反撃
また、俺の一部が砕けた。
痛みはない。
でも、自分だった岩が崩れたことは分かる。
さっきまでは、壊されるたびに壁を作って止めようとしていた。
でも、それじゃ駄目だ。
壁を作る。
魔法で壊される。
また作る。
また壊される。
それを繰り返していたら、いつか奥まで来られる。
だったら。
壁を作って受けるんじゃない。
撃ってくる方を止めればいい。
ガルドが教えてくれた魔術師の位置へ意識を向ける。
床に触れている足。
そこから、人間一人分の位置を考える。
俺には腕も拳もない。
床を沈めることはできる。でも、それはもう警戒されている。
壁ならどうだ。
俺は岩を動かせる。
壁を作ることもできる。
なら――壁の一部だけを前へ出せないか。
魔術師の横にある壁へ意識を集中する。
全部じゃない。
一部分だけ。
約15cm四方。
人間の腕より少し太いくらいの岩を、周囲から押し出す。
そして、そのまま前へ。
一気に伸ばした。
硬いものへぶつかった感触が返ってきた。
直後、魔術師の身体が大きく動き、床へ倒れる。
……できた。
一瞬、自分でも動きを止めた。
壁を作るんじゃない。
壁そのものを、こっちからぶつければいい。
人間でいうなら――。
パンチか。
倒れた魔術師の生命の気配は消えていない。
すぐに立ち上がってもこない。
効いている。
石柱を壁へ戻す。
もう一度。
今度は別の人間がいる場所へ伸ばす。
さっきより少し遅く。
何か硬いものに当たった。
その人間の身体が後ろへ動く。
倒れてはいない。
……なるほど。
速さで違うのか。
速く伸ばせば強い。
遅くすれば弱い。
もっと速くすれば、おそらく――。
殺せる。
なら、そこまでは上げない。
怪我まで避けていたら止められない。
でも、殺す必要もない。
今は、それでいい。
人間たちが散った。
一か所に固まっていると狙われると気づいたらしい。
俺の床を踏む位置が、それぞれ離れていく。
右。
左。
中央。
足の動きも速くなった。
……対応が早いな。
一人が壁際を進む。
その足元を持ち上げた。
直前に足が床から離れる。
跳んだらしい。
隆起させた場所を越え、先へ着地する。
もう床が動くことを読んでいる。
だったら、次。
着地した場所を沈める。
身体が大きく揺れた。
でも倒れない。
何か硬いものが床へ突き立てられ、そこで身体を支えた。
剣か何かだろう。
すぐに足を引き抜かれる。
……本当に慣れるのが早い。
床だけじゃ駄目だ。
右の壁。
そこから石柱を伸ばす。
相手の身体が沈んだ。
外れた。
なら、次。
床から斜めに。
伸ばす。
今度は当たった。
人間の身体が床へ転がる。
生命の気配はある。
まだ動いている。
起き上がろうとしたところで、その足元を沈めた。
膝近くまで。
周囲を固める。
これで一人。
別の人間が近づいてくる。
石柱。
当たる。
でも倒れない。
何かを間に挟んで受けたらしい。
盾だろうか。
だったら、同じ場所からやる必要はない。
石柱を戻す。
反対側。
もう一本作る。
伸ばす。
今度は身体が大きく崩れた。
そこへ足元の床を持ち上げる。
人間の身体が床から離れ、少し離れた場所へ落ちた。
動きが止まる。
生命の気配はある。
……二人。
俺の中を進んでいた人間たちの動きが変わった。
左右へ大きく離れる者。
後ろへ下がる者。
それでも奥へ進もうとする者。
一人ずつ止めるのは面倒だ。
だったら――。
右の壁。
左の壁。
二か所へ同時に意識を向ける。
同じくらいの太さ。
同じくらいの長さ。
二本。
伸ばす。
二か所から、ほとんど同時に衝撃が返ってきた。
一人は大きく位置を崩す。
もう一人は踏みとどまった。
……できる。
二本同時。
少し意識を取られるけど、無理じゃない。
右を戻す。
左も戻す。
今度は床と壁。
二本。
伸ばす。
一人の身体が避けるように動いた。
かわされた。
でも、移動した先は俺の床だ。
そこを持ち上げる。
身体が崩れる。
石柱。
伸ばす。
当たった。
倒れる。
……慣れてきた。
まずいくらいに。
人を殴ることに、じゃない。
俺の身体をどう動かせば、人間を止められるのか。
それが分かってきている。
右。
左。
床。
天井。
全部、俺だ。
天井からもできるのか?
