人間
戦いが終わってから、少し時間が経った。
三人の兵士は居住空間の壁際にいる。
その少し前にアレン。
さらにこちら側にガルド。
取り上げた三人分の武器は、その後ろにまとめて置いてあるらしい。
リリアとミアは食卓の近く。
生命の位置と、ガルドから教えてもらった武器の置き場所を確かめる。
『三人とも、そこに座ってるんだよね?』
ガルドが兵士たちを見てから床へ手をついた。
『ああ』
『武器も届かない?』
『届かん。アレンがまとめて置いとる』
『牢屋とか作らなくていい?』
ガルドがアレンへ声をかける。
短いやり取りのあと、また床へ触れた。
『必要ないだろう、とよ』
『逃げない?』
『逃げたら、お前さんには分かるんじゃろ』
『ああ、そっか』
俺の中にいる限り、動けば分かる。
それなら、岩で囲う必要はない。
正直、その方がありがたかった。
さっきのことを思い出すと、今はあまり人の近くで岩を動かしたくない。
『でも、ずっと床に座らせとくの?』
『今夜は仕方ねえだろ』
『岩だよ?』
『知っとる』
『痛くない?』
ガルドから返事が来なくなった。
『何?』
『……いや』
『何だよ』
『相変わらずだな、お前さん』
『何が?』
『そのままでいい』
『よく分からない』
まあ、今すぐ寝るわけでもない。
敷くものは後で考えればいい。
『そういえば、さっきリリアに走っていった人はどれ?』
ガルドがアレンへ尋ねる。
アレンが何か答えたあと、ガルドが床へ触れた。
『一番若い奴だ』
『どれ?』
アレンが一人の兵士へ近づく。
壁際に並ぶ三つの生命。
そのうち一つのすぐ前で止まった。
『そこにいる人?』
『そうだとよ』
『じゃあ、若い兵士で覚えとく』
ガルドがアレンへ何かを言った。
アレンが返す。
『何て?』
『本人には言うなよ、だと』
『俺の声、聞こえてないんだから言えないよ』
『……確かにな』
ガルドから小さな笑いのような意思が届いた。
残り二人。
一人は、さっき最後に剣を置くよう命令していた男。
『剣を置けって言った人は?』
『隊長だ』
『隊長ね』
最後の一人は、二人について来ていた兵士。
今のところ、一番静かだ。
これで少し分かりやすくなった。
三人とも兵士。
でも、同じ人じゃない。
『水、まだだよね?』
『今から持っていく』
ガルドが水路へ向かった。
器に水を入れて、兵士たちのところへ運ぶ。
一つの生命が動く。
次に、もう一つ。
最後の一人だけ動かない。
ガルドが床へ戻ってきた。
『若いのが受け取らん』
『何で?』
『知らん』
アレンが若い兵士に何か尋ねる。
俺には声の意味が分からない。
少しして、ガルドが床へ触れた。
『毒を疑っとるらしい』
『水路の水に?』
『そうだ』
『リリアたちも飲んでるのに?』
ガルドがアレンと話す。
『魔族や獣人には効かん毒もあるそうだ』
『そんなのあるの?』
『あるとよ』
『じゃあ、疑うのも仕方ないか』
ガルドが少し黙った。
『納得するのか』
『だって、本当にあるんだろ?』
『まあな』
それなら簡単だ。
『アレンが飲めば?』
ガルドが伝える。
アレンが何か言い返した。
『俺が? だと』
『人間だろ』
もう一度、ガルドが伝える。
今度は少し間があった。
アレンが水路へ移動する。
器に水を入れ、その場で飲んだらしい。
それから若い兵士へ何かを言った。
『何て?』
『これでいいか、だと』
『俺に聞かれても』
『誰の提案だ』
『若い兵士に聞いてよ』
ガルドが呆れたような意思を返した。
アレンと若い兵士が話す。
それでも、まだ水を取らない。
今度は隊長が若い兵士へ何か言った。
『隊長は何て?』
『飲め、だとよ』
『短いな』
『隊長命令なんてそんなもんだ』
若い兵士がようやく動いた。
器を取る。
少し止まってから、水を飲んだ。
『飲んだ?』
『飲んだ』
『じゃあ大丈夫だな』
『何が大丈夫なのか分からんがな』
ガルドが空いた器を回収する。
