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侵入者

『何から聞きたい?』


 リリアを介した繋がりの向こうで、アレンはすぐには答えなかった。


『……まず、この場所だ』


『ここ?』


『どれくらい広い』


『今のところ、この部屋と、外へ続く方に少し』


『今のところ?』


『少しずつ広がってる』


 リリアを通して届くアレンの意思が、僅かに揺れた。


『やはり成長するのか』


『そうみたい』


『何を喰った』


『人も獣も喰ってない』


『なら、どうやって成長した』


『知らない』


『またそれか』


『知らないものは知らない』


 近くにいたガルドが床へ手をついた。


『こいつは本当に知らんぞ』


『そこ強調しなくていい』


『事実だ』


 リリアを介して、アレンから疑うような意思が届く。


『魔物は?』


『いない』


『生み出せないのか』


『試したこともない』


『なぜだ』


『必要ないし、やり方も知らない』


 また沈黙。


 少しして、アレンから意味が届いた。


『……おかしな迷宮だ』


『よく言われる』


『誰にだ』


『ここにいる奴ら』


 俺へ触れているリリアから、すぐに抗議が返ってきた。


『私、そんなに言ってない』


『言ってるよ』


『ガルドさんの方が言ってる』


 ガルドが床へ手をつく。


『ワシを巻き込むな』


 少しだけ、空気が緩んだ。


 アレンから届く意思も、さっきまでの張り詰め方とは違う。


 ただ、警戒がなくなったわけじゃない。


 それでいい。


 俺もまだ、この男を信用しているわけじゃない。


 しばらくして、アレンから次の問いが届いた。


『次だ』


『どうぞ』


『あの魔族は――』


 そこで言葉が止まった。


 リリアの手から意思が届く。


『……名前で呼べばいい』


 同時に、リリアがアレンへ声でも何かを伝えたらしい。


 少し間があった。


『……リリアは、ここから出るつもりはないのか』


 今度はリリアが自分で答えた。


『今はない』


『この辺りは人間の領域だぞ』


『だから何?』


 俺は少し笑いそうになった。


 さっき俺が言ったのと似ている。


『追われているんだろう』


『うん』


『見つかれば、また兵が来る』


『分かってる』


『お前一人の問題では済まなくなる』


 リリアから返事がなくなった。


 代わりにアレンの意思が続く。


『魔族を匿っている者がいると分かれば調べに来る。そこで抵抗すれば、さらに兵が増える』


『それで?』


『場合によっては、この辺り一帯が調査対象になる』


 なるほど。


 ただリリアが見つかるだけでは終わらない。


 ここに誰がいるのか。


 何をしているのか。


 俺が何なのか。


 全部まとめて調べられる可能性があるということか。


『俺が、ここにいていいって言ってる』


『お前は事情を知らん』


『知らないから聞いてる』


『危険だと言っている』


『分かってる』


 アレンから、強い疑念が届いた。


『なら――』


『でも、危険があるってだけで、今すぐリリアを追い出す理由にはならないだろ』


 アレンが黙る。


『危なくないとは思ってないよ。だから、何が起きる可能性があるのか今聞いてる』


『……』


『それを聞いた上で、どうするか考える』


 リリアの手が俺の床へ触れたまま動かない。


『少なくとも、まだ何も起きてないうちから、俺が勝手にリリアの居場所を決める気はない』


 アレンから返事が来るまで、少し時間がかかった。


『……甘いな』


『よく言われる?』


『今、初めて言った』


『じゃあ覚えとく』


 その時だった。


 俺の身体の端に、新しい生命が入った。


『……また来た』


 リリアを介して続いていたやり取りが止まる。


『何だ?』


『誰か入った』


 ガルドがすぐに床へ手をついた。


『一人か?』


『待って』


 意識を向ける。


 一つ。


 少し遅れて、もう一つ。


 さらにもう一つ。


『三人』


 リリアを介して、アレンの意思が一気に強くなった。


『どこだ』


『いつもの穴の方。こっちに向かってる』


『……まさか』


『知ってる?』


 アレンはすぐには答えなかった。


 リリアが声で何かを尋ねる。


 その後、彼女を介して答えが届いた。


『俺の後を追ってきた可能性がある』


『誰が?』


『この辺りを調べていた王国兵だ』


『一緒に来てたの?』


『別行動だ。俺以外にも周辺を調べている者がいる』


『それ先に言って』


『ここまで来るとは思わなかった』


『来てるけど』


『分かっている』


 三つの生命は迷わず進んでくる。


 アレンが来た時より速い。


 止まって周囲を確かめることも少ない。


『慣れてる?』


 俺が聞くと、リリアを介してアレンから返事が来た。


『兵士なら洞窟へ入る訓練くらいする』


『そういうものか』


 ガルドが床へ手をつく。


『嬢ちゃんら、奥へ行っとけ』


 リリアが触れている手から迷いが届いた。


『でも……』


『今度は複数だ。しかも現役なら、アレンより面倒かもしれん』


 俺はガルドへ意識を向けた。


『アレンよりって言い方』


『間違っとらん』


 アレンが何か声を出した。


 俺には意味が分からない。


 ガルドが床へ触れる。


『聞こえとるぞ、だとよ』


『聞こえるように言っただろ』


 アレンがまた何か言う。


 ガルドから小さな苛立ちが届いた。


『元兵士だ、と』


