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三つだけ

 今日調べた範囲では、迷宮核は結局見つからなかった。


 エミルはまだ調べたそうにしていたが、カイルが止めた。


「今日はここまでにしとけ」


「ですが、まだ確認できる場所はあります」


「一日で全部やる気か」


「興味がありますから」


「元気だな」


 ガルドが二人のやり取りを俺へ伝えてくる。


『今日は、ってことは諦めてないんだな』


『あの顔は諦めんじゃろ』


『顔は見えないけど、なんとなく分かる』


 核のことは気になる。


 でも、俺自身が知らないものを今すぐ見つけろと言われても無理だ。


 カイルも同じ判断だったらしい。


「核は一旦置いとくぞ。今度は別のことを聞く」


 ガルドが床へ手をつく。


『お前さん、ここをどうするつもりだとよ』


『どうするって?』


「これからも人を増やしていく気か?」


『別に集めてるわけじゃないけど』


「今いる連中は?」


『みんな自分で来た』


 言ってから、少し雑だったかと思う。


 リリアは何かに追われて来た。


 ミアは逃げて来た。


 ガルドは探し物の途中で、たまたま俺を見つけた。


 アレンも偶然ここへ来て、今は自分の意思で残っている。


 俺が誰かを集めようと思ったことはない。


『それぞれ違う理由で来たんだよ。今いるのも、本人たちがそうしたいからだと思う』


 ガルドが伝える。


「それが今の四人か」


『そういうこと』


「他にも増えたら?」


『その時考える』


 前室から、カイルの呆れたような声がしたらしい。


「何も決めてねえのか」


『決まり?』


「そうだ」


 決まり。


 今まで考えたことがなかった。


 一人だった頃には必要なかった。俺しかいないなら、俺が好きにすればいい。


 でも今は違う。


 俺の中には、俺以外の人間がいる。


『決まりか……』


 少し考えて、気づく。


『でも、それって俺だけで決めていいのか?』


 ガルドの意思が僅かに揺れた。


『少なくとも、住んどる連中には聞いた方がいいじゃろうな』


『だよな』


 リリアとミアは居住区側にいる。


 カイルたちが気になるらしく、完全に奥へ引っ込んではいない。


『リリア』


『なに?』


『ちょっとこっち来られる? ミアも。決めたいことがある』


『分かった』


 少しして、二つの生命が近づいてきた。


 アレンも一緒だ。


 リリアとミアは前室へ続く通路まで来ると、開いた石扉の向こうにいる三人から少し距離を取って止まった。


 まだ完全に警戒が消えたわけではない。


 ネラが二人を見たらしい。


「あなたがリリア?」


「……うん」


「アタイはネラ。調査で来ただけ。戦う気はないよ」


「……分かった」


 短い。


 それだけだった。


 ネラも近づかない。


 少しして、ミアにも声を掛けた。


「そっちがミア?」


「……うん」


「よろしく」


「……よろしく」


 それで十分だった。


 カイルが話を戻す。


「これから別の奴が来たらどうする」


 ガルドが俺へ伝える。


『まずは話すかな』


「住みたいって言われたら?」


『その時考える』


「またそれか」


『だって、まだ誰が来るかも分からないだろ』


「だったら最低限の決まりくらい作っとけ。毎回来るたびに一から考えるのかよ」


『なるほど』


 確かに。


 今まで起きたことを思い返す。


『じゃあ……二つ、いや、三つくらいかな』


「少ねえな」


『最初から多くても覚えられないだろ』


 まず、一つ目。


『ここにいる人を、勝手に傷つけない』


 ガルドが声に出す。


 カイルがすぐに聞き返した。


「襲われた時もか?」


『自分や誰かを守る時は別だよ。何もしてない相手を、勝手に傷つけるなってこと』


「なるほどな」


 俺はリリアたちにも意識を向ける。


『どう?』


『いいと思う』


 リリアからすぐに返ってきた。


 ミアも床へ手を触れている。


『……うん』


 ガルドも頷いているらしい。


 アレンへはガルドが声で伝えた。


「異論はない」


 アレンの声をガルドが俺へ伝えてくれる。


『じゃあ一つ目は、それで』


 誰かがここにいるというだけで襲われるのは嫌だ。


 リリアがそうだった。


 次。


『二つ目』


 少しだけ間を置く。


『ここにいる人を、誰かの持ち物ってことにしない』


 ガルドが伝えた後、前室が静かになった。


 ミアの生命が僅かに揺れる。


 カイルが口を開く。


