知ってもらう
紅月戦争の話が終わっても、しばらく誰も動かなかった。
リリアと若い兵士とアレン、それぞれの知っている歴史に、ガルドが聞いてきた話。
どれが正しいのかは分からない。
俺としては、もう少し考えたかった。
でも、そうもいかなかった。
ガルドが近くの会話を拾い、意味を俺にも伝えてくれている。俺の返事も、必要なものは声にして返してくれる。
「それで」
隊長がアレンに話しかけた。
「俺たちをどうするつもりだ」
そっちが残っていた。
『……それなんだよな』
ガルドの手から、呆れたような意思が返ってくる。
『お前さんが言うな』
『いや、忘れてたわけじゃないよ』
『本当か?』
『ちょっと後回しになってただけ』
『忘れてたんじゃねえか』
『違うって』
アレンが隊長へ向き直ったらしい。
「今すぐ帰すわけにはいかない」
「理由は?」
「分かってるだろ」
「お前の口から聞きたい」
アレンが少し黙った。
「ここを見た」
「ああ」
「迷宮だと知った」
「ああ」
「中に魔族と獣人がいることも知った」
「そうだな」
「それで帰せると思うか?」
隊長から返事はなかった。
俺は少し考える。
『帰したら駄目なの?』
『駄目とは言わん』
『じゃあ帰す?』
『話を最後まで聞け』
『はい』
『帰したら、こいつらは自分の国へ戻る』
『うん』
『ここで見たことを報告する』
『……やっぱり?』
『兵士だからな』
それなら、本人に聞けばいい。
『隊長に聞いて』
『何をだ』
『帰ったら、ここで見たことを報告するか』
『聞かなくても分かるだろ』
『本人から聞きたい』
ガルドが床から手を離し、隊長へ俺の質問を伝えた。
少し間があった。
「報告する」
答えは短かった。
ガルドの手が再び床へ触れる。
『やっぱりするんだ』
俺の言葉を聞いたガルドが、そのまま隊長へ伝える。
「俺たちは王国兵だ」
隊長が続けた。
「任務中に未知の迷宮を発見した。報告しないという選択はできない」
『黙っててって頼んでも?』
ガルドが伝える。
隊長は少しだけ間を置いた。
「約束はできない」
『正直だな』
『嘘をついて帰るよりマシだろ』
『それはそうだけど』
悪意があるわけじゃない。
仕事だから報告する。
それは分かる。
『報告されたら、どうなる?』
ガルドを通してアレンへ尋ねる。
アレンは少し考えてから答えた。
「分からん」
『また?』
「俺が決めることじゃない」
『予想は?』
「少なくとも、調査には来るだろうな」
『誰が?』
「王国の人間だ」
『兵士?』
「その可能性は高い」
『調査されるだけなら――』
「ユーマ」
アレンが俺の名を呼んだ。
もちろん、声の意味は俺には分からない。
ガルドが床へ触れる。
『お前さんに聞けとる』
『何?』
ガルドが中継する。
「お前は意思を持った迷宮だ」
『うん』
「中には魔族がいる」
『ああ』
「王国兵を三人捕らえている」
『今のところはな』
「それを報告されたら、どう受け取られると思う」
『……』
意思を持った迷宮。
中に魔族。
王国兵三人を捕らえた。
『かなり悪そうだな……』
ガルドがそのまま伝える。
アレンが短く返した。
「だろうな」
『俺、何もしてないんだけどなあ』
「兵士を捕らえただろ」
『向こうが剣を抜いたから止めただけだ。誰も殺してないだろ』
「報告を受ける側は、それを見たわけじゃない」
『ああ……』
ここで起きたことを見ていない。
報告された情報だけで判断する。
紅月戦争の話と、少し似ている気がした。
どこから見るか。
何を知っているか。
それだけで、同じ出来事でも受け取り方が変わる。
『それ、かなりまずくない?』
ガルドから呆れたような意思が返ってきた。
