来訪者
三つの生命が、前室の中をゆっくりと動いている。
俺の感覚に入ってきてから、その動きは慎重だった。
少し進んでは止まる。
また進んで、止まる。
『何してるんだ?』
『周りを調べとるんじゃろ』
ガルドから返ってくる。
『兵士かな?』
『知らん』
『前の三人とは動きが違う気がするんだけど』
『お前さんに分からんもんが、ワシに分かるか』
『それもそうか』
三つの生命が、また止まった。
今度は長い。
前室の中だ。
『来たな』
『ああ』
『扉は』
『閉めてる』
前室の奥に作った石扉は閉じてある。
ここから先へ進むには、俺が開けるしかない。
兵士たちが来た時とは違う。
今度は、いきなり奥まで入ってこられることはない。
その時、気づいた。
『……あ』
『どうした』
『リリアとミア、まだ外だよな』
『ああ』
『まずくない?』
採取に出ている二人は、まだ戻ってきていない。
三人が敵なら、帰ってきた二人と外で出会うかもしれない。
ガルドがアレンへ声を掛けた。
短いやり取りの後、ガルドが床へ手をつく。
『アレンが入口側を見に行くとよ』
『頼む』
アレンの生命が動き始める。
リリアとミアが戻ってきた時に対応できる場所へ向かっているらしい。
『こっちはどうする』
『ちょっと待って。まだ何も分からない』
三つの生命が再び動いた。
前室の中をゆっくりと進む。
そして、石扉の手前で止まった。
*
「……ここか?」
カイルは誰もいない石室を見回した。
人はいない。
魔物も見当たらない。
あるのは石の床と壁。
そして奥には、周囲より僅かに形の違う厚い石壁がある。
ネラが大盾を持ったまま周囲を確認する。
「本当にここ?」
「報告じゃこの辺りだ」
「でも、何もいないよ」
「見りゃ分かる」
「場所、間違えたんじゃない?」
「その確認をするために連れてきた奴がいるだろ」
二人の視線がエミルへ向く。
「調べます」
エミルが床へ膝をついた。
片手を石床へ触れる。
目を閉じ、慎重に魔力を流す。
床。
壁。
その先。
探るように意識を広げていく。
「……これは」
「どうした?」
カイルが聞く。
エミルはすぐには答えず、今度は近くの壁へ手を触れた。
しばらくして、ゆっくり手を離す。
「場所は間違っていないと思います」
「分かるの?」
ネラが尋ねる。
「はい」
エミルが足元を見る。
「床にも壁にも魔力があります」
「迷宮なら普通じゃないの?」
「魔力があること自体は、おかしくありません。ただ……」
「何だ」
「性質がよく似ています」
カイルの目が細くなる。
「どういう意味だ」
「床と壁が、別々のものという感じがしません。この部屋全体が、一つにつながっているように感じます」
ネラが自分の足元を見る。
「……それって」
「まだ分かりません」
エミルは首を振った。
「ただ、少なくとも私が知っている迷宮とは少し違います」
「もう気づかれてると思うか?」
カイルが尋ねる。
エミルは少し考えた。
「兵士の報告が正しいなら、その可能性は高いかと」
「だよな」
カイルは周囲を見回した。
何もいない。
だが、こちらが来たことに気づいていないとは考えにくい。
床を動かして人間を転倒させた。
壁を動かして動きを封じた。
兵士たちの報告には、そう書かれていた。
なら、今もどこかから見られていると考えた方がいい。
正確には、どうやってこちらを認識しているのかすら分からないが。
カイルが声を上げた。
「いるんだろ」
返事はない。
少し待つ。
「ユーマ」
*
『お前さんを呼んどるぞ』
ガルドから意思が届いた。
『俺を?』
『ユーマって名前まで知っとる』
『ちゃんと報告したんだ』
少しだけ嬉しかった。
俺について知ってもらう。
そう言って、三人を帰した。
少なくとも、俺の名前は外まで持っていってくれたらしい。
ガルドが、前室から聞こえてくる声を俺へ伝える。
『探索者協会から調査に来たそうじゃ。戦うつもりはない。聞こえているなら返事をしてほしいとよ』
『返事って言われてもな』
俺の言葉は、そのままでは届かない。
リリアやガルドとは意味を交わせる。
ミアとも、今では短い言葉ならかなり通じる。
でも、誰とでも同じようにできるわけじゃない。
アレンとは、今でもまともな言葉のやり取りはできなかった。
『ワシが行く』
ガルドが動き始めた。
『大丈夫か?』
『話しに来たって言ってんだろ』
『分かった。でも危なかったらすぐ下がってくれ』
『分かっとる』
ガルドが石扉へ近づく。
俺は前室にいる三つの生命を意識した。
動いていない。
『開けるぞ』
『おう』
石扉を動かす。
岩がゆっくりと横へ滑っていく。
*
「動いた」
ネラが即座に反応した。
大盾を前へ出し、半歩だけカイルとエミルの前へ出る。
「ネラ」
「構えてないよ。守れる位置にいるだけ」
「ならいい」
石の壁だと思っていたものが、低い音を立てながら横へ移動していく。
その向こうから、一人の男が現れた。
低い背丈。
太い腕。
髭。
カイルは兵士から聞いた報告を思い出す。
「ドワーフか」
「ガルドだ」
男は三人を見た。
「ユーマと話しに来たんだな?」
「ああ」
「武器は抜くなよ」
「そのつもりはない」
ネラも盾を身体の横へ戻す。
「ならいい」
ガルドが前室へ入る。
石扉は開いたままだ。
だが、その向こうは通路が曲がっていて奥まで見えない。
