら、桁が想像以上でビビッたよ……』

『……えー……』





 それほどふぐの店が高くなかったと言った時の陽人の冷めた瞳が、

 今でもリーフェルトの記憶に焼き付いている。




(陽人君が言うほど、僕って世間離れしてるかな?)




 他愛のない話で暇を潰している間も、こんな安い店で大丈夫なのだろうかと考えていた彼だったが。

 料理が来るとぱっと目を輝かせ、パスタを美味しそうに頬張りだした彼女を見て、

 リーフェルトの不安はたちまち頭から消え失せる。



「美味しい?」

「うん。ここ美味しいな! ありがとう!」



 すぐに会話を忘れて食事に夢中になりだした歩花がなんとも幸せそうで、

 「ああ、ここでよかったのだ」と、リーフェルトは頬を緩ませた。




 割り勘にしたいと言う歩花の主張をなんとか曲げて店を出た後、

 二人は映画館に向かい、恋愛映画を一緒に観る。


 笑う所で笑い、入り込むところで入り込み、

 今話題になっている洋画を前に、食後だということで、一つの大きなポップコーンを歩花と分け合う。



 口寂しさに手さぐりでポップコーンを掴もうとしたとき、

 それとは明らかに違うものに触れてそちらを見やれば、それは隣の彼女の指先で。



「……」



 目がかち合うと、慌てて目を逸らされた。






(……初心(うぶ)さなんて、とうの昔に捨てたはずなんだけどな)




 一方。歩花は手を引っ込めたまま、

 リーフェルトに触れた自分の指先の熱さにひどく戸惑っていた。



 女として嬉しいやら。しかし夢魔たちに狙われる立場として悲しいやらだ。




(私もまだまだ、修業が足りんらしい――)








 映画観賞後はビリヤードで目一杯遊び、

 歩いている途中、歩花も行きたい場所があると言うので一度駅に向かい、デート場所を変えることに。



 駅近くで最近できたと話題の鳥カフェに入り、

 色とりどりのインコやオウムたちを見るなり、子供のようにテンションを上げるリーフェルト。


 鳥のラテアートが施されたコーヒーや、鳥の形をした茶菓子を見てはしゃぐ彼を見て、

 歩花も目を細めて笑う。




 そこでゆったりくつろいだ後は近くのゲーセンで三十分ほど過ごし、

 暗くなり始めたところで、クリスマスのイルミネーションに彩られた街並みの中を、適当に歩いてみることにした。




「綺麗だね」

「……ああ」




 たまたま遭遇した、

 きらきらと人工的な光に包まれた大きなクリスマスツリーに、一緒に見惚れる。


 ヴァンパイアがクリスマスの飾りものに感嘆するなんて、よくよく考えればおかしいことかもしれないが。




「……ね。本当に良かった?」

「ん?」

「デートの日。クリスマス当日は陽人君たちと過ごすから、仕方ないとして。

 もう少し近い日でも良かったんじゃ――」

「ううん。なんかどこか行く度に並んだりとか、煩わしいし。

 バイトのシフトも、なかなか思うように取れなかったから」

「そっか。それなら仕方ないね」




 日本ではみんな、恋人同士でクリスマスを過ごすのが一般的だというけれど。


 友達だけでわいわいと楽しむのも、それはそれでいい。




 お互いが隣に居るのを意識して、

 暫し、言葉を交わすことなくツリーを見上げていたリーフェルトと歩花だったが。




「あっ――」




 ふと目線を下げた先に偶然見てしまったそれに、

 歩花は思わず小さな声を上げて焦り出す。



 あたふたと耳まで真っ赤にしてたじろぐ彼女の目線をリーフェルトが追ってみると、

 たまたま近くにいる一組のカップルが抱き合い、可愛らしい口付けを交わしているのを発見した。




「かっ……帰ろう……!」

「? 帰るの?」

「夜ご飯。あんまり遅くなっても、駄目だろう」

「まあ。そうだね……」




 ちなみに夜ご飯はリーフェルトの家で、二人で作る予定になっている。


 ハートを飛ばしている、自分たちとそう年端の変わらない恋人たちを肩越しに見やってから、

 リーフェルトは歩花の背中に首を捻った。



 別に、過激に身体を触り合っているというわけではないのに。




(歩花さんって案外純情なんだな……)




「行くぞ。早く帰ろう」

「うん」




 ちょっと遠ざかった彼女の後を、早足でついていく。









 一方の歩花。

 彼女は彼を視界に入れつつも、また口づけを交わしたカップルたちをちらりと一瞥し、




(……爛れた男女関係を見るのに耐性のあるサキュバスだからこそ!

 リーフェルトが道を踏み外さないように、私が軌道修正してやらなければ……。

 リーフェルトは、純情だからな……!!)




 彼の目をなるべく汚さぬようフォローしていかなければと、

 使命感にも似た、妙な決意に胸を燃やしていた。












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