「奴隷も駄目ってことか?」


『少なくとも、俺の中では』


「理由は?」


『人は物じゃないだろ』


 それ以上は説明しなかった。


 俺には、それで十分だった。


 その時。


 ミアから、弱い意味が届いた。


『……ミアも?』


 一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。


 でも、すぐに分かった。


『もちろん』


 短く返す。


『ミアも誰かの物じゃない』


 しばらく返事はなかった。


 ただ、床に触れていた小さな生命が、ほんの少しだけ俺へ近づいた。


『リリアは?』


『賛成』


『ガルド』


『当たり前じゃ』


 アレンにも確認する。


 ガルドが声を掛けると、すぐに答えが返ってきた。


「俺もそれでいい」


『じゃあ二つ目も決まり』


 あと一つ。


 これは簡単だった。


『俺の身体を勝手に壊さない』


 ガルドが伝える。


 前室から少し間を置いて、カイルの声が返ってきた。


「お前の身体?」


『壁とか床とか』


「壊したら困るのか?」


『困るっていうか、嫌だな』


「嫌?」


『痛くはないけど、自分の身体を勝手に削ったり作り替えられたりするの、嫌だろ』


 少しの沈黙。


「……なるほどな」


『分かった?』


「一応な」


 今度はガルドから届く。


『採掘も勝手にやるなってことか?』


『そうなるかな』


『家を作る時もか』


『相談して』


『面倒な土地だな』


『土地じゃなくて俺だから』


『もっと面倒じゃ』


『ひどいな』


 リリアから、笑ったような感情が届いた。


『三つ目も、それでいい?』


『うん』


 ミアも小さく返す。


『……いい』


 アレンも異論はないらしい。


 ガルドが前室の三人へ三つを伝える。


 ネラが指を折りながら復唱した。


「一つ、人を勝手に傷つけない」


『うん』


「二つ、人を物扱いしない」


『うん』


「三つ、ユーマを勝手に弄らない」


『最後は壊さない、な』


 ガルドが俺の訂正を伝える。


「似たようなもんでしょ」


『ちょっと違う』


「細かいなあ」


『俺の身体だからな』


 ネラが笑う。


「でも、分かりやすいよ。三つなら覚えられる」


『だろ?』


 カイルが何かを呟いた。


 ガルドが俺へ伝える。


『兵士どもが困った顔で帰ってきた理由が、少し分かったとよ』


『何で?』


「自分で考えろ」


『またそれ?』


「考える迷宮なんだろ」


『誰が言ったんだよ』


「俺だ」


『勝手に決めるな』


 それ以上は続かなかった。


 調査は、そこで一区切りになった。


 ネラは最後に前室と通路をもう一度確認したが、俺が許可した範囲から先へは入らなかった。


 エミルもまだ調べたそうだったが、勝手に床や壁へ触れることはしなかった。


 約束は守っている。


 それだけで、来た時よりは少し信用できる気がした。


「今日はここまでにする」


 カイルの言葉をガルドが伝える。


『帰るのか?』


「一日で全部調べられるとは思ってねえ。また必要なら来る」


『できれば先に言って』


「どうやってだ」


『あ』


 そうだった。


 外から俺へ連絡する方法はない。


 前室を作って、来た相手と話せるようにはした。


 でも、来る前に知らせてもらう方法までは考えていなかった。


「その辺も考えとけ」


『宿題増やすなよ』


「迷宮なんだから何とかしろ」


『無茶言うな』


 カイルたちが立ち上がる。


 リリアとミアは少し離れた場所から見送っている。


 ガルドが石扉の近くへ移動し、アレンも前室側へ出た。


「じゃあな」


 カイルが出口へ向かう。


 少し歩いたところで立ち止まった。


「三つか……」


 三人の生命が出口側へ動き始める。


 今度は武器を抜くこともない。


 止める必要もない。


 前室から自然洞窟へ。


 三つの生命が少しずつ遠ざかる。


 やがて、一つずつ俺の感覚から消えていった。


 静かになる。


 最初は、俺一人しかいなかった。


 その時には、決まりなんて必要なかった。


 でも今は、俺の中に俺以外がいる。


 俺一人で決めたわけでもない。


 ここにいるみんなで、これだけは守ろうと決めた。


 人を勝手に傷つけない。


 人を誰かの物にしない。


 俺の身体を勝手に壊さない。


 とりあえず、三つだけ。


 今の俺たちには、それくらいで十分だった。

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