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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
17/142

第17話 summer vacation 2

 市辺真優の別荘に行く約束をした八月一日。


 待ち合わせ場所に止まっている車の前で手を振っている真優に、

 手を振り返すリーフェルトたち。



「……相変わらずすげえな」



 広々としたスマートな外国車に五人が乗り込んだ後、ぼやく陽人。


 車の価値はよくわからないが、陽人たち曰く、真優の家は相当裕福らしい。



 荷物を真優の家で働いている者たちに預け、

 長時間座り心地の良いシートで雑談をしたり、微睡んだりと快適な時間を楽しむ。



 ようやくたどり着いた別荘は、今までリーフェルトが日本で見てきた家と比べてなかなかの邸宅で、

 真優に連れてこられた客人四人は、つい驚嘆の息を漏らした。














 空は快晴。陽射しも絶好調。


 先に水着に着替えて女子を待ちながら、陽人とリーフェルトは他愛のない会話で暇を潰す。



「お前……マジ真っ白だな」

「はは。本当だ。全然違うや」



 クラスメートからよく自分の肌の白さを指摘されるが、陽人と並ぶとよくわかる。

 普段他人にここまで肌を晒さないので、今日まであまり自覚はなかったのだが。



「日焼けしたら痛いんじゃね?」

「どうだろう。日焼け止めは一応塗っといたけど―――」



 そこでリーフェルトの声を遮った、女子特有の高い声。


 陽人たちがそちらに目を向ければ、

 水着姿の小夜と真優が「お待たせ」と笑って現れる。



「……」



 小夜の、淡い桃色のビキニ。


 しかも今回は試着の時のように、上の方だけではない。

 露出したすらりと細い生脚に釘付けになっている陽人に、「見すぎ」と真優が横からつっこんだ。



「……歩花さんは?」



 確かに小夜も真優も可愛らしいが、リーフェルトにとって一番見たい本命が何故かこの場にいない。


 あのワンピース姿がとても愛らしかった、清楚な彼女はどこへ。


 すると真優はニッコリ笑って



「ああ。あの子ね。水着が見当たらないって言ってて」

「え?」

「マジかよ……」

「だからたまたま、うちにあったサイズピッタリの水着渡しといた。

 ちょっと遅れるけど、ちゃーんと来るから。

 それまで、パラソルの下で浮き輪でも膨らませて待ってましょ」

「なにが“たまたま”……!? “うちにあったサイズピッタリ”!!」



 今度は、「絶っっっ対、嘘だ!」と随分立腹した調子の声が、既にこの場に揃っている四人の視線を集める。



「私の水着どこへやったの!」

「知らないわよ。貴方が忘れたんじゃない?」

「昨日も今朝もちゃんと確かめたよ! 入ってないわけがない!」

「多分確認して仕舞い忘れちゃったとか、そういう感じっしょ?」

「……でもこの水着、タグついてたよ? 今日私に着せるためにわざわざ買ったっていう、何よりの証拠じゃない……?」

「……やっば。タグ取り忘れてたか……」

「やっぱり真優じゃないか! 僕のワンピース返せよぉ!」



 悪戯っ子のように舌を出し他所を向いている真優を指差し怒る歩花。



「上下別れてなきゃいいんでしょ?」

「もっと違うデザインあっただろ……!?」



 そんな彼女が身に纏っている水着は、確かにビキニのように上下隠すべきところだけを覆っている、というものとは違う。

 寧ろ布は多い方で、色も黒単色なのだが。



「似合ってるわよ、そのモノキニ。ねー小夜?」

「う、うん……すごいねそれ。でも似合ってる……」



 スリムな小夜とは対照的に肉感的でありながら、

 退魔師として日々戦い鍛えられているためか、締まるところはしっかり締まっている。


 そんな身体が、惜しみなく開かれた水着のサイドから大胆に晒され、

 ビキニとはまた違った意味で色っぽい。



 なんだろう。清楚なワンピースは見られなかったけれど―――紳士として恥ずべきことなので、心の中で言うけれど。




(……ありがとうジーザス。

 僕は貴方が大嫌いですが、今日は貴方に感謝してもいい……)




「ハイハイ。じゃあみんな揃ったとこだし、目一杯遊ぶわよ!」



 ワンピースを諦めきれない歩花をかわし、真優は手を叩き声を張り上げた。







 太陽の光に反射し、キラキラと輝く海に向かって皆が駆け出す。


 海水の冷たさに目を細めて、

 各々が泳ぎ、競争し、水をかけ合い、熱い日射しに火照った体を涼ませる。

 


