調査
カイルの最初の質問には、結局まともな答えを返せなかった。
俺が何者なのか。
それは俺自身が一番知りたい。
それで納得したのか、単に諦めたのか。
カイルは質問を変えた。
「分かるところから聞くぞ」
カイルの声を、床へ手をついたガルドが俺へ伝えてくる。
『助かる』
俺の返事を聞き、ガルドがカイルへ伝える。
面倒だけど仕方ない。
カイルたちとは直接言葉を交わせない以上、今はガルドに頼るしかなかった。
「まず、いつからここにいる」
『正確には分からない』
「大体でいい」
『そんなに長くはないと思う』
「規模は」
『それも正確には分からない』
カイルが眉を寄せたらしい。
ガルドが笑いながら伝えてきた。
『自分の大きさも分からんのか、とよ』
『最初は3m四方だった。でも、そこから広げてるからな』
ガルドが伝える。
少し間があった。
『どうやって広げるんだ、と聞いとる』
『境界に接してる岩を、少しずつ自分の領域にする。自分の身体になったら動かせる』
またガルドが声にする。
カイルは何かを書き留めているらしい。
「内部に魔物はいるか」
『今のところ、俺が魔物だと思ってるようなものはいない』
「住み着いていたことは」
『ないと思う』
「魔物を呼び寄せている自覚は?」
『ない』
「周囲の生物が増えたとか、変化したことは」
少し迷った。
『それは、あるかもしれない』
ガルドが伝える。
「詳しく」
『リリアたちが食べ物を探してる範囲に、木の実とか食べられるものが多いらしい。前より増えてる気がするって話も聞いた』
カイルの返事が少し遅れた。
「それは後で詳しく確認する」
『分かった』
また何かを書いているらしい。
質問は続いた。
「人を襲ったことは」
『ない』
「人や獣を食ったことは」
『ない』
「意図的に生命から何かを奪っている自覚は?」
『ない』
これも、今の俺が知っている範囲では本当だ。
カイルは淡々と質問を重ねる。
俺が知っていること。
知らないこと。
できること。
やったこと。
アレンにも似たようなことを聞かれていたから、それほど困らなかった。
ただ、一つだけ。
「人を殺したことは?」
その質問には、少しだけ間が空いた。
『ない』
「殺せないのか」
『……殺せると思う』
ガルドが伝えた後、前室が静かになった。
「どうやって」
『床とか壁を動かせるからな』
あの兵士を囲んだ時に分かった。
広げられるなら、狭められる。
人間は岩より柔らかい。
やろうと思えば、できる。
「実際に人へ使ったことは?」
『動きを止めるためならある。でも、殺すために使ったことはない』
カイルはしばらく何も言わなかった。
やがて、紙に何かを書くような微かな音が前室から伝わってくる。
「能力としては殺傷可能。実行歴なし」
『そうなるな』
隠すつもりはない。
俺だって、自分が人を殺せると気づいた時は怖かった。
相手が警戒するのも当然だ。
「次は魔力を調べたいです」
今度は別の声だった。
エミルらしい。
ガルドが内容を俺へ伝える。
『どうやって?』
「床や壁に触れて、魔力の状態を確認します。勝手に奥まで入り込むようなことはしません」
『痛くない?』
ガルドが俺の言葉を伝える。
少し間があった。
「……痛いかどうかは、やってみないと」
『おい』
「異常があればすぐ止めます」
正直なのか何なのか。
『まあ、いいよ。でも変なことはするなよ』
「もちろんです」
エミルが床へ手をついたらしい。
少しして、触れられている場所が分かった。
ガルドやリリアとは違う。
意味が流れ込んでくるわけではない。
何かで表面を撫でられているような、不思議な感覚だった。
『……変な感じするな』
「できれば、その部分を動かさないでください」
ガルドが伝えてくる。
『俺、普段ほぼ動かないけど』
ガルドが黙った。
前室から、エミルの声がする。
ガルドが少し笑った。
『確かにそうですね、だとよ』
『だろ?』
エミルは床を調べた後、場所を変えた。
壁。
石扉。
前室の別の場所。
一か所から俺の奥まで探るのではなく、自分で移動しながら一つずつ確かめていく。
そのたびに、触れられている場所が分かった。
「やはり、かなり似ています」
ガルドが伝える。
『何が?』
「床と壁、それに扉です。魔力の性質にほとんど差がありません」
『全部俺だからじゃない?』
ガルドがそのまま伝えた。
今度は、前室がしばらく静かになった。
「……全部?」
『床も壁も扉も、俺の身体だよ』
また沈黙。
何か書いている音がする。
『なんか変なこと言った?』
ガルドが声にする。
返事を聞いて、俺へ伝えた。
『変なことしか言ってねえ、とよ』
『失礼だな』
『ワシもそう思う』