『だから言っとる』
『じゃあ帰せないじゃん』
「ふざけるな!」
若い兵士が反応した。
ガルドから、その意味が伝わってくる。
「俺たちをずっとここに閉じ込める気か!」
若い兵士が立ち上がったらしい。
「座れ」
隊長が制止した。
「隊長!」
「座れ」
若い兵士が座り直す。
隊長はアレンへ話を戻した。
「だが、その点については俺も聞きたい」
「何だ」
「俺たちをどうする気だ。それと、なぜお前はそちら側にいる?」
今度はアレンが少し黙った。
「そちら側についたつもりはない」
「なら、なぜ俺たちを止める」
「まだ何も分かっていないからだ」
「何?」
「この迷宮も、リリアも、お前たちが思っているものと同じなのか。それを確かめている」
隊長は黙って聞いている。
「だから俺たちを帰さないと?」
「今帰せば、確かめる前に話が大きくなる。それだけだ」
「……」
「俺だって、まだ何が正しいのか分かってない」
さっきの紅月戦争の話もそうだ。
アレンは、自分が知っていた歴史だけで決めるのではなく、リリアの話も聞こうとしている。
だから、まだここにいる。
「解放する気はあるのか?」
隊長が尋ねた。
俺は考えた。
一生閉じ込めておく。
そんなことはできない。
『一生閉じ込めるのは駄目』
ガルドが俺の言葉を伝える。
それから、もう一度床へ手をついた。
『ならどうする』
『それを考えてる』
『今考え始めたのか』
『うるさいな』
帰せば危険。
残せば自由を奪う。
報告しないと約束させることもできない。
『アレンはどう思う?』
ガルドが尋ねる。
返事が来るまで少し時間がかかった。
「今すぐ帰すのは反対だ」
『元は同じ王国軍だろ?』
ガルドが伝える。
「だからだ」
『どういうこと?』
「こいつらが報告すれば、王国がどう動くか、ある程度想像できる」
『危険な迷宮だと思われる?』
「その可能性はある」
アレンが少し間を置く。
「それに魔族もいる」
『……そっか』
「ただ、いつまでも捕らえておくことはできない。それに、いずれ捜索隊が来るはずだ」
『だよな』
アレンも同じだった。
今すぐ帰すこともできない。
ずっと残すこともできない。
『ガルドは?』
『帰せるようになるまで置いとけ』
『だから、いつ?』
『知らん』
『またそれか』
『知らんもんは知らん』
『じゃあ、どうなったら帰せる?』
『それを考えるのがお前さんだろ』
『俺?』
『ここはお前さんだ』
そう言われると困る。
俺の中。
俺が捕まえた人たち。
最後に決めるのは、確かに俺なのかもしれない。
壁際に三つの生命がある。
隊長。
若い兵士。
もう一人の兵士。
昨日は侵入者だった。
今日は少し話した。
人間側の歴史も聞いた。
それでも、この三人は俺のことをどれだけ知っているんだろう。
『……あ』
『何だ』
『この人たち、俺のこと知らないんじゃない?』
『何を今さら』
『いや、そうじゃなくて』
考える。
人間が知っている迷宮。
アレンが最初に俺へ聞いたのも、そういう話だった。
何を喰う。
魔物はいるのか。
生み出せるのか。
成長するのか。
アレンは、自分が知っている迷宮と俺が同じなのか確かめようとしていた。
なら。
『俺たちが普段どうしてるとか、俺がどういう奴なのかとか……この三人は知らないだろ?』
『まあ、知らんだろうな』
『アレンだって、昨日会ったばかりで、俺のことほとんど知らないだろ?』
ガルドがアレンへ伝える。
返ってきた答えを、また俺へ流す。
『まあな、だと』
『じゃあ、ついでだ』
『何がだ』
『みんなに俺のことを知ってもらおう』
ガルドの手から、少し戸惑った意思が届く。
『知ってもらう?』
