春の私へ(季節で入れ替わる魂)
目を開けたら、窓の外が白かった。
雪だ。
つまり、私は「冬」だ。
この体には四人の魂が住んでいる。
春、夏、秋、冬。
季節が巡るたびに意識が入れ替わり、前の自分は眠りに落ちる。
記憶は引き継がれない。
ただ、机の上に手紙だけが残される。
起き上がって、まず手紙を探した。
机の端に、乾いたインクの封筒がある。
宛名は「冬の私へ」。
差出人は「秋」。
封を切る。
中の便箋には、丁寧だが少し急いだ筆跡で、こう書かれていた。
「冬の私へ。あなたが目覚める頃、隣の家のカイルという青年はもういないかもしれません。彼は秋の終わりに旅立つと言っていました。でも、もし間に合うなら、彼に渡してほしいものがあります。棚の一番上、布に包んだ小さな木彫りの鳥です。春の私が彫り始めて、夏の私が色を塗って、秋の私が仕上げをしました。冬の私がそれを届けることで、四人全員からの贈り物になります。お願いします」
棚を見上げた。
確かに、布に包まれた何かがある。
取り出すと、掌に収まる小さな青い鳥だった。
羽の一枚一枚に細かな彫り跡があって、絵具がそっと重ねられている。
翼の付け根には、紅葉のような赤い差し色が入っていた。
秋の仕上げだろう。
カイル。
私には何の記憶もない名前だ。
隣の家に住んでいるらしい男。
春が彫り始めた鳥。
夏が色を塗った鳥。
秋が仕上げた鳥。
三人が、一人の人間のために何かを作っていた。
冬の私だけが、何も知らなかった。
外に出た。
雪は深く積もっていて、隣の家まで歩くのにも足首まで埋まる。
玄関の戸を叩いた。
返事はない。
もう一度叩いた。
静寂。
遅かったのか。
もう旅立った後なのか。
立ち尽くしていたら、背後で雪を踏む音がした。
振り返ると、薪を抱えた青年が立っていた。
二十代の半ば。
赤茶色の髪に、穏やかな灰色の目。
驚いた顔をしている。
「ルーナ? 冬のルーナか」
私は頷いた。
「あなたがカイル?」
「ああ。今年の冬は早いな。まだ出発前で助かった」
旅立つのは本当らしい。
私は布包みを差し出した。
「これ、秋の私から預かった。春が彫って、夏が塗って、秋が仕上げたって」
カイルは木彫りの鳥を受け取って、しばらく無言で見つめていた。
指先で翼をなぞって、それから笑った。
柔らかい、少し寂しそうな笑い方だった。
「四人分だな」
「……そうみたい」
「春のルーナには木の話をした。どんな鳥が好きかって。夏のルーナには絵具の混ぜ方を教えた。秋のルーナには、旅立つ前に会いたいって伝えた。三人とも別人なのに、全員が同じことを考えてくれてたんだな」
私には、その記憶がない。
春が何を話し、夏が何を笑い、秋が何を約束したのか。
手紙の数行しか知らない。
でも、目の前の青年が嬉しそうにしているのは分かる。
それで十分だと思った。
「冬の私からは何もなくて、ごめん。今さっき手紙を読んだばかりで」
カイルは首を振った。
「届けに来てくれたこと自体が、冬のルーナの贈り物だよ。雪の中を、知らない相手のために歩いてきたんだろう。それが一番あったかい」
その言葉で、胸の奥が少しだけほっこりした。
カイルが聞いてきた。
「春のルーナに伝言、残していくか」
私は少し考えた。
それから言った。
「ありがとう、って。三人とも、ありがとうって書いておいて」
帰り道、雪の中を歩きながら考えた。
来年の冬、私がまた目覚める時、この記憶はもう残っていない。
カイルの顔も、鳥のことも、雪を踏んだ感触も、全部消える。
でも机の上に手紙を残すことはできる。
「春の私へ」と書いて。
それが、私たちの繋がり方だ。