 泳ぎの苦手なリーフェルトも、みんなに泳ぎ方のコツなどを教えてもらいながら、

 浅い場所で並んで一緒に水に潜るなど、それなりに海水浴を一杯に楽しんだ。




 皆で輪を作り、何回落とさずトスできるかというゲームを二回ほどしてから、

 陽射しに疲れたリーフェルトはパラソルの下で休み、水分を摂る。


 友人たちは青空が良く似合う、眩しいほどの笑顔で声を弾ませて、

 夢中でビーチボールを目で追いかけている。



 その様を遠巻きから眺めていると、

 きりのいいところで歩花が輪から離れ、リーフェルトが休憩しているパラソルまで歩いてきた。



「隣で休んでいいか?」

「うん」

「私も、少し疲れた」

「ちょっと待ってて」



 リーフェルトは一度隣に腰を下ろした歩花に背を向け、

 クーラーボックスを手繰り寄せ、そこから新しいスポーツドリンクを取り出し手渡してやる。


 歩花は彼に礼を言いそれを受け取ると、早速キャップを開けて乾いた喉を潤した。



「楽しんでいるか?」

「うん。楽しいよ」

「ならよかった。でも無理はするなよ。

 あまりつらいようなら部屋に戻ってもいい」

「ありがとう。無理はしないよ」



 普通の人間のように、長時間遊べたらいいのだけれど。

 なかなかこの身体、思うようにいかないものだ。


 折角友人たちと時間を気にせず遊べるのに。勿体ない。



「夜もなかなか楽しいものだよ、日本の夏は。

 夏祭りも花火大会もみんな夜だ。みんなでやる花火も風流だし、いい思い出になる」

「……夜―――」

「明日の夜はみんなで花火をするそうだ。きっと楽しいよ」



 歩花の科白に、

 リーフェルトの目は、そのまま陽の下で友人たちといっぱいの笑顔を浮かべている少女の方へ。



「……木塚さんは、大丈夫なの?」

「……確かにここは緑は多いが。想像していたほど森の中というわけじゃないから、襲われる可能性は低いと思う。

 とはいえ油断はできないから、やることをやったら速やかに帰る。それで十分だ」



 ここに来る、八月一日を迎える少し前。


 リーフェルトが真優の別荘に一緒に行くことになったのを、

 あまり快く思っていないような歩花の反応がそれまで気になっていたが、その時、ようやくその疑問が晴れた。


 話があると家に訪れた歩花が、自分に話してくれたのだ。

 陽人と歩花が退魔師になった理由。

 自分が学校に入ってから感じていた、小夜の“甘い匂い”のこと。



 人間には時々、魔を引き付けやすい体質の者がいる。

 引き付けると一口で言ってもそれは色々あるそうで、ただ心を通わせる力だったり、逆に嫌われやすく、何をしたわけでもないのに執拗にさまざまな魔から命を狙われたり。

 例えるなら、まるで人が生理的に他人を好きになったり、嫌悪したりするような―――そういったものに近いという。


 木塚小夜という少女もまた生まれつきそういった体質で、

 彼女の場合、人を食らう魔を特に引き寄せやすい。


 だから人の血を飲むヴァンパイアであるリーフェルトが今まで感じてきた“甘い匂い”は、普通の人間にはまったくわからない。

 ヴァンパイアと同じように、人の身体、またはその一部を喰らい啜る者たちだけが感じ取ることができる。




『小夜は産まれた時から、この街に住んでいたというわけじゃない。

 もっと山に近く、人の人口もここほど多くはない田舎だったそうだ。

 山っていうのは、魔にとって住み心地の良い場所でね。小夜の両親がまだ赤ん坊だった彼女を守るため、こっちへ越してきたというわけさ』

『じゃあ、木塚さんのご両親は……』

『ああ。知らないのは小夜本人だけだ。

 僕の家の隣にやって来たのは偶然だろうけどね。小夜の両親は僕や母の正体を知っているし、僕や陽人が彼女のために戦っているのも知っている。

 街中でも、時々彼女の匂いに惹かれてやってくるのもいるから。

 たとえ近づいた理由がそうじゃない魔だったとしても、そいつが食人なら、なるべく不安の芽は摘み取っておきたいから積極的に動くようにしてる』




 歩花の言葉が、頭の中に蘇る。


 そして市辺真優はその事実を知る、数少ない協力者。




「釘を刺すが、君は絶対手を出すなよ。これは私たちの戦いだからな」

「……うん」




 人間には人間の、ヴァンパイアにはヴァンパイアの立場がある。

 きっと彼女が自分をそうやって突き放すのは、前に陽人から聞いた、そんな話のようなことなのだろう。


 リーフェルトに守るべき自分の立場があるように、

 彼女たちにも、守るべき自分の立場がある。



(二人は凄いな―――)



