↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/47

人間

 戦いが終わってから、少し時間が経った。


 三人の兵士は居住空間の壁際にいる。


 その少し前にアレン。


 さらにこちら側にガルド。


 取り上げた三人分の武器は、その後ろにまとめて置いてあるらしい。


 リリアとミアは食卓の近く。


 生命の位置と、ガルドから教えてもらった武器の置き場所を確かめる。


『三人とも、そこに座ってるんだよね?』


 ガルドが兵士たちを見てから床へ手をついた。


『ああ』


『武器も届かない?』


『届かん。アレンがまとめて置いとる』


『牢屋とか作らなくていい?』


 ガルドがアレンへ声をかける。


 短いやり取りのあと、また床へ触れた。


『必要ないだろう、とよ』


『逃げない?』


『逃げたら、お前さんには分かるんじゃろ』


『ああ、そっか』


 俺の中にいる限り、動けば分かる。


 それなら、岩で囲う必要はない。


 正直、その方がありがたかった。


 さっきのことを思い出すと、今はあまり人の近くで岩を動かしたくない。


『でも、ずっと床に座らせとくの?』


『今夜は仕方ねえだろ』


『岩だよ?』


『知っとる』


『痛くない?』


 ガルドから返事が来なくなった。


『何?』


『……いや』


『何だよ』


『相変わらずだな、お前さん』


『何が?』


『そのままでいい』


『よく分からない』


 まあ、今すぐ寝るわけでもない。


 敷くものは後で考えればいい。


『そういえば、さっきリリアに走っていった人はどれ?』


 ガルドがアレンへ尋ねる。


 アレンが何か答えたあと、ガルドが床へ触れた。


『一番若い奴だ』


『どれ?』


 アレンが一人の兵士へ近づく。


 壁際に並ぶ三つの生命。


 そのうち一つのすぐ前で止まった。


『そこにいる人?』


『そうだとよ』


『じゃあ、若い兵士で覚えとく』


 ガルドがアレンへ何かを言った。


 アレンが返す。


『何て?』


『本人には言うなよ、だと』


『俺の声、聞こえてないんだから言えないよ』


『……確かにな』


 ガルドから小さな笑いのような意思が届いた。


 残り二人。


 一人は、さっき最後に剣を置くよう命令していた男。


『剣を置けって言った人は?』


『隊長だ』


『隊長ね』


 最後の一人は、二人について来ていた兵士。


 今のところ、一番静かだ。


 これで少し分かりやすくなった。


 三人とも兵士。


 でも、同じ人じゃない。


『水、まだだよね?』


『今から持っていく』


 ガルドが水路へ向かった。


 器に水を入れて、兵士たちのところへ運ぶ。


 一つの生命が動く。


 次に、もう一つ。


 最後の一人だけ動かない。


 ガルドが床へ戻ってきた。


『若いのが受け取らん』


『何で?』


『知らん』


 アレンが若い兵士に何か尋ねる。


 俺には声の意味が分からない。


 少しして、ガルドが床へ触れた。


『毒を疑っとるらしい』


『水路の水に?』


『そうだ』


『リリアたちも飲んでるのに?』


 ガルドがアレンと話す。


『魔族や獣人には効かん毒もあるそうだ』


『そんなのあるの?』


『あるとよ』


『じゃあ、疑うのも仕方ないか』


 ガルドが少し黙った。


『納得するのか』


『だって、本当にあるんだろ?』


『まあな』


 それなら簡単だ。


『アレンが飲めば?』


 ガルドが伝える。


 アレンが何か言い返した。


『俺が? だと』


『人間だろ』


 もう一度、ガルドが伝える。


 今度は少し間があった。


 アレンが水路へ移動する。


 器に水を入れ、その場で飲んだらしい。


 それから若い兵士へ何かを言った。


『何て?』


『これでいいか、だと』


『俺に聞かれても』


『誰の提案だ』


『若い兵士に聞いてよ』


 ガルドが呆れたような意思を返した。


 アレンと若い兵士が話す。


 それでも、まだ水を取らない。


 今度は隊長が若い兵士へ何か言った。


『隊長は何て?』


『飲め、だとよ』


『短いな』


『隊長命令なんてそんなもんだ』


 若い兵士がようやく動いた。


 器を取る。


 少し止まってから、水を飲んだ。


『飲んだ?』


『飲んだ』


『じゃあ大丈夫だな』


『何が大丈夫なのか分からんがな』


