第八話 優しい紅茶でした
ご覧いただきありがとうございます!
評価、ブックマーク、感想、レビュー、リアクションは執筆の励みになりますので、少しでも面白いと思っていただけましたら気軽に残してもらえたら嬉しいです!
そわそわと落ち着かない様子でソファーに座るバキルガムに問いかける。
「どうして、あの後も扉の前にいたのですか?」
「ミヤノ側ニ、イタカッタ……」
しょぼんとした顔になり、膝に置いた手を握りしめながらバキルガムは答えた。
「それならそうと言ってください!あんな場所で寝ていたら風邪をひいてしまいますっ…」
「デモッ……………」
心配して言った言葉に対して、何かを言い返されそうになり途中で止まった。どうしたのかと様子を窺っていると、悲しい表情のまま唇を震わせて俯かれてしまった。
膝の上でぎゅっと握りしめられた手に、上からそっと手を添えて優しく問う。
「なにか理由があったのですか…?」
バキルガムはしばらく黙り込んだ後、顔を上げて答えた。
その顔は泣きそうだった。
「俺ハ……、ミヤノ恋人ナレナイ。一緒ニ、寝レナイ…」
「えっ…?」
(バキは私と一緒に寝たかったの…?)
確かに恋人でもない人と一緒に寝るのは抵抗があるけれど…と返す言葉を悩んでいると、続けてバキルガムがぼそりと呟く。
「………ミヤ…。帰ル…、消エル…、嫌ダ…」
「え?……帰る?」
(私が元の世界に帰ったりしないか不安だったの…?)
そこまで考えが及ぶと、バキルガムの昨日の別れ際からの行動も腑に落ちる。帰りたいとは言ったが今直ぐに帰る当てもないし、ましてや何も言わずに帰るつもりはないのに。
目の前で泣きそうなバキルガムに優しく答える。
「バキ、私は勝手に帰ったりしないですよ。だから、夜はちゃんと部屋で寝てください。体調を崩してしまいますよ」
「……本当ニ?」
「はい、本当です」
「………………………ワカッタ」
バキルガムは小さくコクリと頷いた。
それでもまだ不安が消え切らない顔をして、問われる。
「ミヤハ昨日……、ナニ、願ッタ?」
不安そうに揺れる青い瞳が、じっと見つめてきた。
(昨日願ったこと…?もしかして、元の世界に帰りたいと願ったと思ったのかな…?)
私が昨日『願い事をすると叶う日』だと言ったから、元の世界に帰りたいと言っていた事が叶うのではと、不安になったのかもしれない。
考え込んでいた意識を戻すと、不安そうな瞳が静かに返答を待っていた。バキルガムの膝の上に置かれた手を、両手でそっと包み込み答える。
「私はバキのことをお願いしましたよ」
「俺ノ…コト………?」
不安そうだった青い瞳が大きく見開かれ、その後に小首を傾げられた。
「はい、そうです。貴方のことです」
「俺ノ、ナニヲ願ッタノ……?」
期待と不安が入り混じった顔をしたバキルガムが、ぐっと前のめりに顔を近づけてきた。
綺麗な顔が間近に迫りドキドキしながらも、平常心を装い笑いかける。
「それは秘密です!」
「………ワカッタ」
もっとしつこく聞かれるかと思っていたら、案外素直に引き下がってくれた。
前のめりになっていたバキルガムの体勢が戻り、間近にあった綺麗な顔も離れていく。その顔は、嬉しそうにくしゃりと歪められた表情をしていた。
バキルガムのその表情に安堵する。
握っていた両手を離し座り直すと、丁度良くメイドの声がした。
「失礼します。紅茶をご用意しました」
そう言いながらテーブルに手際良く紅茶が入ったティーカップを二つ並べ、『ごゆっくりお過ごし下さいませ』と言葉を残しメイドは部屋から立ち去った。
「俺ノモ…?」
二つ置かれたティーカップを不思議そうに見ながら、問いかけられる。
「はい、バキの分も用意してもらいました。体が冷えてしまってましたので、温かい紅茶でも飲んでください」
「此処デ、一緒ニ?」
まだ不思議そうな顔をしたバキルガムがこっちを向いて聞いてくる。それに無言で首を縦に動かし頷くと、ふわりと綺麗な笑顔が返ってきた。
「紅茶……、優シイ……」
「ふふっ…………」
そんな綺麗な笑顔をして紅茶に優しいだなんて言い出すから、ついこちらまで笑ってしまった。
昨日初めてこの人と会った時は、翌日に二人だけで紅茶を飲んでいる姿なんて想像もつかなかったのに。
不思議なものだなと思いながら、ティーカップに手を伸ばす。
「言葉オカシイ…?」
呑気なことを考えていると、隣からその手を取られ、ティーカップまで届くことはなかった。
掴まれた手から隣に視線を移すと、また不安そうな顔をしたバキルガムと目が合った。
「俺ノ……、言葉、オカシイ?」
「えっ……?」
綺麗な笑顔は消えて、今にも泣きそうな顔をして訴えかけられていた。
(言葉がおかしい?私が笑ったのを変だからだと思ったのかな?)
