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穴掘り爺さん

 リリアとミアが採取に出てから、しばらく経った。


 二人がいない時間にも、やることはある。


 水路の形を少し整える。


 収納に使っている穴を広げる。


 植物を育てるための場所をどこにするか考える。


 最近は、待っている間にできることを探すようになった。


 前みたいに、誰かが戻るまで何もせず待っているだけなのは性に合わない。


 もっとも。


 その日は、俺が何かを始めるより先に、向こうから変なものが来た。


 こつ。


 ……ん?


 振動だった。


 いつもの穴がある側じゃない。


 反対側の壁。


 少し間を置いて、また。


 こつ。


 こつ。


 俺の身体の外側から、何かが岩を叩いている。


 何だ?


 意識を向ける。


 でも、分からない。


 そこから先はまだ俺じゃない。


 生命がいるのかどうかさえ、はっきりしない。


 また振動。


 今度は少し強い。


 がつん。


 がつん。


 ……掘ってる?


 嫌な予感がした。


 振動は止まらない。


 しかも、少しずつ近づいている。


 俺の方へ。


 ちょっと待って。


 誰に言っているのか自分でも分からない。


 リリアもミアもいない。


 壁の向こうにいる何かには、当然届かない。


 がつん。


 また少し近い。


 これ、俺のところに来てない?


 来ている。


 間違いない。


 前世で工事現場にいた時、壁の向こうから解体音が近づいてくることはあった。


 でも、その壁が自分自身だったことはない。


 今は違う。


 外から誰かが、俺を掘っている。


 ……嫌だな。


 痛いわけじゃない。


 まだ直接削られてもいない。


 それでも、自分の身体へ向かって穴を開けられていると思うと落ち着かなかった。


 少し考える。


 このまま待てば、向こうから穴が開く。


 だったら、自分で開けるか。


 掘られる寸前まで待っている必要はない。


 振動が一番近い場所へ意識を集中する。


 壁を薄くする。


 向こう側へ抜けるよう、まずは小さな穴を開いた。


 直後。


 振動が止まった。


 ……止まった。


 穴の向こうに何かいる。


 まだ俺の身体へ触れていないから、何者なのかは分からない。


 ただ、動きは止まっている。


 しばらくして。


 こつ。


 今度は、さっきよりずっと軽い。


 穴の縁を叩かれた。


 何してるんだ?


 返事はない。


 当然だ。


 俺の言葉が届くわけじゃない。


 向こうが何か言っていたとしても、俺には分からない。


 少し考えてから、穴の近くの壁をほんの少しだけ動かした。


 向こうからの振動が止まる。


 また。


 こつ。


 俺も壁を少し動かす。


 今度は長く止まった。


 それから、乱暴に掘り進めてくる気配はなかった。


 少なくとも、何も考えず壊し続ける相手ではないらしい。


 だったら、こっちで開けた方がいい。


 俺は少し時間をかけて壁を動かした。


 最初の小さな穴を広げていく。


 人一人が通れる程度。


 そこで止めた。


 これならいいだろ。


 向こうからの振動はない。


 少しして、知らない生命が俺の中へ入った。


 ……入ってきた。


 歩幅はリリアより短い。


 その割に、床へ伝わる重さは大きかった。


 動きはゆっくりしている。


 知らない生命は、入ってすぐには奥へ来なかった。


 開いたばかりの壁の近くで止まる。


 何かを確認しているらしい。


 こつ。


 また壁を叩かれた。


 今度は軽い。


 やがて、手らしい接触が床へ来た。


 何かをこちらへ向けているような感覚はある。


 でも、意味にはならない。


 リリアとは違う。


 ミアが初めて俺へ触れた時に近い。


 何か伝えようとしているのかもしれない。


 ……なんなんだよ。


 困った。


 何をしているんだ?


 しばらくすると、知らない生命は奥へ勝手に進まず、その場で動かなくなった。


 どうしたんだ?


