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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
11/142

第11話 インキュバスの男

 夜の八時半。笹永家、陽人の自室。



<どうだ? 最近調子は>

<ああ。なんとかやってるよ>

<そうか。だけど大きな怪我だけはするなよ>

<おう、サンキュ。……俺一人でもやれるって、師匠にちゃんと証明してみせるから>

<ああ。お前なら大丈夫だ。……あと、日曜日。家に来るのを忘れるなよ>

<うん>



 宿題を終えたばかりで勉強机に座ったまま陽人は、

 歩花の力の祝福が施された数珠のブレスレットに意識を集中させ、

 彼女と頭の中で会話していた。



<じゃあ。陽人、また学校で>

<……歩花>

<? なんだ>

<……いつもありがとう>

<……礼なら未来で良い。

 小夜との子供を沢山作って、先の長い私の孤独を癒してくれるんだろう?>

<! っ、あいつとじゃなくったって、いいだろ?

 小夜にだって、選ぶ権利くらいあるし>

<『自分が選ばれなくても、彼女が選んだ男と、彼女が幸せならそれでいい』。か?>

<そうだよ……何度も言ってんだろ……>

<まったく。君は本当に……―――>

<……>

<……>

<……?>



 科白を途中で切られ、黙ってその続きを待っていた陽人は、

 時間が経っても発言しなくなった幼馴染に疑問を抱く。



 すると歩花はようやく口を開いたかと思えば、



<また、いきなりこいつは―――>



 呆れたような調子の声が最後頭に届いて、それきり、何も聞こえなくなった。














 日曜日夜七時半過ぎ。


 食事を終えたリーフェルトが皿を洗っていると、

 水音の間にインターホンが聞こえて顔を上げる。



(……こんな時間に?)



 水を止めて暫しリーフェルトは、出るか無視するか考える。


 出たところで、どうせ勧誘か何かだとは思うが……。




<……ああ! 成る程。皿洗い中か!>

「……っ」

<インターホンが聞こえなかったのか? それなら仕方ないな!>




 無視しようと決めて、再び水を出そうと蛇口に手を伸ばしかけたその時。


 直接意識に叩きつけるような笑い声の混じった男の声が響き渡り、

 驚きで身体がびくりと強張る。



 ……耳から入っているわけじゃないこの声。

 これは夢魔の術だ。


 しかし、自分が知っているあの物静かな囁き声ではない。

 まったく別の少年の声に、リーフェルトは眉をひそめた。




<リー、リー……リー、なんだっけか。駄目だ、人間界の俳優とか漫画のキャラしか思い浮かばんな。でもそれっぽい名前だったはずだきっと。

 まあ……なんでもいい。ちょっと開けろ>


(……なんだこの不審者―――)


<笹永陽人と二階堂歩花を知ってるな? 怪しいものじゃないから安心しろ>




 友人二人の名前を出されて、家の外で待機しているであろう男に疑いを持ちつつも、

 洗っていた皿を置いてとりあえず玄関まで足を運ぶ。


 躊躇ったが、

 まずはチェーンを付けたまま出てみることにした。



 そこには長髪長身で気品溢れる顔立ちをした、年上らしい男が立っている。


 しかし、どこかおかしい。ある意味怪しくもある。

 怪しいとは言っても服装などは至って普通だが、ただ一つ。その背中に大きなごつい鈍器を背負っている。

 見る限りハンマーのようだが―――。

 



