第13話 満月のダンス
二人のダンピールの手に握られた純白の凶器が、満月に反射し神聖な光を帯びてきらりと輝く。
それに負けないほど、
曲線をなだらかに描く彼らの絹糸のようなプラチナブロンドがふわりと靡いて、芸術的なほどに美しい。
異形の羽を広げ、自分を取り囲むダンピールたちに歩花は大槌の柄を構えて、
二つの気配に意識を集中させた。
少女―――美央の手から二つのチャクラムが離れ、歩花の身体を襲った。
歩花は真上に飛んでそれらを避けたが、チャクラムは弧を描いて彼女を追跡する。
「理不尽にヴァンパイアにされた者まで狩るつもりはない。
だけど、これ以上邪魔されるわけにはいかないの。……大人しく倒れて頂戴」
予想以上の速度で、チャクラムは歩花を追いかける。
(逃げ切れんな……)
半人前だったとはいえ純血であるリーフェルトの羽でも逃げきれなかったのだから、
冷静に考えれば半分サキュバスである自分の羽では逃げきれないのは当然か。
複雑な飛行をしてチャクラムを撒こうと試みるが、
失速することなど知らず純白の円はじわじわと距離を縮めてくる。
歩花はそれならばと急下降し、
電柱を背後に一旦減速しギリギリまでチャクラムを引き付けてから急上昇した。
切れ味を見せつけるがごとく電柱に深く突き刺さり、動きを止めたチャクラムを尻目に顔を天に向けた直後歩花は、
ヴァンパイアの胸に杭を打ち付けるように、降下しながら歩花の身体に鎌の柄の先を突き付けようとしている少年―――里央と目が合った。
避けきれない。
そう悟るなり、歩花は瞳を青く光らせる。
それは子供騙しの、インキュバス、サキュバスたちの常套手段。
相手の意識に、直接“イメージ”を叩きつける。
すると彼女の身体を貫こうとした里央の手が止まり、途端にしどろもどろ瞳を泳がせた。
それは一秒にも満たない僅かな動揺だったが、歩花と彼の立場を逆転させるには十分な間だった。
(狐の札―――)
歩花はすかさず札を三枚取り出し、里央の顔目がけてそれらを投げつける。
札はオオスズメバチ、大ムカデ、ゴキブリへと変化し、彼の顔に貼り付いた。
悲鳴を上げて完全に動きを止めた里央の背後に回り、
持っていた大槌を振りかぶって歩花は彼の身体を打ち抜く。
ただし、障害が残らない程度に加減して。あばらと右腕は折っておいた。
(……まずは一人)
地に叩きつけた後追い打ちに、眠り針を飛ばして里央に打ち込んでおく。
これで暫くは大人しいだろう。
歩花は意識を集中させて美央の意識に同調する。
そして白い拳銃で自分を狙っていることを察知するなり、即座に身を翻し弾丸を避けた。
「……良い武器だ」
ヴァンパイアを殺す武器。そしてそれは聖の祝福が施された分他の魔にも有効だ。
加えて彼らはダンピール。ヴァンパイアが得意とする金縛りも超音波もコントロールも効かない。
だが―――あの少年ではっきりわかった。
ヴァンパイア以外の魔との戦闘経験がまるで浅いのだ、彼らは。
そして今の歩花には、ヴァンパイアの術に対して耐性がある。
銃の軌道上に乗らぬよう縦横無尽に飛び回り美央をかく乱する歩花。
一方。美央は二発ほど弾を無駄にしたところで無闇に引き金を引くのを止めた。