 動かない。


 俺にもどうしようもない。


 仕方なく、そのまま様子を見ることにした。


 少し経って。


 今度は、いつもの穴の方に、よく知っている二つの生命が触れた。


 帰ってきた。


 二人が俺の中へ入ってくる。


 すぐにリリアの手が床へ触れた。


『ユーマ』


『おかえり』


 そこで、リリアの足が止まった。


 ミアも同時に止まる。


『……誰?』


『俺も知らない』


 即答した。


『なんでいるの?』


『壁の向こうから掘ってきた』


 返事が止まった。


『……何それ』


『俺もそう思う』


 リリアの足取りが変わった。


 ミアはすぐに、その後ろ側へ移動する。


 知らない生命も二人の方へ身体を向けたらしい。


 声らしい振動が床へ伝わる。


 リリアが少し間を置いて答えた。


 何度かやり取りが続く。


 やがて、リリアの手が床へ触れた。


『ドワーフです』


『ドワーフ?』


『うん。年配の男の人』


『知ってる人?』


『知らない』


 それはそうか。


『名前は、ガルド』


『ガルド』


『石を探してたみたい』


『石?』


『鉱石。岩の筋を追ってたって』


『岩の筋?』


 リリアがガルドへ何か聞く。


 しばらくして、意味が返ってきた。


『岩の割れ方とか、石の種類を見て、鉱石がある場所を探してたみたい』


『それで俺に当たったの?』


『そうみたい』


 ひどい偶然だ。


 いや。


 壁の向こうから真っすぐ来ていたことを考えると、本当に岩の違いを読んでいたのかもしれない。


 知らない何かさんから、穴掘りの爺さんにはなった。


『どうする?』


 リリアから届く。


『今のところ何もされてない』


 正確には、俺へ向かって穴は掘られた。


 でも、途中で俺が穴を開けてからは、無理に削ってこなかった。


 中へ入ってからも、勝手に奥へは来ていない。


『話せる?』


『やってみます』


 リリアがガルドの近くへ移動した。


 しばらく声のやり取りが続く。


『ユーマ。この人に、あなたのことを少し話しました』


『何て?』


『ここが生きている迷宮で、ユーマっていう名前だって』


『分かった』


『それと、直接だと多分うまく伝わらないから……私を通してみます』


『できるの?』


『分からない。でも、やってみます』


 リリアの手が床へ触れる。


 もう片方の手が、ガルドへ触れたらしい。


 いつものリリアとの繋がりに、知らない何かが重なった。


 重い。


 遠い。


 言葉そのものではない。


 リリアの中を通って、別の意味がこちらへ押し込まれてくるような感覚だった。


『……これで、届いとるのか?』


 知らない意思が触れた。


 俺は一瞬、戸惑った。


『……届いた』


『おお。本当か』


『一応』


『妙な感じじゃのう』


『俺も最初はそうだったよ』


 意味は届く。


 ただ、リリアと直接話す時ほど自然ではない。


 間に彼女がいるせいか、少し遅れる。


 輪郭もぼやける。


 それでも、話はできそうだった。


『で、お前さんが、この洞窟……いや、迷宮か』


『迷宮らしい』


『らしい?』


『俺も詳しく知らないんだよ』


 返事が止まった。


『……自分のことじゃろう』


『そうなんだけどね』


 リリアから、呆れたような気配が混じって届いた。


『勝手に奥まで入るのもまずいと思ってな』


 ガルドが開いたばかりの壁の方へ移動する。


 リリアも繋がりを保つためについていった。


『ここ、お前さんが動かしたんじゃな?』


『そう』


『ワシが掘っとったら、急に開いた』


『勝手に壊されるの嫌だったから』


『痛かったのか?』


『痛くはない』


『なら、何が嫌なんじゃ』


『自分の身体を勝手に弄られる感じがする』


 少し間があった。


『……なるほどのう』


 ガルドの手が壁へ触れる。


『なら、さっきは悪かったな』


『知らなかったんだから仕方ないよ』


『次からは聞く』


 あっさりした返事だった。


 その一言で、少し警戒が下がった。


 リリアも、さっきより身体の力を抜いたようだった。


 ミアはまだ距離を取っている。


 当然だと思う。


『この壁、少し調べてもええか?』


『……聞くんだ?』


『今、勝手に弄るなと言われたばかりじゃろ』


『まあ、そうだけど』


『普通の洞窟なら聞かん』


『だよね』


『じゃが、こいつはお前さんなんじゃろ』


 俺が迷宮だと知ったうえで、最初から俺自身として扱われるのは初めてだった。


 少し変な感じがする。


 でも、嫌ではない。


『いいよ。少しなら』