「! お! お前が吸血鬼だな? 歩花の血を吸って一人前になったという―――」

「……あの。ちょっと。そんな大きな声で―――」

「俺はセノフォンテ。セノでいいぞ。インキュバスで今年18になる!」

「やめて。いいから、ちょっと入って」




 誰が見てるかもわからないのに、

 恥ずかしげもなくグッと親指を立ててリーフェルトと自身の素性をはっきり口にしたセノを慌てて部屋に招き入れる。


 相手には知ったことではないが、

 人外だということがバレて、ここで生活できなくなったらリーフェルトが困るのだ。



「おお、人が良いなお前! だがそんな気軽に人を上げるのは感心せんな! もっと気を付けろ」



 自分の胸中など微塵も察することなく肩に手を置いてきたそいつを正直追い返してやりたかったが、

 陽人と歩花の友人であるということを思えば無礼な真似はできない。



 リーフェルトは前を歩いてリビングに通しながら、セノに背中を向けているのをいいことに、思いきり苦虫を噛み潰したような顔をしていた。






「どうぞ」

「おお。すまないな」



 鈍器を部屋の壁に傾けて置き、ゆったりとソファに座っているセノの前に紅茶を出すリーフェルト。


 洗い物が増えるのは嬉しくなかったが、客人は客人だ。



「ふむ。この紅茶悪くないな。どこで買った?」

「……駅近くで」

「そうか! 明日帰る前に少し寄ってみよう」

「……。……それでセノさんは、何故僕の家に? 陽人君たちの友人とのことですが」



 セノは「ああ」と言って紅茶をテーブルの上に一度置いてから、

 またリーフェルトと向き合う。



「陽人と歩花からお前のことを聞いているうちに、会ってみたくなった」

「はあ」

「ヴァンパイアの王子らしいな。名前を聞いていいか?」

「……リーフェルト・アップルガースです」

「おお。リーフェルト。

 タメ口でいいぞ、リーフェルト。俺は別に王家でもなんでもないからな!」

「……」

「久々に休暇を取って旅行ついで会いに来てみたが、

 あいつがヴァンパイアとのハーフになっていたとは、いや驚いた」



 他の種族とはいえ、王家の人間だと知っていて尚堂々とタメ口で喋るセノに対し微妙な気持ちになるのは、

 果たして自分の器が小さいせいなのかとリーフェルトは心の隅で惑う。


 更にこの男。何とも親しげに歩花のことを呼んでいる。

 それが少しだけ、面白くない。



「セノさんはどこにお住まいなんです?」

「夢魔の世界だな」

「……歩花さんとは、どういうご関係なんですか?」

「今は友人だが、近い未来、主人と専属メイドになる予定だ」

「―――……は……あ……??」

「これを言うと、メイドじゃなく執事だと毎回訂正されるがな」


 

 ニヤリと唇の端を吊り上げて、楽しげにセノは笑っている。



 一方。リーフェルトは『主人と専属メイド』などという単語によって、何を頭の沸いたことをと一瞬思ったが、

 その次に吐かれた科白に言葉を失っていた。


 それは、歩花がこの男に将来仕えることを受け入れていることとイコールになる。



 何の冗談かと、長いようで短い間、頭の中が停止する。




「夢魔にとって性別なぞ、大して重要な要素ではないが、やはりちゃんとしたメスならスカートだ。リーフェルトもそう思わないか?

 俺も固定した性別を備えたオスとして、やはり世話をしてもらうならメイドのほうが―――ああ、そうだ!

 この前二人と遊んだ時陽人の家でゲームをしたんだが、罰ゲームであいつにコスプレさせた写真があるんだ。見るか!?」

「……えと」

「そうか、見たいか! 一つ前の携帯のデータなので画質は悪いが―――お、あった」




 「見てみろ!」と突き出されたスマートフォンの液晶画面。

 半ば呆然としたリーフェルトの目に、少し荒い画像が心の準備も待たず飛び込んでくる。


 そこにいたのは、安っぽい生地のメイド服に身を包む、紫がかった髪の少女。

 耳まで顔を真っ赤にして、伏し目がちにスカートを抑えこちらを強気に睨んでいる。


 知らない髪色と目つきをしていても、かけている眼鏡は自分が知っているものと同じ形、同じフレームの色をしていて、

 すぐに彼女だとリーフェルトは理解する。



 ずっと会いたいと思っていた少女。


 やっとその姿を見ることができたのに、不思議と嬉しいと思えない。

 ……こんな形で出会いたくはなかった。




(友人……? なのに、インキュバスの専属メイド……?? 主人?? 固定した性別……)




「昨日と今日の写真もついでに見せてやろう!

