↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/47

足りない

 カイルたちが帰ってから、何日か経った。


 特に変わったことはない。


 リリアとミアは食料を探しに外へ出る。ガルドは持ち込んだ石や道具を弄り、アレンは外の様子を見たり、二人の採取に付き添ったりしている。


 俺も暇ではなかった。


 水路の形を少し整えたり、収納を増やしたり、動かしにくかった壁を直したり。


 そういう細かいことをしていた。


『……狭いな』


『何がじゃ』


 ガルドから意思が届いた。


『俺』


『お前さんが?』


『うん』


 自分の中を意識する。


 前室。


 扉。


 曲がった通路。


 みんなが食事をする場所。


 寝る場所。


 水場。


 収納。


 リリアとミアが危ない時に隠れられる部屋。


 最初は何もなかった。


 3m四方の石室だけだった。


 それを考えれば、かなり広くなったはずだ。


『なんか足りない』


『最初より随分広いぞ』


『そうなんだけど』


 人が増えた。


 それだけじゃない。


 リリアたちが採ってくる食料。


 ガルドが持ち込む石や鉱物。


 道具。


 保存しておくもの。


 生活するために必要なものが、少しずつ増えている。


 収納用に作った窪みも、いつの間にか物が入っていた。


『人が暮らすって、場所使うんだな』


『今さら何言っとる』


『自分が部屋になるなんて、前は考えたことなかったんだよ』


 前の仕事でも、空間の広さや設備をどこへ通すかは散々考えた。


 後から無理やり配管や機器を押し込もうとすれば面倒になる。最初から余裕を取っておいた方がいいことくらい、嫌というほど知っていた。


 でも、自分自身がその空間になるなんて考えたことはない。


『今も迷宮じゃろうが』


『そこはいいだろ』


 ガルドがいる方へ意識を向ける。


 最近は、そこに誰かがいるというだけではなく、立っているのか座っているのか、移動したのか、そのくらいなら前より分かるようになってきた。


 ガルドは壁際に座っている。


 手元で何か小さなものを動かしているようだった。


 最初の頃は、生き物がいることくらいしか分からなかったのに。


 俺も少しは成長しているらしい。


『部屋、増やした方がいいかな』


 ガルドの手元の動きが止まった。


『そうしてくれたらワシらは助かるわな』


『簡単に言うな』


『いや、今のお前さんなら作れるじゃろ』


『作れるけどさ』


 壁を動かす。


 自分の境界を少しずつ隣の岩へ広げる。


 そこが自分の身体になれば、形を変えて通路や部屋にできる。


 それ自体は、もう最初ほど大変ではない。


 問題は別だった。


『どこに作る?』


『好きなところに作れ』


『だから、それやってきた結果が今なんだよ』


『何じゃ?』


『必要になったら、その近くに作る。次に必要になったら、またその先に作る』


 前室が必要になったから入口側へ作った。


 水場が必要になったから、水を引きやすい場所へ作った。


 収納も、避難する場所も同じだ。


 その時必要だったから、その場所へ作った。


 それ自体は間違っていないと思う。


 でも、このまま増やしていったら。


『そのうち、訳分からなくならない?』


 ガルドから返事が来ない。


 少し考えているらしい。


『ガルド?』


『……まあ、なるじゃろうな』


『だよな?』


『その場しのぎで継ぎ足してきたからのう……』


『先に言ってよ』


『その時は必要だったんじゃ。仕方あるまい』


 正論だった。


 でも、この先も同じやり方を続ける必要はない。


『通路も長くなるよな』


『なるのう』


『奥に部屋を作るたびに、ここ通るんだろ』


『ここ?』


 最初の石室。


 俺が最初に意識を持った場所。


 今は大きな机を壁から出して、みんなが食事をする場所として使っている。


 入口から奥へ行くなら、今の構造ではここを通ることになる。


 人が四人なら問題ない。


 十人。


 二十人。


 もっと増えたら?