 誰かのために命をかけて戦う、なんて。

 人間は自分たちヴァンパイアよりも寿命は遥かに短い上、とても脆いのに。


 自分は戦ったことなんか一度もない。

 ましてや、誰かのために命を投げ出す覚悟なんて持ったこともない。



 正直、羨ましい。


 どれだけ力を持っていても、どれだけ強靭な身体を持っていても、

 心がまったくそれらに追いついていない自分が、とても小さいように思えた。


















 夜、十一時。


 夢魔の祝福が施された魔石をフレームに埋め込んだ眼鏡をかけ、

 月が出ていない、どんな暗闇でも見通せる力を借りながら、

 聖書を片手に、陽人は光のない深夜の浜辺に立っている。


 Tシャツにハーフパンツというラフな格好に、

 複数のウエストポーチ、ボウガンやらを体中に装備して。



 無論、とっくにパートナー解消となった現在、隣に歩花の姿はない。

 彼女は彼女で、一人の退魔師として、別荘内で小夜を守っている。



(市辺もいるしな……)



 退魔師ではない彼女も、親友として小夜の傍に寄り添うことで戦おうとしている。


 それを意識する度、自分の周りの女子とはなんと肝が据わっているのだろうと、つい苦笑を漏らしてしまう。



(ここで男の俺が頑張らねえと、格好つかねえなあ―――)



 そこで微かな気配を察知し、

 即座に頭から、悠長さを容赦なく斬り離す。


 振り返ったその先には、大きな影。

 ぎょろりとした大きな目玉を一点、陽人だけを見据え、じっと様子を窺っている。



 人の言葉を話せたとしても、和解は無理だろう。

 何故ならそいつは明らかに、自分を生餌としか見ていない。陽人は本能的にそう悟った。



「“牛鬼(うしおに)”ってやつか……」



 不気味に闇に揺れる、歪な巨体。

 頭部は牛そのものであるにも拘らず、首から下は丸みがかった身体をしており、

 そこから生えた複数の脚から、蜘蛛を連想させる。


 脚をうごめかせ移動しこちらににじり寄ってくる牛鬼に、生理的な嫌悪を感じて鳥肌が立つ。

 無意識に陽人は自分の眉を寄せた。



(俺、蜘蛛とか苦手なんだけどな……しゃあねえ)



 陽人は敵を見据え、手元の聖書を開く。




 きっと。籠の鳥のようにどこにも行かせず、小夜に最低限の行動だけを強いたほうが彼女は安全なのだろう。

 だけどそんなことはさせたくない。


『普通の人間として生まれたのなら、普通の人間の女の子らしく友達を沢山作って、笑っていてほしい』


 そんな、小学一年生の頃から退魔師の修業を始め、ずっと傍で小夜のことを守り続けてきた歩花のいつかの言葉。

 自分もそう思うから、陽人も自ら退魔師になりたいと志願した。



 明日もまた、小夜が笑っていられるように。

 自分が彼女の安全であるように。





 いよいよ牛鬼は耳障りな雄叫びを上げ、

 本能のままに陽人を喰らおうと大きな口を開け、襲い掛かって来た。


 ビリビリと耳の奥が震える感覚に顔をしかめつつ、

 陽人はそこから飛びのき、砂浜に突っ込んだ牛鬼の顔面目がけて札を投げつける。


 牛鬼の顔面に貼りついた歩花の義母、二階堂茜の魔の祝福を受けたその狐の札は、

 狐火となって闇を照らし、牛鬼の顔を焼いた。



 確かな隙を見て陽人は、聖書に集中し引き出した聖の力から光の矢を三本具現化させる。

 三本の内、二本は燃えるそいつの頭、もう一本は、狐火の熱でのけぞったそいつの巨体へと飛んでいく。



(―――どっちも貫かねえ)



 分厚い皮膚で覆われていそうな頭部を見て、

 蜘蛛のような胴体なら容易く貫けるかと考えたのだが。


 一度に出す矢を複数にした分、矢一本の威力は低いとはいえ、見た目以上になかなか堅いようだ。

 傷が浅い。


 しかし、効いていないわけではない。

 弱点を探すか。

 それとも地道にやって削っていくか―――とはいえ。聖書から引き出せる力も限りがあるので、そのやり方を選べばどこまで持つかわからない。



「っ……とぉ!」



 狐火から立ち直るなり、牛鬼は陽人目がけて何かを吐き出す。

 液体か―――何か、唾液のような。


 まっすぐ飛んでくるその軌道を読み避けると、

 砂浜に付着したそれはしゅうしゅうと音を立て、触れたものを溶かしていく。



(―――毒か)