 美味い店や面白い店に連れて行ってもらった時の写真だ。

 これは○○に行った時の写真で、これは××の―――」



 見たいとは一言も言っていないのに、セノは気安くリーフェルトの隣に移動し、

 一枚一枚ご丁寧に、いつどこで撮った画像かを説明する。



 それは行った場所の建物だったり食事だったり、

 陽人だったり、歩花だったり、陽人と歩花二人の写真もあった。


 驚いたのは、そこでも歩花はなんとワンピースなど着ていて、きちんと女の子の格好をしていた。



 時の流れをが経過し画像が変わるごとに、セノと陽人二人だけのもの。たまに三人で無理矢理小さな画面に収まっているもの。

 セノと歩花が二人で写っているもの―――。



「それでこれが、パフェを食べに行ったとき」

「……っ!」



 セノが操作し見せられた一枚の画像に、

 後頭部めがけて鈍器を振り下ろされたような衝撃が走る。



 歩花がパフェを乗せたスプーンをセノの口許に近づけ、身を乗り出した彼がそれを食べようとしている画像。


 音を立てて凍りついていく、自分の心。



 恋人じゃない? これでも??

 まさか恋人でもないのに、こんなことを簡単に―――



 だが、次のセノの発言で一気にリーフェルトは硬直から覚めることとなる。




「この画像、歩花のパフェがあまりに美味しそうだったのでどうしても一口欲しくてな!

 しかし一口くれと言ってもくれんから、記念写真に食べさせてもらう“ふり”だけと頼んで、

 陽人がシャッター切った直後、そのままスプーンに噛みついてやった」

「―――」

「するとあいつ、リンゴみたいに顔を真っ赤にして『わあああ!!』とか言い出してな!

 あの時のあいつの焦りようは傑作だったよ!」

「……っ、なんだよ、それ! セクハラじゃないか!!」

「ハハハ!! 本当あいつはまったく男を知らんから、たまらん♪」




 歩花の反応を思い出しているのか、片手で片目を覆い大笑いしているセノをリーフェルトは信じられない目で見下ろす。




「あー、動画で撮ってもらえばよかったな! お前にも見せてやりたかった!

 かなり面白かったぞ、あいつの―――」

「……なんで―――」

「……??」

「インキュバスの執事とか、メイドって。……夢魔の世界で?

 だって、君とはただの友達なんだろう? それに彼女は今まで、人間界で育ってきたのに」



 一体どういった事情でそうなったのか、どうも納得ができない。


 もう人間ではなくても、それを隠しながら人間として、生まれ育った世界で生きていけばいい。

 そうじゃないのか。




 そう問うたリーフェルトに、セノは心底不思議そうな目で彼を見る。




「何を言ってる? この先いつまでも、あいつが人間として生きていけるわけがないだろう」

「……上手く生きれば―――」

「上手く?? どう生きるというんだ?

 普通の人間とは違う長い時を生き続ける人間を、誰が『人間』として彼女を見る?

 理解者である父親も陽人も砂糖菓子の女も皆いなくなる。

 狐の母親も高い霊力を備えているとはいえ、ああまで身体に負担をかける変化を繰り返せば短命だろう。

 それに俺は別に、あいつを悪く扱う気はない。主従関係になったとしてそれは表面上であり、友人であることはその先も変わらん」

「変わらない……?」

「発言したこと一つ一つ拾ってつっこんでくれる律儀な女だ。傍に置けばきっと楽しい。

 あいつも孤独を感じることなく、退屈せずに生きられる。

 それに固定した性別を持つサキュバスはレアなのでな。木の葉を隠すなら森の中だ。俺様の地位を持ってすれば、ある意味では人間界より安全だろう」




 自分が今まで考えたこともなかった、歩花の未来。


 それは想像より重く、自分に衝撃を与える。



 押し黙りセノの瞳を見つめ返すことしかできなくなったリーフェルトの深刻な表情に、

 彼はなにかを察したかのように目を細めた。



「お前。ひょっとしてあの女に惚れているのか」

「……っ」

「ほう、図星か。

 無理矢理あいつのスプーンに食らいついた話であからさまに不機嫌になったのも納得がいったわ」



 見透かしたような目でリーフェルトを見据え、ニタニタと人の悪い笑みを浮かべるセノ。



「で。あの女の将来をとやかく言うくらいだ。お前はあの女とどうなりたいのだ? 嫁にもらう気か?」

「……それは……っ」

「そこまでの気持ちはないわけか。……ふむ。

 ではヴァンパイア王子の三年間のアバンチュールといったところか……!

