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月影の花嫁は銀狼公爵の運命を拒む  作者: 白石マサル


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第三十八話 封印された地下回廊

 王宮の地下へ続く扉は、王族ですら滅多に使うことのない場所だった。


 深夜。

 王都を包む喧騒はすでに消え、王宮の中庭には月明かりだけが静かに降り注いでいる。

 リリアは黒い外套の襟元を握りしめながら、石畳を歩いていた。

 隣にはレオン。

 そのさらに前を、第一王子とユリウス、直属騎士が四名進んでいる。

 誰一人として無駄な会話はしない。

 張りつめた空気だけが、夜気よりも冷たかった。

 昼間、マルタから聞かされた話が何度も頭を巡る。


 銀狼の器。

 深淵。

 初代銀狼公。

 そして――セドリックが狙っているもの。


 無意識にレオンの横顔を見る。

 銀色の髪は月光を受けて淡く輝いていた。

 けれど、その表情は固い。

 王宮で暴走しかけたことを、彼自身がまだ引きずっているのだろう。


「……レオン様」


 小さく呼ぶ。


「どうした」

「寒くありませんか?」

「寒くない」


 短い返事。

 嘘だと分かった。

 レオンは寒い時ほど、感覚が鈍る。

 痛みも隠そうとする。

 だからリリアは歩調を少しだけ近づけた。

 袖と袖が触れる。

 レオンがこちらを見た。


「何だ?」

「隣にいるだけです」

「そうか」


 それだけ言って、彼は歩き続けた。

 だが少しだけ肩の力が抜けたように見えた。

 王宮本館の裏手。

 蔦に覆われた古い礼拝堂の前で、第一王子が立ち止まる。


「ここだ」


 古びた石造りの礼拝堂。

 王宮の中にありながら、長い年月使われていないことが一目で分かった。

 祭壇には埃が積もり、色褪せたステンドグラスにはひびが入っている。

 第一王子は祭壇の前へ進み、燭台を時計回りに九十度回した。


 ごごご……


 重い音とともに祭壇が横へ滑る。

 地下へ続く石階段が現れた。

 冷たい空気が吹き上がる。


 湿った匂い。

 古い魔力。

 そして――


 リリアの胸がざわついた。


「……黒霧」


 ほんの僅かだ。

 だが間違いない。

 月華が反応している。


「感じるか?」


 第一王子が振り返る。


「はい」

「地下全体に薄く残っている」


 ユリウスが魔石灯へ魔力を流す。

 青白い光が灯った。


「ここから先は古代魔力路です。現在の王宮図面には存在しない区画になります」


 レオンが静かに剣へ手を置く。


「行こう」


 石階段は想像以上に深かった。


 一段。

 また一段。

 どこまでも続く。

 湿気を帯びた石壁には、古い紋章が刻まれている。


 狼。

 月。

 花。

 

 そして見慣れない円環模様。


「この紋章……」


 リリアが立ち止まる。


「どうした?」


 レオンも足を止める。


「どこかで見た気がします」


 指先で紋章をなぞる。

 冷たい。

 その瞬間。

 頭の奥に白い光景が走った。


 白い塔。

 誰かが笑っている。

 銀色の髪。

 女の人。


『この印を忘れないで』


 知らない声。


「……っ!」


 激しい頭痛が走る。

 ふらつく身体をレオンがすぐ支えた。


「リリア!」

「大丈夫……です……」


 痛みは一瞬だった。

 だが。

 あの景色。

 誰だったのだろう。


「今、何か見たか」


 第一王子が尋ねる。


「……分かりません」


 リリアは額を押さえる。


「初めて見るはずなのに、懐かしい気がしました」


 ユリウスが壁の紋章を見上げる。


「月華が反応しているのでしょうか?」

「可能性はある」


 第一王子は慎重に頷く。


「記録では、この地下施設は建国以前から存在していた。月華の一族も関わっていた可能性がある」


 リリアはもう一度紋章を見た。

 胸がざわつく。

 忘れていた何かが、すぐそこまで来ている気がした。

 さらに地下へ進む。

 やがて広い回廊へ出た。

 左右へ長く続く石造りの通路。

 天井には魔石灯。

 しかし、その多くは砕かれている。


「誰かが先に入っていますね」


 直属騎士が低く言う。

 床に残る靴跡。

 まだ新しい。

 レオンが膝をつく。

 指先で床をなぞった。


「一時間以内だ。複数人……最低でも六人」


 第一王子の顔が険しくなる。


「黒鴉会か?」

「いや」


 レオンは首を振った。


「騎士だ」

「……何?」

「軍靴だ」


 その言葉に空気が変わる。

 王宮騎士。

 つまり。


「王宮内部の者」


 第一王子が低く呟く。


「セドリック直属……」


 その時だった。


 カラン。


 どこか遠くで金属音が響く。

 全員が剣を抜く。

 静寂。

 次の瞬間。

 通路の奥から。

 ゆっくり。

 ゆっくりと。

 人影が現れた。


 ぼろぼろの白衣。

 虚ろな瞳。

 首筋には黒い紋様。


 その数。

 一人ではない。


 十人。

 二十人。


 さらに奥から。

 次々と姿を現す。

 リリアは息を呑んだ。


「あの人たち……」


 白衣の胸元には王宮研究局の紋章。

 つまり。


「研究員……?」


 ユリウスが青ざめる。


「まさか……」


 第一王子も剣を握り直した。


「全員、行方不明になっていた研究者だ……!」


 しかし彼らの瞳には理性がなかった。

 黒い霧が口元から漏れ、ぎこちなく歩いてくる。

 その中の一人が、かすれた声で呟いた。


「……器を」

「返せ」

「銀狼の器を」


 その言葉と同時に。

 地下回廊いっぱいに黒霧が噴き上がった。

読んでいただきありがとうございます。

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