 立て続けに口から発射される毒液に臆することなく、瞬き一つせず動き回りかわしていく。

 一度体勢を崩すも、聖書を毒液に向かって投げつけることで防壁を作り上げ、すべてを浄化させてしまう。



 歩花とパートナー解消し、一人で仕事をこなすうちできるようになった技だ。

 力の消費が激しいので、あまり使いたくはないのだが。



(あの毒厄介だな)



 あれでは迂闊に近づけない。人間である自分には飛行能力も何もないので避け続けるのも限界がある。

 ならば、毒を封じてしまうまでだ。



 陽人は白い水風船を大きめのポーチから取り出し、

 四つ、牛鬼の頭上に空高く投げ上げると、

 普通の白い札が巻きつけられた四本のダーツを二本ずつ両の指の間に挟み、風船を狙って投げた。



 水風船に貼られた札には狗(いぬ)の妖怪の魔力が宿っている。

 特に正確に狙いを定めなくとも、予め記憶させておいた水風船の中の、聖水の匂いに引き付けられる。そうそう外れることはない。



 空中で割られた風船から溢れ落ちる聖水は、そのまま牛鬼の身体に降り注ぐ。

 人間にとってはただの水に等しいそれは、魔の存在からすれば強力な酸だ。陽人の期待通り、牛鬼は悲鳴を上げてその巨大な口を開いた。



 すかさず陽人は背中に装備していたボウガンを取り出し、また違う場所から青い狗の札と組み合わせた矢を取り付ける。

 次いで青い水風船を取り出してタイミングを計り、ぱっかり開いた牛鬼の口内にそれを投げ入れると、

 狗の札と組み合わせたボウガンの矢を放つ。


 ちなみに青い札に記憶させているのは、聖水の匂いと、百円均一ショップで買える練り香水を二種混ぜ合わせた匂いだ。


 青い札の矢は人工的な匂いを辿り、口の中の痛みに最早叫ぶことしかできない牛鬼の喉の奥へと飛び込んでいった。



「口の中からならいけるだろ―――」



 聖書を開き、白い光に包まれて、頭上に先程よりも大きな光の矢を具現化する陽人。


 彼はまともに呼吸もできず喘ぐばかりの牛鬼に一瞬悲しい顔をしたが、

 すぐに表情を引き締め、牛鬼の身体を眩い光で容赦なく貫いた。



 陽人の瞳の中、穴の開いた巨体が妖しく輝き出す。


 若き退魔師が眉をひそめた瞬間、恐ろしい速さで陽人に牛鬼の魂が襲い掛かるも―――。




 畳んだ聖書を横に薙いで、パァン!と音を立て、陽人は悪しき魂を易々弾き飛ばした。



 憑依する対象を失った牛鬼は、その場から静かに消えて逃げていった。













「……大きくなってしまったんだな」



 陽人の意識を通して彼の戦いを見届け、どこか寂しげに呟いた歩花に、「親じゃないんだから」とつっこむ真優。


 彼女たちがいるのは小夜の部屋。

 しかし小夜は歩花の魔力によって、深い眠りについている。蝋燭の灯りがついていようと、多少大きな声で話そうと、目を覚ますことはない。



 リーフェルトは勿論、この場にはいない。

 自室で何も知らされず就寝し、今日一日の疲れを癒している。



「昔と比べたら、本当に強くなった」

「……私中学からしか知らないけど。泣き虫だったんだっけ?」

「……そこまでじゃないけどね」



 陽人の両親は幼い頃から共働きで、いつも家にいなかった。

 我儘を言って、目一杯親子喧嘩できる環境に恵まれなかったせいか、

 陽人は泣き方も怒り方もわからない、自己表現の苦手な少年だった。


 からかわれても、何をされてもされるがまま。

 いつも俯いている、孤独な小さな背中。




 ―――しかし。




「ああ。でも……」




 そのときふと頭に蘇った、一つの光景に歩花は笑みを漏らし。



「やっぱり、何も変わってないかもしれない」

「……それ。結局成長してないってこと?」

「いや―――」



 それもまた強く頭に焼き付いている、まだ色鮮やかな記憶。


 傷だらけの小さな身体でいっぱいに両腕を広げて、

 頭から血を流し倒れている幼い小夜の前に立つ、幼い陽人の姿。




「ふふふ」

「?」




 怪訝な顔で真優が見つめる中、

 歩花はにっこりと、上機嫌な笑顔を浮かべた。
















 同刻。リーフェルトの自室。




「……―――」




 ふと目を覚ました彼の瞳は―――赤い。


 リーフェルトはそのまま上体を起こすと、

 片手で鼻ごと口許を覆い、大きな窓越しに、夜の闇に覆われた外の世界に目をやった。














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