後始末
格好良く言ってみたものの、俺たちにはまだやるべきことが残っていた。
俺はまず、倒れている者たちの手当てに回る。
力に呑まれていたイスタロテ派の女たちは、みな気を失ってはいるが、命に別状はないようだ。
その間をエルネスタが、まだ足元のおぼつかない身体で回っていた。
傷の具合を確かめ、手ぬぐいを裂き、水を含ませて指示を出す。
先ほどまで意識を奪われていたとは思えないほど、その所作に迷いはない。
「エルネスタさん、無理はしないでください」
「いえ……これは、聖女としての務めですから」
弱々しいが、芯のある言葉だ。
自分を攫った相手を手当てしようというなんて。
これが聖女と呼ばれた由縁なのかもしれない。
やがて、目を覚ましたイスタロテ派の女たちは、一様に呆然としていた。
自分たちが何をしていたのか、うまく飲み込めていないのだろう。
セラフィーネが彼女たちを一箇所へ集め、リーネットが水を配って回る。
今では敵も味方もなくなり、和やかな雰囲気すら漂っている。
その時、壁際から掠れた声がした。
「……なあ、男」
壁にもたれたまま、イスタロテがこちらを見ている。
まだ本調子ではないのか、その顔には脂汗が浮いていた。
「バージルです」
「あぁ……バージル」
彼女は自嘲するように、口の端を歪める。
「あたしは盛大にしくじった。強い男を作れば、みんなが平等に孕んで、争いのない世界になると思っていた。そのために、あの子の力を利用しようとな」
言葉を切り、荒く息を吐く。
「だが……あたしが呼び出したのは、全てを壊してしまうような圧倒的な暴力だった。危うく、仲間ごと消し飛ぶところだったよ」
その声には、はっきりと後悔が滲んでいる。
「なのに、あんたは……力を使わずにアレを鎮めた」
イスタロテが頭を垂れる。
「あたしの負けだ。方法も何もかも、悪かった」
「顔を上げてください。確かに、イスタロテさんのやり方は間違ってました……でも、争いのない世界が欲しいっていう願いまで、間違ってるとは思いません」
この世界に来てから、ずっと引っかかっていたことがある。
少ない男を女たちが奪い合う。
そんな仕組みが、当たり前のことになっている。
その歪みを、彼女なりに本気で変えようとしていたんだ。
「……ふっ。やっぱり妙な男だな、バージル」
少しの間を置いて、イスタロテは言った。
「なあ、バージル。一つだけ、頼みがあるんだが」
「なんですか」
「あたしたちに——子種を、分けてくれないか」
「…………はい?」
「力尽くで奪うのは、もうやめにする」
「それは……何よりだと思います」
「だから頼んでるんだ。あたしたちは、ただ子を産んで、穏やかに暮らしたいだけなんだ」
その目に、エルネスタの力に浮かされていた時の、狂気じみた熱はない。切実な願い。
どう答えたものかと視線を泳がせる。
すると、いつの間にか隣に立っていたセラフィーネが、当然のように腕を組んだ。
「良いのではないか。バージルの子が増えるのは、私も歓迎だ」
「せ、セラフィーネさん!?」
「この世界にとって、お前のような男の血は多いに越したことはない……無論、私の夫であることは変わりようのない事実だがな」
誇らしげに言ってのける。
背後に目を向けると、看病中のリーネットは顔を赤くして俯いている。
エルネスタも、なぜかじっとこちらを見ているし、目を覚ましたイスタロテ派の女たちまでもが、期待のこもった目でこちらを見ている。
「こ、こんな逞しい方の子種を……」
「争いのない優しい世界を……」
拝まれている気さえした。
(男は、いつ何時も堂々と、毅然と全てを受け止めるべし……なのか?)
ともあれ、これでイスタロテ派との因縁も、おかしな形で片が付いた。
彼女たちはもう争いを起こす気はないという。
いずれ落ち着いた土地を見つけて、静かに暮らすつもりらしい。
やがて、崩れた天井の隙間から傾いた陽が差し込んだ。
「……不思議です」
瓦礫に腰を下ろしたエルネスタが、ぽつりと零す。
「あれほどうるさかった声が、今は何も聞こえません。生まれてから、こんなに静かなのは初めてかもしれません」
「俺にはよく分からないんですが……いなくなったってことですか?」
「いえ、力の源は、今も私の中にいます。ですが、私たちはようやく、一つになれた気がするのです」
なるほど、と頷いてみるが、俺にはよくわかっていない。
暴れていたものが、彼女の中へ溶けて収まったわけだな。
これから先も、彼女がソレと上手くやっていけるのかは……きっお大丈夫だろう。
「……もし、また声が大きくなったら、その時は受け止めますよ」
エルネスタは目を丸くして、それから笑った。
「はい……その時は、どうか、よろしくお願いします」
初めて見る、肩の力の抜けた笑い方だった。
「時にバージル様。私もマリエル様に、お詫びとお礼を申し上げたいのです。ご一緒しても、よろしいですか?」
「もちろんです……というか、一人にする方が心配ですね」
こうして俺たちは、エルネスタやイスタロテたちを引き連れ、王都への帰路についた。




