エピローグ
俺たちが命がけでエルネスタを止めたことなど嘘かのように、王都は平和に賑わっている。
「いやぁ、無事に帰って来れて良かったですね! 一時はどうなるかと思いましたけど……」
リーネットはからっと笑った。
「まさか、あたしたちも王都の敷居を跨げるとはな」
イスタロテたちのことは、道中でセラフィーネが話を通してくれている。
神殿を襲った罪は軽くないが、死人は一人も出ておらず、エルネスタ自身が寛大な処分を望んでいた。
最終的な裁きは、女王マリエルの判断に委ねられることになる。
謁見の間にて、玉座に鎮座するマリエルは、俺たちの姿を認めると、わずかに身を乗り出した。
「戻ったか……無事のようだな」
「はっ! ご報告を」
セラフィーネが片膝をつき、事の顛末を語っていく。
聖女の力が暴走したこと。イスタロテ派がそれに呑まれたこと。そして俺たちが、それを鎮めたこと。
マリエルが息を呑んだ。国一つを容易く滅ぼせたであろう力。
それが目と鼻の先で暴れていたのだから。
俺たちは対処するのに精一杯で、それ以上のことは考えられなかったが、マリエルは違う。
事実の重みが、謁見の間にじわりと沈んでいくようだ。
「セラフィーネ、リーネット、そしてバージル。良くやった」
「い、いや……俺は二人のお陰だと思うので」
元気よく声を出す二人に対して、俺はまたもや情けない返答をしてしまう。
マリエルはため息を吐いた。
「まったく、お前は自分を過小評価しているな。過剰な謙遜は不敬だと、前にも言ったであろう」
「……肝に銘じます」
「バージル。妾はお前に、信頼に足る男かを示せと言った」
「……はい」
「聖女を取り戻すだけでなく、国を飲み込みかねない力を、彼女を傷つけずに収めた。文句のつけようもない……見事だ」
その声には、女王としての承認がこもっていた。
「お前は示したのだ。妾の目に、しかとな」
彼女はふっと息を漏らす。
「……セラフィーネは妾の最も信頼できる騎士よ。しかし、それでも半分は疑っていたのだろう。男に、それもたった一人の男に国の憂いを託すなど、と……愚かだったのは妾の方だ」
女王が臣下の前でそう漏らすのは余程のことなのだろう。
セラフィーネが誇らしげに口の端を上げていた。
「それにリーネット。此度も、そなたの働きが大きかったと聞く」
不意に名を呼ばれ、リーネットが飛び上がった。
「ひゃ、ひゃいっ! い、いえ、私はただ、道を調べたり、見たものを伝えただけで……!」
「その“ただ”が聖女の命を繋いだのだ。よい働きだった」
リーネットは耳まで赤くして、控えめに胸を張った。
そこで、エルネスタさんが前へ出る。
「マリエル様。此度は、私の力で多くの方にご迷惑を……申し訳、ございませんでした」
深く頭を下げる。
「面を上げよ、聖女エルネスタ。そなたが望んだことではあるまい……妾たちの想像もつかぬ悩みがあったのだろう。そして、それにようやく折り合えたと聞く。国として、これほど心強いことはない」
「はい……バージル様のお陰です」
「しかし、よもや聖女が神殿を離れるとは。教会は許したのか?」
マリエルの問いに、エルネスタは静かに頷いた。
「神託の力は、もう暴れはしません。私が私である限り、どこにいても務めは果たせます……それに」
少し言い淀んでから、彼女は続ける。
「私はもう、奇跡や器としてではなく、一人の人間として生きてみたいのです」
その言葉に、マリエルは満足そうに微笑んだ。
エルネスタが俺の隣へそっと寄り添う。
「ふむ……どうやら妾の騎士の恋敵が、また増えたようだな」
「へ、陛下!?」
セラフィーネが慌てる。エルネスタは頬を染めて俯いた。
「イスタロテ派の処遇だが、聖女がそこまで庇い、死者も出ておらぬ。武装を解き、二度と徒党を組まぬと誓うなら罪は問わぬ。王都に住まうも良し、望むなら落ち着く土地の世話もしてやろう」
