外へ
それから、5日が過ぎた。
特別なことは何もしていない。
朝になれば食事をして、リリアとミアは周辺へ食料を探しに行く。兵士三人は俺の中に残り、アレンやガルドと話しながら二人の帰りを待った。
ガルドは相変わらず、俺の壁や床を弄っている。
気になるところを見つけては注文をつけ、そのたびに俺が岩を動かした。
兵士たちにも、俺たちと同じ食事と水を渡した。
最初は警戒していた若い兵士も、2日目には黙って受け取るようになった。
3日目には、もう一人の兵士が食べ終わった器を集めていたと、ガルドが教えてくれた。
その時に交わした言葉も、床へ触れながら俺へ伝えてくれる。
「置いときゃいい」
ガルドが言った。
「ああ、だが……」
もう一人の兵士が答える。
「捕虜がそんなこと気にするな」
「捕虜だから何もしなくていいってのも落ち着かないんだよ」
「変な奴だな」
「そっちに言われたくない」
そんなやり取りがあった。
隊長も、必要なことがあれば普通にアレンやガルドと話すようになった。
若い兵士は相変わらずリリアとは距離を取っている。
リリアも同じだった。
それでも、最初の頃のような張り詰めた感じは少なくなっているらしい。
4日目。
採取から戻ってきたリリアとミアが、いつもより多くの食料を持ち帰った。
「今日は随分採れたな」
ガルドが二人を迎える。
「うん。でも、ちょっと重かった」
リリアが答えた。
その時、もう一人の兵士が動いた。
「手伝うぞ」
ガルドが会話の意味を俺にも伝えてくれる。
リリアが止まった。
「……大丈夫」
「いいから貸せ」
「でも」
「逃げないから安心しろ」
「そういう意味じゃ……」
「じゃあ貸せ」
少し間があった。
リリアが持っていたものを渡したらしい。
「……ありがとう」
「ああ」
それだけだった。
でも、少し嬉しかった。
そして、5日目。
『ガルド』
『何だ』
『三人、どう?』
『どうとは?』
『何か変わった?』
『自分で分からんのか』
『生命がどこにいるかは分かるけど、顔は見えないからな』
『ああ、そうだったな』
『忘れてただろ』
『たまにな』
『忘れないでよ』
『面倒くせえ奴だな』
『それで?』
ガルドが少し考えた。
『最初よりはマシな顔しとる』
『それだけ?』
『それ以上、何を聞きたい』
『俺のこと信用してそうとか』
『知らん』
『顔見えるんだろ?』
『顔見ただけで何でも分かったら苦労せんわ』
『それもそうか』
結局、本人たちにしか分からない。
この5日間、誰かが暴れたことはない。
逃げようとしたこともない。
リリアやミアに危害を加えようとしたこともなかった。
俺も三人を岩で囲わず、俺の身体になっている場所なら自由に動いてもらった。
それで、5日。
5日間で信用できるようになったのかと聞かれれば、分からない。
三人だって、俺を信用したかどうかは分からない。
でも、それは最初から決めていたことだった。
俺たちが普段どうしているのか見てもらう。
その上で、帰す。
ずっと閉じ込めておくつもりはなかった。
ガルドの近くでアレンが声を上げる。
ガルドがそれを聞き、床へ手をついた。
『アレンが、そろそろ決めた方がいいとよ』
『そうだな……』
『5日だ。もう捜索が始まっていてもおかしくない、だそうだ』
『そうだよな』
三人が戻らなければ、王国も探す。
長く置いておけば、その分だけ状況が悪くなるかもしれない。
『アレンはどう思う?』
ガルドが聞く。
アレンから返事が来た。
『また俺に聞くのか、だと』
『参考までに』
ガルドが伝える。
『お前が決めろ、とよ』
『ガルドにも同じこと言われた』
『最後に決めるのはお前だそうだ』
そうだったな。
俺のことだ。
ここは俺の中で、三人を捕まえたのも俺だ。
『……分かった』
決めよう。
『三人を帰す』
ガルドの手から、すぐには返事が来なかった。
アレンと何か話している。
少しして、その意味が届く。
『本当にいいんだな、と』
『うん』
『報告されるぞ』
『分かってる』
『王国から誰か来るかもしれない』
『それも分かってる』
『敵として来る可能性もある』
『それも』
少し間があった。
『ならいい、だと』
