↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/47

扉

 三人を帰した翌日。


『なんか静かになったな』


『5日前に戻っただけだろ』


 ガルドから返ってくる。


『そうなんだけどさ』


 生命が三つ減った。


 それだけなのに、少し広くなったような気がする。


 5日しかいなかったのに、不思議なものだ。


 近くでリリアが床へ触れた。


『あの人たち、ちゃんと帰れたかな』


『武器も返したし、兵士なんだから俺たちより慣れてるだろ』


『そうだけど……』


『心配?』


『ちょっとだけ』


『最後まで怖がってたのに?』


『怖かったよ』


 リリアは少し間を置いた。


『でも、最後は何もしなかったから』


『そっか』


 5日前なら、リリアが人間の兵士を心配することなんてなかったかもしれない。


 怖くなくなったわけじゃない。


 人間を信用するようになったわけでもない。


 それでも、あの三人をただ「怖い人間」とだけ考えてはいないらしい。


 あの5日間は、無駄じゃなかった。


 アレンが近くで声を上げた。


 ガルドがその言葉を拾い、床へ手をつく。


『アレンが、安心するのはまだ早いぞ、とよ』


『してないよ』


 ガルドが伝える。


 アレンの返事を、また俺へ流す。


『三人を帰したんだ。報告すれば、次はもっと大勢で来るかもしれない、だと』


『だよな』


『怖くないのか、と聞いとる』


『怖いさ』


 そこは普通に怖い。


 三人でも、あれだけ大変だった。


 10人来たらどうなる。


 20人なら。


 もっと来たら。


 アレンが何かを言う。


『なら、何か考えておけ、とよ』


『そうする』


 怖いから閉じこもる。


 それも一つの方法かもしれない。


 でも、せっかく三人を帰したのに、次に来た人間を全部敵にしていたら意味がない。


『戦わなくて済むようにしたいな』


 ガルドが伝える。


 返ってきた言葉を、また俺へ送る。


『できるならな、だと』


 俺にできることか……。


 自分の中へ意識を向ける。


 リリアとミアが生活している場所。


 ガルドが使っている場所。


 食事をする机。


 収納用に作った穴。


 少しずつ変えてきた。


 最初は何もない、小さな石の部屋だった。


 そこから水を通した。


 人が眠れる場所を作った。


 物を置く場所を作った。


 人が増えるたびに、少しずつ広げた。


 ふと、外へ続く通路に意識が向く。


『……そうか』


『今度は何だ』


 ガルドが反応した。


『俺の入口、開きっぱなしじゃない?』


『今さらか』


 自然洞窟から俺の中へ続く通路。


 そこには、誰かを止めるものが何もない。


 リリアが迷い込んできた時も。


 アレンが入ってきた時も。


 三人の兵士が入ってきた時も。


 一度俺の身体になっている場所まで来れば、そのまま奥へ進めた。


『これ、閉められるようにした方がよくない?』


『そりゃそうだ』


『やっぱり?』


『今まで必要なかったから言わなかったがな』


『言ってよ』


『自分で考えろ』


『最近それ多くない?』


『少しは成長しろ』


『じゃあ、扉を作ろう』


『どんな扉だ』


『普通の?』


『普通って何だ』


『こう……開くやつ』


 前世で扉と言えば、木や金属でできたものだった。


 蝶番があって。


 取っ手があって。


 押したり引いたりして開ける。


 でも、そんなものをわざわざ作る必要があるんだろうか。


 俺は、自分の岩を動かせる。


『壁をそのまま動かせばいいか』


『ああ、それでいい』


『最初から言ってよ』


『お前さんが自分で気づいたんだろ。いいことじゃねえか』


 褒められたのか。


 よく分からない。


 入口近くの、自分の身体になっている岩へ意識を向ける。


 まずは通路の幅を確かめる。


 ここを塞ぐ。


 ただ岩を盛り上げるだけでは駄目だ。


 開けたり閉めたりできないと意味がない。


 通路脇の壁を少し厚くする。


 自分の身体になっている範囲で形を変え、動かす部分を作っていく。


 足りなければ、境界を少し外へ広げる。


 隣り合う岩盤を、ゆっくり自分の領域へ変えていく。


 自分の一部になったことを確かめてから、形を整える。


 以前なら、これだけでもかなり時間がかかった。


 今は違う。


 どう動かしたいのかを考える。


 岩が応える。


 少しずつ、通路を塞げる厚い壁ができていく。


『ここを動かす』


 作った部分へ意識を集中する。


 横へ。


 ゆっくり。


 岩の壁が動く。


 閉じていた通路に隙間が生まれ、その隙間が広がっていく。


『おお』


『何を驚いとる』


『ちゃんと開いた』


『自分でやったんだろ』


『そうだけど』


 もう一度戻す。


 岩の壁が動き、通路を塞ぐ。


『閉まった』


『見りゃ分かる』


 そうだ。


 少し試してみよう。


『リリア』


『何?』


『ちょっと試してみて』


『何を?』


『こっちに来て』


 リリアの生命が動き始める。


 ミアも一緒についてきた。


 二人が新しく作った壁の近くまで来る。


 リリアの手が壁へ触れた。


『これ?』


『そう』


『壁だよ』


『今はね』


 少し待つ。


『……どうするの?』


『開けてって伝えてみて』


 リリアの手から意思が届く。


『開けて』


『はいよ』


 壁を動かす。


 リリアの生命が少し下がった。


『わっ』


『どう?』