『そこ、本当に大事なんだな』


 リリアの身体から小さな揺れが床へ伝わった。


 緊張しているのに、何をやっているんだろう。


『リリア、ミア。奥へ行って』


 今度は俺から言った。


 リリアが少し迷ってから答える。


『……分かった』


 ミアも床へ触れた。


『一緒にいる』


『うん。二人でいて』


 二人が奥へ移動する。


 今回はミアも反論しなかった。


 リリアの手が離れたことで、アレンとの繋がりも消える。


 アレンが何か声を出す。


 ガルドがそれを聞いてから床へ触れた。


『自分が話す、とよ』


『大丈夫かな』


 ガルドがアレンへ声で尋ねる。


 返事を聞いてから、また俺へ触れた。


『少なくとも、いきなり剣を抜かせるよりはましだとさ』


『それはそうか』


 アレンが何か続ける。


 ガルドが返す。


 今度はガルドから意思が届いた。


『ワシも来いとよ』


『行くの?』


『行く』


『俺もいるからな』


『知っとる』


『一応』


 三つの生命が近づく。


 一人が先頭。


 二人が少し後ろ。


 俺の身体に入っているから位置は分かる。


 でも、何を見ているのかまでは分からない。


『もうすぐ』


 ガルドが床へ触れる。


『分かった』


 やがて三人が居住空間へ続く場所まで来た。


 止まる。


 アレンが兵士たちへ呼びかけたらしい。


 声が行き交う。


 俺には意味が分からない。


『何て?』


 ガルドが床へ触れる。


『ちょっと黙っとれ』


『はい』


 ガルドも会話を聞いている。


 しばらくして、床へ手をついた。


『やっぱり王国兵だ』


『アレンを追ってきた?』


『ああ。それと、この洞窟を調べに来たらしい』


『俺?』


『まだお前さんのことは知らん』


 アレンと兵士たちの会話が続く。


 俺には内容が分からない。


 ただ、ガルドから伝わる意思には緊張が混じっている。


『揉めてる?』


『アレンが帰れと言っとる』


『帰ってくれる?』


『帰る顔には見えんな』


『顔見えるの羨ましいな』


『今それ言うか』


 一人が動いた。


 アレンの横を抜けようとしている。


 アレンが強い声を出した。


 相手も何か返す。


『何?』


 ガルドが床へ触れる。


『中を確認すると言っとる』


『確認?』


『人がいるかどうかだ』


『いるけど』


『だから面倒なんだ』


 兵士がさらに進む。


 アレンが止める。


 また声がぶつかる。


 今度はガルドからも苛立ったような意思が届いた。


『どうした?』


『魔族の話が出た』


 リリア。


『誰か見たの?』


『この辺りで、魔族の娘を見たという話を追っとるらしい』


 奥からリリアが床へ触れた。


『私?』


『多分』


『顔までは見られてないと思うけど』


 ガルドが兵士たちの話を聞いてから、床へ触れる。


『角がある娘って話らしい』


『……それは絞られるな』


 アレンが兵士たちへ何かを言う。


 向こうから返事。


 またアレンが言う。


 ガルドが床へ手をついた。


『駄目だな』


『何が?』


『確認するまで帰らんとよ』


『強引だな』


『仕事ならそんなもんだ』


『ガルドもそうだった?』


『ワシは石しか追わん』


『比較にならなかった』


 三つの生命が動き始める。


 アレンが前へ出る。


 一つは止まった。


 でも、残り二つは進む。


『入ってくる』


 ガルドが下がりながら床へ触れた。


『分かっとる』


 少し間を置いて、もう一度ガルドの手が床に触れる。


『ユーマ、まだ何もするな』


『分かった』


 俺も床へ意識を向ける。


 いつでも動かせる。


 でも、動かさない。


 まだ、何もされていない。


 三人が居住空間へ入ってくる。


 一人。


 二人。


 三人。


 光苔が広がった場所を通り、食卓と棚の近くで動きが止まった。


 兵士たちが何かを話している。


 ガルドが床へ触れた。


『人が暮らしとるのに気づいた』


『そりゃ気づくよな』


『荷物も見つけた』


『リリアたちの?』


『多分な』


 また一人が進む。


 奥へ。


 アレンがその後を追う。


 強い声が床へ振動として伝わった。


 止まれ、と言っているのだろう。


 それでも兵士は止まらない。


『ガルド』


『待て』


『うん』


 まだ何もされていない。


 兵士が調べに来ただけなら、俺から手を出す理由はない。


 位置だけを追う。


 ゆっくり。


 一歩ずつ。


 その生命が止まった。


 ガルドの動きも止まる。


 少し遅れて、床へ手が触れた。


『……まずい』


『今度は何?』


 ガルドから返事が来るより先に、奥にいるリリアが床へ触れた。


『見られた』


『何を?』


 少し間があった。


『……角』


 兵士の生命が止まっている。


 アレンが何か叫んだ。


 ガルドも動く。


 そして次の瞬間。


 一つの生命が、急に速くなった。


 真っすぐ奥へ向かう。


『来る!』


 リリアの意思が強く届いた。


 その直後。


 もう一つの生命も動いた。


 アレンだ。


 兵士を追っている。


 速い。


 迷いがなかった。


 どうしてそこまで必死なのか。


 考える暇はなかった。


 兵士がリリアたちへ近づいている。


 俺は床へ意識を集中した。

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