『よし』


 今度は許可したうえで、壁の表面が削られる。


 痛みはない。


 でも、自分の一部が外から変わっている感覚はある。


『なるほど』


『何が?』


『石は繋がっとる。割れ方と筋を見りゃ、だいたい癖が分かる』


『分かるものなの?』


『長いこと掘っとるからな』


 また少し削られる。


『思ったより悪くない岩じゃ』


『褒められてる?』


『岩としてはな』


『微妙だな』


 リリアの身体から、小さな揺れが床へ伝わった。


 笑っているのかもしれない。


 ガルドはその後も、俺の中を確認していった。


 水場。


 寝床。


 収納に使っている穴。


 俺には位置と接触くらいしか分からないから、リリアが時々補足してくれる。


『水はどこからじゃ』


『外の水を、少しずつ引いた』


『排水は?』


『そっちへ流してる』


『空気は』


『いつもの穴から入る分と、細い隙間をいくつか』


『寝る場所はこれか』


『うん』


 しばらく質問が続いた。


 設備の点検を受けているみたいで、前世の仕事を少し思い出す。


 建物の設備検査なら、図面を出して説明していた。


 今は図面どころか、説明している建物そのものが俺だ。


『……なるほどのう』


『どう?』


『住めんことはない』


『その言い方、絶対続きあるよね』


『住む場所としては、まだただの洞窟じゃな』


『俺、迷宮なんだけど』


『今のところ洞窟じゃ』


『ひどいな』


 ミアの位置が少し動き、リリアの近くへ寄った。


 リリアの身体から、また小さな揺れが伝わる。


『二人とも笑ってない?』


『少し』


『味方いないな』


『じゃが』


 ガルドの意思が、リリアを通して戻ってくる。


『弄れば、もう少しまともになる』


『弄るって俺を?』


『他に何がある』


『嫌な予感しかしない』


『水はある。空気もある。寝る場所もある。あとは使いやすくすりゃええ』


『簡単に言うなあ』


『簡単とは言っとらん』


 ガルドが床を軽く叩いた。


『ただ、お前さん自身が動かせるなら、普通に掘るよりずっと早い』


『それは……そうかも』


『明日、少しやってみるか』


『明日?』


『嫌なら無理には言わんが……』


 考える。


 今日会ったばかり。


 しかも俺の壁を掘り進んで現れた爺さんだ。


 普通なら、かなり警戒するところだと思う。


 実際、まだ信用しきってはいない。


 でも、俺が嫌だと言ったことにはすぐ謝った。


 次から聞くとも言った。


 削る時も、本当に先に許可を取った。


 少なくとも、勝手に何かをするタイプではなさそうだ。


 今のままでも三人は暮らせる。


 でも、食料は増えた。


 ミアも少しずつ元気になってきた。


 物も増える。


 ずっと今のままでいいとも思っていなかった。


『……リリアたちがいいなら、いいよ』


 リリアが少し考える。


 ミアへ何か話しかけた。


 短いやり取りが続く。


 やがて、リリアの手から意思が届いた。


『私は、いいです』


『ミアは?』


『まだ分からないって』


『そりゃそうか』


 会ったばかりだ。


 無理に決める必要はない。


『じゃあ、ミアの寝るところには勝手に近づかない。それでいい?』


 リリアが伝える。


 少しして。


『それなら、いいって』


『分かった』


 ガルドにも伝えてもらう。


『構わん』


 返事は早かった。


『人の寝床を勝手に弄る趣味はない』


『じゃあ、それで』


『決まりじゃな』


『ただし』


『なんじゃ』


『勝手にやるなよ』


 間を置かず返ってきた。


『当たり前じゃ』


 その答えが、妙に気に入った。


 ミアはまだ距離を取っている。


 それでいい。


 会ったばかりなんだから。


 ガルドはまた壁に触れた。


『まずはここと、あっちじゃな』


『もう始める気?』


『見るだけじゃ』


『本当に?』


『疑り深い迷宮じゃのう』


『壁掘って入ってきた人に言われたくないな』


 一瞬、返事が止まった。


『……それはそうじゃな』


 リリアの身体から、今度は少し大きな揺れが伝わった。


 また壁を確かめる振動が続く。


 どうやら、明日は俺を工事するらしい。


 自分で言っていて変な話だ。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 俺一人では思いつかなかった形に、自分が変わる。


 それが少しだけ、楽しみだった。

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