 ハッ、面白い! お前はヴァンパイアなのに、インキュバスのようだ!」

「っ!? な―――」



 セノの軽口に、リーフェルトの頭にカッと血が昇る。


 それでもお構いなしにセノは笑い声を上げて



「しかしお前勇気あるな!

 命知らずというかなんというか。もし二階堂左一(さいち)が知ったら塵も残らんだろうな」

「違う……! 僕は、彼女をそんな目で見たことなんか一度もない!!」

「では胸に秘めておくのか?

 それなら立派なことだが、もし付き合ってみたいと少しでも思っているならなかなか鬼畜だぞ。

 仮にも命の恩人なのだろうに」

「誰と付き合おうと勝手だろ!? 立場があるんだよ、僕にだって!

 成人すれば、婚約の話だって必ず来るし……」

「……それはお前の都合だろう? あいつの都合は―――」



 セノは何を思ったか、そこで自ら言葉を切り、

 数秒考え込むように瞳を横に逸らす。


 思案が終わるとソファの背凭れに自分の片腕を預けて脚を組み直し、

 心なしか一段静かな調子で形の良い唇を割る



「お前。家族構成を言ってみろ」

「……家族……?」

「両親と、兄弟は何人だ」

「……兄が三人と、姉が一人―――」

「なるほど。お前、いざという大事な局面で、親兄弟に逆らったことないだろう」



 幼さの残るリーフェルトの瞳が、大きく見開かれた。


 それを見たセノの表情から、ほんの刹那だけだが、笑みが消え去った。



 セノは再度今まで自分が浮かべていた笑みを即座に作って、



「お前。沢山ある国の中で、何故こんな小さな島国に来た? 自分の意思か?」

「……っ」

「そうか。せいぜい親に言われたか、兄弟に言われたか―――ああ、それも図星か。

 自分の意見を競わせようとせず、面倒事を避け流れてきたから、

 大方許されない恋でもして親兄弟に反抗し、精一杯戦っているつもりになりたいわけか?」



 動揺のあまり沈黙を守り続けている若いヴァンパイアを容赦なく双眸で捉えて、

 セノはついに吐き捨てた。



「つまらん男だ、インキュバス以下だな。

 ……身分なき夢魔とて性別がないとはいえ、自分の頭で考え相手を尊重し、自分の意志で結婚もできる。

 自分たちなりに愛情だって注げる」

「……」

「なんだ。悔しそうだな? では駄々っ子のように騒いでみるか、『歩花を嫁にする』と。

 やってみろ。ここでどれだけ喚こうが怒鳴ろうが、お前の決心などたかが知れている。

 それを最後まで貫くことはできまい。お前は親兄弟はおろか、“ただのお友達”である俺にも一生勝てん」




 「興が醒めたわ」とセノはソファから立ち上がり、壁に傾けて置いていた大槌を、来た時と同じように背中に背負った。




「……忠告しておくが、あの女腕っぷしはかなり強いぞ。

 半端な覚悟で触れれば人間界の地を死ぬまで這い続ける人生まっしぐらだ」




 リーフェルトの家の窓を無断で開け放ち、

 セノは楽しげに白い歯を見せて微笑みかける。




「お前にあいつの将来をとやかく言う資格はない。

 火遊びも大概にせんと三年間その姿でいられる保証はないぞ。

 ……それでは。良い留学生活を」




 そう言い残してから背中の羽を広げ、

 リーフェルトを一人残しセノは飛び立った。

 











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