 ここは、ただ通り過ぎる場所になる。


『……それは嫌だな』


『何がじゃ』


『この部屋』


『狭いからか?』


『違う』


 少し考える。


 どう言えばいい。


『ここ、俺が最初にいた場所なんだよ』


『知っとる』


『だから、ただの通路にはしたくないんだ』


 自分で言ってから、少し驚いた。


 最初の石室なんて、今まで何度も弄っている。


 机も出した。


 壁も少し整えた。


 特別扱いしているつもりはなかった。


 それでも。


 ここだけは、誰かが目的もなく通り抜けるだけの場所になってほしくなかった。


 少しして、ガルドから静かな意思が届く。


『大事な場所か』


『……多分』


 自分でも、今になって気づいたくらいだ。


『なら残せばええ』


『残すのは簡単なんだけど』


 問題は位置だ。


 入口。


 前室。


 通路。


 最初の石室。


 そこから生活空間。


 この順番そのものが、今後邪魔になるかもしれない。


『部屋って、場所変えられないかな』


『場所?』


『この部屋を別のところに持っていくとか』


 ガルドから、少し間を置いて返事が来る。


『持っていくって、お前さん』


『俺なんだから、できそうじゃない?』


『また適当なこと言い出したな』


『壁は動かせる。床も動かせる。通路も作れる』


『それと部屋を動かすのは違うじゃろ』


『だから試すんだよ』


 最初の石室そのもので試す気はない。


 失敗したら嫌だ。


 少し離れたところにある、小さな物置用の空間へ意識を向ける。


 四角い空間。


 入口が一つ。


 中には何も入っていない。


『これで試す』


『何をする気じゃ』


『場所をずらす』


 部屋そのものを掴んで動かす。


 そんなことはできない。


 なら、周りを作り直せばいい。


 片側の壁を少しずつ後退させる。


 形を変えた分を反対側へ回すように、岩を押し出していく。


 床と天井も、それに合わせて少しずつつなぎ直す。


 元の入口を閉じながら、新しい位置に入口を作る。


 少しずつ。


 少しずつ。


『……あ』


『どうした』


『これ、いけるかも』


 部屋そのものが動いたわけじゃない。


 周囲を連続して作り直した。


 でも結果として、さっきまであった場所から少しずれている。


 ガルドが立ち上がった。


 物置の周囲を歩き、元の位置と新しい位置を確かめているらしい。


『ほう』


『できてる?』


『ずれたな』


『ガルドの歩幅ならどれくらい?』


 ガルドが何歩か歩く。


『一歩か二歩くらいじゃ』


『それだけ?』


『初めてなら十分じゃろ』


 確かに。


 ただ、遅い。


 壁一枚ならもっと早く動かせる。


 部屋として形を残したまま位置を変えようとすると、考えることが多い。


 床。


 壁。


 天井。


 入口。


 つながっている通路。


 全部を崩さず、順番に作り直さないといけない。


『面倒だな』


『やめるか?』


『いや』


 できることは分かった。


 だったら、あとは慣れればいい。


『まあ、やるか』


『おお、頑張るがええ』


 ガルドから楽しそうな意思が届いた。


 自分の作業でもないのに、こういう話になると妙に機嫌がいい。


     *


 その日の食事の時。


 全員が最初の石室に集まっていた。


 いつもの机を囲んでいる。


 リリアとミアが並び、ガルドはその向かい。アレンは机の端に座っている。


 誰がどこにいるのかが前より分かるようになると、改めて思う。


 四人しかいないのに、この部屋はもうそれほど広くない。


 俺は少し考えてから、リリアへ意思を向けた。


『みんな、部屋欲しい?』


『部屋?』


 リリアから疑問が返ってくる。


『自分だけの』


『……いいの?』


『欲しい?』


 少し間があった。


『あったら嬉しい』


 返事と一緒に、少し弾んだ感情が届いた。


 自分だけの場所というものを想像しているのかもしれない。


『ミアは?』


 名前を呼ぶ。


 ミアの小さな生命が少し動いた。


『わたしも?』


『もちろん』


 しばらくして、弱い意味が返ってくる。


『……ほしい』


 小さな返事だった。


 でも、嫌ではなさそうだ。


『じゃあ二つ』


『ワシは作業場じゃ』


 待ってましたとばかりにガルドが割り込んできた。


『聞いてない』


『おお、楽しみじゃのう!』


『作業場じゃないか』


『寝床より仕事場の方が大事じゃ』


『ガルドらしいな』


 ガルドから満足そうな意思が返ってくる。


 もう作ってもらえるつもりらしい。


『アレンは?』


 アレンとは直接言葉を交わせない。


 ガルドへ頼むと、すぐに声を掛けてくれた。


 少しして、アレンの返事をガルドが俺へ送ってくる。


『決まった寝床があれば十分だとよ』


『個室じゃなくていいの?』


 ガルドが聞き返す。


 アレンの声が振動として伝わった後、その意味が届く。


『あれば使う、だそうじゃ』


『はいはい』


 欲しいのか、いらないのか。


 相変わらずアレンは必要以上のものを求めない。


 それでも、あれば使うなら作っておいても無駄にはならないだろう。


 考える。


 リリア。


 ミア。


 ガルド。


 アレン。


 四人がそれぞれ使える場所。


 ガルドには作業場もいる。


 食料の保管場所。


 道具を置く場所。


 水場。


 みんなで使う場所。


『……結構いるな』


 リリアから少し心配そうな感情が届いた。


『大丈夫?』


『何とかする』


『どうやるの?』


『広げるさ』


 答えは簡単だった。


 今の俺では狭い。


 だったら、広くなればいい。


 ただし、今までみたいに必要になった場所へ一つずつ足していくのはやめる。


 前の仕事でも、後から無理やり設備を通すのは面倒だった。


 先に余裕を取っておいた方がいい。


 まず、使える場所を広めに確保する。


 その中で必要になったら部屋を作る。


 通路も、後から困らないように考える。


 必要なら部屋の位置も変えられるようにする。


 最初の石室は、ただの通路にはしない。


 今はまだうまくできない。


 でも、練習すれば多分できる。


 自分の外側へ意識を向ける。


 境目には岩がある。


 その向こうにも岩盤は続いているはずだ。


 でも、まだそこは俺ではない。


 何があるのかも分からない。


 俺の中なら、誰がどこにいて、動いたのかも前より分かる。


 一歩外へ出れば、相変わらず岩の向こうは分からない。


 その境目が、以前よりはっきり感じられた。


 最初の頃は、そこへ自分をほんの少し広げるだけでも大仕事だった。


 今は違う。


 まだ足りない。


 でも、前よりずっとできる。


 最初は3m四方あれば十分だった。


 俺しかいなかったから。


 今は四人いる。


 物も増えた。


 欲しい部屋も増えた。


 それなら、答えは簡単だ。


『さて……もっと広げるか』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。