第10話 意識
時は遡り、リーフェルトが辰弥の本名を知ったその後の話。
並々皿にぶちまけられていたポテトチップスが半分以下になったあたりで、
ふとリーフェルトは他愛ない会話の間、思い出したように顔を上げた。
「そういえばずっと思っていたことがあるんだけど、聞いていいかな」
「なんだ?」
「退魔師って、具体的にエクソシストとどう違うの?
明らかに日本的な呼び名だけど、歩花さんや陽人君は聖水や聖書を使って戦うんだよね?」
辰弥―――もとい歩花は「ああ」と言って、眼鏡を中指で持ち上げた。
「異なるのは呼び方だけだよ」
「? 呼び方だけ??」
「この現代ではね。日本に外国の宗教が入ってきたように、日本社会がグローバル化しているように、魔と戦う術もまたグローバル化しているというわけだ。
人間たちが様々な国を行き来できるようになった現代では、外国だけを行動範囲にしていた魔の者たちも人間たちに混ざって流れてくる。
たとえば僕の母や、君をゴールデンウィーク前に襲ったダンピールたち。そして君のようにね」
「……日本だけの、退魔師の技術だけではもう追いつかない。ってこと?」
「その通り。だから様々な宗教の流派を取り入れ、どんな魔にも対処できるよう工夫を凝らさなければならなかった。
それが今の僕たちの戦い方に繋がっている。
たまに古いやり方だけに拘り、聖水だの聖書だの使用することは日本宗教の冒涜だと異を唱える者たちもいるらしいけどね」
「他にどんな道具を使うの?」
純粋な好奇心から聞いたリーフェルトだったが。
「……はあ―――」
「……??」
歩花の口から返ってきたのは、重々しい溜め息。
首を捻るリーフェルトに彼女は飲みかけのジュースが入ったグラスを傾け、一口喉を潤すと、
「僕の道具は全部鍵付き倉庫の中さ。
……鍵は母が持っている上、鍵を奪って開けられても師匠の結界との二重ロックになっている」
「……あっ……」
つまり、すべて取り上げられたと。
「別に見せてやってもよかったんだがな。すまない」
「ううん。あの、僕の方こそすみません……」
彼女の今の状態に自分も関わっていると思うと、
とうに終わったこととはいえ、やはり頭を下げずにはいられなかった。
六月に入った頃のこと。
段々上がっていく人間界の気温に、リーフェルトは早くも夏バテに片足を突っ込みかけていた。
「……これから梅雨だから。一回涼しくなるから安心しろ」
「でも梅雨が終わったら更に暑くなるんだろ……?」
授業の合間の休憩中。教室でバタバタと下敷きで自分を扇ぎながら、
自分と話しに席に寄って来た陽人に「やってられない」と嘆く。
リーフェルトは、果たして自分はこれからやっていけるのだろうかと不安になる。
また同時に―――これからの気温のこともそうだが、
彼には気がかりなことがもう一つ。
誰も座っていない、ある生徒の席に目配せして、
「……辰弥君、まだ来られないの?」
と陽人に問う。
「一週間くらいは帰ってこないってよ」
「……一週間……!? どうして」
「俺も詳しく聞かされてねえからなあ」
一昨日から学校に来ていない上、メールを送っても何も返事がない。
陽人曰く、別に怪我や病気という理由ではなく、どこか旅に出ているそうなのだが。
「退魔師繋がりの用事……? だとしたら何かに巻き込まれたりとかしてない?」
「大丈夫だろ、あいつ強いし。
確認のために家のチャイム鳴らしてみたけど誰もいなかったから、茜さんもついてるんだろきっと」
「なら、いいんだけど―――」
それからも一日一通、返事のないメールを歩花に送り続けたリーフェルトだったが、彼の心配は杞憂に終わる。
一週間が経ち、土曜日、日曜日が明け訪れた月曜日。久々に小夜と共に教室に姿を現した歩花に、リーフェルトは胸を撫で下ろした。
「おはよう、辰弥君!」
「……おはよう。すまない、リーフェルト。
帰れたのが昨日だったから、メール返せなかった」
「ううん。……えっと―――」
リーフェルトは歩花の身体に目を巡らせて、彼女に怪我がないか確認する。
幸い、彼女から血の匂いはしない。
見たところ骨折や脱臼など、そういったダメージもなさそうで安心した。
「怪我は、無さそうだね」
「ああ。ありがとう。
さて……早速君に渡したいものがあるんだが、ちょっと二人きりになれるか?」
「えっ」
「まだ学校が始まるまで少しある。なに、すぐに終わる用事だ。時間は取らせないさ」
「あっ、ハイ……」
“二人きり”という言葉に反応してしまった自分を恥じるあまり、思わず敬語になるリーフェルト。