『壁が動いた』


『扉さ』


『これが?』


 ミアが近づく。


 壁に触れたらしい。


 リリアを通して、ミアの感想も届いた。


『すごいって』


『だろ?』


『閉められる?』


『もちろん』


 壁を戻す。


 通路が閉じる。


『閉まった』


『これなら勝手に奥まで入ってこられない』


 リリアが壁へ触れたまま尋ねる。


『ユーマが開けるの?』


『うん』


『じゃあ、私が外から帰ってきたら?』


 そこで止まった。


『……あ』


『何?』


 今のままだと、外へ出たリリアから「開けて」と言われても分からない。


 俺の外で声を出されても、言葉の意味は受け取れない。


『駄目じゃん』


『何が?』


『リリアが俺の外にいたら、開けてって言われても分からない』


『あ』


 リリアも気づいたらしい。


 ガルドから呆れたような意思が届く。


『だから扉だけ作って終わるな』


『先に言ってよ』


『今、気づいただろ』


『最近、教育方針変えた?』


『知らん』


 でも、これは考えないといけない。


 扉の向こう側にも、俺の身体になっている場所があればいい。


 そこまで戻ってきたリリアが床か壁へ触れれば、俺に意思を伝えられる。


『じゃあ、扉の外側にも俺の場所を作る』


『そうしろ』


『帰ってきたら、そこで床か壁に触れて』


『うん』


『それなら分かる』


 これで一つ解決した。


 と思ったところで、ガルドから意思が届く。


『まだだ』


『今度は何?』


『扉だけじゃ足りん』


『何で?』


『次に人が来たらどうする』


『開けない』


『話をするんだろ』


『あ』


 そうだった。


 扉を閉めて追い返すだけでは、話す機会も作れない。


『じゃあ開ける?』


『それじゃ今までと同じだ』


『うーん……』


 扉の向こう。


 自然洞窟。


 そこから先に、俺の身体になっている場所を作る。


 だったら。


『扉の前に部屋を作る?』


『そうだ』


『来た人は、そこで待ってもらう』


『話をするにも、その方がいい』


『なるほど』


 ガルドが入口近くまで移動してくる。


『広さは取れるか?』


『やってみるよ』


 扉の外側。


 自然洞窟へつながる側へ意識を向ける。


 いきなり大きくは広げられない。


 境界に接している岩盤を少しずつ自分の領域へ変える。


 身体になった部分を確かめる。


 そこから形を変える。


 また少し広げる。


 その繰り返しだ。


 以前よりずっと速くなったとはいえ、一瞬で部屋ができるわけじゃない。


 少しずつ壁の位置を変える。


 床を均す。


 天井は触りすぎない。


『そこ、もう少し広げろ』


『このくらい?』


『もう少しだ』


『結構広いよ?』


『人が何人来るか分からんだろ』


『大勢来たら嫌なんだけど』


『嫌でも来る時は来る』


『怖いこと言うなよ』


『現実だ』


 仕方なく、もう少し広げる。


 ガルドが中を歩きながら確認している。


『奥が見えんようにしろ』


『何で?』


『扉を開けた時に、中が全部見えたら意味がない』


『ああ』


 通路も少し変える。


 扉の先から居住区へ続く道を、まっすぐではなく少し曲げる。


 これなら扉を開けても、その先までは見通せないらしい。


 ガルドに何度か確認してもらいながら、形を整えていく。


 しばらくして、一つの空間ができた。


 広めの石の部屋。


 その奥に、俺が動かす石の扉。


 扉の向こうには、リリアたちが暮らしている場所へ続く通路。


 反対側は自然洞窟へ続いている。


 ここも、今は俺の身体だ。


 外から帰ってきたリリアやミアがここまで来れば、床や壁への接触で意思を伝えられる。


『できた?』


『まあ、こんなもんだろ』


『おお』


『まだ何もねえけどな』


『必要になったら作ればいいよ』


 机。


 椅子。


 灯り。


 その辺りは後でもいい。


 今必要なのは、誰かが来た時にいきなり奥まで入られないこと。


 そして。


 戦う前に、話ができる場所。


 リリアが床へ触れる。


『人間が来るの?』


『来るかもしれない』


『また戦うの?』


 少しだけ不安が混じっている。


『できれば話す』


『話す?』


『うん』


 前は、そんな準備をしていなかった。


 突然、人が入ってきた。


 リリアを見つけた。


 剣を抜いた。


 だから俺は止めた。


 あの時は、それしかできなかった。


 でも、次は違う。


『今度は、最初に話せるようにしよう』


『……うん』


『そのための部屋』


 リリアから、少しだけ安心したような感情が届いた。


 もう一度、新しく作った空間を意識する。


 誰もいない。


 ただの石の部屋。


 まだ机もない。


 椅子もない。


 立派なものでもない。


『これで話くらいはできるかな』


『相手が話をする気ならな』


 ガルドが答える。


『そこは相手次第か』


『そういうことだ』


 全部を俺が決めることはできない。


 誰が来るのかも。


 何人で来るのかも。


 何のために来るのかも。


 相手が話をする気なのかも。


 それでも、できることはある。


 これまで、入口はただ開いていた。


 入ってくるものを、俺は中で待つしかなかった。


 今は違う。


 誰を迎えるのか。


 そのために扉を開くのか。


 初めて、俺自身で選べるようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。