その間に、アレンが若い兵士の近くへ寄った。
何かを確認しているらしい。
しばらくして、ガルドが教えてくれた。
『若いの、手と膝を擦りむいとる』
『さっき転んだ時?』
『そうだろうな』
『酷い?』
『血は出とるが、大した傷じゃねえ』
『良かった』
『良くはねえ』
『大怪我じゃなくて良かったって意味』
『なら最初からそう言え』
『前にも同じこと言われた気がする』
『誰にだ』
『何でもない』
食卓の近くにいたリリアが動いた。
床へ手が触れる。
『私、薬草持ってるよ』
『使える?』
『擦り傷なら大丈夫』
リリアが兵士たちの方へ進む。
数歩。
若い兵士の生命が動いた。
同時に、リリアが止まる。
触れていた意思が大きく揺れた。
『……っ』
『リリア?』
『大丈夫』
アレンが声を上げる。
何を言ったのかは分からない。
ガルドが床へ触れた。
『リリアはそこでいい。薬草だけ貸してくれ、だと』
リリアの手から返事が届く。
『……うん』
リリアはアレンのところまで進み、そこで止まった。
薬草を渡したらしい。
すぐに戻ってくる。
その途中でミアが動いた。
小さな生命がリリアのすぐ隣へ寄る。
『何かされた?』
リリアが床へ触れた。
『されてないよ』
『じゃあ、さっきのは?』
『睨まれただけ』
『そっか』
何もされてはいない。
でも、怖かったんだと思う。
さっき剣を持って自分へ向かってきた人だ。
当然だ。
向こうでアレンの強い声が響く。
俺には言葉の意味は分からない。
『何してるの?』
ガルドが見てから床へ触れた。
『傷を洗っとる』
若い兵士が何か言い返す。
すぐにアレンの声が返った。
『何て?』
『痛えぞ、動くな。お前が勝手に走って転んだんだろうが。黙ってろ、だと』
『怒ってる?』
『どう聞いても怒っとる』
『だろうな』
しばらくして手当てが終わった。
次は食事。
リリアとミアが準備を始める。
二人で周辺を探索できるようになってから、以前より食料には余裕がある。
ガルドが来てから、保存の仕方も少し良くなった。
七人分。
一度くらいなら問題ない。
準備が終わると、ガルドが兵士三人の分を持っていった。
一つが動く。
次も。
最後の一つは。
『また受け取らん』
『また若い兵士?』
『ああ』
『徹底してるな』
『感心するところじゃねえ』
若い兵士がアレンに何か言う。
アレンがガルドへ伝えた。
ガルドが床へ触れる。
『何が目的だ、と聞いとる』
『目的?』
『なぜ自分たちに食料を渡すのか分からんらしい』
『腹減るだろ』
ガルドの手から返事が来ない。
『何?』
『……いや』
『そのまま言って』
ガルドがアレンへ声をかける。
アレンが若い兵士へ何かを伝えた。
今度は隊長も口を開いたらしい。
『今度は何?』
『お前さんが何を考えとるのか知りたいそうだ』
『俺もよく分からない』
『それを言うのか』
『だって、捕まえたからって食べさせなかったら腹減るだろ』
『……まあいい』
ガルドが兵士たちへ説明する。
少しして隊長が先に食べ始めた。
もう一人の兵士も続く。
若い兵士だけは、しばらく動かなかった。
やがて。
『食べた?』
『ああ』
ガルドから返事が届く。
『やっとな』
『ならいいや』
俺の中が静かになる。
リリアとミアも食べている。
ガルドも。
アレンも。
三人の兵士も。
さっきまで殺し合いになりかけていた人たちが、今は同じ場所で食事をしている。
距離は離れている。
リリアからは、まだ緊張が伝わってくる。
兵士たちも、すぐに打ち解ける様子ではないらしい。
当然だと思う。
しばらくして、若い兵士が何かを言った。
ガルドが聞き取ってから、床へ触れる。
『リリアに聞いとる』
『何を?』
『何で魔族がこんなところにいる、だと』
リリアの動きが止まる。
『答えたくなければ、答えなくていいよ』
短い返事が届く。
『……うん』
それでも、リリアは若い兵士へ声を返した。