変だなんてまったく思ってはいないのに。
表情が暗くなっていくバキルガムに慌てて訂正する。
「おかしくないですよ!とても素敵な表現だと思います!」
「………本当ニ?」
「はい!優しい紅茶、素敵だと思います」
「……………………」
なんとか訂正を試みるも、バキルガムの表情は暗いまま俯いてしまった。
「バキ………?」
「ミヤガ、スキ……。コレハ…、伝ワル?」
手首を掴んでいる手が小さく震え出したかと思えば、驚くほど弱々しい声が聞こえてきた。
「バキ……?」
名前を呼びながら俯いた顔を覗き込むと、綺麗な青い瞳に、今にも溢れ落ちそうなくらいの涙を溜めていた。
その表情に後悔が一気に押し寄せる。
掴まれていない方の手を動かし、白くて綺麗な頬に手を添えた。それから、耳元で優しく言葉を返す。
「伝わっていますよ。すごく…、すごく嬉しいです」
掴んでいる手がピクッと反応を示す。
「……バキ、ありがとうございます」
また掴んでいる手がピクッと反応して、俯いていた顔がゆっくりと上がると、水で滲んだ青い瞳がミヤを見た。
「ミヤ…………。君ガ、スキ……」
カタコトに紡がれた言葉が、真っ直ぐに心に響いてくる。
何よりも綺麗な言葉だと思った。
「バキ、一緒に紅茶を飲んでくれますか?」
「………一緒ニ、飲ミタイ」
まだ青い瞳を水で滲ませながら、ティーカップにそっと口をつけてゴクリと紅茶を飲む音がする。
その隣で、同じようにティーカップに口をつけて紅茶を飲む。
温かくて、優しい紅茶だった。
◇◇◇
二人が紅茶を飲み干し終えた頃、部屋の扉が盛大に開く。
「やっぱりここに居たか!そろそろ朝食を食べて、午前の訓練の時間だぞ」
団長がバキルガムを見ながら部屋の中へと入ってきた。
「…………ミヤ、一緒ガイイ」
その声に、バキルガムはしょぼんとして団長に言った。
「駄目だ。ミヤちゃんは今日も負傷者の治療がある」
団長は変わらない口調でバキルガムの意見を断った。
それから、ミヤに視線を移して話しかけられる。
「朝食摂ったら今日もよろしく頼むよ。今朝、あいつらの部屋に行ったら、ミヤはまだ来ないのかと催促されてしまったよ!ハハハッ…、ミヤちゃんは人気者だな」
団長が冗談めかして言うと、隣に座っていたバキルガムの様子が一変して冷たい空気が部屋に流れ込む。
「ミヤ………」
ものすごく低い声で名前を呼ばれた。
「は、はい……。何でしょうか?」
団長から隣に視線を移しながら、恐る恐る返事をする。
「治療イラナイ………、全員殺ス」
部屋に不自然な風がサーーーっと流れ、部屋の空気が一気に暗く重くなる。
その時、視界の端に見えた団長は苦笑いをしていた。




