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【第二話】私に妹はおりませんが。(2/3)


 澄んだ青空が広がる、ある午後のひととき。そよ風がわずかに花の香りを運ぶ、学園の庭園の片隅で。

 人気のないガゼボに二人きり、イルゼとフリーデリケは向かい合っていた。

 いったいなぜ自分がフリーデリケとお茶をすることになってしまったのか。イルゼにはその理由がわからず、ただただ紅茶に映る景色を見つめていた。


 フリーデリケは手に持っていたティーカップをソーサーに置くと、静かに話を切り出した。


「先日の件ですが」

「は、はいっ!」

「バルクマン侯爵令息による街道の利権を盾にした高圧的な態度は、長く続いているようですね」

「あ……その……」


 イルゼは今更ながら、仮にも婚約者であるバルクマン侯爵令息、果てはバルクマン侯爵家の不利益となる情報を、肯定してもよいのか悩み始めていた。しかしこのままでは、()()アイゼンハルト伯爵令嬢の言葉を否定したことになってしまう。


「あくまで、(わたくし)が集めた情報から考察を加えた結論ですので、回答は不要です」


 フリーデリケの一方的な言葉に、イルゼは安堵の色を滲ませた。


「では、こちらを」


 イルゼの前に一枚の紙が差し出される。

 その瞬間、彼女の顔が驚愕に染まり、わななく唇から言葉が漏れた。


「これは……まさか……」

「侯爵家お抱えの商会が取引をしたマイヤー領産の果物と、その金額の一部を確認できた範囲で記載しました」


 イルゼは違和感を確かめるように、書類の隅から隅まで何度も視線を往復させた。

 侯爵家と子爵家の間で結ばれた契約上の取り決めより、取引金額が明らかに多いのだ。子爵家に報告される利益との差額が抜かれている。

 中央貴族との伝手を持たないマイヤー子爵家相手であれば、杜撰な方法であっても気付かれやしないと高をくくっていたのだろう。


 あまりの衝撃にフリーデリケへの恐れが吹き飛んだイルゼが、真剣な眼差しで書類から顔を上げた。


「我が家でも調査をして、必要があれば王宮に届け出ることにします」


 対するフリーデリケは「それがよろしいでしょう」と静かに頷いた。


「では次に──」


 一拍置いて再び話し始めたフリーデリケにイルゼは困惑した。

 これまでの会話で、フリーデリケが噂のように恐ろしい令嬢でないことはよくわかった。わかったとはいえ、緊張しないかは別の話なのだ。

 正直なところ、イルゼの精神は限界寸前だった。


「代替となる輸送路についてです。少々遠回りにはなりますが、北側の隣領を経由する路はいかがでしょう」


 生気を失いかけていたイルゼの瞳に、希望の光が宿った。


「シュトロン河……! 河川での輸送ですね!」

「はい。例の新型船であれば、結果的に従来の陸路より輸送時間を短縮できますし、利益の増加を見込めるのではないかと」


 王都近くを流れる重要河川、シュトロン河の管理権は、ラインフェルズ公爵家が所有している。その公爵家から船での運送業を任されているのが、寄子であるケラー伯爵家だった。

 ケラー家は先日、遮熱効果のある新型船舶をお披露目したばかりなのだ。


「まずは次のお茶会で、ケラー伯爵令嬢に興味を持っていただかなくては……!」


 イルゼは顎に手を当てて、あれやこれやと自領の売り込み方を思案し始めた。


「そのように回りくどい真似をしなくても良いのではないかな、従妹殿?」


 フリーデリケの背後から、軽やかな足音とともに声が掛かる。

 使用人を周囲に配置していたというのに、一体どこから入り込んだのか。彼女はそちらを振り返り、鋭さの増した目を()に向けた。


「盗み聞きとは無作法ですよ、リヒテンシュタイン侯爵令息」

「おや。手土産を持って来たのだが、手厳しいな」


 リヒテンシュタイン侯爵令息──ヴァレリアンはフリーデリケの母方の従兄であり、母同士がアイゼンハルト家とは別の伯爵家出身の姉妹だった。


 ガタン!!

 ヴァレリアンの登場に呆然としていたイルゼが、勢い良く立ち上がり礼を取った。


「ああ、マイヤー子爵令嬢だったね」

「は、はいっ!! ほ、本日は、おおおおお日柄も良く……リヒテンシュタイン侯爵令息におかれましては……ご、ご……」


 ヴァレリアンの口からイルゼの名が出たことで、彼女の精神は限界突破していた。

 自分の口から出ている声が、緊張で上ずっているだけなのか、はたまた悲鳴なのか。もはやイルゼ本人にもわからなかった。


「席に着いてくれ。私のことは気にしなくて構わないよ。なにせ、ただの無作法者だからね」


 そう言ってヴァレリアンは肩をすくめてみせる。

 放心するイルゼを見かねたフリーデリケが口を挟んだ。


「マイヤー様、どうぞお座りください」

「……ひゃぃ」


 油をさし忘れた人形のように、イルゼがぎこちなく席に着いた。するとヴァレリアンは絵に描いたような優美な笑みを浮かべながら、ひらりと二人へ招待状を差し出した。


「我が姉、ヘレーネが主催する茶会の招待状を君たちに。何の巡り合わせか、ラインフェルズ公爵夫人を招待しているんだ」


 ヴァレリアンの大仰な物言いに、怪訝な顔をしたフリーデリケが訊ねた。


「一体何が目的なのですか、ヴァレリアン」

「嫌だなぁ。我が家の女性たちと婚約者殿がマイヤー領の果物を気に入っていてね。定期的に仕入れられないかと思っただけだよ」

「それだけですか?」


 ヴァレリアンはにっこりと笑みを深める。


「バルクマン侯爵令息がね、私に何かと突っかかってくるんだ」


 フリーデリケは己の従兄に呆れた目を向けた。


「今回は何をしたのです」

「あまりにもしつこく絡まれるものだから、剣術の授業で少し」


 フリーデリケの口から「はぁ……」と溜め息がこぼれた。

 この従兄は細身な体格をものともせず、否、あり余る性格の悪さでそれを補うどころか、完膚なきまでに相手を叩き潰したであろうことが容易に想像できる。


「それで、マイヤー子爵令嬢」


 例の招待状を前に真っ白な顔で固まっていたイルゼが、突然の呼びかけにビクリと身体を震わせた。


「……はいっ!!」

「君はどうするのかな。茶会に参加するかい?」


 ゴクリ。

 イルゼは喉を鳴らした。正直怖い、とても怖い。

 だけれども、このままバルクマン侯爵家に搾取され続けるのはもっと恐ろしい。


「……ます」


 俯いていたイルゼの口元が動いた。


「やります。やらせてください!」


 ガバリと顔を上げたイルゼは、目の前の二人を真っ直ぐに見つめた。

 その二人──リヒテンシュタイン侯爵令息は「面白そうだ」とでも言いたげに、アイゼンハルト伯爵令嬢は「良い心意気だ」と言うように。イルゼに頷き返したのだった。


【あのシーン】

フリーデリケ「では次に、代替となる輸送路に─」

イルゼ(……まだ続くの!?)

作者(……まだ続くの!?)



【人物紹介】

リヒテンシュタイン侯爵令嬢・ヘレーネ

ヴァレリアンの姉。社交界の白百合と呼ばれる侯爵令嬢。上品で柔らかな印象の美女。ただしその腹黒さは弟ヴァレリアンを超える。

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