扉
三人を帰した翌日。
『なんか静かになったな』
『5日前に戻っただけだろ』
ガルドから返ってくる。
『そうなんだけどさ』
生命が三つ減った。
それだけなのに、少し広くなったような気がする。
5日しかいなかったのに、不思議なものだ。
近くでリリアが床へ触れた。
『あの人たち、ちゃんと帰れたかな』
『武器も返したし、兵士なんだから俺たちより慣れてるだろ』
『そうだけど……』
『心配?』
『ちょっとだけ』
『最後まで怖がってたのに?』
『怖かったよ』
リリアは少し間を置いた。
『でも、最後は何もしなかったから』
『そっか』
5日前なら、リリアが人間の兵士を心配することなんてなかったかもしれない。
怖くなくなったわけじゃない。
人間を信用するようになったわけでもない。
それでも、あの三人をただ「怖い人間」とだけ考えてはいないらしい。
あの5日間は、無駄じゃなかった。
アレンが近くで声を上げた。
ガルドがその言葉を拾い、床へ手をつく。
『アレンが、安心するのはまだ早いぞ、とよ』
『してないよ』
ガルドが伝える。
アレンの返事を、また俺へ流す。
『三人を帰したんだ。報告すれば、次はもっと大勢で来るかもしれない、だと』
『だよな』
『怖くないのか、と聞いとる』
『怖いさ』
そこは普通に怖い。
三人でも、あれだけ大変だった。
10人来たらどうなる。
20人なら。
もっと来たら。
アレンが何かを言う。
『なら、何か考えておけ、とよ』
『そうする』
怖いから閉じこもる。
それも一つの方法かもしれない。
でも、せっかく三人を帰したのに、次に来た人間を全部敵にしていたら意味がない。
『戦わなくて済むようにしたいな』
ガルドが伝える。
返ってきた言葉を、また俺へ送る。
『できるならな、だと』
俺にできることか……。
自分の中へ意識を向ける。
リリアとミアが生活している場所。
ガルドが使っている場所。
食事をする机。
収納用に作った穴。
少しずつ変えてきた。
最初は何もない、小さな石の部屋だった。
そこから水を通した。
人が眠れる場所を作った。
物を置く場所を作った。
人が増えるたびに、少しずつ広げた。
ふと、外へ続く通路に意識が向く。
『……そうか』
『今度は何だ』
ガルドが反応した。
『俺の入口、開きっぱなしじゃない?』
『今さらか』
自然洞窟から俺の中へ続く通路。
そこには、誰かを止めるものが何もない。
リリアが迷い込んできた時も。
アレンが入ってきた時も。
三人の兵士が入ってきた時も。
一度俺の身体になっている場所まで来れば、そのまま奥へ進めた。
『これ、閉められるようにした方がよくない?』
『そりゃそうだ』
『やっぱり?』
『今まで必要なかったから言わなかったがな』
『言ってよ』
『自分で考えろ』
『最近それ多くない?』
『少しは成長しろ』
『じゃあ、扉を作ろう』
『どんな扉だ』
『普通の?』
『普通って何だ』
『こう……開くやつ』
前世で扉と言えば、木や金属でできたものだった。
蝶番があって。
取っ手があって。
押したり引いたりして開ける。
でも、そんなものをわざわざ作る必要があるんだろうか。
俺は、自分の岩を動かせる。
『壁をそのまま動かせばいいか』
『ああ、それでいい』
『最初から言ってよ』
『お前さんが自分で気づいたんだろ。いいことじゃねえか』
褒められたのか。
よく分からない。
入口近くの、自分の身体になっている岩へ意識を向ける。
まずは通路の幅を確かめる。
ここを塞ぐ。
ただ岩を盛り上げるだけでは駄目だ。
開けたり閉めたりできないと意味がない。
通路脇の壁を少し厚くする。
自分の身体になっている範囲で形を変え、動かす部分を作っていく。
足りなければ、境界を少し外へ広げる。
隣り合う岩盤を、ゆっくり自分の領域へ変えていく。
自分の一部になったことを確かめてから、形を整える。
以前なら、これだけでもかなり時間がかかった。
今は違う。
どう動かしたいのかを考える。
岩が応える。
少しずつ、通路を塞げる厚い壁ができていく。
『ここを動かす』
作った部分へ意識を集中する。
横へ。
ゆっくり。
岩の壁が動く。
閉じていた通路に隙間が生まれ、その隙間が広がっていく。
『おお』
『何を驚いとる』
『ちゃんと開いた』
『自分でやったんだろ』
『そうだけど』
もう一度戻す。
岩の壁が動き、通路を塞ぐ。
『閉まった』
『見りゃ分かる』
そうだ。
少し試してみよう。
『リリア』
『何?』
『ちょっと試してみて』
『何を?』
『こっちに来て』
リリアの生命が動き始める。
ミアも一緒についてきた。
二人が新しく作った壁の近くまで来る。
リリアの手が壁へ触れた。
『これ?』
『そう』
『壁だよ』
『今はね』
少し待つ。
『……どうするの?』
『開けてって伝えてみて』
リリアの手から意思が届く。
『開けて』
『はいよ』
壁を動かす。
リリアの生命が少し下がった。
『わっ』
『どう?』