……どうやら彼女に意識を寄せてみたところ、歩花の飛行のパターンを読んで確実に撃ち落とす方法を取ったようだ。
銃口をどこに向けているのかこちらから見えるので、そんな手段を取ったところで自分には通じないのだが。
ことごとく銃弾をかわしていると、
痺れを切らしたように美央は銃を下げて、回収したチャクラムを投げつける。
歩花はこの時を待っていたと内心ほくそ笑み、双眸を妖しく輝かせる。
美央の目の先には、チャクラムを確認するなりかく乱をやめて背を向ける敵。
敵は羽を広げて必死に逃げ惑うが、
二つのチャクラムは執拗に敵を追跡し、油断する暇を一瞬たりとも与えない。
美央は瞳を青く光らせてチャクラムに手を伸べ、
得物を巧みに遠隔操作することで歩花の逃げ場を潰すと、容赦なく、相手の身体を深く切り刻んだ。
―――はずだった。
「―――!! !?!?!?!?」
手を伸ばした格好のまま、何が起こっているのか理解できないといった顔になる美央。
歩花の幻覚のイメージ通りなら、
彼女の目には今、自分のチャクラムで服を散り散りにされて艶やかな悲鳴を上げている金髪巨乳の美女でも映っているのだろう。
アイドル系統のいたいけな美少年にするかどうか迷ったが、
明らかにダンピールの女子が少年と同じく堅物で品行方正そうだったので、これでも十分効くだろうと予想したら本当に効いたようだ。
歩花は呆然と我を忘れている美央の背後から、
Tシャツの下から忍ばせていた暗器を蛇のようにしならせ、彼女の背中にその先端を突き刺した。
呆気なく崩れ落ちる、その細い身体。
見る見るうちに飛ぶ力さえも失って落下していこうとする美央の身体を片手で持ち上げ、
たまたま目に入った知らないマンションの屋上へと彼女を運ぶ。
「安心していい。傷自体は浅いものだ。強力な麻痺毒だから、暫くは動けない」
「っ、貴方……なんて姑息なの―――!?」
「それが悪魔と呼ばれてきた種族のやり方さ、お嬢さん。
ピュアな人は嫌いじゃないが、堅物すぎるのも考え物だ。……まあ。人のことは言えないかもしれないが」
美央を下ろすと、歩花はその傍らに立つ。
「さて。身体は動かせなくても口は利けるだろう。
僕を狩る気はないと言いながら、僕のもとに来たのは何故だ?」
「……ゴールデンウィーク前に仕留め損なったヴァンパイアを始末しに外に出たら、
別の獲物の気配を見つけたので追ってきただけよ」
「成る程。標的はあくまでリーフェルトか」
「貴方が人間に危害を加えるというなら、話は別だけど。
どうせあのヴァンパイアだけを狙っても、この前のように邪魔をしに来るのでしょう?」
「……」
「……正気じゃ無いわ、貴方たち。何を考えているの?
貴方という被害が出ても仲良くして。狂ってるわ」
「……正常な頭ならそう思うだろうな。僕自身でさえ驚いている」
少し、あのリーフェルトという少年に毒気を抜かれてしまったようだ。
彼があまりにも真摯なものだから。
あんなに無邪気に自分に微笑みかけるものだから。つい、ヴァンパイアということを忘れそうになる。
「貴方、この先も彼と仲良くしていくつもり?
