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最初の工事

 翌日。


 リリアとミアが起きてしばらくすると、ガルドが昨日見ていた壁の前へ移動した。


 自分で掘ってきた穴が、どこへ続いているのか俺には分からない。


 それでも、宣言通り、あの爺さんはそのまま残っていた。


 リリアとミアも警戒はしている。


 特にミアは、まだガルドから少し距離を取っていた。


 それでも、一晩何も起きなかった。


 少なくとも、いきなり追い出す必要はなさそうだ。


 ガルドが床へ手をついた。


 何かが触れてくる。


 昨日、リリアを通して感じたものに似ている。


 でも、今度は間に何もない。


 薄い。


 輪郭も少しぼやけている。


 それでも、何を伝えようとしているのかは分かった。


『……さて』


 届いた。


『昨日の続きじゃ』


 リリアほどはっきりしていない。


 ミアよりは、ずっと形になっている。


 昨日一度、リリアを通して繋がったからだろうか。


 理由は分からない。


 ただ、これなら直接話せそうだった。


『本当にやるのか』


『そのために残ったんじゃろうが』


『分かった』


『まず、ここじゃな』


 ガルドが壁へ移動し、何か硬いもので軽く叩いた。


 細い振動が伝わる。


『待って』


『なんじゃ』


『昨日、工事すること自体は聞いた。でも、どこをどう変えるかは二人にも確認するからね』


 ガルドの動きが止まる。


『分かっとる』


『ならいい』


『疑り深い迷宮じゃのう』


『昨日、壁を掘られたばかりだからね』


『まだ言うか』


『昨日のことだからね』


 少し離れたところで、リリアの身体から小さな揺れが床へ伝わった。


 ガルドに対する警戒は、昨日より弱くなっているようだった。


 それでもミアは、リリアの近くから離れない。


 まあ、一日で信用しろという方が無理だ。


『まずここじゃ』


 ガルドが壁へ何か硬いものを当てた。


『ここから、ここまで』


『……どこからどこまで?』


『今、印を付けたじゃろ』


『触ってる場所は分かるけど、どのくらいの幅かは分からない』


 少し沈黙。


『お前さん、分からんのか』


『分からないよ』


『昨日、ワシがどこにおるかは分かっとったじゃろ』


『大体ね。でも見えてるわけじゃない』


『……そういうことか』


 ガルドが壁に触れる。


『お前さん、どこまで分かる?』


『俺の中に誰かいるとか、どの辺にいるとか。触られれば、そこも分かる』


『形は?』


『細かいところまでは無理』


『ワシがこうしても?』


 壁をなぞる感覚が伝わる。


『そこを触ってるのは分かる』


『指が何本じゃ』


『知らない』


『……なるほど』


 しばらく、ガルドから何も届かなかった。


 昨日は俺が動く岩だと分かった。


 でも、俺が何をどう感じているかまでは考えていなかったらしい。


『面倒じゃのう』


『俺のせい?』


『目がないんじゃったな。普通に喋るから忘れるのう』


『それ俺が悪いの?』


『気にするな』


『そっちが言う?』


 ガルドが何かで壁を引っかいた。


 横へ。


 下へ。


 また横へ。


 自分の表面が浅く削られていく。


『これは分かるか』


『傷を付けた?』


『そうじゃ。四角に付けた』


『四角かどうかまでは分からない。でも、削られたところは分かる』


『なら、その内側を動かせ』


『どのくらい?』


『これくらいじゃ』


『だから見えないって』


『……そうじゃった』


『大丈夫?』


『うるさいわ』


 また、リリアのいる方から小さな揺れが伝わった。


 ガルドは少し考えてから、今度は壁の一部をさっきより深く削った。


『ここじゃ。この深さまで動かせ。これ以上やるなよ』


『これなら分かる』


『最初からこうすればよかったのう』


『俺に言われても』


 印を付けられた範囲へ意識を集中する。


 岩を動かす。


 少しずつ。


 以前よりは楽になった。


 それでも、一気には無理だ。


 境界を取り込みながら、壁を奥へ押していく。


『もう少しじゃ』