『どっちの意味で?』
返事はなかった。
しばらくして、カイルが質問を再開した。
「エミル。普通の迷宮と違うのか」
「少なくとも、私がこれまで調べたものとは違います」
その答えをガルドが俺にも伝える。
「既知の迷宮でも、床や壁には魔力があります。ただ、ここまで同じ性質で連続しているものは見たことがありません」
『そうなの?』
「それと、もう一つ気になることがあります」
『何?』
エミルはすぐには答えなかった。
別の場所へ移動する。
床。
壁。
石扉。
また床。
何かを探すように、何度も場所を変えていく。
『何してるんだ?』
ガルドが聞いてくれた。
「魔力が特に強い場所を探しています」
『強い場所?』
「はい」
エミルが少し考えてから続ける。
「既知の迷宮なら、どこかに周囲より明確に魔力の集中した場所があります」
『へえ』
「一般に、そこを迷宮核と呼びます」
『迷宮核?』
前室が静かになった。
ガルドまで黙っている。
「……知らないんですか?」
『今初めて聞いた』
ガルドが俺の返事を伝える。
「本当に?」
『本当に』
「迷宮なのに?」
『俺に言われても』
また沈黙。
カイルが何かを言う。
ガルドが俺へ伝えた。
『エミルに探せるか聞いとる』
『危ないことしないなら』
「接触できる範囲を調べるだけです」
『ならいいよ』
そこから、エミルの調査は少し長くなった。
前室だけではなく、俺が許可した範囲の通路を移動する。
床へ触れる。
壁へ触れる。
場所を変える。
また調べる。
俺もその動きを感じながら待った。
その間、ネラは別のものを見ていた。
「この扉、閉じたら外から開けられる?」
ガルドを通して質問が届く。
『今のところ無理だと思う』
「この通路は?」
『居住区側へ続いてる』
「他に抜け道は?」
『この辺にはない』
「前室を作ったのは侵入を止めるため?」
『それもある』
「他にも?」
『話すため』
ネラの質問が止まった。
『前に兵士がそのまま奥まで入ってきて、大変だったんだよ』
ガルドが伝える。
『だから、次に誰か来た時は、いきなり中まで入られないようにした。でも閉じ込めたいわけじゃない』
「じゃあ、この部屋は何のため?」
『ここで一度止まってもらう』
少し考える。
『戦う前に、話せるように』
今度はカイルが何かを聞いた。
ガルドが俺へ伝える。
『兵士が来た後に、この構造を作ったのか、とよ』
『そう』
前室。
石扉。
曲がった通路。
前の三人が来た時にはなかった。
同じことが起きないように作った。
カイルがまた紙に何かを書いている。
「目的を持って内部構造を変更」
聞こえた言葉を、ガルドがそのまま送ってきた。
『そんなに珍しい?』
「迷宮が構造を変えること自体はある」
カイルの答えだ。
「だが、前に起きた出来事を理由に、次は対話できるよう部屋を作ったなんて話は聞いたことがねえ」
『そうなんだ』
「安心するところじゃねえぞ」
『俺、何なら安心していいの?』
ガルドが声にしたらしい。
前室からネラの笑い声らしき振動が伝わってきた。
少なくとも、さっきより空気は悪くなさそうだ。
しばらくして。
エミルが戻ってきた。
「分かりません」
その言葉をガルドが俺へ伝える。
『何が?』
「迷宮核です」
カイルが聞き返す。
「見つからないのか」
「はい。確認を許可された範囲だけですが、明確な魔力の集中点がありません」
「もっと奥にある可能性は?」
「あります」
エミルはすぐに答えた。
「ですから、存在しないとは断定できません。ただ……」
「ただ?」
「ここまで床も壁も同じような性質でつながっているのに、中心になるような場所が全く見えないのは妙です」
ガルドを通して、その言葉が俺にも届く。
『核って、そんなに大事なの?』
「既知の迷宮には、あるはずです」
『絶対?』
「少なくとも、私は迷宮核が確認できない迷宮を知りません」
そう言われても困る。
俺は自分の中へ意識を向けた。
壁。
床。
天井。
通路。
前室。
水場。
全部、俺だ。
どこか一つだけを指して、そこが俺の中心だと言われても分からない。
最初にいた3m四方の石室だって、今では俺の一部でしかない。
カイルが何かを言った。
ガルドが床へ触れる。
『少なくとも、兵士どもの報告に大きな嘘はなさそうだとよ』
『良かった』
『安心するな。普通じゃねえってところまで確認できたそうじゃ』
『そっちは良くないな』
他の迷宮を見たことがない。
だから、自分がどれくらい違うのかも分からない。
ただ、一つだけ新しく分かった。
迷宮なら、核がある。
少なくとも、カイルたちが知っている迷宮には。
でも。
俺の中には、それらしいものが見つからなかった。