試す。
人間がいる位置の少し前。
天井の一部を盛り上げる。
下へ伸ばす。
途中で何か硬いものに当たった。
人間の位置が大きく下がる。
受け止めたらしい。
でも、その間にも足は俺の床へ触れている。
床を傾ける。
体勢が崩れる。
横から一本。
当たった。
身体が床へ落ちた。
……これ、相手からしたら相当嫌だろうな。
右だけ見ていればいいわけじゃない。
左も。
下も。
上も。
全部から来る。
しかも、どこに立っているのかは俺には分かる。
見えているわけじゃない。
顔も分からない。
何を持っているのかも、触れなければ分からない。
でも、俺の中にいる。
どこへ足をついた。
どちらへ移動した。
どこで身体が床や壁へ触れた。
それなら分かる。
一人ずつ相手をする必要なんてない。
人間たちが一斉に動いた。
右。
左。
中央。
複数の足が俺の床を蹴る。
俺も動かす。
床を傾ける。
一人が崩れる。
右の壁から一本。
外れる。
左からもう一本。
当たる。
床から一本。
避けられる。
その着地点を沈める。
動きが止まる。
さらに別の一人。
奥へ進んでいる。
床を隆起させる。
足が床から離れた。
跳び越えられる。
横から石柱。
硬いものへ当たり、流された。
そのまま前へ。
速い。
他の人間より明らかに対応が早い。
たぶん、隊長だ。
前室へ続く通路へ向かっている。
……まずい。
この先には、みんながいる。
俺は床を持ち上げた。
隊長の足が離れる。
越えられた。
右の壁。
石柱。
何か硬いものへ当たり、逸らされる。
左。
今度は身体に当たった。
位置が少し崩れる。
それでも止まらない。
床から一本。
避けられた。
……強いな。
一つずつじゃ駄目だ。
左右。
二本同時。
伸ばす。
一方は硬いものへ当たる。
もう一方は身体へ当たった。
隊長の位置が大きくずれた。
まだ倒れない。
なら、三本目。
床。
今までより少し速く伸ばす。
強い衝撃が返ってきた。
隊長の身体が床から離れる。
そのまま落ちた。
今だ。
両足の周囲を沈める。
膝近くまで。
固める。
すぐに抜こうとする力が返ってくる。
でも動かさない。
身体を支えようとしたのか、両手が床へ触れた。
その左右から岩を盛り上げる。
腕も挟む。
動きが止まった。
……捕まえた。
ガルドは少し離れた場所にいる。
今は隊長との間で言葉を交わす余裕もない。
それでいい。
もう十分伝えた。
入るな。
待ってくれ。
壊すな。
何度も言った。
今は、身体で止める。
入口側では、まだ何人かが動いている。
俺はそちらへ意識を戻した。
一人。
足取りが不安定。
もう一人。
その場からほとんど動いていない。
さらに二人。
まだ奥へ進もうとしている。
床を傾ける。
二人の位置が崩れた。
壁から石柱を伸ばす。
一人に当たる。
もう一人は避けた。
その先の床を盛り上げる。
転ぶ。
それ以上は打たない。
立ち上がろうとしたら、足元を沈めて固定する。
もう一人。
壁際を進もうとする。
前へ石柱を出した。
当てない。
進路を塞ぐだけ。
人間の足が止まった。
別の方向へ動く。
そちらにも一本。
また止まる。
しばらくすると、奥へ進もうとする足がなくなった。
何人かは倒れている。
何人かは岩に足を取られている。
動ける人間も残っている。
でも、もう前へは出てこない。
部隊として進むのは無理になったらしい。
俺も石柱を止めた。
静かになった。
いや。
俺には音は分からない。
ただ、さっきまで激しく俺の床を踏んでいた足が止まり、壁や床へ伝わっていた衝撃が消えた。
それだけで、急に何もなくなったように感じた。
俺は一人ずつ生命の気配を確かめる。
一人。
二人。
三人。
途中で数え直す。
四人。
五人。
六人。
七人。
八人。
九人。
十人。
全員、生きてる。
……よし。
無傷では済まなかった。
俺が石柱をぶつけた。
倒した。
動けないように岩で固めた。
骨が折れている奴だっているかもしれない。
それでも、死んではいない。
今は、それで十分だ。
初めてだった。
人間相手に、ここまで本気で自分の身体を使ったのは。
床を動かす。
壁を作る。
通路を塞ぐ。
それだけじゃない。
俺自身が、殴ることもできる。
しかも、伸ばす速さで威力を変えられる。
戦っている途中、一度、石柱の先が何か硬いものに当たって欠けた。
それを元へ戻そうとして、気づいた。
同じ形に戻す必要はない。
太くもできる。
細くもできる。
だったら、先端を尖らせることだって――たぶんできる。
一本だけ、壁から短く出す。
先端へ意識を向けた。
少しずつ細くする。
先が僅かに尖る。
そこで止めた。
これをもっと細くして。
もっと速く伸ばせば。
殴るんじゃなくて、刺せる。
人間なら、たぶん死ぬ。
……これは使わない。
少なくとも、今は必要ない。
尖らせた部分を元へ戻した。
その時、入口側――俺の身体になった自然洞窟の端に、新しい接触があった。
一人じゃない。
複数。
外から来た人間たちが、俺の領域へ足を踏み入れた。
また来たのか。
俺は警戒する。
『ガルド』
『分かっとる。見てくる』
ガルドが入口側へ移動する。
しばらくして、その足が止まった。
床へ手が触れる。
次の瞬間、強い意味が届いた。
『ユーマ!』
『誰?』
返事はすぐだった。
『カイルじゃ!』
……やっとか。
ようやく来た。