『このくらい?』


『まだじゃ』


 さらに少し。


『止まれ』


 止める。


 ガルドが壁へ触れた。


 何度か叩く。


『……そこじゃ』


『できた?』


『一か所だけな』


『先長いな』


『始めたばかりじゃ』


 ガルドが壁を確認していく。


 何度か叩く振動が続いた。


『ここだけ、少し深い』


『戻せるよ』


『できるのか?』


『多分』


 深く押し込みすぎた場所へ意識を向ける。


 奥へ移した分を、少しずつ手前へ戻す。


 時間はかかる。


 完全に元と同じ形にはならない。


 それでも、深くなりすぎた部分はある程度埋まった。


 ガルドの動きが止まった。


『……便利じゃのう』


『俺としては、自分の身体を直してるだけなんだけど』


『普通は削った石は勝手に戻らん』


『俺、普通の岩じゃないから』


『それは昨日からよく分かっとる』


 少しだけ得意になった。


 何を誇っているのか、自分でもよく分からない。


『次じゃ』


『まだやるの?』


『これで終わるわけなかろう』


 そこから、少しずつ作業を続けた。


 ガルドが印を付ける。


 俺が動かす。


 ガルドが確認する。


 違えば直す。


 単純だけど、思ったより時間がかかる。


 俺が一度に大きく動かせないのもある。


 それ以上に、ガルドが細かい。


『そこ、少し高い』


『これくらい?』


『下げすぎじゃ』


『じゃあ戻す』


『戻しすぎじゃ!』


『細かいな!』


『仕事じゃ!』


『俺の身体なんだけど!』


『だからちゃんとやっとるんじゃろうが!』


 言い返せなかった。


 確かに、適当にやられるよりはいい。


 少し離れたところから、リリアの楽しそうな気配が伝わってくる。


 ミアもまだ近くにいる。


 最初はガルドから離れていたけど、作業が始まってから少しだけ距離が縮まった。


 何をしているのか気になるのかもしれない。


『次は寝床じゃな』


『そこも変えるの?』


『水場に近すぎる』


『そう?』


『夜に誰かが水を飲みに行くたび、横を通られるじゃろ』


『ああ』


 言われて初めて気づいた。


 俺は眠らない。


 だから、寝ている人の近くを誰かが歩くことを気にしたことがなかった。


 前世なら分かったはずなのに。


 自分に必要なくなっただけで、すっかり抜けていた。


 ガルドが、寝床から少し離れた場所を叩く。


『こっちへ移せば、水場との間に通り道を取れる』


『リリアはどう?』


 リリアが床へ手を置いた。


『私は、それでいいよ』


『ミアは?』


 リリアがミアへ話しかける。


 少し間があった。


 やがて、ミア自身が床へ手をついた。


『……もう少し、奥』


『奥がいい?』


『うん』


 少し意外だった。


 前は、穴に近い方を選んだ。


 外へ出られる場所の近くがよかったのだと思っていた。


 それが今は、自分から少し奥がいいと言う。


 理由は聞かなかった。


 今は、そうしたい。


 それで十分だ。


 ガルドがすぐに別の場所へ移った。


『なら、こっちじゃな』


『変更するの?』


『使う奴がそう言っとるんじゃろ』


『最初に考えてた場所は?』


『まだ何も作っとらん。今なら変える方が早い』


『なるほど』


『使いにくいもん作って、後で全部やり直す方が面倒じゃ』


『……それは分かる』


 前世の仕事でも同じだった。


 設備を設計する側だけで決めて、使う人間の話を聞かなければ後で揉める。


 異世界でもそこは変わらないらしい。


 寝床の位置を少し奥へ移すことになった。


 もちろん、ミアの寝床には勝手に触れない。


 草や布を動かすのは本人たちに任せる。


 俺とガルドが変えるのは、その周りの床と壁だけだ。


 次は収納。


『今置いとるもん、あれで全部か?』


 ガルドがリリアへ声をかけたらしい。


 リリアが床へ触れる。


『増えると思う』


『何が?』


『食べ物。乾かした草とか、根っことか』


 リリアの位置が収納の近くへ動く。


『あと、土も置きたい』


『土?』


『植物、育つか試すんでしょ』


『ああ』


 忘れてはいない。