『うん』
アレンが何かを尋ねる。
『何をする気だ、と』
『何もしない』
『……何?』
『この人たちには、しばらくここで過ごしてもらう』
俺は、みんなに俺のことを見てもらおうと決めた。
『捕虜として閉じ込めておくだけじゃなくて、俺たちが普段どうしてるのか見てもらう』
リリアとミアが、ここでどう暮らしているのか。
ガルドが俺とどう接しているのか。
俺が何をしているのか。
アレンにも。
三人の兵士にも。
そのまま見てもらえばいい。
『俺がどんな奴なのか、知ってもらえばいい』
ガルドがアレンへ伝える。
「それで信用されると思うのか?」
『分からない』
「信用されなかったら?」
『それは仕方ないだろ』
「仕方ないで済む話じゃない」
『分かってる』
王国軍が来るかもしれない。
俺が危険だと判断されるかもしれない。
リリアやミアにも危険が及ぶ。
それは分かっている。
でも。
『ずっと閉じ込めておくわけにはいかない』
誰からも、すぐには返事がなかった。
『俺について知ってもらう。それで分かってもらえなくても、ずっとここに閉じ込める理由にはならないだろ』
ガルドが伝える。
アレンが尋ねた。
「……その後は?」
『帰す』
「本気か? 報告されるぞ」
『それも分かってる』
「王国の人間が来るかもしれん」
『分かってる。でも、だからってこの人たちをずっと閉じ込めておくわけにもいかない』
ガルドから、呆れたような意思が届いた。
『難儀な奴だな、お前さん』
『どうせ、いつかは知られるだろ』
俺は迷宮だ。
外には人がいる。
リリアもミアも外へ出る。
ガルドだって、ここへ来る前は外で暮らしていた。
これから先、誰にも見つからず、ずっとここにいるなんて無理だと思う。
『だったら、最初に知る人には、ちゃんと俺たちを見てもらった方がいい』
ガルドが俺の考えを兵士たちへ伝えた。
三人から、すぐには返事がなかった。
若い兵士も何も言わない。
隊長も。
もう一人の兵士も。
ただ、三人とも言い返さずに話を聞いていると、ガルドが教えてくれた。
何を思っているのかまでは分からない。
「ただし」
隊長が言った。
「一つ確認したい」
アレンが隊長へ向き直る。
「何だ」
「しばらくここで過ごせと言ったな」
「ああ」
「どこまで自由に動ける」
確かに。
そこを決めていなかった。
『俺の中なら、ある程度自由でいいんじゃない?』
ガルドが伝える。
「外には出さないのか」
『今すぐというわけにはいかないかな』
今度はすぐに答えた。
「逃げると思っている?」
『思ってるよ』
隊長が黙ったらしい。
「そこは信用してないんだな」
『だって、まだ知り合ったばっかりだろ』
ガルドが俺の言葉を伝える。
今度は隊長から返事がなかった。
『俺の中なら、勝手に動いていいよ。どこにいるかは分かるし』
「俺たちは捕虜だぞ」
『うん』
「随分と変わった扱いだな」
『そう?』
「普通はもっと拘束する」
『普通はそうかもな』
逃げようとすれば分かる。
武器も預かっている。
外へ出さなければいい。
それに。
岩で囲っておくより、俺はこっちの方がいい。
人のすぐ近くで壁を動かした時の感覚は、まだ残っている。
『いろいろ問題はあるし、不自由もあると思う。でも、まずは見てくれ』
ガルドが伝える。
隊長は何も答えなかった。
それでもいい。
まずは、ここで過ごしてもらう。
食べる。
話す。
眠る。
俺たちが普段やっていることを、そのまま見てもらう。
特別なことをするつもりはない。
信用してくれと頼むつもりもない。
ただ、知ってもらう。
その先でどう思うかは、三人が決めればいい。
それで駄目なら。
その時は、その時だ。




