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異世界住人譚~ショートショート集~  作者: nireron


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予言士が言葉を飲み込んだ朝

俺は神殿の予言士だった。

正確に言うと、神から降りてくる言葉を受け取って、それを人に伝える役目だった。


この仕事には、たった一つだけ絶対的なルールがある。

「受けた神託は、必ずそのまま伝えなければならない」。


脚色してはいけない。

省いてもいけない。

そして何より、隠してはいけない。


十五の時にこの神殿に入って、もう二十年になる。

数え切れないほどの神託を伝えてきた。


「北の街道に魔獣が出る。三日以内に討伐隊を出せ」

「今年の秋は凶作になる。備蓄を急げ」

「王の第三子に聖印が宿る。守護せよ」


良い知らせも、悪い知らせも、俺はただ伝えた。

感情を一切挟まず、淡々と。

それが予言士という仕事だった。


ある朝、目覚めた瞬間に神託が降りてきた。


いつもと同じだ。

頭の奥に白い光が差すような感覚。

そして、文字のように言葉が浮かぶ。


「カイル・ベルトン。春の終わりに、命の火が消える」


一瞬、意味がわからなかった。

いや、嘘だ。

意味はわかっていた。

わかりたくなかっただけだ。


カイルは俺の幼馴染だった。


神殿に入る前からずっと一緒に育った。

ガキの頃は毎日のように野原を駆け回って、川で魚を捕まえて、夜は星を見ながらくだらない話をした。


俺が予言士になると決めた日、周りは全員反対した。

「あんな陰気な仕事」と親戚は言った。

でもカイルだけは「お前なら向いてる」と笑ってくれた。


今は辺境の守備隊にいる。

年に二回、里帰りの度に神殿に顔を出しては、「相変わらず堅い顔してるな」と俺の肩を叩いていく。

先月会った時も、「次は夏に来る」と言っていた。


そのカイルが、春の終わりに死ぬ。


俺は三日間、誰にも何も言えなかった。


神殿の奥にある自分の部屋で、壁に背を預けたまま動けなかった。

食事もほとんど取れなかった。

何度も何度も、自分に問いかけた。


「本当に、これを伝えなければならないのか」


ルールは明確だ。

神託は伝えなければならない。


でも、本人に伝えて何が変わる。


春の終わりまで、あと一ヶ月しかない。

死の神託を受けた者が、その運命を覆した例は、神殿の記録に一度もなかった。

つまり、伝えたところで結果は同じだ。

ただ、カイルの残りの日々が恐怖で塗りつぶされるだけじゃないのか。


黙っていたほうが、優しいんじゃないか。

本気でそう思った。


四日目の朝、神殿長に呼び出された。


白髪の老人は、俺の顔を見た瞬間に全てを悟ったようだった。


「神託を留めているな」


俺は黙って頷いた。


神殿長は茶を一口すすり、静かに言った。


「お前が苦しんでいるのはわかる。相手が誰かも察している。だが、一つだけ考えてみろ」


「もしその相手が何も知らないまま死んだとしたら、相手は最期に何を思う」


俺は答えられなかった。


「大切な人に会えなかったかもしれない。伝えたい言葉を残せなかったかもしれない。やり残したことがあったかもしれない。お前の沈黙は、その相手の最後の選択を奪うことと同じだ」


その言葉が、胸の奥深くに刺さって抜けなかった。


翌日、俺はカイルに手紙を書いた。

神託の内容ではなく、ただ「すぐに会いたい。神殿に来てくれ」とだけ書いた。


一週間後、カイルが現れた。


「珍しいな、お前から呼び出すなんて。何かあったのか」


笑っていた。

いつもと変わらない、屈託のない笑顔だった。


俺は覚悟を決めた。

予言士としての声を作り、感情を押し殺して、ただ事実だけを伝えた。


カイルは五秒ほど黙った。

それから、ふっと笑った。


「そうか」


たった一言だった。


俺は耐えきれなくなって聞いた。

「怖くないのか」と。


カイルは腕を組んで少し天井を見上げた。


「怖いよ、そりゃ。でもな、お前が教えてくれたおかげで、俺には準備する時間がある」


「隊の若い奴らに、まだ伝えてない技がある。母さんにも会いたい。あと、お前とこうして飯を食う時間も作れた」


そして最後にこう言った。


「お前、相当悩んだだろ。悩んだ上で伝えてくれたんだろ。ありがとな」


その夜、二人で酒を飲んだ。

昔みたいに、くだらない話をたくさんした。

カイルは終始笑っていた。


春の終わり。

カイルは辺境で魔獣の大群との戦闘中に命を落とした。


だが、その前の三週間で、彼は全てを整えていた。

隊の後輩一人一人に戦い方の癖と対処法を教え、母親のもとに帰って最後の夕食を囲み、守備隊長に後任の推薦書を残した。


そして死の前日、俺のもとに手紙が届いた。

「数日後、たぶん大きな戦いがある。だからこれを先に送っておく」


中にはこう書いてあった。


「お前の予言があったから、俺は最期まで自分で自分の人生を選べた。伝えてくれて本当にありがとう。予言士の仕事、絶対やめるなよ。お前にしかできないことだから」


あれから五年が経つ。


俺は今も神殿にいる。

毎朝、神託を受け取り、伝え続けている。


辛い神託を告げる度に、あの朝を思い出す。

言葉を飲み込みたくなる度に、カイルの最後の笑顔が浮かぶ。


予言は残酷だ。

未来を知ることは、時に人を絶望させる。


だけど、知ることで初めて選べることがある。

残された時間をどう使うか。

誰に会うか。

何を伝えるか。


沈黙は優しさじゃない。

時に、黙っていることこそが最も残酷な裏切りになる。


俺はそれを、親友の死で教わった。

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