屋上に通じる扉の前まで階段を昇って人気のない静かな場所に訪れると、
歩花はポケットから何かを取り出し、それを彼に手渡した。
それは糸に球がいくつも通されたアクセサリー。
連なる丸い球の内、一つだけきらりと光る青い勾玉が印象的で、つい一瞬心を奪われた。
「雪女の祝福を受けたお守りだ。手首にでもつけておけ」
「ユキオンナ……??」
「日本の有名な妖怪だ。
陽の光の耐性はどうにもならないが、体感温度を調節するだけで過ごしやすさはまったく違うはずだ」
そこでリーフェルトは、
自分が今手渡されたアクセサリーと同じものが歩花の手首を飾っていることに気が付いた。
「それを付けて、青い石に自分の魔力を込めてみろ」
「……っ! ―――!?」
言われるままに手に通して魔力を込めれば、
突如極寒の地に放り出されたような寒さに襲われ、慌てて自分の力を引っ込めた。
「魔力が強すぎると微調節も大変だろうが、慣れれば何ということはない。
本格的に夏が来るまでコツは掴んでおけ」
「う……うん……。わかった―――」
寒さの余韻と止まらない鳥肌に両の二の腕を擦り擦り、相槌を打ったリーフェルトに更に歩花は釘を刺す。
「三年間、卒業まで絶対に失くすなよ。
夏を乗り切るための大切な魔力を、無理言って込めてもらったんだ。彼女たちに感謝するんだな」
「……じゃあ。その雪女の人たちを探して一週間旅に出ていたの?」
「この季節に彼女たちに会うのは骨が折れたよ。
一週間しかかからなかったことは、本当に幸運だった」
「そ、そう……ありがとう。ごめん、わざわざ」
「礼を言われることじゃない。これは僕自身のためであって、君の分はついでだ」
「……そうだね」
それでもやはり、声をかけてほしかったとリーフェルトは思う。
旅に出る一日前にでも言ってくれていたら、自分も一緒に行ったのに。
わざわざ自分の分まで取りに行かせてしまったことが情けない。
教室に戻ると、陽人と小夜が楽しげに雑談をしているのが目に入り、
チャイムが鳴るまでのわずかな時間、リーフェルトと歩花はそこに加わることにした。
「……あれ? 辰弥とガーシェル君って、そんなに仲良かったっけ」
「??」
「珍しいね! 男の子同士でお揃いって。一緒に買ったの?」
「―――」
会話の合間。綿菓子のような悪意ない声で指摘した小夜に、
リーフェルトは目を丸くし、歩花は顔を強張らせる。
“お揃い”。確かにそうだとリーフェルトは納得してニッコリしたが、
一方の歩花は「しまった」と言わんばかりに口許を抑えてうろたえた。
「そういえばお揃いっていったら中学の時、カナとイッチと文房具屋でね―――」
まったく気にしていない様子の小夜が陽人に話している間、
歩花はリーフェルトに身を寄せ、気まずそうに口を開く。
「すまない、リーフェルト」
「? 何が??」
「男同士のお揃いは、今、言われて気付いた……。
明日僕のを首飾りにするなりデザインを変えるから、今日一日、イタいだろうが我慢してくれ―――」
「? イタい……??」
「いや。だって、男同士でお揃いはキモいだろう? 流石に」
「キモイ?? ……よくわからないけど、僕は別に気にしないよ」
「いいから。デザイン変えるから。何か言われてもはぐらかしとけ。わかったな?」
「?? うん―――??」
よくわからないが、何か不都合らしいということだけは理解できた。
(気にすることないのにな……)
別の日にたまたま同じものを買っていたとか、そういうことにしておけばいいのに。
歩花はれっきとした女性なのだから、
お揃いは寧ろリーフェルトにとって嬉しかったのだけれど、彼女が嫌というなら仕方がない。
(デートできるくらい仲良くなれたら、付けてくれるのかな―――)
しかしそうなるには、本当の彼女の姿を見せてもらうくらい距離を縮めなければならない。
自分はあまり異性の容姿にこだわらないから、大丈夫だとは思うけれど。
(―――それ以前の問題として。
女性のルックスや体型をあれこれ言う自由なんて、僕にはないし……)
高校を卒業すれば親に婚約者をあてがわれ、将来はその女性と添い遂げなければならない。
たとえ性格や価値観がどれほど違っても、上手く擦り合わせていかなければ。
だからどんな女性でも、中身さえ気に入れば愛せる自信が自分にはあった。
まだ、男の姿しか知らないけれど―――。
再び陽人と小夜との会話に参加した歩花の横顔を盗み見て、
リーフェルトはあれこれと、女性姿の彼女を頭の中で想像した。