 ガルドが空いた器を回収する。


 その間に、アレンが若い兵士の近くへ寄った。


 何かを確認しているらしい。


 しばらくして、ガルドが教えてくれた。


『若いの、手と膝を擦りむいとる』


『さっき転んだ時?』


『そうだろうな』


『酷い?』


『血は出とるが、大した傷じゃねえ』


『良かった』


『良くはねえ』


『大怪我じゃなくて良かったって意味』


『なら最初からそう言え』


『前にも同じこと言われた気がする』


『誰にだ』


『何でもない』


 食卓の近くにいたリリアが動いた。


 床へ手が触れる。


『私、薬草持ってるよ』


『使える?』


『擦り傷なら大丈夫』


 リリアが兵士たちの方へ進む。


 数歩。


 若い兵士の生命が動いた。


 同時に、リリアが止まる。


 触れていた意思が大きく揺れた。


『……っ』


『リリア?』


『大丈夫』


 アレンが声を上げる。


 何を言ったのかは分からない。


 ガルドが床へ触れた。


『リリアはそこでいい。薬草だけ貸してくれ、だと』


 リリアの手から返事が届く。


『……うん』


 リリアはアレンのところまで進み、そこで止まった。


 薬草を渡したらしい。


 すぐに戻ってくる。


 その途中でミアが動いた。


 小さな生命がリリアのすぐ隣へ寄る。


『何かされた?』


 リリアが床へ触れた。


『されてないよ』


『じゃあ、さっきのは?』


『睨まれただけ』


『そっか』


 何もされてはいない。


 でも、怖かったんだと思う。


 さっき剣を持って自分へ向かってきた人だ。


 当然だ。


 向こうでアレンの強い声が響く。


 俺には言葉の意味は分からない。


『何してるの?』


 ガルドが見てから床へ触れた。


『傷を洗っとる』


 若い兵士が何か言い返す。


 すぐにアレンの声が返った。


『何て?』


『痛えぞ、動くな。お前が勝手に走って転んだんだろうが。黙ってろ、だと』


『怒ってる?』


『どう聞いても怒っとる』


『だろうな』


 しばらくして手当てが終わった。


 次は食事。


 リリアとミアが準備を始める。


 二人で周辺を探索できるようになってから、以前より食料には余裕がある。


 ガルドが来てから、保存の仕方も少し良くなった。


 七人分。


 一度くらいなら問題ない。


 準備が終わると、ガルドが兵士三人の分を持っていった。


 一つが動く。


 次も。


 最後の一つは。


『また受け取らん』


『また若い兵士?』


『ああ』


『徹底してるな』


『感心するところじゃねえ』


 若い兵士がアレンに何か言う。


 アレンがガルドへ伝えた。


 ガルドが床へ触れる。


『何が目的だ、と聞いとる』


『目的?』


『なぜ自分たちに食料を渡すのか分からんらしい』


『腹減るだろ』


 ガルドの手から返事が来ない。


『何?』


『……いや』


『そのまま言って』


 ガルドがアレンへ声をかける。


 アレンが若い兵士へ何かを伝えた。


 今度は隊長も口を開いたらしい。


『今度は何?』


『お前さんが何を考えとるのか知りたいそうだ』


『俺もよく分からない』


『それを言うのか』


『だって、捕まえたからって食べさせなかったら腹減るだろ』


『……まあいい』


 ガルドが兵士たちへ説明する。


 少しして隊長が先に食べ始めた。


 もう一人の兵士も続く。


 若い兵士だけは、しばらく動かなかった。


 やがて。


『食べた?』


『ああ』


 ガルドから返事が届く。


『やっとな』


『ならいいや』


 俺の中が静かになる。


 リリアとミアも食べている。


 ガルドも。


 アレンも。


 三人の兵士も。


 さっきまで殺し合いになりかけていた人たちが、今は同じ場所で食事をしている。


 距離は離れている。


 リリアからは、まだ緊張が伝わってくる。


 兵士たちも、すぐに打ち解ける様子ではないらしい。


 当然だと思う。


 しばらくして、若い兵士が何かを言った。


 ガルドが聞き取ってから、床へ触れる。


『リリアに聞いとる』


『何を?』


『何で魔族がこんなところにいる、だと』


 リリアの動きが止まる。


『答えたくなければ、答えなくていいよ』


 短い返事が届く。


『……うん』


 それでも、リリアは若い兵士へ声を返した。


 ガルドがその意味を教えてくれる。


「逃げてきたから」


