第十話 王宮への招待
翌朝。
リリアは目を覚ました瞬間、昨夜の会話を思い出した。
――第二王子がお前に会いたいらしい。
天井を見つめたまま、しばらく考える。
考えても答えは出なかった。
「……なんで私?」
王家と縁などない。
没落伯爵家の令嬢。
しかも最近まで平民街の診療所で働いていた薬師だ。
第二王子が興味を持つ理由など思い当たらない。
強いて言うなら。
月華。
あの力。
けれど、それを知っている人間は限られているはずだ。
「嫌な予感しかしない……」
呟いたところで扉が叩かれた。
「リリア様、失礼いたします」
ミアだった。
朝の支度を手伝いに来たらしい。
「おはようございます」
「おはようございます」
ミアはどこかそわそわしていた。
普段より明らかに落ち着きがない。
「どうしたの?」
「え?」
「何かあった?」
ミアは一瞬迷ったあと、小さく笑った。
「王宮へ行かれると聞いて」
「ああ……」
納得した。
「緊張しています」
「私もです」
「ですよね……!」
ミアが少し安心した顔になる。
その反応に思わず笑ってしまう。
「私なんて場違いでしょう?」
「そんなことありません!」
即座に否定された。
勢いが凄い。
「リリア様は素敵です!」
「ありがとう」
「本当です!」
顔を赤くしながら力説するミアに、リリアは苦笑した。
この子は本当に素直だ。
◇
昼過ぎ。
リリアは屋敷の応接室へ呼ばれた。
王宮へ行くための衣装合わせらしい。
中へ入った瞬間、目を見開く。
「……え」
ドレス。
ドレス。
ドレス。
色とりどりのドレスが並んでいた。
淡い青。
深紅。
純白。
藤色。
職人たちまで待機している。
「何これ」
「王宮用です」
即答したのは執事長グレイだった。
「必要ありません!」
「必要です」
「こんなに!?」
「足りないかもしれません」
「十分です!」
頭が痛くなってきた。
自分の持っている服の数より多い。
間違いなく。
「こちらなどいかがでしょう」
仕立師が一着を広げる。
淡い銀青色。
美しい。
確かに美しい。
だが――
「高そう」
「高いですね」
グレイが頷いた。
正直すぎる。
「値段聞きたくないです」
「聞かない方がよろしいかと」
それはもう確実に高額という意味だった。
リリアは遠い目をする。
これだから大貴族は。
感覚が違う。
◇
衣装合わせが終わる頃には、すっかり疲れていた。
廊下を歩いていると、向こうからレオンが現れる。
黒い軍服姿。
相変わらず隙がない。
「終わったか」
「終わりました」
「顔が死んでいる」
「着せ替え人形にされました」
レオンが少しだけ口元を緩めた。
笑った、ほんの少し。
それだけなのに妙に目を引く。
ずるい。本当に顔が良い。
「大変だったな」
「他人事ですね」
「俺は経験がない」
「男性ですからね」
当然だ。
するとレオンが少し考えるような顔をした。
「……軍服の採寸は面倒だった」
「あるんですね」
意外だった。
何でも平然とこなしそうなのに。
「職人が騒がしい」
「想像できます」
たぶん女性職人だったのだろう。
レオンは黙った。
図星らしい。
リリアは思わず吹き出す。
「ふふっ」
「笑うな」
「すみません」
最近、このやり取りが増えた気がする。
◇
夕方。
二人は中庭を歩いていた。
王宮行きは明日。
その準備もほぼ終わっている。
穏やかな時間だった。
春の終わりの風が花を揺らす。
ふと、リリアは気になっていたことを口にした。
「第二王子ってどんな方なんですか」
レオンの足が一瞬止まった。
ほんの一瞬。
けれど確かに。
「……有能だ」
短い答え。
「それだけですか」
「頭が切れる」
「褒めてます?」
「事実だ」
相変わらず分かりにくい。
リリアは少し首を傾げた。
「仲は良いんですか」
沈黙。
嫌な予感。
「……普通だ」
絶対普通じゃない。
この人は嘘が下手だ。
「仲悪いんですね」
「悪くない」
即答。
でも微妙に早かった。
怪しい。
「レオン様」
「なんだ」
「顔に出てます」
「出ていない」
「出てます」
レオンは小さく息を吐いた。
そして、珍しく自分から話し始める。
「第二王子は優秀だ」
「はい」
「人当たりも良い」
「はい」
「民からの人気も高い」
非の打ち所がない。
そんな印象だ。
「だが」
レオンの声が少し低くなる。
「何を考えているのか分からない」
リリアは瞬きをした。
意外だった。
レオンが誰かをそんな風に評するのは初めて聞いた。
「信用していないんですか」
「……分からない」
それは、ほとんど肯定だった。
◇
その夜。
リリアは自室で本を読んでいた。
だが内容は頭に入らない。
第二王子。
王宮。
月華。
色々なことが絡み合っている。
胸騒ぎがした。
その時、窓の外で何かが光った。
「……?」
立ち上がる。
カーテンを開く。
庭。誰かいる。
黒い外套姿。
男。
見覚えはない。こんな時間に?
不審に思った瞬間、男がこちらを見た。
目が合う。
ぞくりとした。
寒気。
本能が警鐘を鳴らす。危険だと。
男は口元を歪めた。笑ったように見えた。
次の瞬間、姿が消える。
「……え」
リリアは目を見開いた。
確かにいた。
なのに、誰もいない。
庭は静まり返っている。
風が吹く。
木々が揺れる。
それだけ。
「気のせい……?」
そう思おうとした。
だが、胸騒ぎは消えなかった。
まるで、何かが始まろうとしているみたいに。
◇
同じ頃。
王都中心部。
王宮。
豪奢な執務室。
一人の男が窓辺に立っていた。
金色の髪整った容姿。
柔らかな微笑み。
誰もが好感を抱く笑顔。
第二王子セドリック。
その前に黒衣の男が跪いている。
「確認できました」
「そう」
セドリックは穏やかに笑った。
「間違いないんだね」
「はい」
男が頭を下げる。
「月華の保持者です」
静寂。
夜風がカーテンを揺らす。
セドリックは夜空を見上げた。
そして、誰にも聞こえない声で呟く。
「やっと見つけた」
微笑みは優しい。
けれど、その瞳には別の光が宿っていた。
欲望。
執着。
そして、底知れない野心。
「楽しみだな」
静かな声が夜へ溶ける。
その言葉が意味するものを、まだ誰も知らなかった。
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