「……何から何まで、かたじけない……!」
イスタロテたちは胸を撫で下ろす。
一通りの話が済むと、マリエルは玉座を降り、俺の前まで歩いてきた。
「バージル。前に妾が言ったこと、覚えているか」
「ええと……信頼を示せ、でしたよね?」
「あぁ」
彼女は視線を落とした。
女王の威厳の下から、一人の女の顔が覗く。
「妾は軟弱な男に子を成す気はない……が、お前は妾が知る限り、最も信頼に足る男だ。ならば——妾の世継ぎの、父になってもらう」
周りの空気がぴたりと止まった。
セラフィーネが「ついに」と拳を握り、リーネットが目を見開き、エルネスタが息を呑む。
「あ、あの、陛下!? それはその、心の準備というか……」
「案ずるな。優しくしてやる。いや、してくれと言うのが正しいのか?」
「そこじゃないです!」
マリエルは、初めて年相応の——いや、少しだけ悪戯な笑みを浮かべた。
「陛下。私も同席しても……?」
「もちろん。我らの絆も深まるのだろう?」
「それはもうッ!」
マリエルは涼しい顔で返した。
・
その夜。城の一室へ通された俺は、状況をまるで飲み込めずにいた。
薄明かりの灯る、広い寝室。
その中に、なぜか女性たちが勢揃いしている。
セラフィーネやリーネットをはじめとして、世継ぎを望むマリエル、神殿を出たエルネスタ。
そして——子種を願い出たイスタロテたち。
「な、なんでこんな大人数なんですか!?」
「なに、多い方が楽しそうではないか!」
そう言いながら、マリエルが夜着の肩をするりと落とす。
露わになった白い肩から、俺は慌てて目を逸らした。
「バージル様。私は、あなたに救われた身です。今度は、私がバージル様を癒して差し上げます。骨の髄まで……」
エルネスタさんが桃色の髪を耳にかけ、頬を染めて距離を詰めてくる。とてつもない胸の圧だ。
「あたしたちのことも、忘れてもらっちゃ困るなぁ」
イスタロテが唇を舐め、その背後では信者たちが期待に頬を上気させている。
逃げ場などどこにもない。
甘い香り。幾つもの視線。衣擦れの音。
それらが部屋を満たしていく。
(男は、いつ何時も堂々と、毅然と全てを受け止め——られるのか?)
果たして俺の身体が持つのか、不安でならない。
だが、据え膳食わぬは何とやら。
俺は覚悟を決めて、目の前へ差し伸べられた幾つもの手を、まとめて受け止めた。
・
こうして、王都を揺るがした聖女の一件は幕を下ろした。
エルネスタは神殿を離れ、俺たちと共に暮らすことになった。
力と折り合いをつけた彼女は、ときどき菓子を頬張っては、ただの女の子のように笑う。
焦点の合わない瞳は消え、穏やかな横顔だけが残っている。
セラフィーネは相変わらず「妻は私だ」と譲らず、リーネットはその横で慌てている。
マリエルは女王の顔をしたまま、暇を見つけて遊びにくる。
朝は誰かの声で起こされ、食卓はいつも騒がしい。
食器の数も、今では数えるのが面倒なほど増えた。
白い部屋で、たった一人だった頃が遠い昔のようだ。
「バージル、明日は私と鍛錬だ。忘れるなよ」
「あっ、ずるいです! 次は私がバージルさんを案内する約束で……!」
「お二人とも……バージル様を困らせては駄目ですよ?」
三人のやり取りを眺めて、マリエルがくすりと笑った。
「賑やかで良いではないか。妾も、その輪に混ぜてもらうとしよう」
俺は天を仰いで、小さく息を吐く。
……まあ、今日もなるようになるか。
今作はこれで完結になります!
途中で長い休載となりましたが、無事に最後まで書けてよかったです。
個人的には、別の国なので魔術師をシバくバージルも見たいのですが、やはり伸びのモチベには勝てず。
続きを読みたいという方は、評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
それではまた、別の作品も読んでいただけると幸いです!
ありがとうございました!