『壁が動いた』
『扉さ』
『これが?』
ミアが近づく。
壁に触れたらしい。
リリアを通して、ミアの感想も届いた。
『すごいって』
『だろ?』
『閉められる?』
『もちろん』
壁を戻す。
通路が閉じる。
『閉まった』
『これなら勝手に奥まで入ってこられない』
リリアが壁へ触れたまま尋ねる。
『ユーマが開けるの?』
『うん』
『じゃあ、私が外から帰ってきたら?』
そこで止まった。
『……あ』
『何?』
今のままだと、外へ出たリリアから「開けて」と言われても分からない。
俺の外で声を出されても、言葉の意味は受け取れない。
『駄目じゃん』
『何が?』
『リリアが俺の外にいたら、開けてって言われても分からない』
『あ』
リリアも気づいたらしい。
ガルドから呆れたような意思が届く。
『だから扉だけ作って終わるな』
『先に言ってよ』
『今、気づいただろ』
『最近、教育方針変えた?』
『知らん』
でも、これは考えないといけない。
扉の向こう側にも、俺の身体になっている場所があればいい。
そこまで戻ってきたリリアが床か壁へ触れれば、俺に意思を伝えられる。
『じゃあ、扉の外側にも俺の場所を作る』
『そうしろ』
『帰ってきたら、そこで床か壁に触れて』
『うん』
『それなら分かる』
これで一つ解決した。
と思ったところで、ガルドから意思が届く。
『まだだ』
『今度は何?』
『扉だけじゃ足りん』
『何で?』
『次に人が来たらどうする』
『開けない』
『話をするんだろ』
『あ』
そうだった。
扉を閉めて追い返すだけでは、話す機会も作れない。
『じゃあ開ける?』
『それじゃ今までと同じだ』
『うーん……』
扉の向こう。
自然洞窟。
そこから先に、俺の身体になっている場所を作る。
だったら。
『扉の前に部屋を作る?』
『そうだ』
『来た人は、そこで待ってもらう』
『話をするにも、その方がいい』
『なるほど』
ガルドが入口近くまで移動してくる。
『広さは取れるか?』
『やってみるよ』
扉の外側。
自然洞窟へつながる側へ意識を向ける。
いきなり大きくは広げられない。
境界に接している岩盤を少しずつ自分の領域へ変える。
身体になった部分を確かめる。
そこから形を変える。
また少し広げる。
その繰り返しだ。
以前よりずっと速くなったとはいえ、一瞬で部屋ができるわけじゃない。
少しずつ壁の位置を変える。
床を均す。
天井は触りすぎない。
『そこ、もう少し広げろ』
『このくらい?』
『もう少しだ』
『結構広いよ?』
『人が何人来るか分からんだろ』
『大勢来たら嫌なんだけど』
『嫌でも来る時は来る』
『怖いこと言うなよ』
『現実だ』
仕方なく、もう少し広げる。
ガルドが中を歩きながら確認している。
『奥が見えんようにしろ』
『何で?』
『扉を開けた時に、中が全部見えたら意味がない』
『ああ』
通路も少し変える。
扉の先から居住区へ続く道を、まっすぐではなく少し曲げる。
これなら扉を開けても、その先までは見通せないらしい。
ガルドに何度か確認してもらいながら、形を整えていく。
しばらくして、一つの空間ができた。
広めの石の部屋。
その奥に、俺が動かす石の扉。
扉の向こうには、リリアたちが暮らしている場所へ続く通路。
反対側は自然洞窟へ続いている。
ここも、今は俺の身体だ。
外から帰ってきたリリアやミアがここまで来れば、床や壁への接触で意思を伝えられる。
『できた?』
『まあ、こんなもんだろ』
『おお』
『まだ何もねえけどな』
『必要になったら作ればいいよ』
机。
椅子。
灯り。
その辺りは後でもいい。
今必要なのは、誰かが来た時にいきなり奥まで入られないこと。
そして。
戦う前に、話ができる場所。
リリアが床へ触れる。
『人間が来るの?』
『来るかもしれない』
『また戦うの?』
少しだけ不安が混じっている。
『できれば話す』
『話す?』
『うん』
前は、そんな準備をしていなかった。
突然、人が入ってきた。
リリアを見つけた。
剣を抜いた。
だから俺は止めた。
あの時は、それしかできなかった。
でも、次は違う。
『今度は、最初に話せるようにしよう』
『……うん』
『そのための部屋』
リリアから、少しだけ安心したような感情が届いた。
もう一度、新しく作った空間を意識する。
誰もいない。
ただの石の部屋。
まだ机もない。
椅子もない。
立派なものでもない。
『これで話くらいはできるかな』
『相手が話をする気ならな』
ガルドが答える。
『そこは相手次第か』
『そういうことだ』
全部を俺が決めることはできない。
誰が来るのかも。
何人で来るのかも。
何のために来るのかも。
相手が話をする気なのかも。
それでも、できることはある。
これまで、入口はただ開いていた。
入ってくるものを、俺は中で待つしかなかった。
今は違う。
誰を迎えるのか。
そのために扉を開くのか。
初めて、俺自身で選べるようになった。