ガルドがその意味を教えてくれる。
「逃げてきたから」
若い兵士が問い返す。
「何から」
リリアが黙る。
床へ触れている手から、僅かな恐怖が伝わってくる。
隣にはミアがいる。
リリアはそこから動かなかった。
「……人間から」
若い兵士が立ち上がった。
『リリア!』
『大丈夫』
すぐに隊長も動く。
若い兵士を止めたらしい。
怒鳴り声が続く。
ガルドが床へ手をついた。
『若いのが、ふざけるな、人間が魔族に何をされたと思ってる、と』
リリアの手から伝わる意思が揺れる。
それでも、彼女は動かなかった。
隊長が短く何かを命じる。
『座れ、だと』
若い兵士が言い返す。
もう一度、隊長の声。
今度は若い兵士が止まった。
少しして、壁際へ戻る。
『人間が魔族に何をされたって?』
誰もすぐには答えなかった。
『ガルド?』
『……紅月戦争の話だろうな』
『紅月戦争?』
『昔の戦争だ』
『人間と魔族の?』
『ああ』
それだけだった。
俺には何のことか分からない。
アレンが何かを言った。
さっきまでより低い声だった。
若い兵士が返す。
アレンの声が強くなる。
『何て言ってる?』
ガルドが聞き取ってから、床へ触れた。
『アレンも、リリアに聞きたいことがあるそうだ』
『リリアに?』
『ああ』
若い兵士がまた何か言おうとする。
アレンが先に制した。
ガルドがその言葉を伝える。
『その話は明日にしろ。俺も聞きたいことがある。だから今ここで怒鳴るな、だと』
今度は若い兵士も言い返さなかった。
リリアが小さく動く。
ミアと一緒に食卓の方へ戻った。
『リリア、大丈夫?』
『……うん』
『怖かった?』
少し間がある。
『怖かった』
『そっか』
それ以上は聞かなかった。
今は、それでいいと思った。
食事が終わる。
三人の兵士は再び壁際へ戻った。
隊長。
若い兵士。
もう一人。
武器はガルドの後ろに置いたまま。
『今夜もそこ?』
ガルドがアレンと話す。
『そうするそうだ。アレンが近くで見るとよ』
『ワシも交代するんだろうな』
ガルドが声をかける。
アレンが何か返した。
『何て?』
『頼む、だと』
『最初からそう言え』
『俺も見てるよ』
『お前さんも?』
『この三人が動いたら分かる』
『そうだったな』
『俺、寝ないし』
『知っとる』
『逃げようとしても絶対分かる』
言ってから、少し考える。
『俺、監視にはかなり向いてるな』
ガルドから、呆れたような意思が返ってきた。
『お前さんの腹の中で、お前さんから逃げるんじゃからな』
『そう考えると無理そう』
『自分で言うな』
アレンが隊長へ何かを説明する。
隊長は少し話したあと、若い兵士ともう一人にも何かを言った。
『何て?』
ガルドが床へ触れる。
『逃げようとするな、と』
『うん』
『それと、この中のどこにいても、動けばお前さんには分かると伝えたそうだ』
『それは怖いな』
『お前さんが言うな』
『確かに』
夜が深くなる。
一つずつ、動きが減っていく。
リリア。
その隣にミア。
ガルドとアレンは、まだ動いている。
壁際には三人。
隊長。
若い兵士。
もう一人。
最初は全部、同じだった。
三人の侵入者。
三人の兵士。
それだけだった。
でも、今は少し違う。
隊長は部下を止めた。
若い兵士は怒った。
もう一人は黙って隊長に従っていた。
三人とも、同じじゃない。
若い兵士は俺たちを疑って、水を拒んだ。
食事も疑った。
怪我をすれば痛がった。
リリアを見れば怒った。
隊長に命じられれば、最後には座った。
腹が減れば食べる。
喉が渇けば水を飲む。
怪我をすれば痛い。
疲れれば眠る。
『……人間なんだよな』
当たり前のことを、今さら思った。
敵とか。
味方とか。
そういうことは、俺にはまだよく分からない。
ただ、俺の中にいる七つの生命は、今はどれも静かにそこにいた。
そのうち三つを、俺はもう「兵士」という一つの塊では考えられなくなっていた。