 若い兵士が問い返す。


「何から」


 リリアが黙る。


 床へ触れている手から、僅かな恐怖が伝わってくる。


 隣にはミアがいる。


 リリアはそこから動かなかった。


「……人間から」


 若い兵士が立ち上がった。


『リリア!』


『大丈夫』


 すぐに隊長も動く。


 若い兵士を止めたらしい。


 怒鳴り声が続く。


 ガルドが床へ手をついた。


『若いのが、ふざけるな、人間が魔族に何をされたと思ってる、と』


 リリアの手から伝わる意思が揺れる。


 それでも、彼女は動かなかった。


 隊長が短く何かを命じる。


『座れ、だと』


 若い兵士が言い返す。


 もう一度、隊長の声。


 今度は若い兵士が止まった。


 少しして、壁際へ戻る。


『人間が魔族に何をされたって?』


 誰もすぐには答えなかった。


『ガルド?』


『……紅月戦争の話だろうな』


『紅月戦争?』


『昔の戦争だ』


『人間と魔族の?』


『ああ』


 それだけだった。


 俺には何のことか分からない。


 アレンが何かを言った。


 さっきまでより低い声だった。


 若い兵士が返す。


 アレンの声が強くなる。


『何て言ってる?』


 ガルドが聞き取ってから、床へ触れた。


『アレンも、リリアに聞きたいことがあるそうだ』


『リリアに?』


『ああ』


 若い兵士がまた何か言おうとする。


 アレンが先に制した。


 ガルドがその言葉を伝える。


『その話は明日にしろ。俺も聞きたいことがある。だから今ここで怒鳴るな、だと』


 今度は若い兵士も言い返さなかった。


 リリアが小さく動く。


 ミアと一緒に食卓の方へ戻った。


『リリア、大丈夫?』


『……うん』


『怖かった?』


 少し間がある。


『怖かった』


『そっか』


 それ以上は聞かなかった。


 今は、それでいいと思った。


 食事が終わる。


 三人の兵士は再び壁際へ戻った。


 隊長。


 若い兵士。


 もう一人。


 武器はガルドの後ろに置いたまま。


『今夜もそこ?』


 ガルドがアレンと話す。


『そうするそうだ。アレンが近くで見るとよ』


『ワシも交代するんだろうな』


 ガルドが声をかける。


 アレンが何か返した。


『何て?』


『頼む、だと』


『最初からそう言え』


『俺も見てるよ』


『お前さんも?』


『この三人が動いたら分かる』


『そうだったな』


『俺、寝ないし』


『知っとる』


『逃げようとしても絶対分かる』


 言ってから、少し考える。


『俺、監視にはかなり向いてるな』


 ガルドから、呆れたような意思が返ってきた。


『お前さんの腹の中で、お前さんから逃げるんじゃからな』


『そう考えると無理そう』


『自分で言うな』


 アレンが隊長へ何かを説明する。


 隊長は少し話したあと、若い兵士ともう一人にも何かを言った。


『何て?』


 ガルドが床へ触れる。


『逃げようとするな、と』


『うん』


『それと、この中のどこにいても、動けばお前さんには分かると伝えたそうだ』


『それは怖いな』


『お前さんが言うな』


『確かに』


 夜が深くなる。


 一つずつ、動きが減っていく。


 リリア。


 その隣にミア。


 ガルドとアレンは、まだ動いている。


 壁際には三人。


 隊長。


 若い兵士。


 もう一人。


 最初は全部、同じだった。


 三人の侵入者。


 三人の兵士。


 それだけだった。


 でも、今は少し違う。


 隊長は部下を止めた。


 若い兵士は怒った。


 もう一人は黙って隊長に従っていた。


 三人とも、同じじゃない。


 若い兵士は俺たちを疑って、水を拒んだ。


 食事も疑った。


 怪我をすれば痛がった。


 リリアを見れば怒った。


 隊長に命じられれば、最後には座った。


 腹が減れば食べる。


 喉が渇けば水を飲む。


 怪我をすれば痛い。


 疲れれば眠る。


『……人間なんだよな』


 当たり前のことを、今さら思った。


 敵とか。


 味方とか。


 そういうことは、俺にはまだよく分からない。


 ただ、俺の中にいる七つの生命は、今はどれも静かにそこにいた。


 そのうち三つを、俺はもう「兵士」という一つの塊では考えられなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。