 中で植物を育てられれば、毎回外へ採取に出なくても済むかもしれない。


 ガルドが床へ手をついた。


『なら、食い物と土は分けろ』


『何で?』


『土と食い物を同じところに置く奴がおるか』


『いないね』


『なら聞くな』


『確認は大事なんだよ』


『便利な言葉じゃな』


 食料用。


 植物を育てるためのもの。


 収納も二つに分ける。


 最初は、ガルドが決めて俺が作ることになると思っていた。


 でも、実際は違った。


 リリアが必要なものを言う。


 ミアも、少しずつ希望を出す。


 ガルドがそれを聞いて場所を考える。


 俺が岩を動かす。


 違えば、みんなでまた変える。


 俺の中なのに、俺一人では決まらない。


 少し不思議だった。


 でも。


 使うのは俺じゃない。


 暮らすのはリリアとミアだ。


 なら、二人が使いやすい方がいい。


『ガルド』


『なんじゃ』


『こういうの、毎回聞くの?』


『必要ならな』


『面倒じゃない?』


『使いにくいもん作って、後で全部やり直す方が面倒じゃ』


『それは、そうだよな』


『なんじゃ。分かっとるじゃないか』


『昔、似たような仕事してたから』


『昔? どういうことじゃ?』


『忘れてくれ』


『ほう』


 少し間があった。


『お前さん、ただの変な迷宮じゃないんじゃな』


『褒めてる?』


『半分くらいは』


『残り半分は?』


『変な迷宮じゃ』


『やっぱり褒めてないな』


 リリアの身体から小さな揺れが届いた。


 ミアの足も少し動く。


 俺には、二人がどんな顔をしているのかは分からない。


 でも、昨日より場の緊張は薄れている気がした。


 作業を続ける。


 削る。


 止める。


 確認する。


 戻す。


 また動かす。


 一度にできることは少ない。


 それでも、繰り返せば少しずつ形が変わる。


 かなり時間が経った頃。


『……今日はこんなもんじゃな』


『終わり?』


『今日はな』


『やっとか』


『軟弱じゃのう』


『ずっと岩動かしてたの俺だからね?』


『ワシはずっと指示しとった』


『それで同じくらい働いた顔するの?』


『頭を使うのも仕事じゃ』


『便利な言葉だな、それ』


『真似するな』


 自分の中を改めて確かめる。


 昨日までと、広さはそれほど変わっていない。


 でも、形は変わった。


 寝る場所は、水場から少し離れた奥。


 食事に使える場所も確保した。


 収納は分けた。


 人が通るところには、なるべく物を置かなくていいようにした。


 最初は、水があって、横になれれば十分だった。


 今は違う。


 ここで誰かが暮らすことを前提に、俺自身の形が変わっている。


『……結構変わったな』


『まだまだじゃ』


『今くらい褒めてもよくない?』


『最初よりはマシになった』


『それ褒めてる?』


『十分じゃろ』


 リリアが新しく整えた寝床の方へ移動する。


 ミアも一緒だ。


 しばらくして、リリアの手が床へ触れた。


『ユーマ』


『何?』


『前よりいいよ』


 短い言葉だった。


 それで十分だった。


『そっか』


 ミアも床へ触れる。


『……いい』


『よかった』


 二人がそう思うなら、今日一日、岩を動かした意味はあった。


 ガルドが食事場所の方へ移動する。


 昨日までなかった場所を、一つずつ確認しているらしい。


『明日はもう少し――』


『まだやるの?』


『当たり前じゃ』


『休ませる気ないな、この爺さん』


『嫌ならやめるぞ』


『嫌とは言ってない』


『なら決まりじゃ』


 昨日まで、俺は自分が使いやすいかどうかなんて考えたこともなかった。


 そもそも俺自身は、水も寝床も収納も必要ない。


 全部、俺の中で暮らす誰かのために作ったものだ。


 今日、その形をみんなで決めた。


 俺一人で作った時とは、少し違う。


 自分の身体なのに。


 誰かと一緒に作った場所。


 そんな感じがした。


 最初の工事は、ひとまず終わった。

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