お友達だからといって、彼が人間に危害を加えないなんて保証はないのよ」
「まあ、そうだな」
「……わかっているなら、もう私たちの邪魔をしないと、ここで約束して。
人間の血の味を覚えたヴァンパイアは厄介なの。貴方も悪魔祓いならわかるはずでしょう?」
「……そうだな」
詰め寄られて、歩花はどうしたものかと暫し考える。
彼らの言っていることは真っ当。
反省しているから、友人だから大丈夫だなんて馬鹿げた回答だ。
寧ろ退魔師としてイカれたことをやっているのはこちらの方だ。
(いや―――陽人の方がまだ、“できる限りの和解”ということで筋が通っている。
半端なのは僕の方か……)
自分なりに、リーフェルトをどうしたいのか。彼とどうなりたいのか。
無論彼を良き友人と思ってはいるし、これからもそういう関係でいたいが―――
退魔師として。血を与えた者として。それなりの責任は負わねばなるまい。
歩花は思案を巡らせ、彼らが納得して退いてくれる、“責任の取り方”を考える。
長いようで短い間を経て、ようやく彼女は美央の方へ瞳を戻し、
「では。僕が責任を持とう」
「……? どうやって」
「彼が少しでも不審なことをすれば、ヴァンパイアとしての彼を僕が殺す。
これならどうだ」
動かない身体で人形のように座ったまま項垂れながら、美央は眉をひそめた。
「友達なのでしょう? できるの、貴方に」
「命を取るわけじゃない。力を封じて無力にする。それなら問題はない」
「……! そんなことが―――?」
「別に世のため人のために退魔師をやっているわけじゃないが、彼を一人前にしたのは僕の判断だ。
君たちに迷惑はかけないように努めるよ」
「……待て」
美央のものではない、第三者の声が不意に耳に入る。
歩花は怪訝な気持ちでそちらを振り返るなり、瞳をわずかに見開いて「これは驚いた」と口を開いた。
折れたあばらを左手で抑えながら、よろめき現れたのは里央だった。
眠り針をしっかり打ち込んでおいたのに、まだ動けるとは予想外だった。
「……見事だった。君の戦いぶり」
「……」
「星野尾里央と、星野尾美央だ」
差し出された左手を眺め、歩花は少し迷った末、その手を取る。
「……?」
掌になにか、薄っぺらい異物を感じて歩花は左手に握らされたものに目を落とす。
「アドレスだ。パソコンのだが、携帯にも着信するようになっている」
「……」
「成熟したヴァンパイアは厄介だ。彼の力を封じるとき、もし手を貸してほしいなら知らせてくれ」
「……何のために」
里央は歩花の横を通り抜けて美央の傍らまで歩き、
腰を落ち着かせて重たい身体を休ませる。
「僕たちの敵ではないんだろう?」
「……味方でもないが」
「十分だ。あと、またよければ僕の相手をしてほしい。またいつか戦ってみたい」
骨折の痛みのせいか、額にうっすらと脂汗を浮かせて顔を上げる里央。
それでも気丈に唇の端を吊り上げ、歩花を見据え名前を尋ねる。
「二階堂辰弥だ」
「そうか。二階堂―――覚えておこう」
「……救急車くらいは呼んでおいてやる」
すると里央は「助かる」と妹の肩に凭れ、
歩花が見守る中、深い眠りへと落ちていった。
「……ということになった」
「なったじゃねえよ」
学校の屋上。
芸術の授業を二人してサボり、昨夜の出来事をすべて話し終えたばかりの歩花に、陽人が少々刺々しい口調で返した。
「仕方がないだろう。それくらい言わなければ彼らは納得してリーフェルトから手を退かなかった」
「……だからって」
「じゃあリーフェルトがこの先人間を襲わないとあの兄妹に言い切れるのか? 君は」
「あいつはそんな奴じゃないだろ」
「……それは私たちだから言えることだろう。真っ当なのは向こうなんだぞ。
はっきりどうするか言っておかなければ、また来るぞあの兄弟」
「っ、じゃあ。昨日話したのは建前で、実際には何もしないってことか?」
「それはリーフェルト次第だ。私たちを失望させる動きをしなければ自由にさせればいい」
「……」
「……人を信じるのもいいが。少しは最悪の状況を想像しておけよ陽人。
君は、一体何のために戦ってきたのか。それを忘れるな。何かがあってからでは遅いんだぞ」
「わかってるよ……」
「ヴァンパイアも食人なんだからな」
「っ……わーってるよ!」
授業終了のチャイムが鳴り、歩花は眼鏡を中指で直し、一足先に教室へ向かう。
陽人は彼女の背中を見つめながら、
歩花への想いを切なげに語るリーフェルトの表情が頭に過ぎり、なんともいえない複雑な気分になっていた。
学校から帰った後。
リーフェルトはソファに寝そべりながら、
スマホのメール新規作成画面を見つめていた。
宛先には、陽人のアドレス。
長い間悩み抜いた末。
リーフェルトは身体を起こして、意を決し、画面に触れて文章を組み立てた。
『退魔師の仕事って、どんな感じ?
―――僕が陽人君や歩花さんのパートナーになるって、難しいかな?』