俺はガルドに頼んで、三人へ話を伝えてもらった。
『5日しかなかったけど、俺のことはなんとなく見てもらえたと思う』
三人は黙って聞いているらしい。
『俺たちがここでどう暮らしてるのかも見てもらった。だから、あとは君らに任せるよ』
少しだけ考える。
『そんなに危ない迷宮じゃないって言ってくれると嬉しいけどね』
ガルドから呆れたような意思が届いた。
『最後にそれを言うのか』
『お願いくらいしてもいいだろ』
『好きにしろ』
ガルドが俺の言葉をそのまま伝え、三人の返事も俺へ返してくれる。
少し間があった。
「分かった」
隊長が答えた。
「ここで見たことを、ありのまま報告する」
ガルドが、その言葉を俺へ伝える。
『ありのまま、か』
『不満か?』
『いや。それでいい』
安全だと言ってくれるわけじゃない。
危険じゃないと言ってくれるわけでもない。
でも、それでいい。
この5日間で自分が見たものを、そのまま持って帰ってくれる。
俺が頼めるのは、そこまでだ。
『じゃあ、帰っていいよ』
ガルドが伝える。
三人はすぐには動かなかった。
『どうしたの?』
『驚いとる』
『帰りたかったんだろ?』
隊長が確認する。
「本当にいいのか」
『うん』
「俺たちは王国へ戻る」
『うん』
「報告もする」
『さっき聞いた』
隊長が黙ったらしい。
やがて、三人が動き始める。
アレンが、離れた場所に置いていた三人の武器を持ってきた。
『武器も返すの?』
ガルドがアレンへ伝える。
「武器がなければ帰り道が危険だ」
その意味が俺へ届く。
『まあ、そうか』
少し考える。
『ここまでやったんだ。無事に帰ってもらわないとな』
ガルドから小さな笑いのような意思が返ってきた。
『お前さんらしいわ』
ガルドが三人との間に立つ。
念のためらしい。
アレンが最初に隊長へ剣を渡した。
隊長が受け取る。
次に、もう一人の兵士。
最後に若い兵士。
三人とも武器を持った。
リリアの手から伝わる感情が、少しだけ揺れる。
『リリア、大丈夫?』
『……うん』
ミアがリリアの近くへ移動した。
ガルドが三人を見てから床へ触れる。
『誰も剣は抜いとらん』
『そっか』
それだけのことなのに、少し安心した。
5日前は違った。
剣を持った人間が入ってきた。
リリアを見つけた。
剣を抜いた。
そして、戦いになった。
今は、同じ三人が剣を持っている。
でも、誰も構えていない。
「じゃあ、行く」
隊長が言った。
アレンとガルドが、外へ戻る三人を送っていく。
リリアとミアは残った。
俺は、遠ざかっていく三つの生命を追う。
三人は俺の中を進んでいる。
俺の身体は、以前より自然洞窟側へ広がっていた。
その中を三つの生命が外へ向かっていく。
やがて、一つが遠くなった。
『そろそろ俺の外?』
近くにいるガルドが床へ触れる。
『ああ』
その直後。
最初の生命反応が消えた。
一人が、俺の中から外へ出た。
続いて、もう一つ。
最後に残った一つが止まる。
『どうした?』
ガルドが外の方を見たらしい。
『若いのが振り返っとる』
『何か忘れ物?』
『そうじゃねえだろうな』
『じゃあ何?』
『知らん』
少しして、その生命反応も動き始めた。
遠ざかる。
そして。
消えた。
『行ったか……』
三つとも、もう感じない。
少し前まで俺の中にいた。
敵として入ってきた三人。
戦って。
捕まえて。
話して。
食事をして。
5日間、一緒に過ごした。
その三人が、外へ戻っていった。
ガルドが床へ手をついた。
『本当に良かったのか?』
『分からない』
『おい』
『だって、これからどうなるかなんて分からないだろ』
『まあな』
『王国軍が来るかもしれない』
『ああ』
『俺を危険だって言うかもしれない』
『そうだな』
少し考える。
『正直、怖いけどな』
『なら、帰さん方がよかったんじゃねえか』
『それとこれとは別だろ』
ずっと閉じ込めておくことはできない。
俺たちを見てもらった。
話もした。
その上で帰すと決めた。
なら、帰す。
俺はもう一度、三人が消えた方を意識した。
何も感じない。
ここから先、何が起きるのかは分からない。
それでも。
俺のことを知っている人間が、初めて外の世界へ戻っていった。