カイルが僅かに視線を動かす。
「この部屋も、ユーマとかいう迷宮が作ったのか?」
「ああ」
「扉も?」
「そうだ」
「……随分と器用なことするな」
「本人に言ってやれ」
「話せるのか?」
「そのために出てきた」
ガルドが床を指した。
「試しに、誰か一人触ってみろ」
ネラがカイルを見る。
「大丈夫?」
「さあな」
「そこは大丈夫って言ってよ」
「嘘ついてどうする」
カイルはしゃがみ、床へ片手を置いた。
「これで?」
「少し意識を向けてみろ。無理に魔力を流し込むな」
「迷宮にか?」
「ああ」
「随分気軽に言いやがる」
「嫌ならやめとけ」
「それじゃ調査にならねえ」
カイルは目を閉じる。
床へ触れたまま、自分の魔力を僅かに広げる。
押し込まない。
ただ、そこにあるものを探る。
しばらくして。
何かに触れた。
「……」
大きい。
いや。
大きいという表現が正しいのかも分からない。
足元に何かがいる。
床だけではない。
壁。
天井。
さらに奥。
何かが、ずっと続いている。
こちらへ意識を向けられたような感覚がした。
だが。
言葉は来ない。
「……何かいるな」
ガルドが眉を上げる。
「聞こえたか?」
「いや」
「何か伝わったか」
「こっちを意識してるような感じはする。だが、言葉じゃねえ」
「駄目か」
「誰でも話せるんじゃねえのか?」
「そうらしい。ワシにも理由は分からん」
カイルが床から手を離した。
「兵士の報告じゃ、あんたは話せるんだよな」
「ああ」
「元兵士のアレンは?」
「まともには話せん」
「魔族の少女は?」
「話せる」
「獣人の少女は?」
「最初はほとんど駄目だったが、今は少し話せる」
カイルが黙った。
それから腰の小さな手帳を取り出す。
「何しとる」
「調査だ」
短く何かを書き込む。
「直接意思疎通には個人差あり、と」
「転んでもただじゃ起きんな、お前」
「仕事なんでな」
手帳をしまい、カイルがガルドを見る。
「で、どうする。俺は直接話せねえぞ」
「ワシが伝える」
「最初からそれでよかったんじゃねえか?」
「試してみんと分からんだろ」
「それもそうか」
ガルドが床へ手をつく。
*
『カイル・レヴァン。探索者だそうじゃ』
『カイルね』
前室にいる三つの生命のうち、一つ。
さっき俺へ触れようとしてきた生命だ。
何かが触れたのは分かった。
俺へ意識を向けていることも、なんとなく感じた。
でも、アレンと同じだ。
言葉にはならなかった。
『それで、調査って何が知りたいんだ?』
ガルドが俺の言葉を声に出して伝える。
カイルが答えた。
その声の意味を、またガルドが俺へ送る。
『お前さんの規模、構造、危険度。中に何がいるか。周辺にどんな影響を与えとるか』
『結構あるな』
ガルドが伝える。
すぐに返事が届いた。
『仕事なんでな、だそうだ』
『危険度って、俺が危ないかどうか?』
『そうだ。それを今から調べる、とよ』
当然と言えば当然か。
俺だって、自分が普通の迷宮なのか分からない。
『どうやって調べるんだ?』
『まず話す。それから見たり、測ったり、いろいろだそうじゃ』
『勝手はなしだぞ』
ガルドがそのまま伝える。
カイルの返事を聞いて、また床へ手をつく。
『そこは相談する、と』
『ならいいよ』
話が早い。
剣を向けられるより、ずっといい。
その時、入口側に新しい生命が二つ触れた。
『あ』
『今度は何だ』
『リリアとミアが戻ってきた』
前室にいる三人とは反対側。
外から戻ってきた二つの生命が、俺の領域へ入った。
『アレンがそっちに行っとる。任せとけ』
『分かった』
少し安心する。
前室の三人も動いていない。
今のところ、問題はなさそうだ。
ガルドがカイルと何か話している。
少しして、また床へ触れた。
『向こうから一つ聞きたいそうじゃ』
『どうぞ』
ガルドがカイルの言葉を伝えてくる。
『中におる魔族と獣人は、お前さんの仲間か、と』
『仲間だよ』
少し考える。
『リリアとミア。今、外から帰ってきた』
ガルドが伝える。
カイルから返事があった。
『手を出すつもりはないそうじゃ』
『そっか』
少し安心した。
『そっちの二人は?』
ガルドが聞き返す。
しばらくして答えが届く。
『トラ系獣人のネラ・ファーン。盾役じゃ』
『獣人なんだ』
『もう一人はエミル。魔力や迷宮構造を調べるのが得意らしい』
『へえ』
兵士とは違う。
やっぱり本当に調べに来た人たちらしい。
ガルドがカイルと話している。
少しして、また床へ触れた。
『じゃあ、本題に入りたいそうじゃ』
『どうぞ』
ガルドから伝わってくる意思が少し変わった。
さっきまでより、真面目なものになる。
『まず、一番聞きたいとよ』
『何?』
短い間。
ガルドがカイルの言葉を、そのまま俺へ伝えた。
『お前さんは、何者だ』
『……』
迷宮。
それは間違いないと思う。
でも、元は人間だった。
気づいたら石室になっていた。
どうしてこうなったのかは、今でも分からない。
『……それ、俺も知りたいんだよな』
ガルドから返事はなかった。
代わりに、前室の方から何か声がした。
意味までは分からない。
しばらくして、ガルドの意思が届く。
『随分と面倒な奴を調べに来ちまった、とよ』
『失礼だな』
『ワシもそう思う』
『ガルドまで?』
前室を作って最初に迎えた客は、どうやら随分と面倒な質問を持ってきたらしい。




